4-1-4.鐵の錬金術師VS焔の竜王殺し
戦闘描写メインとなります。
「往くぞ! メルスト・ヘルメス!!」
アレックスは猛り、焔聖剣イフリアを大きく斜めへと振り上げた。
その一連の動きは早いものの、ジェイクやルミアの人並外れた剣技と比べれば肉眼で捉えきれないほどではない。この距離からだと剣刃は届かないはずだが、と感じたメルスト。しかしすぐさまアレックスの太刀筋から離れた。
その判断が正解だったと分かったのは直後のこと。一閃の太刀筋は虚空を切り裂く斬撃と化し、切っ先の延長線上――大賢者の魔法陣や結界に衝撃が叩き付けられた。
びりびりと震える大気と結界。そして焼き菓子のように容易く砕ける石煉瓦。生じた爆風にかわした身を乗せ、メルストは白衣をはためかせては転がって、受け身を取る。
(いま斬撃が飛んだのか!? 漫画の世界じゃあるまいし!)
「うぉぉ!! 結界に切れ込み入ったぞ!」
「やっべー、風感じたー」
「地面までえぐれてんじゃねぇか、結界がなかったら俺達真っ二つになって死んでたな」
「けどエリシア大賢者様の防護魔法だぞ……他の魔術師とはわけが違うのに」
「流石アレックス様! 素敵です!」
湧き上がる歓声。結界越しの温度差は激しく、メルストは冷や汗が噴き出る。避けなかったら自分の身体はどうなっていたか。想像したくない未来だ。
「ほぉ、かわしたか」
(今のは小手調べ程度。……試してるのか)
含み笑い、次の一手へと移る。とっさにメルストは黒煌の剣を盾代わりに防いだ。
「ぅぎッ――!?」
本当に同じ人間か。前へ構えた剣がとてつもない力で弾かれ、身体が流される。足から感じるはずの重力が一瞬無くなり、背中に強い風を浴びては踵から再び地に着く。
反撃の目を向けるが、アレックスはそれを許さない。距離を殺され、迫りくる赤色の暴風に、メルストは反射的に防ぐばかりだ。
突きつけられた炎剣が鼻っ面をかする。これまで触れてきた炎とは比にならない膨大な熱を顔面に浴び、すぐさま体をひねって結界沿いへと転がり込んだ。
「やはりその程度かメルスト・ヘルメス! これでは二分も持たずと決着がつくぞ!」
(くそっ、やっぱり剣じゃ歯が立たねぇ)
息を切らすにはまだ早い。しかしどこを見ても、その男に隙が見えない。まるで全身に灼熱の炎をまとい、彼の身体から八方へと砲口が向けられている感覚だ。
「メル……最初から、見切られてる」
フェミルの眼で追いつけている以上、まだ竜王殺しの本気は垣間見えてすらいない。すぐさま決着をつけない様子に、ジェイクは舌打ちを鳴らす。
「手抜きが。あの野郎ナメ腐ったマネしやがって」
「それあんたに言えることじゃないけどね。メルくーん! 今までの修行を思い出してー!」
爆撃と槍の風雨と圧倒的暴力の印象しか残っていない十字団との戦闘訓練を思い返せば、確かに修行だっただろう。あれで生き残れたんだ、今回だって、と思い始めたとき、視野がひとりの男から周囲へと広がった。
アレックスの右後――エリシアと目が合う。両手を握り、ハラハラとした表情で見ているのがわかったとき、メルストは心に余裕を取り戻す。大丈夫、とエリシアに小さくうなずいた。
そんな彼の目を見て、察しがついたのだろう。アレックスの口角は上がった。
「時間はまだある。少しは骨のあるやつだと思わせてくれよ、メルスト・ヘルメス」
「いちいちフルネームで呼ばなくて結構です」
込み上げる力はつま先、脹脛、太腿へと流動する。後退していた運動エネルギーを一気に前へと急転換させたその脚力は、風の音を奏でる。
薙ぎ払うような大ぶりの一本を繰り出す。当然、それはいとも簡単に弾かれ、メルストの身体の向きは反対方向へと回転される。いや、弾き返されたと同時に引き下がったのだ。加えられた力と共に込められた逆回転は一瞬。裏拳の如き挙動でアレックスの頭部――こめかみを狙う。
皮膚に黒刃が触れ、まさに手ごたえというものがあったはずだ。だが、それは相手も同じ。互いの腕が交差され――メルストの首筋に炎剣がめり込んでいた。
あれは黒剣のひと振りを防いだものではない。弾いた勢いのまま、自身の首へと狙うための一太刀だったとメルストは気付いた。
防ぎもせず、相手を討ち取ることしか考えていない。そこに慎重さの欠片もなく、大胆で、どこまで自分に自信をもっているんだと驚かされる。しかし、このとき死を感じたのはメルストの方だ。
「――ッ」
次の一手は剣を握らない左手に用意してある。だが、間に合わない。
発動した"時空転移能力"。莫大なエネルギーを放ち時空を歪めることで、自分の座標を転換させる緊急回避法は、己の人体に多大な負担がかかる。
逃げる真似はしない。ほんの少し位置が変わり、アレックスの太刀筋に入らない懐へ――黒剣を薙いだ。
ギィン! と金属同士がぶつかり響く音。鎧覆う腹部に感じた重みを受け、アレックスは横へと吹き飛ぶ。否、斬られないために、そして威力を緩衝させるために自ら後退した。ふとした違和感で、視線を落とすと、火竜の甲殻で作られた傷一つない鎧に深い切れ込みが入っている。
地に着いた足でブレーキをかけ、回転を止めるメルストは、アレックスから視線を外さないまま、すぐさま首元を抑えた。
(い゛ッッッでェェ!!! ゲルごと皮が蒸発しかけるってガチで殺しにきてんじゃねーか!)
衝撃は骨まで入ったか。しかし、狭角で斬撃を受け止めたからだろう、斬衝作用が大きく働くことはなく斬撃のエネルギーは側方へ逃げたようで、メルストの首は繋がったままだ。
決闘開始寸前、あらかじめ彼の皮膚には、物質創成能力と物質構築能力によってほぼ水分で構築された多重ゲルでコーティングされていた。
それぞれ性質の異なる層であるため分散力、圧縮破断応力共に非常に優れ、切断に強い特性を持っている。多少耐熱性にも秀でるよう設計したが、鋼鉄をも溶かす熱を前に無力だったようだ。
だが、あるのとないのとでは生きているか死んでいるかの差だっただろう。最低限のダメージで済んだだけよかったとメルストは短いため息をつく。
「っ?」
なんだ今のは。
眉をひそめた英雄は焔聖剣をくるりと回しては小さく浮かせ、持ち直す。
「その漆黒の剣、君が錬成したものか」
「竜王殺しに勝つため多少加工したものです。叩き折れないだけの頑丈さはありますよ」
「この鎧に触れても溶けぬどころか、傷をつけれるとはどれだけの業物かと思ったが……名誉錬金術師と国に勲章を授けれらただけのことはある」
今度はアレックスから攻撃を仕掛けた。炎剣は一層激しく燃えだし、眩い白色の炎を纏いだした。
真空波のように次々と飛ばす熱斬波は目に見えない。だが、風を感じることには慣れている。フェミルとの鍛錬を思い出しながら、メルストは飛ぶ斬撃を避けながらアレックスに迫る。
(石が燃えたまま……あの剣に三フッ化塩素でも仕込まれてんのか? いやそんなことしたらアレックスさんもう死んでるか)
真空波が通った後はケーキのようにすっぱりと石煉瓦が斬れ、燃え続けている。
右へ、左へ、体をひねっては跳んで。忙しなくかわしつつも、着実にアレックスに近づき、おりから剣戟の響きが起こる。
ふたりの激闘ぶりに息を呑む者、昂る者、ただ圧巻される者、冷静ぶって観ている者……ともあれ、それぞれ驚きを隠せずにいた。結界越しで見ているはずなのに、振動も風も皮膚を突き破って心臓へと到達される。
「全力ではないにしても、たかが錬金術師相手に容赦ねぇな。やりすぎだろ」
「仕方ねぇさ、恋人賭けた男同士の決闘なんだからよ、力むのは当然さ」
「けどその相手が……」ちらりと十字団のいる席に目をやる。
「あのルミアとはなー。まぁ美人だってのは否定しねぇが」
「結ばれたとしても、さすがのアレックスさんも手が焼けると思うぜ? うはは」
「毎日爆撃三昧。火薬と爆炎が飯の代わりだなんて、俺ぁごめんだぜ」
予想に反して錬金術師がすぐに倒れない。むしろ段々と勝負がおもしろくなり、夢中になっている人が増えてきていた。
冒険者ギルドの戦士を務める壮年の男が、肉眼でついていけない戦いに、ふと口を開いた。
「しっかしあの錬金術師、かなりすばしっこいな。あの猛攻で一度ももろに受けてねぇぞ」
「俺なんか模擬試合のとき、手加減されても全然見切れなかったのに」
「馬鹿、俺たち以上に手を抜いてあげてんだろ。百歩譲って十字団でも、流石に錬金術師とじゃ戦力差がありすぎる」
「……それにしたって速すぎねぇか?」
アレックスは気付いていた。
剣では圧倒的に自分が勝っている、揺ぎ無い事実。素人どころか手練れの剣士でさえも見切れない剣捌きを現に今、繰り出し続けているにもかかわらず、この少年は自分についてきている。やはり十字団の一員であることに変わりはなかった、と受け入れる一方で、また別の疑問が生じる。
受け止めてるのは漆黒の剣だけではない。その両の手腕をも駆使して焔聖剣を度を越えた速度で捌いているのだ。
手甲具か? だがあらゆるものを燃料物のように燃え上がらせる業火魔法と、龍の強靭な骨肉ごと断つ剣撃を受け続けられる防具など存在するはずがない。腕も原形を保てるはずがなかった。
白衣術服から覗く錬金術師の手は、光をも呑み込む黒い砂礫のようなものに覆われていた。凸凹なのは炎剣で切り刻んできた故に形状が歪になっているのか否か。だが、ふしぎなのは鎧であろうその黒い手腕がどれだけ傷つけてもすぐに修復することだ。
(金属魔法? いや、それにしては地面が変わった様子もない。服の中に原料でも仕込んであるのだろうか)
考えたアレックスだが、その質量は服の中に納まりきらないことに気が付く。なんともふしぎな事象を前に、賞賛の口を開く。
「なんとも錬金術師らしい魔法だ。この私でさえも見たことがないが、それが勝利の算段にはならないだろう」
「こんな中、ハァッ……よく、喋れる、もん……ですねッ、……ハァッ」
紅蓮に染まる暴風の中、黒に輝く剣と白い外套が舞う。直径16メートルのリングは業火と真空波が飛び交い、結界は絶え間なく衝撃波を受け止めている。
もろに受け止めた一撃は軽々とメルストの身体を浮かし、続けて槍で突き上げるような蹴りがメルストを高く打ち上げる。瞬きをした途端、飛ぶ矢の如く飛んできた焔聖剣を反射的に弾き――だが、飛んできたアレックスがそれを手にした時、メルストは瓦礫の地面に斬り落とされていた。
「トドメだ! メルストォ!」
空から鉄槌を振り下ろさんばかりに剣を突き立てメルストの首を狙ってきていた。息をする暇もないと、メルストは左拳を地面にたたきつけ、生み出したエネルギーを力に変える。
(冗談じゃねェ!)
自力では起こし得ないスピードで横たわったまま回転させ、アレックスの下突きを避けた。ドゥン! と真下に大砲でも撃ち込まれたように、砕けた地面と噴き出した火炎が、メルストをリングサークルの端へ転がしていく。
「ハァ……ッ、これ殺し合いする話だったっけ――ッうごが!」
「受け身と逃げるのだけは得意なようだな!」
起き上がった途端、またも剣戟が振るわれる。
受け止めてはダメだ。なるべく力を流さないとまた同じ手を喰らう。
(くっそ速えしくっそ痛えし、本当になんなんだよ、ていうか英雄ってなんだよただのバケモンじゃねぇか! これ"カルビン"だぞ!)
メルストの腕および、剣の漆黒の正体は金属ではなく炭素でできていた。
グラフェンチューブとカルビンという物質で構成されたそれは、硬度や剛性だけでもダイヤモンドの3倍はある。その上、メルストは原子を生み出し、分子の操作を司る力を持つ。壊れたとしても瞬時にして流動化・修復を可能とした。
だが、それでは長期戦に持ち込んでしまう。それはアレックスも同じことを考えていたようで、キリがないと思ったのだろう。焔聖剣を引き、バッと左手をメルストの眼前に突き出した。
「"獄炎餓狼"!」
発火した手から放たれた黒炎が牙を向く。まるで生きているかのようなそれは、身の毛がよだつ焔音を呻き、結界の壁へ至るまで黒い爆炎が突進する。
「――ッ、なに? 何が起きたの!?」
「"煉獄魔法"っ! 今のは死んだろ!」
火炎魔法系統でも最高級、それも特定の者かつ特定の条件でしか使用してはいけない、禁術すれすれの超高難易度魔法。それを短縮詠唱かつ一瞬で発動させたことに、大賢者も口が塞がらなかった。
だがすぐにハッとし、メルストの安否が気になった。煉獄魔法のほとんどは、発動の調整次第で魂を焼き尽くされると云われる魔法。すぐにでも駆け出していきたいと、脚が前に進みかけた。
次回"魅せてやんよ"
明日の夜、更新予定




