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君は君なんです

 ジーンの発した言葉に凍りついた。

 何を言ったのか理解できない。元男? 男?


「やっぱり信じられないわよねぇ~。クレアさん、教えてあげてぇ~」

「そ、そうだったわね。マサヨシくん、ジーンさんはね、元々は男性だったのよ」


 何の解決にもならない言葉をクレアは口にした。

 まだ理解が追い付かない俺を見てか、クレアが動揺している。


「あのね、男性だった時からジーンさんは、この村に寄ってくれていたの。色々な町や村を回って、エステをしてくれているのよ」


 そうですか、そうですか。やはり回答になっていない。


「え~っと、それでね。ある事が切っ掛けで女性になっちゃったの。その前から女性的な口調だったけど、本当の女性になっちゃったのよ」

「……何故に?」


 クレアの言葉に何とか一言返すことができた。

 男だったのが女になった。まあ、ありえないことではない。元の世界では性転換手術も可能なのだ。

 つまりは手術をしたのか?


「若返るための秘薬を作ろうと思ってたのぉ。でも、調合で失敗しちゃってねぇ~。神様の悪戯なのか、気付いたら若返って女の子になってたって訳よん」

「ゴットッ! あの野郎、ゴットッ!」

「急にどうしたのん?」


 思わず神に怒りをぶちまけてしまった。ある意味で運命の出会いかもしれないが、とんでもない人と出会ってしまった。

 荒ぶる呼吸を落ち着けていると、クレアが半笑いで俺を見ていた。


「ごめんねぇ、まさか結婚を申し込むとは思ってなくて。あ、でもジーンさんは優しい人よ。お似合いだと思うわよ」

「クレアさん、ありがと~う。でもぉ、正直に言うと、薬で変わったから時間が経てば、元のおっさんに戻るかもしれないのよねぇ~」

「でも、五年以上も前じゃない。多分、元に戻ることはないわ。マサヨシくん、あなたの目に狂いはないわよ。大丈夫」


 慰めなのかフォローなのか、よく分からないことをクレアは言った。

 お似合いと言われても困る。結婚を申し込んだが、このような事態になれば取り消しをお願いするしかない。


「取り消しても良いわよん?」


 ジーンが俺の顔を見て言った。その顔は微笑んでいる。もしかしたら、このような事態に慣れているのかもしれない。

 そうであれば、どれだけ苦しんだだろうか。嘘を吐いて騙すこともできたろうに。


「……ジーンさんは何故、本当の事を話したんですか? 黙っていることもできたんですよ?」


 俺の問いかけにジーンはあごに人差し指を当てて、首を傾げている。


「う~ん、フェアじゃないわよねぇ。嘘を吐くのは心苦しいし~、本当の私を知ってもらいたいからかなぁ~」


 ジーンの言葉が胸に刺さった。それは俺がずっと感じていた痛みと一緒だ。

 嘘を吐いて、俺はこの村に居座っている。挙句、この村で地に根を下ろそうとしているのだ。

 そんな俺とは対照的に、ジーンは人々と偽らずに付き合っている。好奇な目に晒されるであろう事を、わざわざ教えてくれたのだ。

 

「そうでしたか……。あの、ジーンさんはいつまでここにいらっしゃるんですか?」

「明日のお昼には立とうと思っているわん。あまり気にしないでねぇ。よくあることだからぁ」


 優しく言ったジーンの言葉が、また胸に刺さる。

 嘘を吐ける機会がありつつも、包み隠さず事実を教えているのだ。


 俺はどうだ。隠し事は誰にでもある、とでも考えていたのかもしれない。

 自分を肯定する為に他人と無意識に比べて、言わなくても問題ないと安心していたのではないのだろうか。

 そう考えると、つくづく俺は弱い人間だと思った。


「あのっ! ……もう少し、考えさせてください」


 情けない言葉しか出てこなかったが、これが今の俺に言える嘘偽りのない思いだった。


 アインをクレアから受けとり、自室へ戻る。

 ベッドに寝転がり、アインを高い高いした。

 頭の中に重く圧し掛かっている悩みを晴らすように、高々と掲げる。


「パ~パ、きゃっきゃっ。う~、おぅ~」


 楽しそうに笑みを浮かべているアインに問いかける。


「なぁ、アイン、どう思う? 悪い人じゃないと思うけど……けどさぁ。ママが欲しいんだよね? ママがさ……」

「パ~パ~? マ~マ~?」

「そ、マ~マ。どうしたら良いのかなぁ」


 唸りながら考える。アインの力が及ばなかったのは元男だったからだろうか。

 ただ、今まで多くの女性のみならず、男性をも取り込まんばかりの魅力を放っていたアインの力が届いていない気がした。

 となると、中間地点にいるから効かないのか、本当に効かない人なのか。どれかは分からないが、俺と向き合っている事は確かだ。


「だ~、分からない。外見も内面も最高かもしれないけど、とんでもないもの抱えてるもんなぁ」


 ベッドから体を起こして、アインをベビーベッドに寝かせる。

 その時、ドアがノックされた。


「マサヨシくん、ちょっと良いかしら?」


 クレアの声が聞こえたので、招き入れる声を発する。

 少し遠慮気味にクレアが中に入ってくると、俺とアインを交互に見た。


「えっとね。ジーンさんは気にしてないって言ってたけど、少し落ち込んでたの……。あ、でも嬉しそうにも見えたわ。多分、マサヨシくんが考えてくれているからじゃないかしら。

やっぱり自分を出して断られるのは辛いことだと思うの。今までも、そうだったみたいだから……」


 目を伏せながらクレアは寂しい声色で言った。

 自分を出して断られるか。間違いなく傷ついただろう。俺であれば傷つく。

 断られる可能性が高いのに、真実を教えてくれた。ジーンは本当に思いやりのある人なのだ。


「クレアさん、ありがとうございます。……俺なりに考えてみます。どうなるかは分かりませんが、悔いがないようにします」


 俺の言葉にクレアは優しい顔で頷いた。俺の真剣さが伝わったと思いたい。


   ・   ・   ・


 夜が深くなると賑わっていた食堂からの声も無くなり、静かに眠りにつくのを待つだけとなっている。


 そのような時間に女性……ジーンの部屋を訪れることにかなりの抵抗があった。

 だが、明日になればこの勇気が消えてしまうかもしれない。言おうと思った今だから言いたい。

 固唾を飲んで、ドアをノックする。


「は~い、どちら様~?」


 ジーンの甘い声を聞いて、更に緊張してきた。


「あ……の、マサヨシです……。少し、お話ししてもいいですか?」


 震える口から絞り出すように言葉を発した。

 少しの間、沈黙が流れた後、ドアの鍵が開く音が聞こえた。

 ジーンがドアから少しだけ顔を覗かせる。


「あらん? 一人?」

「はい、一人です。その…中に入らせてもらえますか?」

「良いわよん、どうぞ~」


 開け放たれたドアをくぐり、恐縮しながら部屋に入った。

 そこは当たり前だが、簡素なベッドと、木造りの机が一つずつあるだけである。

 だが、嗅ぎ慣れていない、少し甘い匂いがした。よく見れば香水のような小さなビンが、机の上に置かれている。


「あらん? ああ~、これねぇ。良い香りがするでしょ~。この匂いはリラックス効果があるのよん。エステの時に使ってるの~」


 ビンを手に持って俺に見せてくれた。確かに良い匂いがするし、何となく心が落ち着く。

 お陰で思いの丈を伝える事ができそうだ。深呼吸をして、ジーンの目を見据える。


「ジーンさん、お話があってここに来ました。……聞いてもらえますか?」


 恐る恐るになったが、何とか本題に入ることができる。ここからが正念場だ。

 ジーンは笑みを浮かべて静かに頷いた。


「あの、俺、この世界の人間じゃないんです。国とかじゃなくて、本当に別の世界なんです……。俺、子供を助けようとして、死んじゃったみたいなんです。えっと、それで神……からアインを育てろって言われて」


 トーンダウンしそうな自分を叱咤して、何とか言葉を繋げる。

 ジーンの表情に特に変化はない。


「で、アインと一緒にこの世界に来たんです。あ、あの、本当のことなんです! 信じてもらえないですよね……。バカげた話ですもんね」


 自分で言って、笑った。何でこんなことを言う必要があったのか。

 俺もフェアになりたいと思ってのことだが、こんな話を信じる方がどうかしている。


「そうなの~、大変だったわねぇ。信じるわよん、あなたのこと」


 思わず目を見開いた。

 優しい眼差しを俺に向けている。その目からは嘘を吐いているようには思えなかった。


「ほ、本当ですか? 頭、おかしいって思いませんか?」

「そんなことないわよん。アインちゃんを一生懸命に育てているんでしょ? こんな世界に二人で来て辛かったでしょうねぇ~。本当にいい子ねぇ、マサヨシくんは」


 思わず目を逸らした。妄想もはなはだしい話を受け止めてくれたのだ。

 真っ直ぐ見つめてくる目を、俺も見据える。


「お、俺……今日、言った事は取り消しません。例え、男に戻ってもジーンさんはジーンさんです。俺のことを受け入れてくれた人に変わりありません。……あの、もう一度いいですか? 俺と……結婚してください!」


 深々と頭を下げる。今、抱いている思いに嘘はない。性別が変わろうとも、人の本質は変わらないのだ。妄言とも取れる俺の言葉を信じてくれた人と、人生を共にしたい。

 アインはどう思うか分からないが、俺にとっては伴侶となる人は受け入れてくれたジーン意外に考えられない。

 下げた頭を撫でられたので顔を上げた。笑みを浮かべたジーンが俺の首に手を回して抱きつき、耳元に顔を近づけた。


「はい、よろしくお願いしますわん」


 ささやかれた耳が赤くなるのを感じた。それが全身に回るのは一瞬であり、顔が熱いのが自分で分かる。


「よ、よろしくお願いします。こ、こちらこそ」


 しどろもどろになりながら答えると、ジーンが顔を突き合わせる。少し目を逸らしたが、それが何を意味しているのか分かった。


「えっと、これはもしかして……キス……をしろと?」

「女に言わせるものじゃないわよん。あ、でもキスしたらおっさんに戻っちゃうかしらぁ?」


 ジーンの言葉に思わず吹き出してしまった。ひとしきり悶えると、呼吸を整えてジーンの目を見つめる。


「おとぎ話じゃあるまいし、大丈夫ですよ。大丈夫ですからっ!?」


 俺の唇に温かく柔らかな唇が重なった。

 ジーンからの口づけに驚いたが、その温かさに身を委ねて目を閉じ、長い長い口づけをした。

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