4-0-3.不死の暴獣
グロテスク描写注意
暴れる獣の臭いがする先へ。ひとりの暴獣が牙を向ける。
「"虎舞・死屍来来"」
数え切れない巨獣鬼と飛焔竜を襲い掛かったのは、無数の牙。しかし、それはこの目に映ることはない。
風を切る音、石を裂く音、そして喰らいかかる、斬撃の雪崩。
鋭利化された空間は飛ぶ斬撃として、図体のデカい魔物たちを切り裂いていく。深い噛み痕をつけ、痛みを感じたときには既に遅し。
巨獣たちは四肢を削ぎ落とされ、宙へ斬り飛ばされていた。
もはや剣の為す技ではない。一撃一撃がまさに爆撃。ルミアに劣らぬ破壊力を魔物にぶつけ、圧倒していく。
巨獣鬼の膂力も、飛焔竜の炎も。すべて己の怪力と空間操作魔法で反撃する。
しかし、されるがままに切り殺されるほど、魔物も弱くはない。
危険度でいえばランクAプラス。軍隊どころか、要塞でさえも手に負えない存在。反撃をこれまで受けなかったのがおかしいほどだ。
「おぶっ」
間の抜けたような声もそのはず、不意を突かれる。
巨獣鬼の大きな爪が、ジェイクの右半身――頭部と腹部、脚部を抉る。吹き飛び、壁がめり込むほどに叩き付けられては体の内部を少しまき散らした。脚も折れ、頭部に至っては頭蓋の一部と右眼球が吹き飛んでいる。
「ぁが……ゴボァッ」
血を吐こうとも、激痛に悶えているようには見られない。否、即死してもおかしくない損傷ぶりだ、叫べない方が普通だろう。だが、魔物は容赦なく追い打ちをかける。
空から業火が滝のようにジェイク一点に降りかかった。
湖を涸らし、山を焼き尽くす飛焔竜の息吹。鉄をも溶かすと云われるそれは、いとも簡単に建造物を赤熱発光した液状へと融解させる。
「あ゛あぁ……おい、痛ェじゃねぇかよ」
業火の中から声が聞こえる。
焼け爛れた腕が伸びる。それは空を掴み、ぐいっと引っ張った。
すると、巨獣鬼は見えない巨人の手に掴まれたかのように、ジェイクの目の前に連れてこられた――途端。
「"四空掌握・震破"ァ!」
殴打した拳の衝撃が膨張する。握りこぶしが急激に巨人の腕と化したような。
巨獣鬼は不可視の巨腕に殴り飛ばされた。打ち上がる巨大な質量。それが飛焔竜と衝突し、墜落――街中を抉りながら横転する。
「オルァ"地淵屠"ォ!」
ザクン、と地面が裁断機に切られる紙の如く、一筋の斬撃が一瞬にして都市の端まで深い溝を創る。倒れた二頭の巨大な魔物は勿論、その一直線上にいた巨獣鬼や空を舞う飛焔竜諸共、スッパリと両断される。
「ハァハハハハ! いいぜェ、興奮するぜこーいうのぉ」
慢心、過信に満ち溢れた表情。その隻眼は神をも恐れぬ獣そのもの。
ケロイド状の肉体と化しても尚、暴獣の眼光は血に飢え、滾らせている。知能を持たぬ巨獣鬼は本能に従い、この男を襲うことをためらった。
「んだよ、もっと来いよデクノボウ。空っぽの頭のくせしてビビってんじゃねぇよ」
嗤う男。まさに不死といわざるを得ないが、彼は特異的な体質を持ち合わせていない。死を恐れず、数多の苦痛に慣れ、その末に死の淵に適応した、ただの人間だ。
余裕ぶったその隙をつき、背後から優に3mは越える牛頭の獣人――ミノタウロスを彷彿させる巨獣鬼の壊撃が下される。
「コノ俺ニ! 任セロォ!」
手に握るのは巨大な斧。だが、それとは到底思えないような破壊力が、大地を大きく揺らした。
流石のジェイクも、真っ二つになる直感は察せたようだ。剣で受け止めるが、たちまちに粉砕し、そのまま落とされた衝撃はジェイクの身を吹き飛ばす。
砕けた石畳とむき出しになった土を踏みしめ、ジェイクを追う。頭部に生える巻かれた山羊の角は、悪魔のように禍々しい。
「ミノタウロスに会えるたぁ運がいい。結構な金になりそうだ」
再び振り下ろされる巨獣の戦斧。武器を失ったジェイクだが、その狂った笑みは余裕を示す。
「――ヴォォオオオオォオオオッ!!」
ズドォン! と重い一撃。牛型巨獣鬼の斧は大地を割り、攻城の防壁に風穴を空けると云われる。ひとりの人間が受け止められるはずがない。
それでも剣士は受け止める。脚部は血を吹き、踏まれる地面も耐え切れなくなっては砕かれる。ジェイクはその斧をパンチで対抗したのだ。
「つぅぅかまえたぁ♪」
「……ッ!?」
その巨剣は確かにジェイクの左拳を手首まで斬り裂いている。だが、同時に巨大な斧を拳の握力で挟み、掴んでいた。ミノタウロス・オーグルの怪力でもびくともしない。
「オオオルァ!!」
ぶわっ、とそのまま跳んで一蹴。稲妻の如き速度にして爆発と同等の破壊力を前に、斧を手離し、吹き飛び転がる。
ジェイクは矢の如く迫り、さらに一撃。瓦礫を撒き散らし、怯んだ牛頭の頭部を片手で掴む。
「オオォアッ、アガッ、グゥッ」
それはあまりにも痛いのだろう、ミノタウロス・オーグルは拳をつくり、ジェイクを力いっぱい殴る。
何度も、何度も。
だが、ジェイクは血管を浮かべるばかりで、しかし動じない。より一層、アイアンクロウを強めるだけ。抵抗するほど、死に近づけられる。
「あぎゃああっぁあああ!!」
「くっそ、暴れやがって。脳挫傷もんだぜこりゃあ……おいどうしたウシ君。力が自慢じゃなかったのか? それとも――」
ぐじゅり。脳漿が出る程、巨牛の頭部を握り潰した。
「カルビのウマさが自慢だったか?」
地面に押し込むように叩き付け、息を途絶えさせた。
立ち上がったジェイクは、ミノタウロス・オーグルからちぎった肉を頬ばる。牛に似た生き物とはいえ、筋張っていることに不快感を催す。口周りにこびりついた血を袖で拭いとった。
ヒュウ、と風を感じる。
冷たい風ではなく、温かいそよ風。この環境にしては異様なそれに、ジェイクは崩壊した建物を見上げた。
「どぉよフェミルちゃん! これで300はいったんじゃねぇか?」
そこに立っていたのは、緑髪の槍騎士。
藍色の鎧を纏うが、動きやすいように脚部は最低限の防具しか装着しておらず、肌が見える部位もある。目深にかぶったヘルムは、この金の瞳を見られないようにするため。
若くして槍と風魔法を操る容姿18ほどの少女の名は"フェミル・ネフィア"。
"精霊族"・ハイエルフ族の血を継ぐ、妖精国の元女王護衛騎士。
「……残酷に、尽きる」
感情を見せない表情と、声。落ち着きのある、透き通ったそれとはいえ、口数が少ない彼女は話すのが苦手なのか、ゆっくりと途切れ途切れに言葉を発する。
その上、男が嫌いなフェミルにとって、ジェイクという存在はできるだけ避けたいだろう。
「先生から……少し、やりすぎ、だって……言ってた。町、たくさん壊してる」
「ん? んなことぐれぇいいだろ別に。約束通り、人間は巻き込んでねぇんだからよ。まさか魔物まで殺すなとか言わねぇだろうな」
「……無理、しすぎ。獣でも……まだ賢いこと、する」
人間として生きていておかしいジェイクの身体を見て、ぽつりとフェミルは言う。地獄耳のジェイクはそれを聞き取ってはいたが、意味はあまりわかっていなかった。
「で、状況はどんな感じだ。だいぶ殺せたんじゃねーか?」
「……もう少し、先にいるけど。……私が、いく。あなたは、先生のところに、行って」
嫌そうに話す彼女だが、エリシアの信条に倣い、ジェイクの身体のことを思って、エリシアに治癒魔法を施すように伝えたのだろう。
「じゃ、そーさせてもらうわ。んで、馬鹿賢者の居場所は……っておい? フェミルちゃん? ……おいそりゃないだろ」
肝心の場所を伝えることなく、フェミルは魔物の群の方へと向かっていく。「あ、やべ」と肉体の限界を感じ始めたのか、体のいうことがきかなくなり、ジェイクは右から倒れ込んだ。
※魔物(魔法生物)の階級について(雑な説明のため随時更新予定)
数々の観測所や学者たちの情報を共有させ、ギルドから公表される。
稀少度、危険度の二種類に大別され、それぞれ表記が異なる。
・稀少度
特級、第一級、第二級・・・第七級まで大別される。
第三級から冒険者でも見つけるのに一苦労するレベル。
・危険度
ランクSプラス、ランクSマイナス、ランクAプラス・・・ランクFマイナスまで分かれている。
ランクFは超小型の虫や人を避ける生物、毒性のない植物が該当される。
ランクEは一般的な家畜やペット、小動物、草食動物等、滅多なことでは襲わず、大人しい生物が該当される。
ランクDは警戒種であり、ギルドで討伐依頼として取り扱える対象になる。
ランクCから危険種であり、最も種類が多くピンキリの幅が大きい。
ランクBからギルドの中でも上位とされる魔物が該当される。
ランクAとなると災害として避難勧告されるほどとなり、アコードの軍事力でもある騎士団でも足止めできる程度。
ランクSは言わずもがな、伝説レベルとなる。ひとつの国を滅ぼせるほどの天災と言っても良い。
尚、詳細は不明だがランクC以上の危険性を持つ種はランクXとして扱われ、判明するまで優先的に調査される。




