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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部一章 異世界生活のはじまり 出会い編
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1-2-5.二度目の人生に揺るがぬ決意を

 正気に戻ったエリシアが己の行動に対し羞恥の念で悶えた後。

 先程よりもさらに気まずくなったふたり。寝床はベッドが定石であるこの国で、床で寝るなどエリシアにとっては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「本当にそちらで良いのですか……?」

「ええ、まぁ、こっちの方が落ち着きますし、そちらも、まぁ、大丈夫でしょう」


 互いの為だとメルストは布団一枚で、床で眠ろうとする。

 結局、罠というものはなかった。だとすれば本当に好意的に受け入れられているのかと、逆に不思議に思う。なにか理由でもあるのかとまたも疑うばかり。

 前世、小さいころから女性に騙されたり恋愛詐欺から結婚詐欺まで出くわしたりした経験のある彼にとっては、期待しつつもそんなことあるわけないと、湧き出る本能を堅固たる理性で押し殺す。


「……あの、過ぎたことをしてしまいました。その、申し訳ありません」


 二度目の裸を見てしまったメルストは、なるべく思い出さないように気を逸らす。言葉を崩して構わないとエリシアに言われても尚、今の状況では敬語のままでしか話せなかった。


「ああ、ええ、まぁ、大丈夫です。俺もいろいろ怒鳴っちゃって……すいません」

「いえ、私の方も……ごめんなさい」

「いや、こちらも、その……ごめんなさい」


 しん、と沈黙が続く。気まずく思う彼は、己の乏しい話術と意気地のなさに悔しく思いつつ、脳内をフル回転させて絞り出した一言を口に出す。


「寝ます、か」

「そ、そうですね。ええと、おやすみなさい……」


 未だ落ち着かない彼は床に背を付けることもしないまま、壁に背をもたれ、布団をかぶって目を閉じる。しん、と静まり返った部屋は薄暗い。月明かりだけだ。


「……」

 眠れない。

 まともな女性経験がほとんどない彼は緊張のあまり、寝ようと目を閉じ続けても、眠りにつくことができなかった。同じ部屋にいるだけでも、彼の心臓は高鳴り続けている。

 首をエリシアの寝ている方へ向けてみる。


「……」

 ベッドの上。彼女は起きていた。ぱちりと目が合い、互いに目を逸らす。


「や、やっぱり、眠れないですよね」

 目を逸らしながらエリシアは話す。「何かお話でもしましょうか」とすぐに切り出しては天井を見た。気を紛らわすために彼女は木目を数える。対し、彼は床の木目を数えていた。


「メルストさんは、あの収容所にいた理由も、自分が何者なのかも、本当に分からないのですか?」


 何もかもわからない、というわけではない。しかし彼の経緯は、この世界の人々にとって信じがたいことだろう。


「わからないわけじゃ、ない。けど、俺自身もこういう状況になった理由は分からない。それでも、今が無事ならそれでいいと思ってた……はず、なんだけど――」


 途端、急に不安になった。本当はこの世界の者ではない。たったひとりぼっち、この世界のことを何も知らない。この魂は孤独にあるのだと思うと、なんともいえない空洞が胸に空き始める。


 黙っていようとは彼も思っていた。しかし、心の肌寒さを温めたいと、彼は本当のことを話さずにはいられなくなる。


「エリシアさん……あのさ」

「なんですか?」


 やさしい吐息。きっと彼女なら、どんなことでも受け入れてくれるだろう。そう思っていた。

 ……だが、言葉が出る寸前。


「いや、なんでもない」


 口をつぐんだ。やはり、余計なことは言わないでおこう。自分と彼女の為を思っての判断だった。


「考えてみるとさ、あんな収容所で目覚めた得体のしれない男と、王国王女がこうやって屋根一つ下で寝てるってのもおかしな話だよな。その……大丈夫なのか?」


 違和感しかないこの状況。だが、エリシアは「大丈夫ですよ」とすぐに答えを返した。


「あのとき、メルストさんがいなかったら私はもうこの世にはいませんでした。あなたが誰であれ、どんな事情があれ……他者を優先し、必死に励みの声をかけ続けて、誠意をもって助けてくれたことに嘘偽りはありませんでしょう」

「あれは……一杯一杯で俺自身、なにがなんだかだったけど」

「主観的ではありますが、少なくともメルストさんは心の優しい方だとそう感じております。その優しさと勇敢さのおかげで、私は二度目の人生を歩んでいるのですから。ですので……私の命はあなたのものです」


 寝そべって見つめてくる彼女は、そのときだけ恥ずかしさをみせることなく、真っ直ぐな目で言ってくれた。


 それに反して返す言葉をまとめられず、挙動不審になってしまう。顔が熱くなってくる。


「大袈裟すぎるよホントに……」

 そう呟き、またも沈黙が続く。言った本人はなんのことかと言わんばかりの顔だ。


(こういうところが天然だとは)

 頼むから夢オチだけはやめてくれよと願う彼であった。

 再び訪れる静寂。ギシ、と床の軋む音は自分から生じた。またも沈黙。さすがに寝たかと思ったときだ。


「不安ですか……?」


 エリシアが唐突に訊いてくる。メルストは、どういう意図をもって訊いたのかわからなかった。


「……?」

「その……私の勝手でこんなところに連れてきて、泊まらせてしまいました。あんな危険なところにひとりでいたとしても、あなたの意見をまともに聞かずに、こちらの都合でここに住まわせてしまったのは過ぎたことだと思っています」


「すみません」と消え入りそうな声で彼女は言う。暗くても、僅かに見える表情は反省の色。身勝手だった自分を責めていた。

(そこまで気にしてたのか……?)

 しかし、エリシアは何も言わない。なんて言えばいいのか、彼は少し唸った後、


「大丈夫だよ。むしろ感謝してもしきれないくらい。最初不安だったのは本当だけど、それがなくなったのもエリシアさんのおかげだから。ありがとうございます、というか、まぁ、その、そんなに自分を責めなくても大丈夫、ですので」


 つい敬語になって、しどろもどろになる。男らしく芯をもって言えないことに情けなさを感じた。だが、彼女を安心させるには、十分な言葉だ。


「すみません……そう言ってくださると、こころが救われます」

 浮かべる微笑に、彼はまた惚れそうになる。すぐにうつむいた。


「そうだ。メルストさん、昔を忘れたのなら夢は覚えていますか?」

「夢……か」


 気持ちを切り替え、話題を変えた彼女の問いに答えようと記憶を思い返す。

 今までの出来事が騒々しかった分、前世の世界の思い出がかなり昔の頃だと思ってしまった。


(そういえば……俺が死んだあと、どうなったんだろう)


 家族は。友達は。知り合いは。自分の死をどう受け止めているのだろうか。悲しんでいるのか、それとも無関心か。そもそも本当に死んだことになっているのか。それを考えたところで分かる訳でもなかった。ただ心苦しいだけ。


 寂しい気持ちもないわけじゃない。未だ夢なんじゃないかと信じたいほど、まぶたを閉じればいつもの職場と日常、そして印象的な思い出が浮かび上がる。無味乾燥な日々だった。味気ない日常だった。嫌なこともたくさんあったし、ストレスで壊れそうなこともたびたびあった。


 しかし、嫌気がさした環境でもそこから離れてしまった今、そんなくすんだ人生も輝いてみえていた。とはいえまったく元の人生に戻るのも気が引けるが、これまでの過去の自分すべてが断絶された感覚に抵抗と得体のしれない恐怖、そして喪失感がないといえば嘘になる。


(名前もわからなければ肉体もどこかの他人なら……俺は一体、誰なんだろうな。人脈も血縁も、職も履歴も、得てきたものすべて失ったならもうそれは、俺なのかな……?)


 だが、それを惜しんだところで、夢から覚めるように元の世界に戻れるわけではない。無意識にも保っていた心が、向き合うことであっけなく崩れてしまうのなら、この現実と肉体に慣れていくまで時間を要していこう。今は将来の夢のことだけを考えた。

 小さいころから憧れていたもの、それは――。


「学者、だったな。学者になって、誰も知らないようなおもしろいことを発見したいって思ってたっけ」

「学者様ですか。とてもご勤勉なんですね」

「いや、そんなんじゃないよ。俺は……ただ夢に思ってただけで――」

「でも、思い出しましたよね」


 あ、と呟く。彼女は少しでも思い出せたようで何よりだとうれしく思っていたようだが、対してメルストはしてやられたなと軽く笑った。


「そうだな。夢を思い出せたら、本当に目指したいことだよな」

「ええ、ですのでこれからも夢を目指せば叶うはずです」

 そう言い、体を横にしてメルストに向ける。


「これは私が昔、尊敬する御方に授かったお言葉なのですが、もしすべてを思い出せなくても、すべてを失っても、"夢"という未来へと歩める希望さえあれば……いつの時代でも、どこの世界でも自分を失うことなく生きていけると、そう教わりました」


 だから、メルストさんは大丈夫です。そう優しい声で語り掛ける彼女の心遣いに気付いたメルストは、全身が熱くなった感覚を覚えた。震えそうになる口と、目から溢れそうな感情に戸惑った彼は、外に出さないように全身をこわばらせ、抑え込んだ。


(そうだ。彼女の言う通りだ。俺はすべてを失っちゃいない。培ってきた知識や経験が、自分(ここ)にあるじゃないか。何より、俺という"人間"が此処(ここ)に存在しているんだ……!)


 心を読まれているのではないかと思うほど、彼女は会ったばかりの彼をよく見てくれていた。国どころか世界の中枢を担う聖職者として支えることができている理由が、彼なりにわかった気がした。

 エリシアの命の恩人だなんてとんでもない。本当に救われているのは自分自身なんだと、メルストは静かに、詰まった息を吐き続けた。

「そう、だな……。その通り、だな……!」


 ありがとう、とかすれるような声。伝わった確証はないと思ったが、

「泣きたくなったり、苦しくなったりしたら、いつでも私たちを頼ってください。それでメルストさんの心が救われるのなら」

「あはは……もういろいろバレてるな」


 もういっそ、大きく泣きたかった。この涙もきっと、受け止めてくれると感じたから。しかし、彼は震えそうになった声を小さい笑いで覆いかぶせた。

 それにこたえるように、あるいはなだめるように、エリシアも小さく笑った。小鈴を鳴らすような、ころころとかわいらしい微笑だった。


「……他にも、なにか知っているお話や、思い出したことはありますか? もっとメルストさんのこと、知りたくなってきました」


 子どものように無垢な笑顔。好奇心にあふれた瞳はここまでまっすぐで、輝いているものだったのか。

 お互いに過去を省み、夢見てる将来を語り合う。こんな会話がどれほど続いただろうか。案外話せるもんだなと彼は自分自身に感心した。


 段々と返事がとろけるように小さくなっているエリシアをちらりと見る。それもつかの間、すぐに寝付いてしまったようだ。

 聞こえてくる小動物めいた静かな寝息。顔も小さければ、長い睫毛も整っている。肌が滑らかで、やわらかそう。

 見れば見る程、美人だ。


「ん――」

 小さく唸ると、身体を動かしては一瞬眉を寄せたが、すぐに穏やかな寝顔に戻った。


 この国の王女にして、6人しかいない大賢者の1人だというのに、誰にも見せないであろうこの無防備さを彼は見ている。そこに偉大な称号の数々を得た者の姿はなく、すべてを置き、ひとりの女の子として静かに眠っている。至高の至福といっても過言ではない。なによりも、異端であるはずの自分を、勇気を出して受け入れてくれたであろう寛容さに、彼は心の中で感謝を述べた。


「おやすみなさい」と囁いてから、メルストは横になり、彼女に背を向ける。


「……」

 この世界に来た理由。

 あの老いた神様に言われた、"未来の希望"。それが何なのかわからなければ、どうしてこのような事態になったのか。どうして自分がこんな目に遭っているのかもわからない。

 しかし、すべてが偶然だとしても、この世界に転生た意味は必ずあるはず。


 生まれ変わった以上、彼自身も変わらなければならない。恵まれた環境にありながら努力を怠り、無気力に生き続けた結果が、あのザマだった。無力で無能で、周りから浮いていて。社会に適していないが、無能ゆえに改善する気力もない。そして得た結果に胸を痛めることも、今思い返しても新鮮に感じる。


 その罪悪感や劣等感は嫌というほど味わった。飽和した豊潤な時代であるにも関わらず枯れきった心を奮わせることはなく、ただただ癒しと欲求を求める社会の屍となっていた自分は、ある意味死んでいたといえよう。

 だからこそ、再び命を授かったチャンスを無駄にするわけにはいかない。この奇跡ともいえる転機を活かさないでいつ活かす。


 この世界でなんとしてでも生き抜く。死なないために、誇れる生を全うするために。


 今この時こそ、空前絶後のアクシデントが起きている。彼の望んだ「出来事」のきっかけは与えられた。

 もう待つことはしない。もう誰かの物語を見眺めて羨むこともしない。自ら「出来事」を掴みに行くんだと、自らの物語を作るんだと、心の内の怯えた自分に言い聞かせる。


 そのために、彼はその手で自分の人生を切り拓き、そしてあの神の代理として、この世界の未来に希望を与えてみせると不安ながらに決意する。


「……やってやるか」


 高望みはしない。まずは、一歩前へ進むことから始めよう。口だけではなく、確実に一歩前へ進むという行動を起こそう。前世の自分は、言うだけ言って、でも面倒だから言い訳して逃げていた。


 生まれ変わった今。力を授かった今。ゼロから1へ進むその事実を創り上げよう。


 目を瞑っては、深く息を吸う。

 異世界に到来し波乱の末、ゆっくりと一日を終えた。


これにて一部一章は終わりです。ありがとうございました!

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