4-2-1.ルマーノの町一番の町娘
両腕で抱えた大きな木箱を、工房の石床にゆっくりと下ろす。ふぅ、と一息ついても、家の中に運ぶ木箱は、まだ外に山の様に積み上がっていた。もう一度、息を吐いた。
「多すぎるってこれ。どんだけ発注してんだよルミアの奴」
天気はいいのに、温かい日差しをさえぎるほどの資材。工房の外に出ながら、メルストはそんなことを口にした。
木箱の中はネジやボルト、ギア、パイプに金属板など、ルミアが機械の開発に使う多種多様の部品が詰まっている。中にはセイヴァリエンジンらしきパルソメーターポンプや始動モーター、発電機など、機械の一部なんてものまで。
ルミアの故郷から取り寄せたもので、月に一度、こうやって大量に送り込まれてくる。これが最終的に蒸気機関らしき外見で動く歩行兵器や機動装具になる。この世界の人間とは思えない脳をもつ彼女にはいつも舌を巻いてばかりだ。
「そうだよねー。ごめんねー、ウチの同僚が中までで運ぶ気遣いができてなくて」
そんな山積みの箱の上に座り、木箱の中身のチェーン部品をおもちゃみたいにいじりながら、手紙配達を務めているユウがのんびりした口調で言う。
うら若いルミアと年が近い彼女はいつもじとっとした眠気眼をこすり、いつもニュースボーイキャップを被っている。いっしょにいる乗用大鳩竜のビーンもキツツキのように木箱をカンカンつつく。「それエサじゃないぞー」とメルストは言いつつ、
「そっちはなにも悪くないよ。というか、よくこんな大量の箱を運ぶことができるよな」
「あーメルストさんもそういうお茶目なとこある感じー?」とニマニマ笑うユウ。「なんのことだよ」の問いは返ってこない。
「まぁここまで多いとねー、魔法を使わざるを得ないんだー。収納だとかー、転送だとか。方法はまだたくさんあるけどー、鳥運びがベターだよ」
「鳥運び?」
丁度箱の傍に留まってきた鳥を見つめながら、
「そこ突かれてしまうと話ずれるけどねー、まぁ言えばでっかい鳥の羽毛に荷物埋め込んだり、括りつけて運ばせたりー、あぁ例外でおもしろいのだとねー、オクタバイレンていう空に浮かぶ巨大なタコに運搬させることもあるよー。ただ気ままに移動するからねぇ、操縦代わりにエイトマン・ジンガーズを操って、オクタバイレンを引っ張ってるよー」
「それなんていうバンド?」
「豚と同じくらい大きなハチの群だよー。馬力が馬の八倍すごいんだってー」
(八にタコにハチ……上手くできてんのか意図的にそうさせてきてんのかわからんな)
ツッコんだら負けだと、メルストの中で葛藤しそうになるが、「そんなすごい生き物いるのか」と軽く流した。
「遠くの国に大量の貨物やお客さん運ぶ時によく使うんだって。よその国だと"風蜂蛸船"って呼ぶらしいよー。んで、ウチのとこだと"煙着式"っていう、煙に魔法を仕掛けて、モノを煙の中に溶け込ませる収納術があるのだー」
「唐突に話が戻ったな」
「その煙はなー、この小さい筒の中にしまえるのだー」と指でつまめるようなサイズの紙巻をポケットサイズの箱から取り出す。タバコ? とメルストは既視感を抱いた。
「へえ」と感心しつつ1立方メートルほどの木箱をふらつきながらも持ち上げる。「よっ、力持ち~」とのんびり口調でユウは褒めた。だが、やはり力が抜ける。
「ユウは手紙届けに来たのか?」
と訊くと、ユウは風に揺蕩う花のように揺れながら手を後ろに組み、
「休憩がてら遊びに来たのだ。けどルミアちゃんいないんだよねー、だから暇そうなメルストさんとお話しようかなってー」
「これのどこが暇そうに見えるんですかね……というか、ルミアと特に仲いいんだっけ。あいつって工房に籠ってるかと思ったら意外とアクティブに人と接してるし、オープンそうでいろいろ謎なんだよな」
会って3秒で友達になるような性格のルミアは、友達の数や人脈は並大抵のものじゃない。その中でもユウは特に仲の良い友人の一人だ。ルミアの多くを知っている、と思われがちだが、意外とそうでもないと思わせる一言をいう。
「それわかりみ。ルミアちゃん何人いるんだろってよく思う。仲が良いのはー、昔々いろいろあったんだとさ。めでたしめでたし」
パンパン、と拍手。むふふー、と満足気な彼女の独特のペースにはついていけない。
「なにも物語始まることなく唐突に終わらせちゃったけどそれでいいのか」
「いいのだ」
それに合わせて、「ポホ~」と鳴くビーン。鳩ってこんなだらしなく鳴くんだっけ、と思いつつ、鼓膜を張らせるようなやさしくも甲高い音を、木箱の中から聞き取った。聞き慣れた音に、ああ、と思い出す。
「そうだった、ガラス器具も発注してたんだっけ」
「メルストさんが実験で使うやつ?」
工房にあった劣化している器材よりも新しい蒸留器や容器瓶、分液ロート……大賢者の許可かつ名誉錬金術師としての権限を活用して、メルストも高い器材を発注していた。
「そうだな。さすが大賢者専用の器材ってぐらいの精巧さだし、相当高かったよ」
前世では当たり前に存在する器材から、とうに時代の流れに埋もれて消えてしまった歴史を感じさせる器具まで。大事にしようとメルストは丁寧に箱を錬金工房の中に持っていった。
「……すごい量」
外へ出てきたとき。ちょうど外出していたフェミルが町の外の方から帰ってきていた。あまりの多さに、家にはいることなく、眺めていた。
「おかえり。少しは浄化の進捗できた?」
こくり、とうなずく。そんな会話が聞こえたのか、運搬物の裏でビーンにエサを与えていたユウがひょこっと出てくる。
「フェミルさんやっほー」
向けた手のひらを振るが、フェミルはユウを見たまま反応しない。無視していないことはわかるが、真顔のまま見つめるだけだ。
「……」
ギィ、と家の扉が閉まるのを、メルストは足で止めた。
「そっ閉じするんじゃない」
「わたし、知らない」
「いつも牛乳渡してくれてるだろ」
対人恐怖症とはいかずとも人見知りのクセがすごいフェミルには、大体は食べ物に関することで逃げることを引き止めさせている。今回も飲食物のワードで動きを止めてみせた。
「……ミルクくれる、郵便屋の、ユウ、さん。おもいだした」
「あれー私そういう認識かー」
頭をぽりぽりかきながら残念そうにユウは苦笑する。ただ気にはしてなさそうだ。
「まぁ新聞や配達物云々はちゃんと目を通してるから安心して。悪い、フェミル手伝ってくれ」
「……ん」
今度は頷かずに、声だけ発した。
大きい箱を軽々しく持ち上げ、軽々と家の中へと運んでいく。あんな細い体のどこにそんな力があるんだ、そしてどこに五人分もの摂取した食料が詰め込まれているんだといつも思うメルストであった。
「あ、メルストさーん。お客さーん」
「ん?」
フェミルを見送って、メルストは振り返る。
小さな丘の上の道を歩いてきたのは、百合のように華奢な少女。とはいえ、ルミアや獣人族の双子姉妹ほど背丈は低くないが、歩くたびに揺れるやわらかな髪は下ろしておりながらも、すくいだした両手からさらさらとこぼれ落ちる砂金のように、思わず目を奪われる。
襟の深いブラウスにアンダーバストタイプのコルセットは、少女の細さと曲線を表し、いたいけな顔にしては似つかわない母性のふくらみが豊かに弾んでいる。
視線を下げていくと、花開くように広がる短めのスカートにエプロンを結んでいる。のぞく脚には白いホウズ。それは細いふくらはぎの整ったラインを肉感的に表し、その終端は歩を進めるパンプスに収まっている。
「リーア~。やっほー」
ゆっくり手をブンブン振るユウに対し、あれっ、と不思議そうな顔を一度しつつも、リーアと呼ばれた少女は落ち着いた様子で小さく手を振り返した。
「あれ、ユウちゃん? 今日は配達員の仕事お休み?」
「んーん」と首を横に振る。「リーアも遊びに来たのー?」
「ううん、私はちょっとルミアちゃんに相談があって」
「相談?」
気になり、メルストは顔を出すように前に出る。ただでさえ見惚れていた上に、さらりと耳を撫でるような透き通った声だったもので、それを隠すために、少し大げさな動きを見せたのだろう。
途端、リーアはびっくりし、もしかしてといわんばかりに目を輝かせつつ、かしこまった姿勢を見せた。
「あっ、メルストさん、ですよね。はじめまして、リーア・テンクスと申します」
ぺこりと頭を深く下げ、金を帯びた髪がふわっと舞っては垂れ下がる。「あ、はい、これはどうもご丁寧に」とメルストも黒い頭を深々と下げた。前世の社会で黒く染まるほど身に染み込んでしまったお辞儀の形は、輪廻転生しようとも抜け落ちないものである。
「ルミアちゃんと兄がお世話になっております。雑貨店の件は本当にご迷惑をおかけしました」
これまた律儀に首を垂れる。ふと、頭に引っかかり、メルストはもしかして、と頭を上げた。
「雑貨店でテンクス……ああ! 聞いたことある名前と思ったら……えっ、まさかミノの妹さん!? ごめん気づくのが遅くて」
「いえ、そんなっ、お気づき頂けるだけでも光栄です」
「光栄って、おおげさな……」
クモ型魔物の糸を人工的に作り上げるきっかけだった、怠け者で無気力な男を思い出す。外見的に年齢が近いのもあり、時々いっしょに会っては遊んだり駄弁ったりして、なんだかんだ仲がいいも、その底知れない意識の低さにはメルストも呆れる程であった。
そんな先入観があるからこそ、メルストは変に大きな声を出してびっくりしたのだろう。さらに口から込み上がってくるリアクションはなんとか思いとどめた。
(いーやいやいやいや、ちょ、誰この天使。話では聞いてたけどマジであのミノの妹なの? いや~遺伝子も残酷なことをするのな。だがしかしこの突然変異はグッジョブだ)
「先日の決闘、おつかれさまでした。あんな戦いを見たのは初めてで、まさかあの"竜王殺し"さんよりもお強いだなんて、本当にこれまで世界に知れ渡っていないのが不思議で……あっ、すいません! 私、失礼なことを」
慌てふためく姿に、メルストは軽く笑った。
「いや全然。でもまぁ錬金術が本業だから。戦いはあまり好き好んでやらないし、どちらかというとこういう温かい日に木陰で本でも読んでいたい、なんて」
(本音はネットサーフィンしながら家でゴロゴロしてたいんだけど)
それでもこの異世界生活にはだいぶ慣れてきている。最初はネットなしで生きていけるわけがないと頭を悩めた時期があったが、無事に禁断症状が出ることもなく順応してきていた。
ふと、家の方から足音が聞こえ、メルストは話しながら振り返った。
「あ、フェミルも会ってなかったよな?」
次の荷物を運ぼうとしていたフェミルは足を止め、リーアの顔をじっと見つめた。またドアを閉めるパターンだな、と足を差し出すスタンバイができたところで、
「リーア、さん……」
「こんにちは、フェミルさん!」
「まさかの知り合ってたやつかい」
こんなのんびりした今日の一日で二回も驚くことがあるとは。
「ルミアの……おかげで」とフェミルは目を逸らす。
「友達できるのはいいことだけど、そのとき半ば強引だったのが伺える表情をしてるのは控えた方が良いな」
とはいえ、友達ができるのは喜ばしいことだ。内気な娘をみる父親のような眼差しでフェミルを見ていたことを、メルスト本人は気付かない。
「あっ、それでルミアちゃんは……」と尋ねたが、「ルミアいないよー。ざんねーん」とユウが両腕をバツ印にして教える。
「え、じゃあどこ行ったんだろ。どうしようかな」
ううんと指で口元を抑えるリーア。どういう悩み事なのか気になったところで、ユウが切り出した。
「メルストさんに聞いてみたら? 困ったときの錬金術師~」
(そんな人をひみつ道具みたいに)
とはいえ、気になっていたのは事実。何とかしてあげたい気持ちは十分にあった。
「え、でも、いいのですか?」
「大丈夫。俺でよければ協力するよ」
そう微笑むと、リーアの表情に喜びがあふれだした。
「あ、ありがとうございます。お忙しいところすみませんが――」
*
「はい、こんな感じでいいか?」
リビングで少しの間待たせていたリーアに渡したのは銀色の指輪がついたペンダント。それを見た彼女は感嘆の声を響かせた。
「すごい! 完全に直ってる! 裏の文字まで……どうやって直したんですか?」
「あー、んー、錬金術に金属配合法っていうのがあるんだけど、これ以上は業務的に秘密」
軽く誤魔化す。単に物質構築能力で指輪を輪から棒へと切り離し、分子結合を組み換えたことで罅を修復しただけだった。
(なんだかんだ、少しずつ能力の精度が高くなっている気がする)
コントロールができるようになったことに、内心喜びの笑みを浮かべた。まだまだ、自分が考えている以上の能力を開発できるかもしれない。そう思うと、わくわくしてきていた。
メルストから出た聞いたこともない言葉に理解はできなくとも、リーアはなぜかみっつほどに砕け割れていた指輪が完全に修復されていることに満足だった。
「へぇ~! 指輪なんて直せる人なかなかいないので助かりました」
「親からもらった大事なお守りだもんな。これからも大切にね」
「はい、ありがとうございます! お兄に続いて、私までいろいろお世話になりっぱなしですね」
「頼りにされるのは嬉しいことだよ。それだけ嬉しそうな顔してくれたら、こっちも頑張り甲斐があるし、俺からもありがとうって言いたいぐらい」
「もう、メルストさんったらおかしな人です」
「そうかもな、はっはは」
互いに笑うふたり。ペンダントを手に持ちつつ、
「やっぱり、指輪は指につけた方がいいかもしれないですね。今度はなくしちゃうかもしれませんし」
「それじゃあ、チェーン取る?」
リーアが「ご迷惑でなければ」と首を縦に振る。再び指輪の付いたペンダントを受け取り、チェーンから指輪を外した。
「メルストさんがいてくれて助かりました。ルミアちゃんだったらそれなりにお金取るし……」
(あいつ友達相手でも安くしないからな。「それが商売ってもんでしょ」と言いそうだけど)
苦笑したメルストは、だろうな、と言わんばかりの顔だ。
「まぁ今回はサービスってことで。じゃ、ちょっと手を出して」
「え、はい……?」
綺麗な右手を差し出し、リーアは首をかしげる。メルストはそのちょっとでも力を入れたら壊れそうな手をやさしく取り、その薬指にすっと、指輪をはめ込んだ。
「はぅあああぁあぅ!?」
突如の奇声。ぼふん! という擬音語が聞こえんばかりに顔どころか頭まで紅潮し、湯気を吹く勢いだ。手を引っ込めたままズザザザザ! とリビングの壁際まで身を引かせる。
びっくりしたメルストだが、その一瞬だけでは何が起きたかわからなかった。明るい振舞をしつつもおしとやかな彼女がここまで目を渦巻き状にぐるぐるさせんばかりに動揺して叫ぶとは、何事なのか。
「あっ、ごめん! 痛かった? もしかしてサイズ合わなかった?」
立ち上がり、右手を抑えているリーアに声をかける。耳まで赤い。指輪に変な魔法とかかけられてないよな? と一つの可能性としてメルストは考える。
「ごめん、すぐ調節するし……えと、外せる?」
「い、いぃ、いっ、一生外さない!」
「なんで!?」
「しつれいしましたああぁぁぁ……」そう挨拶しながら猛ダッシュで家を出て行ってしまった。
唖然としたメルストだが、静かになった今、やっと彼女が顔を真っ赤にしていた理由を考えつく。
「つけたの左薬指じゃなかったし、特に問題はないよな。いや、異世界だと違うのか? ……あー、そもそも普通は自分でつけるよな。恥ずかしいことしちゃった」
好きでもない男にされてきっとショックと羞恥に苛まれているだろうなと心配しつつ、若干の後悔に駆られていたときだ。
「街で人気の町娘および我が親しき友のリーア・テンクスにまで手をかけるとは、やはり隅に置けぬ男よ」
「いや出してない出してな――あれ、どこから。……なんで天井に張り付いてんだ」
見上げると、虫のように張り付いているルミアがいつの間にかいた。細い胴に分厚い円盤型の装置を付けており、両手足にはめている手袋は、手のひらと手の甲に大小異なる肉球のような吸盤がついている。
「メル君からゴムの塊借りたことあったじゃん?」
「知らねーよ。毎度毎度許可なく盗むなよ。ただいま言えよ」
「あれを吸盤のように加工して真空装置と合体させて、誰でも壁や天井を這いつくばるヤモリのようになれる手甲と靴を開発したのはいいんだけど、意外と天井から見た景色って高所恐怖症的なアレをそそらせるよね」
と言い切った同時にルミアの手足に吸着していた木板の天井がメキリと剥がれ落ち、床を軋ませては大きな音を出す。まるで天井を移動していた虫が足を滑らせて床に落ちてきたような様だ。
「こればかりは俺でも直せないな」と穴の開いた天井を見上げたとき、足元に何かが当たる感触。
カラン、と音を立て転がるそれは、銅の光沢を放つ金属製の円柱状の筒。細長い缶だが、先端に何やら小さな穴があり、またグリップがある。捻ったら上部のフタらしき部分が取れ、別離できるのだろうか。
「なんだこれ。ルミアの?」
それを拾い上げたメルストは、ルミアにみせる。振ると液体の感覚が手のひらで感じ取れた。
「あぁ、それあたしが作ったやつだ。ミノの雑貨店に売らせてるものだけどね、とりあえず『どうせろくでもない爆弾の類だろ』みたいな顔をしないでほしいかな」
「え、ちがうんだ」
「失敬だにゃ。これは非力なロリショタに興奮するド変態を半殺しにするための防犯道具なのよさ」
「対ルミア用の防犯ねぇ……ごめんって、前言撤回するからそのぶっといハイスツイストドリルを下ろそうぜ。てか半殺しにする時点でどのみち兵器として近いもんだろ」
「ふん、素人が抜かしやがる。舐めてっと火傷するぜ小僧」
「誰の真似」
起き上がり、渋い声(のつもり)でハードボイルドなおっさんを演じつつ、慣れた手つきで筒を扱う。
「いいか、一度しか言わねぇ」
「二度も聞きたくねぇよ」
「これを前に向けて握ってよ、んでこの手前を捻ったらここで驚けィ!」
と叫んだと同時、見事に真っ赤な霧が筒の底から勢いよく噴出された。ただ噴射する先が前方ではなくルミアの顔面だったが。
「あがぱぁあああああ!! 目っ、目がァアアアア!!!」
「開発したのお前なんだよな?」
こいつ今日は厄日だな、とさすがに同情せざるを得ない。
しかし激辛催涙スプレーとは。どこかデジャヴを感じつつも、原案者はさきほどのルミアの口ぶりから、彼女の所持品ではないだろうと捉える。
ということは。意外に思うが、それ以外考え難い。
「これ……リーアのか?」
再び転がっていくそれを拾い上げたメルストは、顔をおさえてゴロゴロと猛烈にのたうち回るルミアの傍に、白衣から取り出した冷水の入っているボトルを置く。「それで皮膚冷やしながら流しとけば少しは抑えられると思うよ」と言い残し、友人の経営する雑貨店へ向かった。