1-2-4.初夜の君
センシティブな描写がありますので苦手な方はご注意下さい。
黄金色の三日月が綺麗な、その日の夜。
元々は空き倉庫だったらしいL字型の建造物を民家と工房へ大改築したため、スペース的に個室はルミアとエリシアの二人分しかない。気を失っていたメルストが寝ていた場所はエリシアの部屋だという。
「じゃあ俺はそこのソファで寝させていただきますね」
ダイニングの席を立ち、リビングにあるふたつのソファへと向かおうとしたとき。
「いや待て。ウェイトウェイターウェイティスト」
「動詞に比較級は無いぞ」
「女の子の部屋しかないとはいえ、客人をそんなところで寝かすわけにはいかないでしょ。ね、先生」
ルミアの誘導的とも捉えられる人の振り方。しかしはっきりとエリシアは頷いた。
「ええ、恩人でもありますので、ちゃんとした場所でないと私も申し訳ありません」
いい人たちだなとつくづく思うメルストだが、それでも首を立てには振らない。
「ああと、嬉しいのは山々だけど、俺は男だしソファや床ぐらいどうってこと――」
「違うんだよメル君。男だからこそ、いっしょに寝るべきなんだよ。そういうの期待しないのかい?」
「る、ルミっ!?」
エリシアが紅潮し、戸惑いの反応を示す。いたずらげににやにやするルミアに対し、メルストもその意味を理解しきったとき、途端に男としての期待が爆発的に膨れ上がった反面、理性に抑制される。挙動が一時停止した。
しかしそこは理性を優先する他なかった。
「……いや、さすがに、それは、ダメでしょ」
「言うと思った」
(なんで訊いた)
まだ会って初日。男としては大歓迎だが、逆にそれでいいのかと彼は困惑する。
「ま、ゆうてもー、同じ部屋で寝るぐらいならいいでしょ。ね、先生。なんか顔赤いけど大丈夫? 奇声も発してたし」
「あっ、えっと、その……」
メルスト以上に戸惑っている。ルミアの余計な一言もあるだろうが、恥ずかしさによる紅潮。生粋の初心の反応を見、ルミアはじと目を向け、半ばあきらめの顔で断った。
「あー無理ならあたしの部屋でもいいよ。先生の恩の大きさはそのぐらいだと受け止めておくけど」
「いえ、ここは私に引き受けさせてください。この命、救われた身として退くわけにはいきません」
挙動不審から一変、急に凛とした顔で言い放っている。
(単純にも程ってものがあるぞ)
張り切って「メルストさんがご就寝できるよう準備しておきますね!」と部屋の中へ入ってしまう。上手くいった、というルミアの顔をメルストは見逃さなかった。
「じゃ、メル君はエリちゃん先生のところで」
ハメ外すなよ? と黒い笑み。やはりからかいもあったか。
こいつには前科がある。また何か仕掛けるんじゃないかと半信半疑になるメルストであった。
――そして現在。予想とは斜め上の方向で期待膨らむ出来事が今、起きようとしていた。
目の前には一枚の扉。あの向こうに、ベッドでエリシアが待っている。
「……」
頬が吊り上がる。我に返るようにすぐに自覚し、背中を向け壁に手をついた。ゴン! と頭突きをひとつ。
(いや別に同じベッドで寝るわけじゃないから! 添い寝とかそんなロマンスが待ってるほど現実甘くないから! あの人一応王女だし? 大賢者だし? いくら恩人でも監獄で寝てたギルティピーポーの俺が同じ高さで寝れるわけないじゃん。百歩譲ってドア開けたらベッドの下に布団が敷いてある状態だよ絶対。それか鉄格子がお布団代わりというのもおかしくないし! そもそも罠かもしれないし逮捕されて再処刑コースだって――そうだよその可能性大だよ何軽くハニートラップに引っかかってんの俺! え、急に現実見てしまった気がして心が虚しくなったんですけど!)
個室の入り口で立ち尽くしたまま悶えている様は傍から見れば変人のそれである。
その変人の手は震えていてドアノブが掴めていない。恐る恐る掴もうとしたためか静電気をくらう。
「……」
しかし、ここで立ち去るのも賢明ではないと彼は思いこむ。ドアを開ければ答えがわかる。吉なら前世含めた史上最高の思い出、凶が出れば傷心メンタルのまま能力でどうにかすればいい話。
ただ同じ寝室で寝るだけか、ここから逃げるか。それだけだ。
ひとつ深呼吸をし、よし、と気持ちを調えた。
「エリシアさん、失礼します」
職員室に入るときと同じ挙動でドアを開けた。
まず目に飛び込んできたのはベッドでも敷布団でもトラップでもなく。
綺麗な姿勢で床に正座している紅潮した裸体の美女がいた。
「失礼しました」
咄嗟に閉める。
「参ったな……ここまで妄想が激しいとなると、俺ももう末期か」
「ちょっ、あれ!? どうして入らないのですか!?」
急にドアが開いたので反射的に閉ざした。ダンダンダンガチャガチャ、とドアを叩く音とドアノブを回す音が忙しなく聞こえる。あれが現実だと気づき、逆に困惑と疑問でいっぱいになる。
「こっちが『なんで』って訊きてぇよ! なんで素っ裸なんだよ!」
「だ、だっていっしょに寝るのですよ!? 男性と女性が同じ場所で一夜を過ごすということは生命の継承を行う儀式だと――」
「ただ同じ部屋で寝るだけの話でしょうが! ていうか捉え方重すぎるわ! どこの聖書から抜き出したそれ!」
「ルミアだって私に言ってくれましたもん! メルストさんとは心と身体の相性が抜群だって」
「それ笑って流すとこ! そんな他人の偏見でここまで本気にする人初めて見たよ!」
「ですが家族以外の男性に裸を見られた上に! 押し倒されたんですよ! あっ、あんなとこも触られちゃいましたし……あそこまでされたらもう受け入れるしかないじゃないですか!」
「あれ故意じゃないって! 自分でも事故だって分かってるでしょ!」
「こっ、行為!? 事後!?」
「どこを聞き間違えてんだよ! お願いだから服を着てくれ!」
「と、とにかく私は恩人のメルストさんの為に身体を張って、心の準備までしたんです! なにもされなかったら私のこの生涯をかけた固い決心はどこへいくんですか!」
「知らねーよ自分の黒歴史に突っ込んでおけ! てかさっきから笑ってんじゃねぇよおまえは!」
メルストに言われても、先程から彼らの奮闘を観察していたルミアは、腹を抱えて笑い堪えるのをやめない。彼にとってなにがそこまでおかしいのか、彼女はヒィヒィ笑っている。
「いや、もうこれは……ぶふっ、……だめ、ウケすぎて腹痛い。先生義理堅すぎて笑えないぐらい笑える」
しかしすぐに立ち上がったと思えば、必死でドアを抑えているメルストの肩にポンと手を置いた。
「メルくーん、受け入れてあげよ? 大人の階段登ろ? さすがに先生可哀想だよ?」
「いや確かにそうだけどさ――差し金お前だろ絶対! なんか吹き込んでたでしょ!」
「やだぁもう吹き込んだなんて人聞きの悪い。今どきの感謝と愛の形を教えただけだにゃ」
「吹き込むどころじゃねぇ洗脳じゃねーか! 聖人の純潔を弄ぶんじゃねぇ!」
「信じた方もなかなかさね。先生の義理の固さには真っ直ぐな芯が通っているって改めて思ったよ」
「どうみても芯が歪み切ってる! というか一回落ち着け大賢者ァ!」




