3-11-3.悲劇はまだ、終わらない
村の入口の傍にて木製の拠点をつくり、翌日を迎える。
メルストは村人たちの症状をその目で見るべく、全員と接していた。衛生面を考慮した経口補水を一人ずつに与え、コミュニケーションをより多く取ろうとした。
一方でエリシアはこれまでこの村を調査してきた地方外の魔道医師や調査団のデータを分けてもらう他、薬や衛生的な食糧、医療器材等物資の調達をするべく、転移魔法を繰り返して交渉していた。大賢者の頼みならば、首を横に振る者はアコードでいないだろう。また、メディに病状を抑える薬を作ってもらっている。
フェミルは村を囲む山に向かい、不審なものがないか調査している他、鳥や虫、動物の観察、風魔法で空気の流れを見てもらっている。伝染の可能性があるとみていたメルストの指示である。
ジェイクは山近隣の危険な魔物の駆除を担っている。救う必要がなくなった村に、領主から派遣された自治の兵士はいない。山が壁として守っているとしても、危険がなかったわけではなかった。
ルミアは土地の調査とサンプルの採集の手伝いを任されていた。メルストの気になったものをはじめ、村のあらゆるものを採集してもらい、後にメルストが"組成鑑定"で分析した。
現代の優れた分析装置がなくても、触れただけで分子構造がわかる能力。しかし、土や肉片1ミリグラムでもその情報量は天文学的な数となる。少数派あるいは異物として目立つ物質しかメルストの脳に留まらないだろう。
それでも、人体の害になる毒素は見つかるはず。そう思ってはいたが、
「水質や川の中の土壌は特に汚染されてないのか。変な成分も見当たらないし、土で濁ってるだけか」
雑草臭い小川は作物を育てるのに必須だ。そこに手を触れて直接"組成鑑定"するも、気になるものは見つからない。重金属が流れ込んでいないのは確かだ。しかし大量のアミノ酸を検出したので、微生物はたくさんいるようだ。しかし、そこまでの特定は大変厳しいものがある。
(顕微鏡があれば作業はもう少し順調に進むんだけど……)
「メル君メル君、はいこれ、村全体の写真撮れたよ」
地図のような大きな紙を、ルミアから貰う。打ち上げ写真器で空へ高く打ち上げてからシャッターを切るという仕組みなのだろう。モノクロだが、川や畑、民家の位置は把握できる。
彼女の発明っぷりに、メルストはふと相談を持ち掛けてみる。
「ルミア、機械とか部品いじるときにレンズ使ってるだろ」
「そだよー、神は細部に宿るっていうからね!」と自慢げに言う。
「焦点距離の長いレンズと短いレンズそれぞれひとつあったら、あるものを作ってしてほしい。たぶん、この世界では初めての発明になるかもしれない」
その言葉に反応したルミアは食いついてくる。「なになに? レンズってことは何かを見るのに使うのかにゃ?」
「大体の設計や光学理論は今夜教えるし、材料も用意するから、肉眼では見えない小さなものを視れるようにする装置を作ってほしいんだ」
「りょーかーい! そこまで至れり尽くせりなら簡単に作れそうだね」
特に理由を聞かれることもなく、手を挙げて了承してくれた。顕微鏡はこの国に既に存在しているのかは十字団以外の研究所を見ていないのでわからないことではあるが、今この場にない以上、作るしかないのだろう。
(核磁気共鳴みたいな極端なミクロの解析はできるのに、顕微鏡で観れるようなマクロな解析はできないなんてな。これからさらに大変になりそうだ)
まだ何が原因かも手付かずで不明――八方が闇に包まれている状況に、メルストは唸る。
「水か土か……それとも住民の体質が問題でしょうか」
そばにいたエリシアも頭を悩ませる。転移魔法を繰り返し、一通りの準備を行ったエリシアは、ひとりひとりの患者の状態を巡回し終わって、メルストの様子を伺いに来ていた。やはり癒着魔法は一時的だったようで、再び病状が悪化し始めていた。
「エリシアさん、魔法かどうとかで分析できないのか? なんでもありでしょぶっちゃけ」
「メルストさん、今度私と個別で勉強しましょうね」
「やっべ、余計なこと言ってしまった」
ムッとしたエリシアに、メルストは冷や汗をかく。
「能力値を見るならともかく、正確な分析は魔法ではなく必ず道具です。細密さを求めるなら尚更ですし、その方が精度が高いですから。そもそも、魔法も法則に沿って可能なことと不可能なことに分かれます。可逆状態にできるものもあれば、不可逆状態のままどうすることもできないのもありますし、魔法が関わると他の学問より未知かつ複雑なものになります。最も身近にして最も解明されていないのです。例えば世界脈と人体精神との相互性を唱えたヘミルスの定理はCpA=――」
「メル君メル君、水田の方も綺麗かどうか試飲してみようよ」
「綺麗でも腹壊すよそれ。飲む前提で言わないで」
エリシアの話を聞く間もなく、ルミアに手を引っ張られ、連れていかれる。
「あれ、あの、きいて……くださいよ……」
*
その後、調査と療養の日々を繰り返したが、順調とは言い難かった。
エリシアが取り寄せてきた病状のデータや物資を持ってくる。物資によって、住民の貧しさはしばらく解決できたかと思われた。
「……吐くんだよ、ぜんぶ」
重い声で、メルストは十字団全員に言う。
夜間、拠点でミーティングを行っていた。予想以上の難航に、一度全員で話し合おうとエリシアから提案したことだ。
「それでも、粥状にして飲ませれば、少しずつだけど喉には通るんだ。それをやって分かったことなんだけど、安全な食糧を提供したら病の侵攻が早くなった。飢餓状態の方が侵攻は遅い。そもそも発症したら喉にあまりなにも通らないからどちらにしても食べれない。
水も土も調べたけど汚染されてないし、草木も動物も媒介する種はいなかった。農地を燃やしても……意味はないだろうな。日頃食べている食料を取り除いても侵攻は続くんだ」
「発症した時点で、もう手遅れってわけか」
ジェイクの言葉に、エリシアが気まずそうな顔をする。
「金属毒や薬物毒ではないことは確かってことさね」
「魔法現象や、"呪い"でも……ない」
ルミアとフェミルの言葉に、メルストは頷く。やっぱり微生物によるものか、と半ば途方に暮れる。エリシアからもらったこれまでの調査医師のデータをもとにまとめた資料を、パラパラとめくった。
「初期症状が発熱と下痢、そしてかゆみを伴う発疹。進行すれば右上腹部あたりの痛み……肝臓になにかあるかもな」
「そこから重症化しますと、高熱と貧血の症状が一気に来て、体中が激痛に見舞われるのですが、最後は手足はやせ細って壊死をして、身体と顔が腫れあがるのですよね……とても恐ろしいです」
「精神までぶっ壊れてた人もいたよね。あれも病気?」
「脳を侵されて、恐怖心や不安をあおらせる病気もある。たぶん、今言った病気はぜんぶひとつに収束できる」
「ヒトだけ、じゃなくて……動物も、同じ病気、もってる」
周辺の山を調査してきたフェミルの言う通り、この呪いともいえる病は人だけではない。同じ哺乳類に近い魔物も感染している。狂乱状態の壊死しかけた生物も、少なくはなかった。
「つーかよ、これ解決したところで俺らになんか見返りあんのかよ」
そもそも、といわんばかりにジェイクは当然のように話を割った。「あんたねえ……」と癪に障ったルミアが立ち上がろうとしたとき。
「今すぐ報酬は出ないだろうけど、後々王都から謝礼金は出るから」とメルストは息をするように誤魔化した。エリシアとアイコンタクトを取り、エリシアもコクコクとうなずいた。「ならいいが」とジェイクは足を組み、あくびをしてはテーブルの上に乗せる。
「万全な防護をして対策をしているからかもしれないけど、俺たちはまだ感染していない。エリシアさんの防護魔法がどこまで影響しているのかも検証しなきゃいけないけど、まず空気感染か経口感染かそれ以外か、それがわかるだけでもかなり大きい。それが分かれば、他の医師らの協力も仰げられる」
この手の専門に任せるのが、一番の策だろう。サンプルの提供や直接の調査も。だが、得体のしれないものである以上、快くうなずいてくれる医師は探した限りいなかった。この国では強制も法と道徳に触れる。そもそも、見放されている時点で協力は期待しない方がいいだろう。
「まずはどうやって治すかじゃないの?」とルミア。
「医者じゃない俺が言うのも説得力はないけど、治療法を見つけるために、原因を調べなきゃならないんだ。そのためには、
まず患者の病態と初期~重症化したときの侵攻、そして病の種類を決定すること。
次に体液や糞便経口、空気や水といった、どのような伝播様式で病原生物に感染されるのか。また、どこから侵入してくるか、どこで発生しやすいか。
そして、原因となる病を引き起こすものの周期および生活史。
今言った3つが、病原体の同定に繋がるはずなんだ。先人たちの文献があればさらに特定はしやすくなるけど……」
「今、生物っておっしゃっていましたが、やはり病魔を持つ虫か何かによって媒介されているということですか?」
「それもあるかもしれない。俺は病原性を持つ微生物によるものだと思う」
「微生物……"矮小型魔法生物"のことですか?」
肉眼では見えないその存在は、錬金術師や魔法生物学者以外では一般的に知られてはいない。明確に確認しようと観察し、研究する者が少ないのだ。また、微小にもなると、妖精霊との区別もほぼつかないため、熱心な者でさえも成果が出ないというのが現状だが。
病気も毒か人体の自然的な不具合、呪い及び悪霊のせいだという風潮がアコードでは根付いている。大賢者が病気のことを病魔と捉えているのも、それによるものだろう。
「それって実在するんだ」とルミアの意外そうな声。メルストはうなずく。
「大体の病気はそれらによるものだと考えていい。問題は、それがどういう種類なのか特定することだな。今の時代じゃ魔法で微生物……いうとこマノファーディを視る方法はまだ開発されていないと思うけど、それがなくても特定する方法はないわけじゃない。ただ、かなりの時間がかかるけど」
「めんどくせぇ、この村ごとまとめて燃やせばいいだろ」
飽きてきたジェイクがつまらなさそうに言う。
「……清々しいほどに容赦ない爆弾発言を平然と吐き捨てるおまえはすごいよ」
「てゆーか、あんたも少しは意見出しなさいよ」と腰に手を置くルミア。
「るせぇな。言われなくても俺ァ知ってるぜ、薬で治らねぇ病気は刃物で治る。それで治らなかったら火で治る。それがダメなら不治の病ってな。だから燃やせば一発で終わるだろ」
「――ハッ、つまりは爆発が万能薬」
「じゃないから。死ぬから」
「……刃物で治るって、どういう、こと?」
首をかしげたフェミルに、メルストは説明する。
「ああ、外科手術のことだな。人の身体を切って、体の中の膿や悪いものを取り出す――そうだ、それだ。解剖すればすぐにわかる!」
思いついたように、メルストは繰り返して口にした。だが、エリシアは歯切れ悪く「あの、そのことですが」と話を割った。
「この村では、意図的に体を傷つけることは命与えた神に対して大変失礼だという言い伝えがありまして、ましてや死体を傷つけようものなら冒涜に値します。なんでも、天国へ行けずに、そのまま現世でも来世でもない、世界の狭間で彷徨うことになると、村の方々から話を伺っております」
「それじゃあ、解剖なんて論外じゃないか……」
落胆する。せっかく話が前進しそうになったところで、またふりだしに戻ったことに舌打ちしたジェイクは、
「知るかボケ。そいつらの妄想じゃねーか」
「ホントにこのバカは……まぁ神様とか信じてないもんね。犬以下のあんたじゃ宗教なんて理解できない話だにゃ」
「は? だーれが理解するかあんなくだらねぇ――」
「ふたりとも、ケンカはダメです!」エリシアは焦ってふたりを止める。
「……もう遅いですし、今日はこれまでにしましょう。私はいつも通り、村の皆様の容態を診て、魔法薬での検出を行っていきたいと思います。少しでも魔法新薬の設計を早めていきたいところですが……皆様の苦しみを和らげることを優先していきたいと思いますので、メルストさんは引き続き、原因究明をお願いいたします」
「わかった」と力強くうなずき、メルスト専用の実験室へと足を運んだ。「ルミアは……」と、エリシアの指示が続いていたが、それを聞くこともなく、扉を閉めた。
「……」
椅子に座り、目の前の実験器材を見つめる。
様々なサンプルが入った数多の試験管と、さらに小さいメルスト自作のマイクロチューブが6つほどの金属ケースに無数に並べられてある。中は透明の液体が主に入っているが、それぞれ全く異なる成分が含まれていることだろう。
小さな三角フラスコや分液ロート、ガラスピペット、そして何かしらの試薬瓶が数種類置かれている。培地の入ったシャーレに、ルミアに作ってもらった望遠鏡のようなサイズをした、木材・金属加工された単純な構造の光学顕微鏡。棚に並べられた複数のガラス瓶には採集した鉱石や蜂、蛇の死骸、土や農作物の草根などが詰まっていた。
そして、積み上がった紙の束。いわば実験や日々を記録したノートだ。殴り書きのそれらを一瞥するが、読み返す気にはなれなかった。
(人体組織は破壊されていたけど、組成鑑定で目立つほどサイトカインは認知できなかった。サイトカインストーム反応はない――病原体に対して拒絶はされていないことになるのか? ということは、毒素を出さない病原体が組織を喰らっている可能性がある)
この大国では、微生物の存在がそこまで解明されていない。この国にある文献が少ないのだ。見たこともない魔法生物が病原だとすれば、現代地球から転生した科学者でも対抗できるかどうか。
ともあれ、同じ生命であり、DNAというもので構築されているなら、現代の薬でも通用するはずだと、信じることを選んだ。
しかし、彼の眼は滾るように燃えていない。頭を抱え、深い溜息をついた。
(ウイルスかバクテリア……いや、真菌かもしれない。けど――)
「俺がどうにかできる話なのか?」
スペルディア訪問から三十五日目を迎えるこの日。
続いた奇跡は残酷にも終わり、悲劇が起きる。




