勇者誕生、パパ決定
公園は子供達の弾んだ声で満ちていた。
暖かで穏やかな天気もあって、公園の中は満員御礼状態だ。
大学の帰りに訪れた俺に、その眩しい光景が色々と考えさせてくれる。
いつかはあんな風に結婚し、親になって、子供の成長を楽しむのだろう。
今の自分からはあまり想像できないが、妄想はしている。
明るい子供達の笑顔を見ると、つい顔がほころんでしまう。
「良いもんだなぁ、子供って。ああ~、まずは彼女だよなぁ……」
思わず口から本音が漏れた。
彼女がいなけりゃ、結婚には繋がらないだろう。そうならないと、親になることも難しい。
第一関門で躓いている自分の現状を、改めて思い知らされた。
悲しくなってきた頃には、公園の出口に到達していた。
その時に見えた。子供が道路沿いを一人で歩いている。
まだ幼い子供は、おぼつかない足取りで歩道と道路の境目の段差を歩いている。
危ない! あの子をそのままにしていたら、いつこけるか分からない。
もし、それが道路側に向かってしまえば。
嫌な想像が頭を過ぎると、その通りな事が起きようとしていた。
「危ない!」
駆け出した。間に合うのか分からない。だけど、助けないと。
自分でも信じられない程に、素早くスムーズに動く。気付けば子供の服を手で掴み、歩道側に引き戻した。
胸をなで下ろした。輝かしい幼い命を助ける事ができたのだ。
足がすべる感触がした。
全てがスローモーションになったかのように、ゆっくりと時が進んでいく。
地面に吸い寄せられるように倒れ込む。
視界の隅から、車が甲高いブレーキ音を立てながら、俺に向かってくる。
車のバンパーが迫り、エンブレムしか見えなくなった所で、視界が真っ暗になった。
・ ・ ・
「う~ん、何が良いだろうかぁ。うむ~、どうしたものかぁ。うぬ~」
誰かの声が聞こえる。割と高い声で、少し鼻につく喋り方だ。
目がバッチリ覚めた。寝転んでいた体をすぐに起こすと、白い服に包まれた男がいた。
キツイパーマでも掛けたような白髪に、口を覆う白いヒゲ。それだけ見ると神々しい感じだが、背丈が低いせいか残念な感じの方が強い。
辺りを見回すと、上には果てしない青空が広がっており、足元には雲が掛かっている。
空と雲の間のような場所に今、俺はいるんだ。
「おお、目が覚めたのか。丁度いい、お前だったら何が欲しい? 何でも言ってみろ。どれだけ叶えることができるかは分からんがね」
何が欲しいだと。 ハッ!? これは異世界転移的な何かか。 いや、天国の可能性もある。単純に夢かもしれない。
でも、言ってみろと、こいつは言った。なら、言うことは大体決まっている。
「チート的な強さと、ハーレムが築けそうな魅力をください!」
直角になるまで、大きく頭を下げる。叶えられないにしても、交渉次第では良いものが貰えるかもしれない。
「ほほぉ~。なるほど、なるほど。そのようなものが、やはり良いのか。うむ~、だがチート的と言われてもなぁ」
「難しいなら、準チートで良いです! オールマイティーに強ければOKです! お願いします!」
「オールマイティーか……。それなりになら、できそうだなぁ」
マジか!? やった。意外にすんなり行くもんだな。しかし、最終確認だけはしなければ。
「じゃあ、オールマイティーに強くて、ハーレム作れるぐらいの魅力を与える。って事で良いですよね」
「うむうむ。それが良さそうだな。いやぁ、助かった。お前に聞いて良かったわい」
「えっ? 聞いて良かったって?」
頭の上に疑問符が浮いた。
何を言ったのか理解できない。
「えっ? お前は何を言っておるのだ?」
「ん!? 俺にくれるんでしょ? そうなんですよね!?」
「いやいやいや。何が良いかと聞いただけであろう? 力はこの子に与えるものだ」
この子? 何の事を言っているのか、分からない。
理解できないでいると、男が体をひねる。その背中には、おんぶされている赤ん坊の姿があった。
「えー!? その子に与えるため? って、何で俺じゃないの!? 俺、ここに呼ばれたんだよね!? 何で俺はここにいるのさ!?」
「決まっておろう。この子を育ててもらうためだ」
「はあ!? 何で、他人様の赤ん坊を育てないといけないんだよ?」
「おお。この子を作り出したのは私だが、面倒は見きれん。神には他の仕事が山ほどあるのだ」
神!? 神と言ったぞ、この男。こんな残念な男が神様!?
「あの~、神様? 何で俺にそんなことを頼むんですかねぇ? 他の誰かに任せてもらえませんか?」
「それは困る。お前は自分の命を省みず、赤ん坊を救った。そんなお前ならば、この子を立派な勇者に育ててくれよう」
ん? 勇者だと。その子が勇者だって言うのか。
益々、理解が追い付かない。だが、このままでは不味い気がする。
「何の勇者か知らないけど、俺はパスでお願いします」
迷わずに言った。そもそも、赤ん坊を育てる自信はないし、育てる義理もない。
「ん~、それは無理。諦めろ。お前を譲ってもらったのだからな。それにもう返すことはできんぞ? クーリングオフは終わっておるのでな」
「俺は物扱いかよ! って、譲ってもらったって? 俺を?」
「ああ、別の神からな。悩んでいた所に、そいつから良いヤツが上がってきたと聞いてな。仲良しだったのもあって、譲ってもらったのだ」
「やっぱ、物扱いじゃん!」
神様同士で、とんでもない行いをしやがって。俺には意見する機会すら与えられていない。
怒りがふつふつと沸く。
「じゃあ、俺はここに住む」
「それはダメだ。ここは私の場所だし、一人が好きだもん。お前はこの世界で死んでないから天国には行かせないぞ? 地獄になら即、送ってやろう」
「理不尽すぎぃ!」
何を言おうとも、俺の意見は通りそうにない。ああ、最初の提案だけは採用されたか。
ため息しか出ない。ただこのまま、はい、そうですか。と引き受ける気もない。
「なら、俺にも何かをくれよ。じゃないと、その子を育てられないだろ?」
「う~む。お前の魂は大きくなっているからな。まあ、生活に不便が無い程度の力をやろう」
「酷過ぎるぅ!」
扱いが雑すぎて、泣けてきた。
赤ん坊を押し付けるのに、この理不尽さときたら。
「じゃあ、なにか? 俺はたいした力を与えられず、力を与えられた勇者を育てろってことか?」
「ざっくり言うと、そうなるな。あっ! 色々と面倒なことを言うなよ? 地上には関われんから、お前個人を助けることはできんぞ」
「マジかよ!? て、事はだ。俺は裸一貫で、その子を育てろって言うのかよ!?」
「服は着ておるではないか?」
「言葉のあやだよ!」
話せば話す程、疲弊してきた。俺には選択肢がないことだけを告げられたら、そうもなる。
その時、赤ん坊がぐずり始めた。
「ふぇ、ふぇ~ん!」
「おい、泣き出しちゃったじゃないか」
赤ん坊に向けて指をさすと、神が目を大きく開いた。その後、すぐに俺の近くまで歩いてくる。
「目覚めてしまったようだな。ほれ、あやしてやってくれ」
「ちょっ! 無理やり過ぎだろう。もう」
神から赤ん坊を受け取ると、だっこをして体を少し揺らした。
「うぅ……。スゥ~、スゥ~……」
赤ん坊が寝息を立て始めた。一先ず、安心する。
しかし、子供は可愛いものだ。改めて、そう思う。
「準備万端のようだな。え~っと……。そうだった。『結城 正義』、君に勇者を託す!」
「えっ!? やけに神様っぽいんだけど!? おわっ!」
視界が光によって奪われる。何も見えず、何も聞こえない中、手の中の温もりだけは感じた。