表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
63/214

3-11-1.幸も不幸も蜜の味

 本日のルマーノの町は、"氷雲の竜"の通過により雪のち快晴。ひとときの冷気に伴い、白銀が降り注ぐも、すぐに溶けては温かい風が町に流れ込んできていた。


 魔導師の資格も所持する大賢者のエリシアは、いつもの調子で魔法薬を生成しているが、その調製場所はメルストの使用する錬金工房だけに留まらない。危険でさえなければ、外でやるし、今日のようにキッチンで作成することもあった。


「あら、ミムス蜂の蜜が切れてしまいました」

 材料を用意しようと戸棚を調べていたエリシアがふと呟いた。キッチンの傍のダイニングテーブルに直接座っていたルミアがそれを耳にするも、心当たりあるのか顔をしかめた。トラントの大樹にて拾った、魔国産の機械とも生体材料ともいえる硬質の部品をまじまじと見つめていたが、すぐに意識はエリシアに向けられた。


「うげ、それって店に売ってないやつ?」

「魔法薬の材料に必要なんですけど、稀少なんですよね」

 腕を組み、大きな胸を乗せて悩む。王都に売っているものでもなく、外で採集したものだ。ギルドの間でも相当の価値があるという。

 次にくる言葉はわかっていた。採集してきてほしい。めんどくさいと思っていたルミアは大体の物質を創成できる能力を持つメルストに笑みを向ける。


「クラフトマスター・メル君、ここは一発頼んだ」

「うん、限度がある」

 あざといグッドサインを出したルミアに対し、メルストは視線を合わせるのみで客間リビングのソファでただくつろいでいた。圧倒的なテンションの格差はさらに広がっていく。


「モノづくりが代名詞の錬金術師がそんなこと言っていいの!?」

「今日は一段とどうした」

 さすがに蜜までは錬成も合成もできない。しかし、それっぽいものはできる。また組成鑑定で成分と栄養価は解るにしろ、ミツバチほどのクオリティは、メルストの知る中では編み出せない。生命の神秘である。


「先生、依頼の手紙……」

 早朝の鍛錬の帰りだろう、玄関エントランスから来たフェミルは一通の封筒をエリシアに渡した。

「フェミル、おはようございます。いつもありがとうございます」

 ギルドでよく使われる使い回しの羊皮紙の封筒から依頼書と依頼主の手紙。サッと読み通したエリシアは、その場に伝えるように内容を告げた。


「"グステン蜜"の採収、ですね。場所は1区のレディバ地方ビッズ村の近傍です」

「あらら、結構タイムリーなこと」

 どっちにしろ面倒な案件が転がってきた。グステンの蜜も採集に骨が折れる素材だ。


「まぁそう遠くないし、俺らだけで行くよ。エリシアさんは午後に授業開くんだし、今回はゆっくり身体休めた方が良いと思う」

「転移魔法で送っていくことぐらいはできますよ。けど、帰りは……」

「帰りは竜車拾っていくよ」

 なるべく忙しい彼女に負担をかけないように。親切にしてくれるメルストに、エリシアはわかりました、と言葉に甘えた。それなら、とエリシアはもうひとつ、甘えてみた。

「あの、ついでで良いですのでミムス蜂の蜜も採取してくれたら助かります」

「オッケー。あったらね」


 向かうメンバーは4人。

 蜜系統は種類によって高く売れるものが多い。それを目的にジェイクが、植物等少し詳しいという理由でフェミルが、天然素材について調べてみたいとメルストが、そして報酬ついでに村から大好きな蜂蜜とその料理を振る舞ってもらおうとルミアが編成された。ほぼ私情の理由だが、今に始まったことではない。

 いつものように、エリシアの魔法で蒼炎に包まれた彼らは、目的地へと転送されていく。


     *


 人が通る道以外すべてが花畑。赤、黄、桃、紫、ついには青まで、色とりどりの花が咲き誇り、それぞれの放つ甘い香りは主張強く押し付けることなく、上手く調和して、鼻腔を撫でるような香りのハーモニーを漂わせている。


 ビッズ村は蜂蜜ハチミツが盛んと言われる、小さくも需要のある集落だ。一家に一台、に蜜蜂小屋があり、同時に蜂蜜採取器でもある木製の簡単な装置が設置されているほど、数多くのミツバチと共存している。

 ここの作るハチミツは絶品であり、国中とは言わずともかなり有名で王都でもビッズ村産のハチミツの存在は知られている。種類も豊かで、蜂蜜だけで様々な料理へと派生できる程。十字団の食卓にもよく蜜ものが出されるが、それの産地もここであった。


 近隣の広大な森に、エリシア、ロダンを除く4人が佇む。そこは野性のミツバチが集る花園でもなく、鉄色が染み込んだ岩肌の幹で支えられた極太い樹が、いくつも生えている重々しい森。緑に囲まれているにもかかわらず、まるで岩山の中にでもいるような気分だ。


「樹液の採収、と一言でいえば簡単だろうけど、かなり大変らしいな、この樹から蜜採るのって」

「まぁね。"アインストンの樹"は"メタルウッド"とも言われててね、他の樹のように斧とか火薬じゃびくともしないし、魔力も防御系として樹皮のなかまってるから魔導師でも簡単に伐採できないし――」

「ウォルルルルァ!」

 力強くえ、持参してきた鋼鉄の斧をジェイクは横に振りかぶった。人の胴体なら容易く真っ二つにできそうなほどの大きな刃だが、メタルウッドの前ではびくともしない。しかし力任せに叩き付けた為に、逆に斧の方が真っ二つに破断してしまった。


「当然、怪力相手でもね」

「うそ、割れたんだけど。斧が割れるって普通ある?」

 地面を少し響かせ、切れ味のよさそうな鉄の塊が地面に落ちる。分かり切っていたのか、それを悟った目でルミアはいう。

「斧どころか、穿孔具せんこうぐでもこの通り。溶接もダメ、分厚いしけてもすぐ固まるんだよね」

 試した溶接跡と、欠けたドリル。金属を加工するはずの道具でさえも無効である以上、本当に何をしても無駄のようだ。


「それでもぶった切るしかねぇだろ」とジェイクは背中の両手剣を抜いた。

「バカ脳筋。いま思いっきりやって全然ダメだったでしょ」

「ありゃあ斧が悪かったんだ」

「仮にただ切ったとしても樹液なんてちょびっとしか出ないから稀少価値があるのよさ。エリちゃん先生の話じゃ、たくさん出すにはコツが要るらしいんだけど……」

「本人も知らない始末か」


 物質を分解したり組み替えたところで解決できる話でもなさそうだ。闇雲に試すだけ無駄だろう。

 ぺチン、と樹の幹を手のひらで叩き、その分厚さを手を通じて振動で感じ取った。まるで凸凹の金属の柱だ。組成もただのペクチンやセルロース分子ではなさそうだ。

(見たことない化合物だな。こんな構造体も存在するのか)

 そう考え始めたとき、ルミアが突然切り出してきた。


「でも考えたところでしょうがない。だからあたしは真っ向勝負で勝ってみせる!」

「おまえも人のこと言えねぇじゃねぇか」

「あたしの爆発技術(テク)を前に、屈しない万物などありはしない!」

 ガシャコン、とロケット発射筒ランチャーらしき76ミリ大型火器の砲口を天へと掲げた。防塵ゴーグルを付け、本人はやる気満々だ。


「だいぶフェミル化してきたな」

「……?」

 既視感を覚えるが、首をかしげるフェミルは自覚がないようだ。


 一発の16ポンドの砲丸爆弾シェルを詰める。足腰を地面に固定し、スタイリッシュに構えるその様は、一本の木どころか、辺り一面を吹き飛ばす気でいる。


「そぉい!」

 爆轟が空に響く。一瞬の爆炎が一本の樹を包んだ。

 だが。


 ――ゴォン!


「じょい!?」

 緑生い茂る樹の上から、サッカーボールサイズの黒い物体が鉛直方向まっしぐらにルミアの脳天へ墜落した。重たそうな音は気のせいではなく、ばたりと倒れたルミアの意識は一瞬にしてどこかへと飛んでいった。

(自滅したー!!)


「なんだこれ!? 木の実? いや岩!?」

「……これ、岩黒ガングロ虫」

「なにそのJKが適当につけたギャル語みたいな名前!」

 知っているらしいフェミルは、ピクピクとしているルミアを差し置いて、岩のような丸っぽい形状の生物を両手で簡単に持ち上げる。


「この樹の枝や葉っぱから……染み出てくる甘水を吸って、生きてる。その水を吸い続けてるから、すごく、固い身体になるけど……肉食獣の胃酸を、水で薄めたもので茹でれば……食べやすく、なるよ」

(料理になるとめちゃくちゃ喋るなこいつ)

「しかも食えるのか……この虫」

 ダンゴムシの派生だろうが、岩の如く動く様子もない。ルミアも目覚める様子はない。

 しんとした空気に一歩、土を踏み込む音が聞こえた。


「じゃ、俺は俺なりにやるぜ」

 両手剣を肩に置き、爆弾の焦げ炭が付いただけの樹を見下すようにつまらなく見る。

「いや、もう少し考えてみてからの方がいいだろ。こうなってしまわないためにも」とフェミルに安置へ引きずられているルミアを横目に、止めようとした。

「バーカ、こいつの二の舞なんかなるかってーの。わざわざ頑丈な横から突くバカがいるか。ああ、そんなバカは今ここで気絶してるか」

「なんか策でもあるのか?」

「要は木目に沿って切ればいい。キノコといっしょだ」

「あー……つまり……」

「縦斬りすればいいんだよ!」

 大きく振りかぶり、力一杯に剣を振り下ろした。だが、それも虚しく、刃がパキンとあっさり折れ、弾き返った剣の先端がジェイクの額にドスッと突き刺さる。


「ほごっ」

「ジェイクゥゥゥゥッ!!?」

 ビダーン! と勢いよく地面に倒れた。メルストは駆けつける。

「さすがに頭は死ぬだろ! 大丈夫か、しっかりしろ! ってダイイングメッセージ書く必要ねーから、原因おまえだから! いやなんで俺の名前書いてんの! 人のせいにすんじゃねーぞ!」


「みんな、この樹の"声"に耳、傾けてない」

 地面にえん罪を書き残そうとするジェイクを止めようとしたメルストの背後で、ぽつりと言ったのはフェミルだ。意味ありげな彼女の発言に、思わず振り返る。


「声?」

「やさしくすれば蜜を出してくれる。そう言ってる」

「なるほど、電波系か」

「?」

 植物にも微弱な電波を発しており、それを感知する精密さを、自然と共生してきた精霊族フェニキアは備えているのか。それともイタい方での電波系か。どちらの意味合いも知らないフェミルは何のことかわからなかったが、「……こっち」と構わず木の後に回る。


「このあたりから……声が、する」

「声って、そんなの俺には何も聞こえ――あれ、ここなんか弾力ある」

 たまたま幹に手を当てたところが、妙に強い弾力を感じた。鉄のような硬さが感じられない。ぐっぐっ、と押す程、その抵抗感は小さくなっているような気がした。


「押したり撫でたりして、ほぐして」

 言われた通り、小動物を愛でるように、その弾力ある部分をほぐしてみる。すると、どんどん柔らかくなり、くぼみが生じては、小さな穴が空き始めた。不思議な光景だ。まるで動物だと思わせる。

 それでこの後どうするの、と言おうとしたとき、フェミルからまっすぐな枝を渡される。アインストンの樹の枝だろうか、鉄パイプでも持っているんじゃないかというほどの硬さと重量感が握った手から感じ取れる。


「それ……奥まで、入れて」

「この穴に?」

 指が入るぐらいの穴が空洞として開いているところを、やさしくゆっくりと棒のような枝を挿し込んだ。すんなりと入り、柔らかくなった穴を押し広げると、無色透明の粘液がとろりと出てきた。フェミルが用意した木のバケツに枝の下部を入れ、伝うようにその樹液をバケツにため込ませた。

 これがグステンの蜜。食用にもなるが、鍛冶や建築といった工業材料にも利用されるという稀少な素材。だが、彼がどこか変な気持ちになってしまうのは自分の心が汚れているからだろうと判断し、無心で採集する。ともあれ、これで依頼は解決できそうだ。


「なるほどなー、ありがとフェミル。というか犠牲者が出る前に言えなかったか?」

「……」ふいっ、と知らない顔をしてごまかすように、地面へと視線を落とす。

「いや……なんか言おうぜ……」


     *


 日が沈みかけ、ルマーノの町の人通りも少なくなってきたころ。一台の竜車が訪れる。

 引き締まったたくましい筋肉とひづめをもった巨大な馬型の竜が、くらの上に大きな荷物らしきものを繋げ、また木組みと布でできた乗客席を乗せている。

 長い脚をゆっくりと曲げ、胴体が地面に近づく。鞍の上の荷物からメルスト達がふらふらとしながら降りてきた。仕事を終えた竜車は町から離れていくのを見送る。


「あーひさしぶりの竜車は身体に堪えますなー」

 ルミアは大袈裟に腰を叩くが、なんとも元気そうだ。「よ、酔った……」と反してフェミルは嘔吐するまで5秒前の危機に陥っているが。


「まさかあんな早いとは。しかも長時間……あれに平気で乗ってる常連ひとの身体どうなってんの」

「フェミルちゃんはいいけどよ、男のお前がそんな弱音吐くんじゃねぇぞ」

 変わらずジェイクは平気な様子だ。頭に刺さったていたはずの剣は抜けており、その頭蓋ずがいを貫通したであろう傷は巻かれた包帯で覆われている。

「余計なお世話だよ。てか、おまえホントに滅多なことじゃ死なないんだな」

「あれぐらいで死ぬバカがいるか」

「刺さったバカはいるけどな」


 駄弁だべりつつ、4人はいつもの小さな丘をのぼり、十字団の拠点――わが家へと向かった。

 もうエリシアは私塾から帰ってきているだろう。先生のことだから、きっとみんなの分のご飯作ってるよね、お世辞にも美味いとは言えないけどな、なんて他愛もないことを笑顔と共に交えながら、親しみ深いその扉へと手を伸ばす。


「エリちゃん先生ー! ただいまー!」

「ミムス蜂の蜜も取ってき――」

「――どうしてそんな大事なことを今まで伝えなかったのですか!!!」


 突如響く鋭い声。声の主はわかる。だが、信じ切れなかった。

 あの心優しい彼女が声を張りつめて怒鳴るようなことなど、今までに一度もなかったから。


「エリシアさん……?」

 何があったのか。恐る恐る奥へと進み、伺ってみる。


 客間にいるのは、恰幅の良い男性。貴族のひとりだろうが、豪奢な服装に光るリボンバッジが、その男がどこかの地方の領主であることを解らせる。

 ――だが、偉そうな外見に反して、その表情は苦しいほどまでに猛省しているものだった。自らソファから床に跪いている光景を見れば、その気持ちは本物であるのだろう。


 それもそのはず――目の前には、王国の頂点、否、世界の頂点のひとつに君臨している大賢者が、自分に向けて悲しみと交えた怒りを放っている。

 こうして顔を向かい合わせて言葉を発せるだけでも、本来は図々しいあまりその首が飛んでもおかしくないほどの権力者。その御方の逆鱗に触れたのだ。


 呆然とするメルスト達。だが、状況が読めなくとも、あってはならない異常事態ひげきが既に起きてしまっていることは明白だった。


「今こうしている間にも、そこに住まわれている人々は苦しんで、命を失っているのですよ!」

「で、ですが……我々も最大限努力を――」

「努力の前に、王都に伝える方法もあったはずです。どうして……どうしてここまで放っておけたんですか……っ、小さな村でも、命はあるんですよ……!」

 涙を堪えようとも、抑えきれない悲哀は両手に覆われる。怒鳴りつけ、嘆き悲しむ大賢者の姿に、領主は脂汗をかくばかりで、どうすることもできなかった。


「……申し訳、ありませんでした。……失礼します」

 土下座しかねないほどまでに深く頭を下げ、しかしここから立ち去らねば息が持たないような表情。立ち上がった領主は、メルスト達の姿が目に入る余裕などなく、通り過ぎては無礼にもそそくさと立ち去ってしまった。


 残されたのは彼女の嘆きのみ。事情は分からない。しかし、メルストはソファで小さく蹲る彼女の前にやさしく声をかけるように、身体を屈めては腰を落とした。震えるその肩を、その手で受け止めた。


「エリシアさん。気持ちは分かるけど……亡くなった人のことを思うのはこの一件を解決してからだ。すぐに行こう」

 悲劇と化してしまった場所を救うために。十字団は立ち上がった。


次回「呪われた村」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ