4-2-2.おまえの妹がこんなに可愛いわけがない
少々暗い話と過激な描写がが途中入ります。
ミノ・テンクスの雑貨屋はバルクの酒場から近い。酒場からすぐ出れる大通りを右に曲がって、数軒ほどの民家を過ぎた先、路地が続く角を曲がれば、二階建てのちんまりとした雑貨屋が見える。
レンガと木組みの壁に『なんかはじめました』という告知の張り紙。「なにを始めたんだよ」と思わず小言で言ってしまうも、そのいい加減さがミノらしいとは思う。
あのやる気のない顔を思い浮かべつつ、両開きのドアノブに手をかけた。
「うぇぇぇいあっどっぽるっせいりゃぁああああ!!!」
入る店を間違えたか。
店に入った途端、そんな怒号とも奇声とも表現し難いミノの叫び声……だけならともかく、それは気合の声だったようで、天井から吊り下げた縄で縛っている丸太のような抱き枕に猛突進している瞬間を捉えてしまった。
「あの、店の中で何やってるの?」
「うぐぉあ! メルストっ、おま、なぜここに来た!」
店の中だというのに相当誰かに見られたくなかったのか、びっくりして枕ごとひっくり返った。商品棚にぶつかり、物がバラバラ落ちてくる。
「客としてきたんだよ。なんなら帰るぞ」
「ちょ、待てって! この状況でよく帰る気になれたな!」
「明らか関わってはならない予感がしたし。……わかった、訊くから。そんな愛人に見放されたような顔すんな」
「何言ってんだよ、おまえ別に愛人じゃねーし……あっ、ホモ?」
「比喩だよ! そっちこそ何考えてんの!」
散らかった物をいっしょに片付けつつ、稀に見るミノのやる気ある姿になった訳を聞いた。呆れるものだった。
「おまえな、万引き犯つかまえる練習する暇あったら店の整頓なり客引きするなり売り上げの努力しろよ」と腰に手を当てる。
「いやぁはっはっは、お気遣いどうもだぜ」
「この店の商品に携わっているのは何もルミアだけじゃないんだ。というかあれから棚卸したか? 絶対やってないだろ。この際今から――」
「そういやあの竜王殺しのアレックスに勝ったそうじゃん。おまえやっぱすげーな」
急に頭の回りが潤滑になる。本当にやりたくない彼に、再びあきれる。
「話逸らしやがって。その言いぶりだとあの試合観に行ってなかったんだな」
「まぁそう落ち込むな」「ほざけ」
片付けを終え、いつもどおりミノは店の奥の会計席に座った。
「いきたい気持ちはあったんだけど、めんどく……お店開いてんだから席を外したときにお客さん来てたらいろいろあれだろ」
「素直にめんどくさかったんだな」
世間の流行や話題に振り回されないタイプと思えばまだ前向きだろう。それにしてもこの店は相変わらず客が来ない。立地は悪くないはずなんだが、と窓から見える人通りへと目を向ける。馬型魔物の車が石畳みを通る音がわずかに聞こえてくる。
「妹さんはちゃんと観に来てくれたというのに」
「そりゃあ英雄の話題性もあるしな。というか、メルってリーアのこと知ってたっけ?」
「今日初めて会ったんだよ。いや、何度か見かけてはいたんだけどまともに話したことはなかったんだ。まさかミノの妹だとは思いもしなかったけど」
改めてミノの顔を見る。ぼさぼさの茶髪頭に無気力な目。だらしなくまるまった背。来ている服はよれよれで、幸い身体は洗っているようだが、おしゃれどころか清潔の片鱗も見当たらない。とても彫刻のように完璧な容姿の妹とは比較しようがない。
似てないよな、と心の声を一つ。当然、メルストの内心に気づくはずもなく。
「それで、これ落としたらしいんだよ。渡しておいてくれるか」
ミノの前に置いた銅の筒。こんな物騒なものをどうしてあの天使が持っていたのかと思うが、あの可愛さだ。襲われたって文句は言えない美少女なのだから、なんら不思議には思わない。
「おお、あざっす。てことは、さっきは無防備で町の中を歩いてきたってことか……!? よ、よかった、無事に帰ってきてくれて」
所持していたこと自体はミノも知っていたようだ。
胸をなでおろす兄の姿。過保護な気もするが、それだけ大切に思っているのだろう。いつものミノには見られない表情がそこにあった。
「妹のこと、大事にしてんだな」
「当然だろ。世界一かわいいんだからよ」
「お、おう」と顔を引きつらせる。「でもまぁ、確かにすげぇかわいいとは思う」
と言った瞬間、ミノは机に乗り出し、メルストの目の前に迫った。
「だろだろ! 俺の妹が可愛すぎて生活に支障をきたすんだがみたいなフレーズができてしまうぐらいの困った可愛さなんだ! ああ困った困った」
唐突にテンションが豹変したことに驚く。そこからは間を挟まず、誇らしくつらつらと自分の兄妹について語り出すも、半分以上は聞き流している。
「妹のこと大好きな気持ちはわかるけど、そこまで露骨だとちょっと気色悪いぞ」
この言葉をひとり語りの隙間に滑り込ませるのに3分ほどかかった。
「そこはせめて元気になるとかさ、いい表現なかった?」と呆れ笑う。
「むしろ今の発言で微笑ましく思うのは聖人ぐらいだ」
「大賢者様も我が妹並にかわいすぎて困ったさんだよな!」
「おまえの表現力に困ったさんだよ」
それとさ、とメルストは続ける。
「リーアが俺らんとこにきてたのは、いつもつけていた指輪のペンダントがある朝に壊れていたって話で、そんで修復の依頼をしに来たんだよ。けど、なんであそこまで割れていたのかが気になっててさ。心当たりあるか?」
日常的な動作の負担で金属疲労を起こして、ある日突然割れることはある。だが、彼女は指につけていないにもかかわらず割れたという。ハンマーなどで意図的にでも壊さない限り、起こし得ない事だ。
「親父と母さんから貰ったあの指輪か。確かに今朝はそれで大騒ぎだったな。あのときの慌てぶって泣きそうな顔で『おにいちゃんどうしよう』って迫ってきたのは本気で心臓潰れるところだった。おにいちゃんの特権だよなぁ、彼女できないのは恨んでるけど、こればかりは神様に心から感謝してるよ」
「話聞いてた?」
「ああ、慌てるリーアも可愛げあるよな」
「いいように脳内変換するんじゃねぇぞシスコン」
兄妹の関係を保っていられるのか不安でしょうがなくなるメルストであった。
溺愛する兄はシスコンという言葉を否定することもなく、
「いやだってさ、家事も掃除もなんでもできてさ、仕事も服の仕立てや機織り以外にもバルク店長の下で働いてたりミーシェルさんとこの花屋で花とか育ててたこともあるんだ。万能すぎて尊い」
会話が成り立たない。完全に(相手を考慮しない)自分のペースに入り浸っており、とうとうあきらめたメルストは彼の話についていくことにした。
(あー……仕事できる遺伝子が妹の方に偏っちゃったのか)
「どんまい」
「なんでそんな憐れむ目で僕を見つめる」
会計机にうなだれ、今度はミノがため息をついた。
「ただなぁ、めっちゃ口うるさい。なんでもかんでもぴーぴーぴーぴー小鳥みたいに僕をダメ出ししてくるんだ。あれも駄目これも駄目って、お母さんを思い出すよ」
「それはおまえがだらしないからだろ」
ドダドダと騒がしい音が二階から一階へと降りてくる。ミノの背後のドアが勢いよく開き、
「ちょ、おにぃ!? メルストさんの前でそんなこと言わないでよ!」
耳を赤くしたリーアが出てきた。さきほどのおしとやかな一面とは異なり、ひとりの妹としての姿がそこにあった。
「だってホントのことだもんな」とミノは笑う。さらに紅潮するリーアはメルストを一目見た後すぐに、
「わー違うんだって! メルストさん、あの、おにぃの話ウソですからね。言ってることの9割はいい加減なことなんですから! デタラメなんです!」
「そういうウソはやめとけよー、無理に隠すことはないんだぜ? あ、そういやベッドにあったリーアの手作りぬいぐるみさ、あれメ――」
「おにぃぃぃっ!」
棚に置いてあった厚い本をぶん投げ、それはミノの頬をめり込ませる。そのまま椅子から転げ落ち、舞った本はメルストがキャッチする。
がくがくと震えながら、ミノは起き上がりつつ、
「ごほっ……メルストよ。これが妹の実態だ」
「おまえは自分の妹をどう見てもらいたいんだ」
「こういうところも、かわいいだろ」とグッドサイン。
「一度メディさんに診てもらえよ。頭」
「もう、本当におにぃのこういうところにはいつも困っているんです。ひとりだけにしたら生きていけないってお母さんに言われるほどで、おにぃが独り立ちのつもりでこの町に移り住んだ時も、それが理由でわたしもいっしょに暮らすことになって。女の子のことと寝ることぐらいしか考えない困ったさんなんです」
頬を膨らませる。本当に苦労してんだなとリーアとミノを見つつ、ぷっとメルストは笑った。
「ま、なんというか、ふたりって仲いいんだな」
「え……?」
とてもそんなやりとりには見えないはず。そう思った兄妹だが、メルストは和やかな笑みを向けていた。
「兄妹そんなもんだよ。俺もひとり妹がいてさ、いっつも気が合わなくて喧嘩ばっかりしてて、でもたまに懐いてくれたり頼ってくれたりしたのが嬉しかったりで……だからミノやリーアみたいに、今もそうやって一緒に暮らしてるのもすごいし、うらやましいなって」
懐かしく思うメルストは前世、5つ下の妹がいた。幼い時は尊敬もされていたのだが、素直だった彼女が高校二年生になった途端、そっけない態度を取られるようになった。ケンカをすることも数多く、次第に口数も少なくなっていった。後悔の念が頭を締め付ける。
「意外だな、妹いたのか」
「その妹さんは今どうしてるんですか?」
純粋な疑問に対し、メルストは窓際に置かれた花瓶の一輪花を遠く見つめる。
「もういないよ。亡くなったんだ」
自分が大学院に進学して1年目を終える頃か。学会の会場が故郷の近くであったため、ひさしぶりに実家に寄ったとき、彼の妹は受験を終えた後だった。
行きたかった難関大に挑戦したものの、不合格という結果に終わっていた。
受験失敗した上にそれで妥協していた過去を持つ彼は、そっとしておいても妹の気持ちは沈むばかりで、その自暴自棄さに何かしらの危機感を抱いたのだろう、そしてこういうときこその兄の出番だと、今度はあえてお気楽に励ました。小さい頃、泣き虫だった妹を守っていたように、また頼ってくれるようにと、そんな思いだったろう。本人は余裕ない妹に肩の力を抜いてあげたつもりが、それが火種となり大喧嘩へと繋がったのだ。
一緒にいるだけでも嫌気がさしたのか、その大喧嘩を最後に妹は家を飛び出した。
その別れ際のやり取りは今もなお、鮮明に覚えている。
"今まで声すらかけなかったくせに、いまさら兄を演じるな!"
それが最後に聞いた妹の言葉だった。
失踪したのだ。
届を出してからそう日が経たずして発見された。彼女は白銀積もる無人の公園にて、遺体として発見された。やけに眩しい満月が浮かぶ夜のことだった。
死因は急性心筋梗塞と判定された。眠るようなそれに、今となっても本当に死んでいたのか信じられなくなる。肩の付け根まで失っていた右腕を除けば、の話だが。
切断された痕が残ってはいたものの、どうも不自然で、かみちぎられたような痕があった。だが猛獣どころか野犬すらいない市街地にそのようなことがあるはずなかった。未だに失った腕の行方も、そうなった原因も不明のまま。
だが少なくとも……。
自分のせいで、妹は死んだ。謝ることも、仲直りもできないまま。そうメルストは目を合わせないように視線を落とす。
「あ……ご、ごめんなさい。私ったら、失礼なことを」
申し訳なさそうな表情で焦りを見せるが、思い出していたメルストは隠すように微笑みを返した。
「もうとっくの昔のことだよ。気にしなくて大丈夫」
「そ、そうですか……。……っ」
なにかに気づいたようなそぶりを見せ、リーアは窓の外を一瞥した。何気ない動作だったが、メルストには不自然なようにも見えた。
「どうした?」
「へっ!? あっ、いや、なんでもないです。気にしないでください」
(外に誰かいたのか?)
しかし、今見ても花で彩る街並みと数少ない人が通るだけ。それからというもの、そわそわし出すリーアに違和感を抱いた。
この後予定や人でも待たせているのか。しかし急いでいる様子でもない。
彼女の不安げな挙動の意味がわかったのは、数日後の夕刻を迎えたときだった。




