4-1-6.あきらめの悪さも英雄級
突如終え、勝負の行方を把握しきれなかった者も少なくない。ただ目の前の起きたことに驚くしかなかった。
「うぉおお!!? 結界がぶっ壊れた!?」
「今の素手だよね!?」
「魔法か!?」
「早すぎてなにも見えなかったぞ」
「落ち着け、まずはアレックスさんの手当てだ! 意識がないぞ!」
「いやぁあああアレックス様ー!」
アレックスについていたギルド会員の大半や一部の町人が、吹き飛んだ英雄のもとへ駆けつける。こちらまで聞こえる彼らの声を聴くに、命に別状はなさそうだが、紅蓮色の鎧まで砕け散り、重傷なのは誰の目にも見えていたようだ。
「……おい審判。勝ったの誰よ」
ふと呟いたジェイクの声に、審判を務められたエリシアは我に返り、拡音魔法で観衆全員の耳に届くように、声を張り上げた。
『け、決着がつきました! アレックス・ポーラー様は意識不明のまま場外。よって勝者は、メルスト・ヘルメス様です!!』
――ワァアアアアア!! と戸惑いの声が塗りつぶされるくらいの歓声が沸き上がった。これに応えるように、メルストもくたくたに笑い、黒剣を天に掲げた。
ボロボロに焼け焦げた白衣を着直し、一息をついた後に、十字団のいる席へと足を運ぶ。
「ありがとメルくぅーん! あたしの為にここまでしてくれるなんて!」
ルミアに飛びつかれてはぎゅーっ、と強く抱きしめてくる。危うく押し倒されそうになるも、踏みとどまった。「痛い痛い、ちょっと怪我してんだから」と引きはがそうとする。
「メル君こそがあたしの結婚相手だよー! ココロもカラダも相性最高のベストカップりゅ――」
ルミアの言葉は塞がれる。メルストの右手によって、ぷにゅっと両頬を強く掴まれた。
「そもそもこんなめんどくせぇ大事にまでしちまったのは誰のせいだ」
「しゅいあしぇん(すみません)」とタコのような口にされたまま謝る。
それにしても、と人が集っている方を振り返った。
「あの人無事かな。鬱憤晴らす勢いで殴っちゃったから罪悪感が」
「エリちゃん先生が念のために行ったから仮に死んでても大丈夫だよ」
「それは大丈夫と言うのか」
心配しに駆けつけたエリシアの背中を見る。まぁあの人がいるならすぐに治るだろうとメルストは一種の安堵を覚えた。
「いやーいいもん見せてもらったぜ。見ているこっちもスカッとしたわ」
席に座ったままのジェイクが、偉そうに笑う。そりゃどうも、と軽く笑い返した。
「メル、おつかれ」
目の前に立っては表情のない真顔をフェミルは向け、汗拭き用のタオルをメルストに渡す。
「やっぱり、メルは……つよい」
すると、唐突なジェイクの殺気を感じたメルストはすぐにふたりから離れた。
「やっぱテメェは気に食わねぇ」
「俺なんにもしてねーじゃん。どうすりゃいいんだよ」
「〇ね」
「ダイレクトが過ぎる」
やっぱり自分とは相容れない男だと頭をかいた。
「おい! おまえ汚ぇぞ!」
怒号にも似た声に、彼らは振り返る。金属の装備と武器を身に着けた冒険ギルドの人たちに、アレックスのファンらしき女性陣がこちらを睨みつけていた。
「どんな小汚いズルをした。そんなんで勝って嬉しいのか? ああ!?」
「そうよ! あの竜王殺しのアレックス様が敗けるはずがないわ!」
「そうよそうよ、何の小細工をしたのよ!」
やはりこういう人たちはいるものなのか。哀れに思ったのか、ルミアは思わず吹き出す。フェミルに至っては冷めた目を向け、あきれ返るような小さい溜息をついた。
だが、冷静に受け入れたとはいえ、責められることに慣れていないメルストはたじろぐばかりであり、答えようにも応えづらい。つい謙虚になってしまっていた。
「いや、小細工も何も……えっと、俺は……なんかごめんなさい――痛っ」
バシン! と背中を強く叩かれる。一瞬だけ足が地面から離れた。
「なんでテメェが謝ってんだよ。こっちは勝ったんだ、堂々としてろ」
前に出たジェイクに、抗議した全員が少し引き下がったようにも見える。彼の顔は悪い意味で知られている。
「テメェらいい加減にしろや。なんでもありで何をしてもいいって言ってたのはあの身の程知らず野郎だぜ? 文句言われる筋合いはねぇだろ」
「お、おまえは黙ってろ。人間のクズのくせに、大賢者様のすねをかじる犬が口出しするな」
短気なはずのジェイクは珍しく怒ることなく、ただの戯言と受け流したように鼻で笑った。
「節穴が、事実受け止めろってーの。こいつはこの拳で、真正面からぶちかました。そこになんの不正があるんだ? あ? 答えてみろや、動きすらまともについてこれなかった節穴のくせによ」
長身を屈め、ずいっと顔を寄せる。また一歩、後ずさりをさせた。その当然の様子を見てか、ジェイクはメルストを一瞥する。
「なんなら、テメェら全員でこの黒髪童貞を裸で縛ってリンチしてもいいぜ。どーぞ存分にやってくれ。それでも俺はテメェらが敗けるに一億C賭けるがな」
「ぐっ……」
人としてどうかとはいえ、十字団の加入者であるジェイクの強さはギルド内でも認めざるを得ない。その男がここまで評価することと、アレックスを一撃で戦闘不能に陥らせたことの事実に、彼らは否定しつつも納得するしかなかった。
「それと、アレックス・ポーラーが勝つに賭けてた奴等は全員俺らにカネ寄越せ。おい郵便女、署名と金額入った箱持ってるだろ。丸ごとくれ」
「あーい」
賭け金を集めていたユウは相変わらずのんびりした様子で、両手に持った集金箱をジェイクに渡す。
「ギルドのみなさーん、ごちになりまーす!」とルミアは上機嫌な顔で両手を合わせあざとく告げる。ジェイクから集金箱を横取りした彼女はバルクの酒場の面子の前にスキップしていき、「今日は宴だー!」と叫んでいる。メルストに賭けていた一同が盛り上がる一方で、当の本人は釈然としない顔をしていた。
悪人でもない、むしろ英雄を蹴ってしまっただけに、罪悪感を感じていたメルストはどうすればいいか悩んでいた。人に責められたショックもある。そのまま帰っていくルミアとジェイクの背をなんとなく見ていた。
「んーなんかなぁ……まぁ勝負だからいいんだろうけど」
「……メルは勝ったから、誇りに思って、いい。みんな、勝手にかけたお金、もらって文句……いう人、いないから」
袖をくいっと引っ張り、「……メル、すごかったよ」と最後にフェミルは呟く。「まぁ……そうだな」と少しだけ元気づけられ、ありがとな、と礼を言う。
「帰らないの?」とフェミルが言ってきた一方で、治療を終えたエリシアが戻ってくる。
「かなりの重傷でしたけど、命に別状はなかったです。明日にはすっかり回復しています」
それを聞いてほっとする。殺し合いのような試合とはいえ、本当に命を奪ってしまったら後味が悪い。
「てか、約束どうするんだろ。まぁ気絶してるし今度会ったら言うとするか」
「おい! おまえ! 黒髪で白衣の兄ちゃん!」
アレックスの無事を確認し、ひとまず帰ろうかとした矢先、またも怒鳴るような声が聞こえてくる。半ばあきらめな様子で返事した。
「おまえすげぇよ! あいつアコード中の全ギルドでも最高クラスだぜ!? おまえどんだけ強いんだよ!」
「え?」
「大賢者様の結界だって、その腕力でぶち壊した奴ぁ初めて見た!」
「あのパンチは痺れた! ファンになっちまったよ」
呆気にとられるメルスト。ギルドの戦士や町の人、そして子供たち。メルストの周りに集まってくる人々に、どう声を返せばいいかわからなくなっていた。好意もって囲まれることはメルストにとってはじめてだ。
ひとつの落ち着いた声が、集う人々をかき分けていく。目の前に来たのはギルドの関係者――眼鏡をかけたギルド受付嬢の"シェリア・キンスキー"も称賛の拍手を捧げていた。
「メルストさん、ですよね。エリシア大賢者様からあなたのことは存じていましたが、まさかここまで実力があるとは……さすがアーシャ十字団の一員、と言えばよいのかどうか」
困惑とも複雑ともいえる表情。褒め称えたい気持ちもあるのだろうが、まるで常識がひっくり返ったような事実を目の当たりにした顔をしている。
「あの戦いと勝敗の結果に受け止めきれず目を疑うばかりなのが正直な感想ですが、ともあれあの"竜王殺し"から勝利を掴んだことに敬意を表します」
「えっと、ありがとうございます」
恐縮を体で示したメルストに反し、
「でしょでしょ、メル君すごいのよ」
聞こえていたのか。飛びかかるように腕に抱き着くルミア。なにかと都合のいい奴だとメルストは思う。
「ただ、ここで働く人財を失いかけたのはよろしくないのも事実ですが」
そうシェリアは鋭い目を向ける。優秀な働き手を怪我させることは、ギルド側にとっては控えてほしいことだ。
「いや、あれは果たし状出したあっちに原因がある訳で……今なんて言った? ここで働く?」
「今日申していたことでしたが、ここのギルドに配属するそうです。貴女の為だとおっしゃっていましたが……」
ということは……。
これからも面倒な事態が訪れる予兆に、ルミアは硬直する。
「ルミア、どんまい」
ポンと肩に手を置き、そう慰めることしかできないメルストであった。
それからのこと、醜態をさらしてしまったアレックスだったが、やはり肩書が本物なだけあり、ファンの数は大して減ることはなかった。
そもそも、肝が病的に大きいだけに懲りることも屈辱することもなく、それどころか宿敵としてメルストを見るようになり、頻度は少ないも、会うたび決闘を申し込まれるようになった。
そのたびメルストに瞬殺されるが、その不撓不屈の精神は一種の尊敬を覚える程だ。その瞬殺の様子を見ていくうちに、冒険ギルドの猛者たちはメルストに対する見方が変わっていき、いつしかアレックスほどまでいかなくとも、慕う者も出てくるようになっていった。
最近、十字団の拠点に何通かのファンレターがメルスト宛に届いてくる。気の利いたことを言うのが下手だと自覚しているメルストは、しばらくはむやみやたらに町へいけないなといいながら繰り返し読み返すほど嬉しい反面、少しばかり困惑していた。ぜいたくな悩みである。それに対しルミアが嫉妬し、いたずらが増えたのは言うまでもない。
ともあれ、良し悪しがあれど、諦めが悪く真っ直ぐな人ほど厄介なものはないと、メルストは思うのであった。
《次回》
エリシア「妹、いいですよね」
メルスト「いきなりぶっ込んできたなぁ。またルミアに感化されたの?」
ルミア「エリちゃん先生らしくない言動=あたしのせいにするのよくない風潮さね。風評被害だにゃ」
メルスト「風評被害を具現化したようなやつがよく言えたもんだよ」
エリシア「私は末っ子でしたので、頼りにしてくれたり甘えてきてくれる妹がいると、すごい……しんどいです」
メルスト「あなや、大賢者様であろう御方が語彙力を失ってはなりませぬ。……」
ルミア「その"おまえの差し金のせいだぞ"みたいな目を向けるのはやめちくり」
メルスト「エリシアさん、経験則から言わせてもらうと、実の妹よりも他人の妹の方が――」
ルミア「夢を壊すな。削ぐぞ」
メルスト「何を!?」
次回(仮)「兄妹はどうしてこう真逆だけど変なところで似るのか」
《補足》
・英雄
一口に英雄と称しても様々な種類がある。それこそ、人々を脅かす天災を押し退けた戦士から、不治の疫病から人々を救った医師など、国の為および人々や世界を驚異的な困難から助け、導いたものに捧げられる称号である。一般的にはアレックスやロダンのような、超人的な人種が怪物を討ち取ったケースでの英雄が有名である。国によって英雄の人数は様々であり、英雄になる際、六大賢者より正式なふたつ名と、多少だが"女神の加護"という特殊な魔法を発動できる力を授かることができるという。
・竜王
巨龍ゼルス・ドーマの異名。巨人族の国"ケイオネスの手"に生息していた世界有数の「神」と称される一種。魔法生物の域を超えた存在であり、雪原覆う新期造山帯を凌ぐ巨体を誇る。数々の伝説と神話が遺されているが、大山脈の如く大陸に居座る個体は幼体であり、成体になると天空の彼方へ舞い昇っていくと云われているが、成体がどのような姿なのかは誰も見ていない。アレックス・ポーラーは命からがら竜王を一人で討伐できた。




