4-0-4.神風の戦姫
空を飛ぶのに、翼などいらない。
巨獣鬼や飛焔竜らが感じたのは、疾風。切れるような風の音に、思わず動きを止めたが最後。
一閃の斬撃。そして、音撃。
ついには、その胴体に巨大な風穴が空き、広がる。
何が起きているのかわからない。疾すぎて見えないのだ。
「きりが……ない」
疾風の正体は一本の重槍を持ったハイエルフの若き騎士。街道に攻め込む巨獣鬼の前に、フッと現れる。
呟いた槍騎士――フェミル――は、エメラルドに輝く複層の魔法陣が、槍を回す彼女の正面に展開されていた。
「――"エルラ・シィ・ファルペス"」
そして、突風では済まされない、横向きの竜巻が陣から現る。
すでに魔物の侵攻によって脆くなっていた道路も建造物も関係なく、その場にいた魔物のほとんどは奥へ吹き飛ばされ、壁や地面を抉りながら転がっていく。
「ん……壊しちゃった」
ヘルムを一層深くかぶり、ちょっとだけ目を逸らす。
「でも……まだ、やらなきゃ」
そう呟いた先――10mはあるだろうか、一頭の大猩々型巨獣鬼が咆哮しながら、突進を仕掛けてきた。
真っ向勝負は賢くない。風に吹かれる木の葉の如く、軽々と屋根の上へと跳び、連なる軒上を駆ける。巨獣鬼の振り回す腕が次々と軒を叩き壊していく。
街路を挟み、別の民家の屋根へ移る。
――VARRRRRUA!!!
巨獣鬼は両腕を地面に叩き付け、周囲の陸地に波紋を呼び起こす。盛り上がった地面は数々の建物の形状を保てなくする。
フェミルは踵を返すも、速度を殺した脚は歪んだ屋根の石材を捲る。
「"ルーン"……"イヴァル・アッサル"」
突如5本の光る尖槍が、巨獣鬼の四肢と喉を突き刺す。だがこの程度で怯むほど巨獣鬼はやわではない――が、フェミルは動じず、魔法の発動を待った。
刺傷部から小さな魔法陣が展開されては、光魔法の爆発が一帯を真っ白に染める。魔物、特に"光"とは対極の属性に分類される巨獣鬼はひとたまりもないだろう。
ズズゥ……ン、と巨大かつ凄まじく大きい質量が倒れる音。それとすれ違うように背を向け、悠々と次の獲物を冷たい視線で睨みつける。
ギュルルルッ、と片手で槍を猛回転させ、風を巻き起こす。数十を超える上にこの巨体さ……体力の消耗は激しいだろう。今後を考えると、まともに戦えば勝ち目は薄い。
「確か……こう」
カチッ、と金属槍に搭載されていたスイッチを押す。
この先何が起きるかわからないからこそ、ルミアの力を借りようとフェミルは判断した。
ガチャンッ、とフェミルの手首と腕に槍の柄から飛び出てきたベルトが巻かれる。槍と腕を一体化するよう固定し、かつ関節にかかる負荷を柔らげるためだろう。
ボォン! と槍の先端付近の銃口から光弾が射出され、魔物の胸部に炸裂した。撃ち込まれた球の大きさの割に、その威力は高く、5mを超える肉体だろうとひっくり返る。
機槍"HL・ヴォルグ"――機工師ルミアが製造した高炉式銃槍は火を噴き、重厚なパーツを変形――装填――させては音を立てる。
「……覚悟、して」
風を巻き起こし、回転させた機槍から光弾が次々と撃ち放たれる。
それに臆せず飛び掛かってきた人狼型巨獣鬼は、その手に巨大な槍を持ち構えている。フェミルの身長の3倍以上はある、何かの魔物の背骨と練り込まれた鉱物で作られた武器。
突き。
それは地に堕ちる流星の如く。
「――ッ!」
鋼鉄の槍と巨大な槍が交わる。火花が飛び交い、砂埃が舞う。折れることはなかったが、圧倒的な力を前に、フェミルは衝撃を流すべく後ろに引いた。
「……武器を使う、魔物……めずらしい」
知能を持つ巨獣鬼。言葉は話せずとも、武術に長けていた。
それはまさに剣戟と喩えても良いだろう。数倍の体格差で、繰り出される槍の技。目に見えぬ速度での回転でパワーとスピードを増幅させようとも、スケールが違った。
「……」
だが、フェミルは一切の表情を変えない。ただ一点だけをヘルム越しで見つめる。まるで、一瞬の隙を狙っているかのような――そのとき、フェミルの機槍は回転を止め、音速を超える一閃を放った。
しかしそれは相手も同じ。再び突きを天から放った。
ぶつかり合った――否、槍を絡み付けるように組み、地面へと逸らした。爆発する大地。だが、機槍の切っ先は、巨獣鬼の喉に向けられている。
発射。光弾は巨獣鬼の喉を貫通し、首を爆破させた。
「この槍……使いにくい」
ズザザ、と爆風の勢いで下がったフェミルは、少々不満げに呟く。
都市が激しく振動を始めた。フェミルはよろめいたが、倒れはしなかった。
「なっ、なんだ!?」
「すぐそこからだ! みんなここから離れろ! 急げ!」
近くの悲鳴がフェミルの耳に入る。
突然、泥と瓦礫が噴き上がった。
「……大きい」
回転し、土と岩をかき混ぜる音が響く。まるで巨大な穿孔具のようだ。
怪物の姿を見極めようとするが、巨大のあまり全体像がつかめない。
地下から突き出てきたのは鋭く巨大な黒雲母色の掘削マシン――否、竜の頭部だ。環状に並んだ複数の眼球はフェミルを捉え、ワーム体の柔軟な身体をひねっては地表を這いずり回る。
フェミルの目測では全長約百メートル、胴体の直径は約十メートル。穿孔具状の嘴が八等分に割れ、無数の角質牙が生えた巨大な円口器が咲く。顎を持たない竜の一種だ。あの口に飲み込まれたら最後、固まった溶岩でさえも綿あめのように易々と切り裂いていくだろう。
「私は……屈しない」
冷静な口調で、信念を呟く。
機槍を大地に突き刺し、柄をひねって、そして押し込んだ。
ルミアから教わった、"いざという時に使う最終手段"。
安全装置を解除し、機槍を右手に持つ。
フェミルに影が覆いかぶさる。身体をめいいっぱい天まで伸ばし、斜面状に一気に降下。大口を広げて町ごと喰おうとしていた。
魔法によるものか、それとも機械の作動によるものか。放電する機槍を竜に向け、詠唱を放つ。
「――"アラドヴァル"」
呑み込まれた寸前、瞬きをする間もなく槍が雷と化し、爆風と爆音をまとったそれは、どこまでも続くトンネルの如き風穴を空けた。
物質関係なくえぐり取った、まるで竜が通ったような一閃の道。灰燼と化した外殻だけを残し、機槍はやがて数百メートル先の上空にいた飛焔竜の腹部に突き刺さった。その衝撃だけで飛行軌道を崩し、飛ぶ体の意に反してふわりと浮かせるほどだが――
甲高い金属が割れる音が響く。夜明け前の闇に、パッと白光が咲いた。
槍本体に内蔵されていた高炉が爆弾へと切り替わり、増幅させたあまりぶちまけられた熱量は、飛焔竜の頑強な肉体を破砕させ、臓物を晒すには十分な威力だった。
身を崩し、町の中へと墜ちる寸前、両翼を広げ、受けた爆炎と共にフェミルの方角へと飛び立った。生命力が強いが故、死には至らなかったどころか、
「……怒らせ、ちゃった?」
距離は一瞬にして、消滅した。
地を抉る風の殴打。石畳を掘り返す壁が迫りくるような、飛焔竜の風撃まとう突進。見上げる程巨体の割に、かなり逸脱した機動力だ。
「……!」
槍を失ったフェミルは使い慣れた魔法槍を召喚しようとしたが、とても間に合いそうにない。逃げることを先決し、いますぐその場から駆け出した。だが、その疾風迅雷と呼ばれた速度をもってしても、捉えられているのか、追跡されていた。
駄目。追いつかれる。
次回にて(やっと)一話終了です。




