3-11-2.呪われた村
お久しぶりです。遅くなり申し訳ありませんでした。
一気にシリアスになります。
ルマーノの町のある小さな女薬師は、訪れてきた記者に語る。
「このご時世、ほとんどの治療法は薬草調合術を通じた創薬や、治癒回復魔法が主体的。国外では手術なんていう素晴らしい手法があるらしいけど、こっちじゃタブーに等しいの。身体を切り刻むなんて冒涜だと、誰もがそう言って信じていた。特に信教強くて貧しい場所では、ね……。条件は厳しかったと思うわ」
「ですが、誰もが恐れて避ける中、あなたも協力なさったのでしょう。私の知るメディ・スクラピアは王宮薬師として王族を病魔から守り、病魔に苦しめられる人々に数々の新薬を創り与えてきた、偉大な人だと思っています。今回の一件も――」
「大袈裟ね。異国の技術やそこにしかない薬剤の原料を参考にしただけよ。ふふ、あなたがそれだけ評価するなら、今回の一件でその気持ちは冷めるでしょうね」
「……と、いうと?」
「薬師である私もわからなければ、優秀な医師でも匙を投げてしまった。『何をしても治らない』『なにが原因か見当がつかない』って……ついには悪霊のせいだと責めたわ。実際、そういうのもあるから、そういうときは大賢者様に頼る他なかったのかもね」
「ですが、仮にそれが我々の知る"呪い"じゃなかったとしたら……」
「魔法療養も期待できない。エリシア……大賢者様でも苦労はしたと思うわ。その場しのぎで大した効果は得られなかったのだから、苦しみを長引かせるだけね」
記者は黙り込んでしまう。幼き姿をした白髪の少女も、青い瞳を彼から背け、薬の臭いが染み込んでいる両手を膝の上で組む。
「とにかく、あれは神が下した裁きか、悪魔の気まぐれで引き起こした正真正銘の呪いか。そのどちらかだとしか思えなかったほどの悲劇だということよ」
*
アコード王国第9区――スペルディア。
古来より授かるその名の由来は"誇り高き精神"。しかし、その偉名は知られることなく、辺境の土地に忘れ去られているように、その村はそこにあった。
知られた今となっては、その名は本来のそれで呼ばれることなく、代わりに――
「"呪われた村"か……」
その村は、奇病に蝕まれていた。
焼きつく橙の闇を浴びる草木はみずみずしさを含み、小鳥たちが歌を歌う、自然の活力を感じさせる高台の地域。だが、そこに生気は――人の活力は一切感じられず、他人事のように自然から見放されているようにも見えた。
血汗と腐敗の臭いが湿った土に染み込むほど、溜まり込んでいる。木材で建てられたみずぼらしい民家からは涙と痛みしか聞こえず、そこに笑い声があるとすれば、生の喪失から逃れようと心を壊してしまった者の末路に違いない。
原因は皆目判らない。匙を投げた医師や薬師が悪霊の呪いだというのもそのはず、その症例は悪魔的で、残虐的だった。壊れる村の者達の形相から、呪いと名付けた所以だろう。
夕刻――現世と黄泉とが混じる逢魔が時に、アーシャ十字団は訪れた。不可視の防護魔法をまとい、毒素や病原体の吸入を防ぐ。
「ひどい……空気」
そう呟いたフェミルは、吐きそうになる口元を抑える。ヘルムを目深に被った、槍使いの鎧装備。いつでも臨戦態勢に入れるが、今回倒すべき相手はいない。八方を囲む山を見回し、耳を傾ける。静かだ。
「過疎地域だし、いろいろ後回しにして調査も除呪も治療も伸ばすだけ伸ばして、取り組んでも結局分からずじまいになったから、あたしたちに押し付けたって感じだね」
皮肉るように、ルミアはここにいない愚者たちに届かぬ文句をこぼす。「国王の耳にさえ届けられてなかったんだから、後々あいつらそれなりに懲罰受けるだろうさね」という呆れに続き、身分が高い者達を嫌うジェイクはいい気味だと、笑う。
「ここもここで、よく十三年も滅ばずに済んでるにゃ」と、ルミアはこの地方の領主がエリシアに渡していた資料をパラ、とめくる。
(十三年、か。果てが見えない地獄を味わってきたんだろうな)
眉をひそめたメルストは、澱む村の様子を見つめた。だが彼以上に、呆然ともいえるエリシアの表情が、ふと気になりかける。
「エリシアさん?」
「あ、いえ、なんでも……ありません」
にごすように、すぐに視線を逸らされる。
彼女は狼狽していた。この目で見ても、やはり、という願ってもない想定が当たったのだ。
正直な話、エリシアの口からは決して出さなかったが、この村は手遅れに等しかった。領主に対し思わず感情を吐き出し、声を張り上げたのも、臭い物には蓋をしろと第9区で確定された後のことだったからだ。
『もうどうしようもない』――そんなはずはないと否定しても、実を目の当たりにすれば、認めざるを得なかった。
メルストたちは村の中へ進む。明らか痩せこけていない、服装も異なる一団は目立ち、村人の目に留まった。
「ッ、なんだおまえらは! まさか……」
複数人が目の前に集まりだす。警戒の目を向けるのは当然だろう。彼らの様子を見ると、ここに訪れてきた者たちに恵まれてはこなかったのかもしれない。それか、ここの本来の処置の情報を知ってしまったか。
「ああ、いや、俺達は――」
弁解しようとしたとき、誰かが石を投げた。それがメルストの頬にあたる。一個だけではない。腕や身体、額にも次々石が投げつけられる。村の子ども達だ。大きな涙の粒を流し、その目に宿る純粋な怒りと憎しみが心に突き刺さる。
目を逸らしそうになるが、彼らのすべてを受け入れなければ。込み上がる恐怖に堪える。
「こっちに来るな! この疫病神!」
そして、もう一個飛んできた石が右目にあたる。
反射的に前に出ようとしたエリシアやルミアをメルストは止める。「大丈夫」と一瞥して笑みを向け、すぐに前へと進んだ。
途端、村の男性が駆けつけ、掴みかかってきた。
「あいつらと同じ、俺たちを苦しめに来たんだろう! おまえらのせいで、俺たちの村は……みんな死んでいく! 今すぐ立ち去れ!」
「……ッ」
怖くて仕方がなかった。しかし、メルストは首を振り、一歩も下がらない。メルストは避けもせず、頬を殴られる。背中から倒れ、その勢いのまま、男性は恨みを晴らすように殴り続ける。
「ッ、メル君!」
「皆様、どうか落ち着いてください! 私は"蒼炎の大賢者"のエリシアです。皆様を助けに来たのです!」
その場を制止するように、エリシアが前に出る。「大賢者……あの大賢者様だと?」と殴る腕を止め、呆然とエリシアを見つめる。
「大賢者様ならお救いになられるのでは……?」
「しかし、我らが主でも治せないものを使いの大賢者様がどうにかできるとは思えん」
戸惑いと期待の含んだ声がちらほらと聞こえてくる。この辺境の地でも六大賢者の名は知られているようだ。だが、その声は賛否両論。何を信じればいいのか、見失っているようなそれだった。
少なくとも、その男は未だ信じられないようだったが。
「私たちアーシャ十字団は皆様を苦しめに来たわけではありません。治療をしに来たのです」
「治療だと……? ここにきた奴らも、そう言って何もしなった! 呪われてから10年、やっと来たかと思えば『救うことはできない』と! 見捨てていきやがった! 神様に祈らなかった瞬間なんて一度もない。それでもこの呪いは解けなかった……神様にもどうにかできないことを、おまえらがどうにかしようってのが間違いなんだ!」
すると、馬乗りになった男性の肩をメルストは掴む。痛いほどまでに力強く、しかし受け入れるような、寛大な手だった。
「だからこそだ! 神様でさえどうにもできないからこそ、俺達人間がなんとかしなきゃいけないんだよ! だから俺たちが――大賢者率いる十字団が来たんだ。逃げも諦めもしない。俺たちがこの呪いを解明して、全員救ってみせる! もう誰も……ひとりも死なせない!」
彼の剣幕は凄まじかったのか、その場の誰もが言葉を発さなかった。カッとしたメルストは我に返り、離れた男性に連れるように、起き上がる。
いつのまにかちらほら集まり出していた村人たちに言い渡すように、エリシアは男性を真摯に見て、やさしく、そして申し訳なく声をかけた。
「……今までこの村の助けに気づけなかったのはアコードの失態です。心からお詫び申し上げます。……本当に、申し訳ありませんでした」
湿った土に膝を落とし、大賢者は地面へと深く頭を下げた。メルストらも続いて頭を下げる。一向に謝罪をする態度を見せないジェイクは、ルミアによって無理矢理地面の中へと頭を埋められた。
「勝手ながらですが、あと一回……私たちにチャンスをくださいませんか。これが神の定められた運命だとお思いになられる方はいると思います。でも……それでも、スペルディアの人々が生きたいと願うなら、私たちはアーシャの名に懸けて、全力でこの呪いを退けてみせます」
一歩引きそうになる男は歯を食いしばる。葛藤。振り絞った声は、その苦悩を吐き出したようなそれだ。
「っ、だとしても、俺たちはもう何も信じられな――」
「通してあげなさい」
男の後ろから聞こえてきた、高くもしわがれた声。古い法衣のようなものを纏い、大きな杖一本で今にも崩れそうな老躯を支える女性の背はひどく曲がっている。
「長老。しかし……」
「なんであれ、人手が一人でも欲しい状況です。このまま追い払ったところで、我々の未来が良くなるわけでもなし」
それとも、と付け足す。言い返そうとした男の口が思わず噤む。
「蒼炎を司る神の使いの顔に、これ以上の泥を塗らせるので……?」
「……っ」
「疑うのも無理はありません。しかし……彼らの目に嘘偽りはない。我々の誇り高き精神を以て、信じることが、神の為と、そして我々の為となりましょう」
しばらくの沈黙。男は、改めて、十字団へと目を向ける。そして、ついにその口が開いた。
「……しんじて、いいんだよな……?」
男性の視線の先――エリシアはゆっくりとうなずく。途端、男の表情にわずかな光が戻り、何年も失っていた笑顔がぎこちなく湧き出した。
「本当なんだな……っ、本当に、信じていいんだよな……っ」
「ああ。"誇り高き精神"の名を、ここで途絶えさせるわけにはいかない。これで終わりにするんだ」
これまで耐えてきたであろう、男性は決壊したように、涙を流し始めた。
今までの胡散臭い連中とは違う。今度こそ、信じていいかも知れない。それだけの嘘偽りない真剣さが伝わった。何より、大賢者の存在が大きかった。
「皆、喜べ……っ、大賢者様がおいでなさったぞ! 大賢者様らが、俺たちをお救いに来た……!」
その声に、その場の村人たちに留まらず、古い民家から顔をのぞかせてくる。小さい村なのか、瞬く間に情報は知れ渡り、ふつふつと、村人たちに僅かな希望が芽生える。
「ッ、やっと、来て下さった……! 神様、私たちの願いが通じたのですね……!」
「これで楽になれる……この苦しみから解放されるんだ!」
彼らの歓喜にエリシアは胸を痛める。そのことをつゆ知らず、村人たちは十字団を中へと案内させた。その道中で、メルスト等は村長に感謝の声を告げる。
「寛大なお心に感謝いたします」
「我々も余裕がないのです。先ほどのご無礼をどうか許してくださいな。……それに」
ふとメルストの瞳を覗く。まるで心の中を覗かれているようで、思わずぎょっとしてしまう。だが、帰ってきた言葉は、メルストにとってあまり理解しがたいものであった。
「どこか懐かしさを感じたものですから」
*
「まずは今の状況をお教えできる方は」
まだ動ける村人たちの協力の元、エリシアとメルストは状況を把握した。ルミアとジェイク、フェミルは村の外で変わったところはないか調査を行っている。
現在のスペルディアの人口は228人。奇病が発症し始めたときはその倍以上は住んでいたという。
発症者はほぼ全員といってよい。誰もが症状を患っている。そのうち重症、危篤者は149人。療養所で安静にしているが、事切れるのは時間の問題だろう。昨日も2人、命を落としたと村人たちは嘆く。
恐怖のあまり、村から逃げたした者も10人ほどいる。消息は不明だが、もう二週間以上前のことだ。この山の外側は人をも喰らう危険な魔物がいることは知られていることもある。この村が山の神に守られているという信仰は深く根付いており、むしろ村から出ようという考えに至る者の方が稀有と言っても良い。
メルストとエリシアは、療養所へと踏み入れる。外とは格段に違う――空気の重さ。死が充満している。
鼻をつんざく腐臭と虫の集るような生々しい臭い。熱気と湿気が籠り、よりその臭いは鋭く感じられる。
「これは……ひどいな」
(こんな環境じゃ、どんな病原体でも寄って集ってくるな。村全体の浄化が先決だ)
体の痒みや、腫れあがった皮膚と臓腑の痛みを訴え、高熱にうなされている。酷い者は身体の一部が赤黒く変色し、ボロボロになっている。壊死が侵攻しているのだろう。
「この村にお医者様はいらっしゃらないのですか」
エリシアの問いに返ってくる言葉は良いものではなかった。呪いによってすでにこの世を去ったという。なんでも、ここの医者は神殿で儀式に伴い眠りにつくことで、神との介入を通し、病状や治療法を教えてもらう役目を担っていた。とてもじゃないが、あてにはならない方法だった。
(医者が神官じゃあ、この病も運命だって受け入れようとしてたんだろうな)
とメルストが思ったところで、男性の村人の言葉は続いた。
「けど、外からそう名乗る奴らが何度か来たよ。好き勝手俺たちの身体を弄って、変なもの飲ませて、見捨てていったんだ。血を流す必要があると、ナイフで斬りつけようとしたやつだっていた!」
瀉血のことだろう。悪い体液を排出しようとする考えは、リスクあると認識されつつもアコードでも認められている療法のひとつだ。しかしこの村では人体を傷つける行為は許されないと根付いている。
その医者たちが調べた詳細のデータが欲しいところ。しかし、まずは今にも死人が出そうなこの場をなんとかしないと。エリシアに向けて口を開こうとしたときだ。
「"創聖・ピュリフィシス"」
エリシアも同じ考えだったのだろう、詠唱ひとつで、その場の空気が浄化されていく。毒素の如き邪気は消え失せ、透き通りやすい、肺に染みわたる空気になった。
「"癒蒼の焔・アスクレイム"――苦しむ人々をお救いください」
エリシアの詠唱。彼女の大杖からやさしく照らす蒼の炎が湧き上がり、流れる水のように、舞い上がる霧のように、一度空間を包み込む。それは療養所に留まらず、スペルディアの村すべてに充満した。
熱を感じない炎は霧が晴れるようにすぐに消え失せ、人々の苦痛に苛まれる声も収まっていく。軽い症状はともかく、壊死といったひどい外傷を負った病人のそれは徐々に元の人肌へと戻りつつあったのが、目についた。
「い、痛みが消えた……? 傷も治っていく……っ」
「ひとまず、癒合は致しました。完治したわけではありませんが、すぐに訪れる死から遠ざけられたかと」
ざわめき、そして大賢者に涙して感謝を述べていく。その一方で危篤状態だった人はそのまま安らぎの表情で眠りについた。喘息のような息遣いも嘘のように消えている。
それでは私は原因を調査しますので、と一言述べ、療養所を後にする。ずっと黙って見届けていたメルストは感心の息をこぼした。
「すごいな大賢者は。呪いどころか傷も治せるなんて」
「いえ、これは一時的に痛みを和らがせて、傷を癒着させただけです。これで解決できるなら、既に魔導医師の方で済む問題かと思われます」
ですが、と歯切り悪くして続ける。「それに至らないということは、魔法による治癒では治らない病魔が宿っているということです。病死は免れられてもそれは時間の問題ですし、明日からまた同じ苦しみを味わなければいけません」
ただの怪我なら、回復魔法で済む。その者の自然治癒力で効果は左右されるが、今回のケースはほぼ魔力で補ったようなものだとエリシアは言う。
つまり、本来ならば治癒の施しようがない。自然治癒能力がなにかの原因で欠如しつつあるのだ。
回復魔法も一時的な措置に過ぎない。すぐに体を蝕み、苦痛がくり返される。根源の断絶をしない限り、完治は許されないだろう。
「エリシアさん。これって、本当に呪いや魔法現象的によって引き起こされたかもしれないケースも考えられるってことだよね?」
「それが本当だとすれば、多少の魔力は感じられるのです……けど」
「けど?」
「特に魔法的な呪いの力は感知できませんでした。これだけの被害を出しているなら、相当な魔力が空気を澱ませるほど溜まり込んでるはずですけど……」
「呪いの力じゃないってこと?」
エリシアはうなずく。
(やっぱり、環境的な問題か。病気なのは分かるとして……何の病気なんだ?)
メルストは化学には明るいが医者ではない。せいぜい、化学を通じて医学の知識を習得しているぐらいだ。だが、完全に専門外である、得体のしれない「呪い」ではない以上、自分も何か力になれるかもしれない。
「今夜、防護魔法で隔離して、魔の力の浄化を行いたいと思います。それで済めばよいのですが、今のうちに症例や状況を過去の皆様のデータより整理して、メディにも協力させてもらいましょう。深夜は明日の治療と原因解明を本格的に取り組むための準備と、人々の応急処置に尽力しましょう」
「王都や他の都市の医師たちに協力はしないのか?」
「いえ、それが……」
何か言いづらそうな表情に、メルストは嫌な予感がした。それが的中したように、ルミアの声が横から飛んでくる。村やその周りにある植物や土を採集するようルミアに頼んでいたことをメルストは思い出す。
「感染が怖いのもあるんだろうけど、こんな小さな村1つ程度なら蓋をした方が良いってことさね。幸いなことにここは四方八方、山に囲まれてるから」
「なんだよそれ、そんなひどい話あるかよ……!」
「全員腰抜けってわけさね。ま、気持ちはわからないわけでもないけど」
辛辣な言葉を吐く。やり場のない怒りを、メルストは喉奥に押し込んだ。
絶対に治してみせる。そう胸の中で誓って。




