1-2-3.ルマーノの町の六大賢者
「あっはっははっはははっは!」
「ルミア! 笑いすぎです!」
楽しそうな笑い声が家中に響く。破顔しているルミアは壁にもたれては腹を捩らせている。メルストの顔も、誤植表現だが物理的な意味で破顔していた。
「いやぁだって、あっひゃひゃ、ふたりの反応とっても面白かったよ! ふたりが重なった瞬間の沈黙ヤバすぎ! あそこの部屋転びやすくして、ドアノブ細工した甲斐があったよ」
(こいつ……)
爽やかだと思った数分前の自分を恨みたい気分に浸る。
ターキッシュタオル一枚だけを濡れた裸体に巻いているエリシアは再びそのときのことを思い出したのか、カーッと顔を赤くし、行き場の無い羞恥を隠そうにも隠せずにいた。メルストも彼女のあられもない姿を前に、視線の行き場に困っていた。
「……っ、やっぱりあなたが――」
「真っ裸な先生の涙目で紅潮した顔からの魔法コンボ技は見物だったね、いろんな意味できれいだったよ先生。最高最高」
「……」
「君もナイススタント! 次もグッドなハッピーハプニング、期待してるねっ☆」
とかわいらしいウィンクとスマイルをメルストがもらったときだ。
「……"風酸の齲蝕・フェルムラスト"」
きゅっと胸を包むように腕を組み、ぽつりと呟いた大賢者の魔法詠唱。しかし何も起きた様子はなく、ルミアは「ん?」と首をかしげる。
「ルミアの手持ちの愛用道具、すべて錆びさせました」
「えっ、うっそ!? あああマジだった! ひどいよ先生! おっぱいデカいくせして器小っちゃいなんて大賢者としてどうなのさ!」
いや、これはもうおまえが悪い、と思ったメルストは呆れ果てる。
腰や足につけていたポーチの工具を確認するも、すべて錆色に染まっている。大笑いからの絶望に落ちた顔への切り替わりは一種の芸にも感じ取れる。
(にしても、今のが魔法ってやつか。初めて見たな)
現実味のない景色や人を見ているうちに慣れたつもりではあったが、魔法という説明のつかない現象を目の前で見た以上、改めて自分が生きてきた世界とは根本的に異なると実感した。
「私どころか、彼を陥れた罰です。明日の朝までそうさせていただきます」
「んわーそんなっ! 今日やりたいことあったのに! 鬼! 鬼賢者! 鬼畜巨乳!」
どうやらエリシアの豊満なバストに相当な妬みを持っているようだ。訴え方が駄々っ子のそれだが。
とうとう床に膝を突き、身体を沿っては頭を抱えたルミアの標準的なふくらみに目が向かう。黒く薄いストラップレスのインナー一枚なので、お椀型のそれが強調されている。罪悪感ですぐに目をそらしたが。
「次はその身を錆びさせますよ」
対する大賢者のやんわりとした声での脅し。先ほどの魔法を見れば本当にそうなるんだろうとメルストも脅えたが、顔が赤いままなので説得力に欠ける。
(ま、これで懲りるだろうな)
「ううううう! 次は覚えてろーッ」
予想とは逆に、懲りてる様子は皆無だった。
*
クステンティア大陸のアコード王国は、第1~9区の広大な"地方区"と、王城や中枢機関がある王都と城下町、およびその周辺の地域を指す"王都区"の計10もの大領地で構成されており、"ルマーノの町"はその王都区の郊外にある。第一区と王都区の境界線上にそこは位置している。
自然に囲まれた、石畳みと木組みの町が並ぶ中、エリシアとルミアの住む家は町からほんの少し距離の置いた先の丘に建てられていた。
家というよりは、半分ほどは工房で、隣接している住宅スペースはそれより小さい。
そこのリビングでテーブルを挟んではレザーのソファに座る。天井は高く感じ、果実のように球状の光源が一本の紐から釣り下がっている。メルストの背後はダイニングとキッチンが広がっており、そこからエリシアがティーセットを運んでくる。ルミアの隣に座るエリシアの背後から差し込む日差しはやさしく、クレマチスらしき風車の花弁を咲かせた花々が葡萄色の顔をのぞかせている。
メルストが無事であることの安堵と、無礼に対するエリシアからの深い謝罪があったところで、淹れてくれたハーブティーを嗜みつつ、お互いの情報を交換していた。
テーブルに広げられた地図をもとに、大まかな時代と世界、そして今いる国の把握はできた。しかしそれ以上に印象的だったのは、
「え゛っ! クレイシスさんってこの国の王女なんですか!?」
驚愕だった。出会ったときから普通の人ではないと思っていたようだが、メルストの予想を大きく上回っていた。
「信じられないでしょ」とルミアは彼の反応をケタケタと楽しんで見ている。何をどうすればいいかわからず、とりあえずソファから降り、座礼する。
「あーいいよ全然。エリちゃん先生はそういうの困るタイプだから」となぜかルミアが言う。
「いや、でも。え、だって、普通王族ってお城にいるもんじゃ……」
ここは別荘なのだろうか。そうメルストは捉えるも、内装からしてどうも王族のそれとは到底思えない。きれいに清掃されているが、民家とそう変わりなかった。「まぁ座りなって」とルミアに催促され、再びソファに腰を下ろす。使い古されているのか、弾力があまりない。
「ええと、それはですね……なんというのでしょう」
苦笑するエリシア。複雑な事情でもあるのか、そう考えたときにルミアが補足する。
「この国の王族が変わってるだけ。フツー王女様で、それも大魔導士の取得者で魔法の研究者で、大司教の聖務職で、とどめに大賢者様やってる人がこんな田舎町にいるって時点でもうおもしろいでしょ」
「ハイスペックすぎません?」とエリシアを一瞥する。よくわからないが、ますますすごい人だと目を丸くするばかり。
「恐れ入ります。ただ、私はまだまだではありますが」と本人は照れ臭そうにしつつも謙遜。劣等感が強めのメルストにとっては、それが嫌味にも感じ取れて頭の中の一部が縮こまるようなもやつきを覚える。
さらに! と自分のことのようにルミアは話し続ける。なんとも楽しそうだ。
「先生の父親、いうとこ王様だね。その王様の息子さんはなんとなんと! 勇者様なのだーっ」
英雄のことだろうか。ともかく聞けば聞くほどゲームの世界の様で、現実味が感じられなくなる。
「おお、そりゃすごいですね」と適当に返した。
「あ、あれぇ、反応薄いなー……」
大胆に説明したルミアは、思ったリアクションを見れず肩透かしを食らった。しかしわざとらしい咳ばらいをひとつして切り替える。
「まぁ勇者と任命された以上は使命として魔王倒すためにどっか旅してるし、正直、一番目的がはっきりしてて何してるのか一番わからない人さね」
(魔王もいるのか、やっぱりゲームみたいだ。まぁ魔王っていっても普通の一国の王として責務を果たしてるんだろうけど。勇者は……なんだ? 相当強い将軍だとか神に選ばれた英雄級の兵士だとかそのあたりか?)
「そもそもなんで魔王と勇者は対立してるんですか?」と素朴な質問。「いまってもしかして戦時中とか」と不安そうに問う。
「ん? いやぜんぜんまったく。むしろ魔国との大戦が終わってから40年以上たってるにゃ」
「……? じゃあなんで勇者がいま魔王を倒すために旅をしてるんですか?」
「次の魔王がまた支配しようとした時のための再発防止だとか、魔族の血を根絶やしにするためだとかいろいろ言われてるさね。単純に大将の首討ち取ればいいわけではないからいろんなとこ行ってるんだって。知らんけど」
あいまいな回答が返ってくる。目的がみえないほど恐ろしいものはないとメルストは感じるが、あくまで世間一般には知らされていないだけだろうと信じた。
「はるか昔からこのような対立は続いておりますが、勃発した起源は実は歴史的に明確ではなく、神話では魔族のご先祖が偉大なる創造主を殺したため、という考古学研究の説もあれば、単なる王政や帝政のイデオロギーの差異だという学説も――」
「まぁ現実的な話、神レベルで強い一族の主が魔王で、そいつらが世界を支配しようとしているから危ないねっていう理由で、こちらも神レベルに強い人が勇者として選ばれて勢力をぶつけているってのが妥当かな」
エリシアの難しく、かつ長くそうな話を予感したのかルミアが遮り、簡単に答えた。とりあえずは平和な世の中なのだろうと安心するもつかの間、だとすれば今の平和も永久ではないと身が引き締まる思いをする。とはいえ、双方の関係はいたちごっこみたいだな、という印象だ。
「相手が降伏宣言してない以上、またいつ仕掛けてくるかわからない状況ではあります。そのため、富国強兵や防衛の緊張は未だに緩和できないとされていまして」とエリシアは真剣な目を向ける。
「いうて40年も経てばだらけるに決まってるけどね。まぁ国同士の争いが一旦なくなった代わりに、魔物が各地で暴れるようになったり治安が不安定になった故の内紛も全くないわけじゃないから、騎士団に休みはなさそうだけど」とやれやれ口調かつ他人事。
「ま、ともかくさ」と明るい調子でルミアは話を続ける。「そんなアクティブに生きてるお兄ちゃんに憧れて、妹のエリちゃん先生はこんなところにいるわけだし。まぁ親御さんの胃が痛くなるばかりさね」
「ちゃ、ちゃんと承諾してくれましたよ! お父様はちょっと心配そうでしたけど、あっ、ちゃんと王女としての役割とお仕事は果たしてます!」
それにあこがれだけでなくちゃんとした理由もあって……とあたふたしつつ自分をフォロー。冗談だって、ちゃんとわかってるって、といたずらに笑うルミアに、もう、と頬を膨らませる。
後を継いでほしい王からすれば、頭を抱えそうなことである。しかしエリシアを見ている限り、とても厳しい王とは考えにくい。娘の安否が心配で頭を痛めているかもしれない。
「ま、このことは広めないようにね。かの有名なエリシア大賢者がアコードの病弱な王女様なんていう事実も、この町ですらあまり知られてないことだからさ」
「動きにくくなるからですか?」
「ええ、混乱を招きかねないことですので。万一の場合の対処はしていますが、王女がここにいるのは内緒ですよ」
苦笑し、照れくさくも「し~」とこどものように人差し指を口元に当てる。メルストの思う疑問も、彼女の口にした「対処」でどうにかなっているのだろう。
わかりましたと受け入れ、
「でも随分と活発的ですね……その上、大賢者っていうのもすごそうなんですけど、実際どういうものなんですか?」
メルストはふたりから"六大賢者"について話を聞く。
世界の均衡を保つとも云われている六人の大賢者。"統合大陸の女神ニクラス"に選ばれた者として、世界の安寧と調整、そして発展のために力や知恵を人類や自然に与えているという。共通して魔法と魔力、それに関する知識が誰よりも桁違いで長けており、長い歴史を通じ国の中枢として王族の傍や統一者として位置することが多い。
"大地と風の護神の地"の王の血を引く大司教、"蒼炎の大賢者"。
"妖精界"の女王を継ぐ"世界樹"の主、"希神の大賢者"。
"山海之大国"の海巫女を務める鬼の末裔、"靇雨の大賢者"。
"蒸気と狂気の楽園"の天地を統べる、"緋叢の大賢者"。
"魔王帝國"の邪神教団教皇、"煌月の大賢者"。
そして、居場所どころか実在すら明らかでない虚構の伝説、"硫弩の大賢者"。
その一人エリシアは"蒼炎の大賢者"として知られているが、王族眷属であるのは六人の大賢者の中で彼女含め二人だけである。
「その割に、頼れる感じはないけどにゃ」とルミアはケタケタ笑う。
「でも他の大賢者様は大変頼もしくて、私も見習っています」と大賢者が言う。
「それでいいんですか……」とメルスト。
「んで、メル君のことなんだけどさ」と話題をすぐに変えた。
「『気がついたらあんなとこで眠ってた』ってわけ」
まぁ、とうなずくが、ルミアは含み笑いをしたまま。疑っている。
「あんな無人の不吉極まりない廃墟で目覚めたって、本気で意味不なんですけど。そこに至るまでの経緯が気になるね。そこは覚えてないわけ」
「……」
本当のことを言うべきか躊躇っていると、気の早いルミアは応える暇を与えず、すぐに自分の話にもっていく。
「あと、見た目がだいたい20歳前後っぽいけど、本当に年齢も誕生日も出身も覚えてないんだね。人種はまぁぱっと見"人間族"だね。角も尻尾もなければ肌も特色なし、れっきとした人間、と。にしてもその黒髪に黒い目! 珍しいよね、どっちか黒だったらこの町でもいるけどさ。少なくともアコードにはいないかな」
「そ、そうなんですね」としか返せなかった。ユーメラニンを多く生成する人種がこの国では少ないのかとなんとなくメルストは予想づけた。
「マイナーな話、特徴として黒い眼とか黒い髪の人に関する伝承とかあるらしいんだよね。災厄をもたらすだったか恵みをもたらすだったか忘れちゃったけど、とにかく一部じゃ『黒』って概念は境界を超えた得体のしれない何かとして認識されているとこあるし」
「は、はぁ」
「これらから、可能性考えるとして封印から解放された古の罪人説が有効だね! でもまぁ今どきそういうのは本でよくある古いネタだからねー、ご都合感というか出来すぎてるというか、おもしろくはないかな」
アメジストの瞳を輝かせながらルミアは根掘り葉掘り聞いてくる。途中から個人的な感想になっているので、メルストは「質問に答えない」を脳内選択した。ただ、自分が何者であれ、彼女は気にしなさそうだと直感ではあるがメルストは感じた。
「そもそも、どうしてあなたもあんな危ないところにいたのですか!?」
「え、危ないところって……どういうことですか?」
エリシアの驚く様に、少し焦る。危険なことは本能から理解していたつもりだが、現地世界の人間の説得力は、単純な言葉だけでも十分重く伝わる。自分の自覚以上に危険だったのかと物怖じする。
「メルスト様がおられた場所は『ヴィスペル大陸』の広大な砂漠にある巨大監獄"インセル収容所"――だったところです。かつて"地獄の入り口"とも称されただけのことはあり、重罪を犯した極悪人や手に負えない数々の魔物が投獄されていました。それらを死滅させたり封印させたりする世界最大の処刑場として機能していたと聞きます」
遺跡だと思い続けていたメルストは収容所だと聞き、目を丸くする。監獄だったならば、あの黒い服装も少しは納得できた。今はダボついた紺の寝間着に変わっているが。
「10年かそんくらい前になぜか崩落して廃墟となっちゃったんだけど、今でも汚染と灼熱が蔓延る危険地帯として世界レベルで立ち入り厳禁されてるの。いうてエリちゃん先生みたいな大賢者や化物みたいな連中じゃない限り、たどり着く前に死ぬけど」
死んだ人には同情はするよ、といわんばかりにルミアは話す。
思っていたよりも危険な区域を闇雲に歩いていたのかと、メルストは今更ながらゾッとした。
(じゃあ、あの神様は囚人の遺体を使って降臨しようとしたのか?)
そればかりはあまり腑に落ちなかった彼だが、それなりの都合や理由があるんだろうと今は深く考えない。
「本当に……!? しかも汚染って……まずくないですか、それ」
「ええ、そうなってしまった明確な理由は分かりませんが、あの大陸の魔素の汚染物質は高濃度で、級の高い防護魔法を常時展開していない限りどの種族にも耐性がありません。それに"魔力引火"も起きてしまうので、一定以上の魔力を消費する魔法は使えないのです」
(ガス漏れしてる室内で火を使うようなものか。そりゃ危険だ)
じゃあなんで自分は無事だったのか。ふと疑問に思ったが、今が無事ならあとで考えればいいと、彼女たちの話に集中した。
「もちろん、防護魔法も最低限しか出力できなくて、耐性に優れた神術服をもってしても日光にやられてしまいました」
魔力神がかってるくせに体力からっきしだもんね、とルミアが一言。
「やっぱり日射病でしたか。じゃあ、なぜクレイシスさんはそこに?」
「あの大陸から得体のしれない力……なんといえばいいのか、感じたことのないエネルギィを感じたのです」
「エネルギー?」とオウム返しする。そもそも感じるものなのかと首をかしげるが、彼女は真剣だ。
「はい、感じたのはもちろん、記録上これまでに観測されなかったほどの莫大なエネルギィです。おそらく他の大賢者様も気づかれていると思われます」
「なんだろうな、それって」と呟く。ルミアは閉口し、彼をじっと見つめている。
「なにかの前触れではないかと思い、大賢者の務めとして調査しに行ったのです。ですが、いくら探査しても収穫はなかったのです。何もないはずがないと思って、無茶したのが……」
「命とりな行動になってしまったってわけですか」
「お恥ずかしながら」と申し訳なさそうな顔。
「本当にあのときメルスト様がおられなかったら……でも、あの死の大陸にいたのも不思議な話です。質問を繰り返しますが、あそこで眠っていた前の記憶はあるのですか?」
おそらく、彼女らも察してはいるのだろう。あんな環境で唯一の生存者がいたとなれば、エネルギーの発生源は間違いなく自分にあると鈍感なメルストでも自覚していた。
この体が息を吹き返したときか、それとも不思議な能力を使ったときか。エネルギー、という言葉が出てきた以上、物質を素手から生み出していたメルストとは無関係であるはずがなかった。
(確かにあんなとこで眠ってたんだったら異端でしかないし、どんなに人がよくても警戒しないはずがない。ひとまず保護ってとこだろうけど、中途半端な事実言ったところで信用してもらえるとも限らないな。せめて相手の意向がわかればいいんだけど……どうする)
一呼吸分、間が空く。そして、彼は口を開く。
「……いや、それもほとんどなくて」
「ホントに?」とルミア。その目は怖いほどに真っ直ぐだった。
「はい。曖昧で、はっきりとはいえなくて」
見え透いた嘘をついたことだろう。しかし、記憶はあると言っても前世の記憶の一部だけ。死んだ直前のことも曖昧であったのも含め、忘れているといった方が話をややこしくせずにすむはず。この判断が正しいのかは、今のメルストにはわからなかった。
「そうですか……」と大賢者はうつむく。どうしてあなたがそんな顔をするんだ、と言いたかったが、ここは何も言わないことを貫いた。
話題が途切れたときに訪れる妙な沈黙。いまの返答に対してどんな返事がくるのか、怖くてならない。不安と気まずさを感じたときに、彼女らは互いに目をあわせた。すると、バンとテーブルを叩き、ぐぉっとルミアが立ち上がる。
「まぁ、ここで過ごしていくうちにいろいろ思い出してくるさね! あたしたちもメル君を知るにはまだ時間が短すぎるし! それに面白そうだし!」
「ルミア、不謹慎ですよ」とエリシア。
(思い出すもなにも、転生しただけなんだけどな。でも……)
死ぬ間際のことは覚えていない。断片らしき記憶はあるも、いずれも眼鏡を外した先の景色のようにおぼろげだ。
なんにしろ、口にはしなかった。微笑みを浮かべたルミアに「そうですね」と答える。
「そんじゃー改めまして! おたがいお堅い言葉はなしで! よろしくねメル君!」
勢いよく立ち上がったルミアに手を取られ、力強く握手を交わされたメルストだが、彼女の満面の笑みに見惚れ、「ああ、よろしく」と半ば棒読み気味に、言葉に甘えた。導いた結論がなんだったのか知る由もないが、少なくとも敵視されていない雰囲気だけは彼は感じ取れた。
「メルスト様、あの、私にもルミアと同じようにお気軽に話してくれれば、うれしいです」
恥ずかし気にもじもじしながら、エリシアは少し挙動不審な目をする。
「え……でも、王女様でしかも大賢者ですので、さすがにそれは」
「そ、そうですよね。無理言ってすみません」と見るからに悲しそうな表情をし、うつむいてしまう。しまった、とメルストは椅子から半分腰を浮かした。
「ああいや! そうするよ! 友人に上も下も関係ないもんな! それじゃあ、俺のことも友達みたいに話してほしいかな」
「えっ、それは……」
それだけ尊敬の念を示していたのだろう、エリシアなりのポリシーがあって、躊躇していた。
「そのー、あれ、俺も気軽に呼ばれたいから。様なんてつけてたら、距離が縮まらないと思うし」
「へっ? きょ、距離って……!?」
「ああまぁ、友好的な距離って意味なので、とりあえずよろしくおねがいしますというか、うん……えっと」
「あっ、はい! エリシアと呼んでくださいますか?」
「へっ? あ、ああ、よろしくエリシアさん。……で、ルミア。さっきから笑い堪えてるのやめてほしいというか」
「いやもう、ふたりとも面白すぎ。あ、笑い転がっていいの?」
「違ぇよ」
なにはどうあれ、住み家も友好的に思える仲を結んだ人もでき、ひとまずは生きていけそうだと今この一時に安心する。
こうしてメルスト・ヘルメスの異世界生活はこれから始まるのだと、不安と期待を胸に、膝元に置いた拳を強く握りしめた。
※説明等、設定の情報を詰め込みすぎて読み手を混乱させてしまっている気がするので、時間のある時に添削したいと思います。できなかったら申し訳ありません。