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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
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3-11-5.スペルディアの奇蹟

「やっぱり、原因は分からずじまいです。当然、治療法も……」

 村の入り口、拠点前にて。メルスト除く十字団全員が集まっていた。

 夕闇を浴びるエリシアの表情は、より一層暗くも見える。焦っていた気持ちも、諦めへ移るような声色に、一同も察する。


 十字団で最も医学に詳しかったのはメルストだった。専門ではないにしろ、魔法薬でも通用しない病気に対抗できる術を知っている彼が苦戦している以上、他にあてになる人間はいない。この村の味方に立つ存在が十字団しかいなかった。


「これはもうねー……、あたしたちでもダメなら、もうどうしようもないよね」

 ルミアも腰に手を当て、頭を悩ませる。調査や患者の手当てや世話、食糧や薬の配膳、伝染の防止など、メルストがなるべく研究に集中できるように、彼女らも尽くした。


「国からいただきました物資も薬も十分に普及しているのは効果があったようですが、治療にはつながっておりません。浄化魔法や治癒魔法も効きにくくなるほど、スペルディアの皆様の体力も限界に近付いております。人を要請したところで、状況が良くなるとは限りませんし、より感染の被害を出してしまうかもしれません」


 経過時間次第だが、外傷によって死んだ者を生き返らせる程の魔力をエリシアは有する。だが、病を完治することはできない。大賢者と云えども、専門分野や得意分野というものがあった。


「もういいだろ。やることはやったんだし、そもそも俺ぁ関係ねぇし」

 面倒くさそうにいう。ジェイクは嫌厭の目で静まり返った村に目を向けた。


「さすがにさじを投げるのは……その」

「エリちゃん先生? どうしたの?」


 見抜いたルミアは、エリシアの様子がおかしいことを指摘する。何かを隠していることは明らかだった。

 全員の視線に、エリシアはたじろぐ。だが、意を決したように、重い口を開いた。


「あまりこういうことは言いたくなかったのですが……私たちが来た時からすでに、本当は、この村は、もう……」

「手遅れってこと?」

「じゃあ、最初からあきらめられていたってことなのか?」


 突然の声に、全員が振り返る。村から帰ってきたメルストだが、日々積み重なる疲労に加え、泣き疲れたような顔は相当参っているようにも見えた。エリシアの打ち明けた話に、若干の驚きを隠さず見せる。


「メルストさん……お体の方は」

「大丈夫。それより、今の話はどういうことなんだ」

 言いづらそうな表情が露骨に出ているが、勇気を振り絞るようにエリシアは話し始める。


「あのとき、領主様から依頼されたことは『村の救出』ではなく、『村の処理』でした」

「……あの領主は最初から救う気はなかったってことか」


「ですが、既に何とかして助けようという動きが第九区の一部で密かに行われていたようです。でも、結局解決することなく、処置……すなわち隠蔽いんぺいを行おうという結論に至りました。不幸にも、今の時代は魔物や賊の手によって小さな村が滅ぼされるのは珍しいことではないので」


 話す本人がもっとも心苦しそうだった。メルストは冷静に話を受け取る。


「当然、そんなことはあってはなりません。手遅れと言われても、そんなことはないと考えていました。ですが……ここまで深刻化すると、もう物資や人手の問題ではありません。被害の甚大を防ぐために徹底した処置を施さなければならないと、王国は法の下でそうしてきました」

「そんなことって……」

 あるのかよ。そう言おうとしたときだ。


「――二日後、お父様の命令で"ザイツェフの執行隊"がこちらに訪れてきます。この村を……大地に還すために」


「二日……!?」

「今のままでは、とても解決できない日数です」

「でも、エリシアさんは大賢者だろ! その権限で延期とかも」

「十字団にここまでの日数を要して原因を突き止めさせてくれたのは、その権限で延期させてくれたからです。本来ならば、とっくに……」


 約二ヶ月弱の猶予はあまりにも短い。二ヶ月で原因不明の村の病を究明し、村人の面倒を見、病の治療法を見つけるなど、無理難題にもほどがあった。


「それだけではありません。スペルディア最寄りのテイス街にて、同じ症状を患った人が数人確認されたと……報告を承っております」

「……うそだろ?」


 頭がクラリとする。逃げ出した村人か、この山の感染した動物によって伝染されたのか、なんにしろ、問題は拡大したということだ。


「村の外で、同じ病気にかかった人がいるってことか……!?」

「確認されたのはその町だけですが、このままでは外部にまで被害が広がっていきます。これ以上時間をかけてしまえば、スペルディアだけの問題ではなくなってしまいます。そうなる前に、執行隊に任せる方が、賢明だという結論に至りました。……私自身、反対したいところですが、お父様のご命令は絶対です。執行隊には逆らえません」


 大杖をぎゅっと握りしめ、視線を落とす。

 彼女も悔しいのだ。しかし、この長い月日をかけて決心したのだろう。


「私は……そうしてもいいと、思う」

 大賢者がそう言うならば。フェミルも賛同する。

「ま、仕方ないよ。今回ばかりは」

 ルミアも先を見た上での賛同だろう。


 全員の意見が一致したところで、エリシアは決心を固めるように、一度うなずき、

「それでは……申し訳ありませんが、調査は中断して――」


「あのさ、もう少しがんばってみようよ。だいぶ研究も進んできたし、ある患者と約束して解剖の許可も貰ったんだ。あと少しで原因にたどり着ける。だから――」

 それでも。メルストはどうにかできないかと、すがりつくように説得を試みる。


「原因わかったところでよぉ、どうやって治すんだそれ」

「それは……」

 言葉が出なかったメルストに、ジェイクは鼻で笑う。


「甘ちゃんにもほどがあるぜ。現実みろや、世の中テメェのわがままや偽善で通じる程、どうにかなるモンじゃねーんだよ」

 彼の真意は、ただ単に帰りたいだけだが、それでも正論に変わりはない。

 時間は有限なのだ。時には残酷な決断を下さなければならない。それは、メルストも分かっていた。


「よく持ちこたえた方だよ。けど、あれじゃあ逆に生き永らえている方が辛いと思う」とルミア。

「……あれだけの、苦しい声を聴いたら……楽にさせた方が、いい。……そうしないと、もっと苦しい思いを、させてしまう……」

 感情を捉えにくいフェミルの口調。生命の心の"声"を感知できる故に、彼女も苦しそうに見て取れた。


「メルストさん……村の皆様のことは、私がどうにか説得してみます。ですので、今回は……手を引きましょう」


 あとはメルストが決断するだけ。夕日が雲に隠れ、薄暗さが増す。

 諦めるのは実に簡単で、それでいて、最も難しい。


 次々と思い出てくる、村の人々の顔。苦痛に溢れ、憎悪に染まったものだが、その中に温かい笑顔もあった。それは、十字団が来てくれたからだろう。ひとりひとりの名前は覚えている。どういう人間なのかも、知っている。


 だからこそ、そんな簡単に切り離せるものなのか。それでいいのか。みんな悔しいのに、どうして手を引くことができる。どうして、必死こいて生きている人たちの手を払うことができる。

 ――俺は、死んでもできない。


「みんな本気で言ってんのかよ……!」


 十字団は最も型破りなはずだ。どんなことでも跳ね除けて貫き通す最後の砦だと、言われてきたのに。

 ここで崩れたら、本当の終わりだ。


「俺達が諦めたら、誰がこの村を助けるんだよ! ずっと前から助けを待ち続けてきたここの人たちは! 俺たちしか頼りがいないんだぞ!」


 13年という歳月は、歴史の中では短い方だ。それでも、いつ終わるかわからない恐怖と不安は、比べるだけ無駄だ。

 罪のない彼らは不条理に襲われ、助けを求め続けても、結局は見捨てられた。十字団は唯一の光だ。その光さえも閉じたら、今度こそ、誇り高き精神(スペルディア)は途絶えてしまう。

 雲に隠れた夕日が姿を現す。眩しく照らす村に、メルストの叫びが轟いた。


「何度も泣き崩れて、何度も痛み叫んで! 腹を空かしても争わねぇで人のことを真っ先に考えて! 死にたくなるような思いをし続けても、家族の死を前にしても……。それでも負けずにここまで生きてきた意味を、俺達が教えなくちゃならねぇんだよ!」


 導かなくてはならない。救わなくてはならない。

 親友を失った青年の怒り、ぐちゃぐちゃになった顔。人々の為に自ら犠牲になると申した女性の決意。少女の無垢な笑顔の中に渦巻く、助けを求める思い。


 いっぱいいっぱいでも、スペルディアの人々は手を取り合っていた。十字団のことまで配慮してくれた。だからこそ、というべきだろうが、その精神は確かに誇り高かった。


「まだこの村は死んでいない」うつむいた視線から、村の全景を見眺める。

 沈みかける太陽に目を逸らすことも、瞳を閉じることもしない。

「一番苦しい人たちはまだ諦めていないのに、助けるはずの俺達が先に諦めてどうするんだ」


 堪えてきた感情をすべて解き放った。静まり返った中、彼女たちはどう動くのか。

 なんであれ、決まったことを変えるのは、想像以上に厳しい。どうにかして延期させてもらう方法を、メルストは考えていた。


「メルストさん……」

「めんどくせぇ。無駄なこと続けるだけだろ」


 けなし、わらったジェイクに、メルストは強くにらむ。

「ハッ、今のでコロッと気持ちが変わるとでも思ってたか。俺はテメェとは違って暑苦しいのも小難しいこと考えるのも、偽善ぶったこと言うのも大嫌ぇだ。俺は出ていくぜ」


 手をハラハラと振り、彼らに背を向ける。誰もがそれを止めようとはしない。ジェイクのことだ、どれだけ言っても通じないのはわかってはいたことだった。

 ふと、ジェイクは足を止める。振り返らないまま、エリシアを呼びかけた。


「おい、馬鹿賢者。その執行隊ってのは、どんだけ強いんだ?」

「えっ、えと、その……話では地方騎士団様よりもお強いと聞いておりますので、もしかしたらあの聖騎士団ディヴァイン様と互角かもしれません」

「はっきりしねぇな、ったく……まぁいい。雑魚じゃねぇだけまだ楽しめるか。で、そいつらはどこからくる」

「……? 王都から来ますので、南西の方角からだと思います」


「おまえ……まさか」

「勘違いすんな。殺さねぇ程度に鬱憤うっぷん晴らすだけだ。こんな場所に居りゃ胸糞悪くなるのは当然だろ」


 呼びかける声に応えることなく、ジェイクは山の方へと足を運んでいった。

 再び静寂になる。思いとどまっているようにも見えるエリシアが突如話を切り出した。


「メルストさん。あの、私、少し急用ができましたので、今夜は村におりません。明日か明後日には帰って来れると思います」

 どうしたのだろうか、と思えば彼女はすぐに蒼炎に包まれ、姿を消した。どこへ転移したのか、知る由もないが、メルストの声で何かしらの行動へと繋げられたのは事実だろう。


 エリシアが動けば、十字団も彼女の意向に従う。短いため息をついたルミアは、

「こんなことになるだろうと思ってたよ。でも、こっちの方があたしららしいね。メル君、なにかできることあるなら手伝うにゃ。それだけ本気を魅せつけられたら、あたしらも全力以上を示さなきゃね」

「役に立てること、あるなら……私にも、言って、ほしい。やっぱり、屈することは、ダメ、だよね」


 誰もが、この状況に参っていたのだろう。弱音に付け込まれて、甘えていたのかもしれない。ルミアとフェミルはそう考えていた。少し格好悪いことしたな、とルミアは小さく笑う。


 しかし、メルストは彼女らを受け入れた。小さく「ありがとう」と呟いた声は、沈む太陽と共に消えていった。

 仮拠点の裏に潜む影もまた、誰にも見られることなく去っていく。

 

     *


 あれから、メルストは研究に没頭した。この村の奇病を引き起こす病原体を持った微生物を顕微鏡ひとつで見つけることは想像以上に手間がかかった。

 故に、どれだけ経っても、一切部屋から出た姿など見ていない。しかし解明の段階は最終局面。材料がそろった以上、あとはパズルのように答えを当てはめていくだけだ。それが最も大変なことではあるが。


 二日目を迎え、とうとうその日の終わりに近づいてくる。しかし、ここで妙なことが起きていた。


「……来ない」

 村のどこを見渡しても、ザイツェフ執行隊は見当たらない。姿を消している訳でもなさそうだ。

 自作の暗視双眼鏡を仮拠点の窓から見ても、誰か来る様子も感じられない。人の気配に敏感なフェミルも、ふしぎに思っていた。


「ジェイクが足止めしてんのかな。殺さないとか言って手足もぎ取るってことがなきゃいいけど」

「ルミア……それこわい」


 冷静に返すフェミル。しかしありえない話ではないだろう。

 ただ、そうなってしまっては国の反逆に繋がりかねない。だが、そうならないように、今不在のエリシアもなにかしらの"行動"を起こしているはずだ。それが通じたのなら良いのだが。


「まぁ来ないなら来ないでラッキーだし、メル君の研究も捗るよ」

 楽観的に話すルミアは身に着けていた武器を降ろし、背を伸ばす。懸念し続けているフェミルは、真っ暗な窓の外を見続けていた。


     *


 その一方で、ジェイクは何もない草原の上にあぐらをかいて待ち続けていた。星空しか見えない真夜中、居場所を知らせるためにいた火のそばで、退屈そうにあくびをひとつ。蒸し暑くはないが、たかる羽虫が鬱陶しい。

 持っていた酒瓶もこれで3本目。それすらも飲み干し、苛立ちを顔に出す。


「ああクソッタレが! なんっで来ねぇんだ!」

 酒瓶を叩き付ける。簡単に空いた酒瓶はたちまち粉砕する。


(隠れてんのかぁ? にしたって静かすぎる。今晩に執行隊が来るはずじゃなかったのか?)

「……まさか逆から来るわけじゃねぇだろうな」

 そう思ったとき、突如地面が避けるような轟音と揺れが起きる。あぐらをかいていても、思わず体のバランスが崩れかけた。


「なんだぁ!?」

 地震か、それとも高等なドラゴンの喧嘩でもおっぱじめたか。しかし音の先は――ジェイクの真正面。遥か先、南西の方角からだった。


     *


 仮拠点、簡易研究室にて。

 メルストは許可を得たルーニーの遺体を解剖していた。


 病理解剖など、本で学んだ程度しか知らない。だが、わからないと言っている場合ではなかった。人体の構造や血管、神経の場所を思い出し、紙でイメージを固めながら、丁寧に腹部を逆L字切開する。


 欲しいのは肝臓とその周辺の血管。他の手にしてきたすべての採集物はルミア作の簡易光学顕微鏡と"組成鑑定マテリアルオピニオン"で調べてきた。

 これまでの資料や自分の記録してきたノートを思い返す。


(肝臓あたりに激しい痛みがあって、しゃ血で詰まりが見られたのは門脈の近くって以前の魔道医師の記録に書いてあったな。門脈は肝臓にある、栄養に富んだ血液が集まる場所だ)

「これを調べれば……原因がわかる」


 糞便から何も検出されないのならば、血液や内臓しかない。この段階まで来れば、もはや予想はできていた。あとは、それを確信に変えるだけ。しかし予想が外れれば、またふりだしだ。

 腫れあがった厚い皮膚をがし、ボロボロになった繊維を丁寧にほぐす。顔を出したのは真っ赤な果実のような臓器たち。


(血がほとんど出てこない……)

 死体だからか。否、これも病気に関係しているのだろう。その代り、大量の水があふれ出てくる。


(腹水か?)

 血漿けっしょう成分が血管外に漏出したものだろうか。すべて水を排出し、改めて遺体の中身を覗き込む。

 慣れない生々しさに拒絶感と吐き気が襲う。パニックになりそうな精神状態を持ち堪えながら、肝臓を掘り起こすように手探りで調べる。


「なんだこれ……」

 血に染まらない、白っぽい繊維がまとわりついている。それだけではない、メルストの知る肝臓の形はどこにもなかった。


 白い斑点が無数にあり、いぼのようにそれぞれが小さく盛り上がっている。いびつな形のそれは肝硬変とはまた違っていた。そして、肝門脈が異様に肥大化していた。


 だが、メルストにとってそれは、未知の産物ではなかった。膨大な情報を手にすることができた生前の世界にて、習得してきた知識の一つに、それは――スペルディアの呪いは当てはまっていた。


「この病気って、まさか――」


     *


「ロダン様!? どうしてあなたが」

 数十もの騎馬竜と飛竜に搭乗した、無骨な黒い鎧をまとう執行兵の誰もが息をのむ。


 山に囲まれたスペルディアから南西の方角に位置する、鉄鉱の大地――第一区から派遣されたザイツェフ執行隊が計画通りにスペルディアを処理することができなかった理由に、この男の存在があった。


 "軍王"――ロダン・ハイルディン。

 アーシャ十字団の団長を務める、このアコード王国の英雄の一人だ。


 褪せた金の髪は銀色を帯びているに等しい。かきあがった短い髪に口髭と顎髭をたくわえている老兵だが、その肉体は鋼の塊。戦歴だけだはなく、今も尚、覇者の如きその立ち振る舞いは、血も涙もないと云われる者達に、人間らしい感情を抱かせる。


「悪いが、あの村の処置をもう数日延ばすことは――いや、中止にすることはできないか」


「ッ、何を突然……これは王の命令です! 軍王の貴方でも、今回ばかりはその指示に従えません! あの村を放置することは危険すぎます!」


「"放置"、か……アレニウス軍隊長、少し言葉に気を付けたらどうだ。あの村は戦っているんだ。己らが最も恐れる"未知"と真正面から戦って、必死に生きようとしている。呪いだろうがなんだろうが、危険だからと……我々と同じ人間を排除する考えは、少し早まりすぎなのではないか?」


 執行隊の先頭に立つ壮年の軍人アレニウスは、歯を食いしばる。

 今回は執行隊が最も強い権限を持っている。王よりその権利を授かっていると伝達を受けた以上、たとえ軍王でも使命は貫き通さなければならないと、そう思っていた。


「貴方らしくないことを。そんな甘いことは言ってられません! これまでの歴史でも、我々がいなければ、被害が最小限にとどまることはなかったのですよ!」


 だが、その強い意志は、たちまちに揺らぎかける。

 松明代わりの炎玉や光魔法の発する魔力が一瞬途切れ、同時に甚大な衝撃が轟音と共に大地を揺るがした。心臓が張り裂けそうなほどの衝撃波に、誰もが一度、意識を失いかける。


 アレニウスの眩む目に映ったのは、鈍い銀色の巨剣を持つロダンがいるだけ。軍王の体躯と互角を誇るその剣は、さきほどまで持っていなかったはずだ。背中から抜刀し、そのまま地面へ振りかざしただけ。

 だが、その風圧のみで大地はロダンの横一線に深く断たれ、それは地平線まで続いているようにも見える。


 これ以上進めば――大地を切り裂いた線を越えればどうなるか、容易に想像できただろう。


「なっ……!?」

「経験だけをものに語るなと、あのとき教えたはずだ」


 静かに燃える眼光に、アレニウスは声すら出ない。


「それに、おまえたちが従っている指示……本当にラザード王"直々"の命令か?」

「……っ」


 固まった表情を見たロダンは糸が切れたように緊張を解き、ため息を吐く。どうせ第九区の上層部が王の命令と偽って騙したのだろう。


「まったく、これだから大国ってのはいろいろ面倒だ。引き返してもらおうか。きっと今頃、蒼炎の大賢者がラザード王と直でこの一件を話してるはずだ」

 剣を納め、スペルディアがある方向へと振り返る。


「『まだこの村は死んでいない』。誰もが匙を投げた中で、そう諦めずに村を助けようとしてる、青くも若い錬金術師がいるってことをな」


次回「誇り高き精神の救済」

次で3章11話は終わります。

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