幕間後編.世の中悪い方に染まりやすくできている
今回も一人称視点ですが、同様にかなりライトな地の文となっております。
投げやりな形で飼うことになったが、みんな世話焼きで、暇があればすぐに子猫の世話を……というよりネコに甘えに言っていたようにしか俺は見えなかったが。
ネコは世界を救うということわざがこの世界にはあるらしいのだが、そもそもこの世界にネコという動物はいるんだなと真面目なことを思ってしまう。
意外だったのが、一番放っておきそうなジェイクが世話をしていたことだ。ネコから寄ってきているせいで仕方なく、という流れだが、ご飯からトイレまで、飼うにあたってめんどいことをさりげなく済ましている。そして、さりげなく撫でている。悪気はない。見てしまった。
猫のおかげで本当にこいつのゲス成分が浄化されているのだろうかわからないが、とりあえず俺の中のジェイクのキャラがわからなくなってきた。もうなんなんだよこいつ。
飼ってから一週間ほどか。エサを与えつつ、毛並みをやさしく撫でるジェイクとすっかり甘えている子猫。その光景を俺達は隠れて覗いている。
「あいつ……なんだかんだあの猫と仲良くなってねぇか?」
「やばい、ウケる」
「ロダンさんの仰る通り、本当に子猫さんのおかげでジェイクが善良な人になるかもしれませんね!」
「信じがたいが、そうなるかもしれんな……」
いやそこは喜ぶべきだろうよ団長。なんで複雑そうな顔してんだよ。
「ったくよ、ころころ鳴きやがって。どうだ、気持ちいいか?」
カッコいい感じに微笑んだぞ! ゲスがしていい顔じゃない!
いや、これマジか。これで実証されたら全世界の監獄に大量のネコ解き放そうぜ。
「エリちゃん先生、ちなみにあの猫、シャーリーっていう名前があるのって知ってる? それもあいつが名付けた」
「へえっ!? いつの間にそのような可愛らしい名前を」
驚きのあまり変な声を出してるところ悪いけど、まず7日経っても知らなかったことに驚きだよ。俺らにしたらあのジェイクがそんな名前を付けたことに驚きだけど。
「けど……なんか嫌な予感がするのは俺だけか?」
その懸念は1週間後、見事に当たる。
そこに、俺たちの知る愛らしい子猫の姿はなかった。
丸っこい形状はすらっとした曲線を描く、まさに体形の美しい猫そのもののスタイル。
ソファにふんぞり返って酒を飲むジェイクのひざに、優雅なふるまいで座るその様は、まるでこの男の愛人を名乗る美女のような雰囲気を漂わせる。目つきまで色っぽくなっちゃって。
「おおおーい!? なんか猫の方進化してねぇか?」
「しかも悪い女みたいな雰囲気出しちゃってるぅ!」
「まさか猫の方が染まってしまうとは」
「おそろしいです」
「……ぜつぼう」
ちょっと待ってそんな槍を持って数秒後何をしでかす気ですかフェミルさん。
「フェミル殿! ご乱心なさってはなりませぬ! お気を鎮めるのです!」
俺も心の底からそう願います。ヘルム越しの目が病んでる。本気で槍で刺しかねん勢いだ。
気持ちはわかる。あんなにかわいかった娘が突然反抗期に目覚めて間もなくグレてしまった時と直面するお父さんの心情に等しい。普通のお父さんでもつらいのにこんな若い娘(実年齢は俺より上らしいけど)が経験してしまったら耐えられないだろう。
やっぱりネコでも魔法生物だったか。おかしいとは思ったんだ。成長が早すぎるんだよ。
「これが……最初から目的だったのか」とどこかで見たようなフレーズをルミアはわなわなしながら使った。
「知るかよ、勝手にこうなったんだ」しかし今日のこいつのノリは悪かった。
「た、確かに昨日までは何ら変わっていませんでしたし、何をどうしたら」
「すり替えとか」
「昨晩ぜったいなんかあったっしょ。ていうかみんなフェミルんを止めて! なんか先にあたし刺されそうな気がする!」
そんなことはないので、ふたりに気を留めることなくエリシアさんの呟きに応える。
「これをロダンさんが見てしまったらどうなることか」
「いや、フェミルほどにはならないと思うよ。むしろツボにはまりそうな気がする」
それでも今ここに団長がいなかったのはよかったかもしれない。勘がそう言っている。
「ともあれ、あの様子じゃあもうジェイクにしか懐かないな」
まぁ、これでジェイクと共にした結果どうなってしまうかがこれで分かった気がする。同じ男としては少し羨ましいとは思うが、今回は動物のケースだ。自由奔放で飼い主を困らせる側の猫が下として従う図はなかなか見ない。というか俺個人は初めて見た。
どうしましょうとエリシアさんに訊かれても、どうしようもない。飼い猫と飼い主が幸せなら別にいいんじゃないか、と適当にあしらった。
思えば、いつのまにか十字団に猫がいることが当たり前になった。ただいるだけだったが、いるだけでも違うものだ。そういえば、ジェイクとルミアの毎日のように起きていた戦争も、ここのところ全然ない。シャーリーのおかげかもしれない。その感謝を込めてエサを上げてみたが、やはりジェイク以外に対しては少々不満げな態度を見せるようになったと捉えられる。
いつまでもいるものだと思い始め、それすらも考えなくなったころ。
「どうしましょう、メルストさん」
エリシアさんの一言で、その当たり前は消え去った。
「猫さんが見当たりません」
俺たちはシャーリーを呼び続けた。
家の中も、外も。雨が降り続けている中、何時間にもわたって探し続けるも、一向に見つかる気配はなかった。
暗くなってきたところで、俺から引き返すように提案する。ジェイクがいなければどうしようもないのも事実だ。帰宅後、改めて家の中を探すも、やはりいない。
たびたびいなくなることは多かったが、ここ数日いなくなることはなかった。何かあったに違いないのは確かだ。
「ホントにどこ行ったんだよ」
そもそもここまで探す必要もないだろうに。そう思うが、エリシアさんたちの顔を見れば、そんなことは言ってられない気持ちになる。
「猫って、死の間際になると誰の眼にも見られないところへ立ち去るって聞いたことが……」
そんな不穏なことをエリシアさんが口にする。
「そんな! さよならも言わないで、それってあんまりだよ」
「……」
「それ犬じゃなかったっけ?」
話を割いて悪いけども。「どっちでもいいよそんなのっ」と案の定ルミアにツッコまれる。なんかすいません。
ここで肝心の拾い主に訊いてみる。一番調教……否、懐かれていた本人はいつも通り、ソファで酒を飲んでいる。
「ジェイク、いいのか? シャーリーかなり懐いてただろ」
「あ? 別に。勝手にさせりゃいいだろ、動物なんだしよ。それに俺ぁ最初から飼うつもりはないって言ってたはずだぜ?」
「ですけど、万が一なにか遭ったというのも……」
「ハッ、たかが動物のためにそんなことまで考えてられっかよ。外で死ねばそいつが自然に適応できなかっただけだ。自然に敗けて死ぬことのどこがおかしいって?」
「……」
いちいち癪に障る言葉をよく吐けるものだ。しかし、俺の観点で見れば間違ってはいない。こいつにしては珍しくまともなことを言っている方だ。
「ああくそ、もう切れたか」
少し酔っているこいつは、酒瓶を逆さまにして振る。床に投げては、ソファから立ち上がる。向かった先は二階の部屋ではなく、エントランスだ。
「買いに行く気か? ひどい雨だぞ」
「俺に口出しすんなボケ」
今日のジェイクはやけに苛ついてんな。いやいつも通りか。酔っていると濡れても関係ないのだろう。
「……血も涙も、ない」とフェミル。さすがにそれは大袈裟な気もするが、確かに少しは心配してもいいだろうとは思う。
「はぁー、シャーリーいない上にこんな雨だから、テンションがサゲポヨなんですけど」
いつも明るいルミアもこの様子では空気も明るくなりそうにない。というか俺のいた世界ではそれ死語と化しているのですが。
「果報は寝て待てというし、もう家でゆっくりすればいいよ」
「ですが、もしなにかがありましたら……」
「あの十字団がいなくなった猫を見つけられないのもどうかと思うけどね」
「じゃあ俺が探してくるよ。みんなは休んでて」
エリシアさん等の言葉を聞かずに、俺は傘を差し、雨の中へと突き進んでいく。
鈍色の空は無数に降り注ぐガラス玉によって光が屈折、拡散している。霧っぽい空気を、自身の発する体質で蒸発していった。
こんなザーザー降りじゃ、ルマーノの町の誰も外に出ている様子はない。いるとしても家の前ではしゃいでいる子どもくらいか。
雨音に混じり、男の声が聞こえる。ああ、この馴染みたくはない馴染み声に、俺はその声がする方へと向かう。
町の路地、雨宿りでもしているのか、ジェイクの姿が見えた。こちらには気づいていないようだが。
「あいつ、あんなとこで何を……」
ジェイクの目線に気付き、俺は向かおうとした足を止めた。
傍に、何かいる。
「あれって……」
あの猫、シャーリーか……?
「まさか……子どもを授かってんのか?」
猫の懐に、さらに小さな子猫が3匹。
ここのところ姿を出さなかったのはそういうことだったのか?
ひとまず、様子を見てみる。
「ほらよ」
渡したのは何かの果物だろう。どうせ盗んできたんだろうが、それを猫に分け与えるのはなんとも珍しい光景だ。本当にあの自己中心的なあいつなのかと疑ってしまった。
猫のシャーリーもかじかじと咀嚼して、それを子猫たちに分け与える。果物が食えるのを見るに、やはり異世界のネコなんだなと思わせる。
「ハッ、バカだなテメェも」
突然、ジェイクが鼻で笑う。雨で良く見えないし、良く聞こえもしないが、確かにそう聞こえたような。
「どこのオスからもらってきたか知らねーけどよ、テメェがそれで満足なら何でもいいんじゃねぇか? 本能に抗えねぇことは俺もわかってるつもりだ。ついやっちまってデキちまうのは仕方ねーよ」
いや動物についやっちゃうも何もないと思うけど。というか通じ合ってるのがすげぇよ。そりゃあれだけ一緒に居たら多少の意思疎通は……いやできねーよ、やれと言われても自信ないわ。
「けど、産んじまったものは責任果たして育てろよ。そいつらが俺みてぇになっちまわねぇためにもな」
その一言だけ、俺の中に刺さった。そんな気がした。まるで今までの言葉が嘘の塊で、この一言が真だと、そう思えるような。あいつも、過去に思うところがあったんだろう。
「……みぃ」
「もう家に来んじゃねーぞ。すがってくるマネなんてしたら、今度こそ猫鍋にしてやっから。そいつらまとめてな」
なんか……いいこと言ってるぽそうで、なんだろ、シュールだ。
つまりは、シャーリーが散歩中に子ども生んで、気まずくなって帰ろうに帰れなかったということ、なのか? 浮気したつもりだったのか? いやいや、動物と人間の間でそういう感情芽生えてるって、レベル高いわ。あいつ本人は決してそう思ってないかもしれないけど。
いやそもそもそんな知能……しかも生むの早くない? いやあくまで魔物の一種だからな、多少のおかしいとこは目を瞑ろう。
立ち去り、こちらの方へ向かってくる。気づいてないよね。思わず物陰に隠れようとしたとき、俺は思わず声を出しそうになる。
「……バカだな、俺も」
雨の中、ぽつりと音に混じらせて、そうジェイクが呟き落とした。
「うん、マジで」
「のぁっ!? おまえらなんでいんだよ!」
俺も今先程気づいてびっくりしたが、ルミアとフェミルがジェイクの前に現れていた。俺の後をついてきていたのか。
仕方なく、俺も前に出てきた。ルミアのアイコンタクトがなければそのまま逃げたとこだけども。
「いやー最高に面白いネタを提供してくれてありがとねー。あんたがにゃんこを一人の女として語り掛けてたのが……ぷっくく」
やべぇよダメだよルミア氏。そこは言わないお約束だって。察してあげるとこでしょそこは。
フェミルも無表情のまま人じゃない何かを見るような眼を向けてあげるのはやめたげて。いや、これは俺の被害妄想か。どこからどうみてもいつもの表情だから正直言って俺はわからん。
「テメェら……思えばここんとこずっと俺をじろじろ見て笑いやがって。何がそんなに面白かったんだよ」
こりゃあ、いつものパターンが来ますか。ジェイクのボルテージが昂ってきている。打たれた雨が蒸発している。どんな仕組みしてんだ、ホントに人間かよ。
「馬鹿にするのも大概にしろやクソ野郎共がァ!」
「いやなんで俺から真っ先に狙ってくるの!」
間一髪、目前にまで飛んできた剣を避け、俺は必死の形相で逃げる。ルミアは笑いながら一緒に逃げ、フェミルは変わらない表情で俺たちと共に走る。ちょっと楽しそうなのはなんでだろうか。
結局、こいつの性格は治らなかったか。けど、こいつにもなんだかんだ、人間らしいところはあるんだと、なにかに対して大切に扱える心はあるんだと、そう思えた瞬間を視れただけでも、十分な収穫かもしれない。なんてな。
いつの間にか、空は星屑で溢れていた。
【次回】
メルスト「ここんとこずっと平和だな」
ルミア「あ、今の発言でどこかの町が危機にさらされたね」
メルスト「ははは、もしそうなったら酒場でいっぱい奢るよ」
エリシア「大変です! 先程、王国区域外で大量の魔物が出現しました!」
メルスト「・・・。わかった、すぐにみんなを呼んで――」
ルミア「メル君、自分の言ったことはわかってるね?」
メルスト「ああ、いや、それは」
ジェイク「俺も一杯付き合わせてもらうぜ」
メルスト「おまえも聞いてたんかい!」
エリシア「? 何の話ですか?」
メルスト「いや、なんでも。……次からは簡単に賭けるとか言わないようにしよう」
次回、第4章入ります。




