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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
60/214

3-10-1.夏色フロリック!

今日より執筆・創作活動を再開します。大変お待たせいたしました。

久しぶりのアルケミストですので、登場人物等の紹介と多少の設定をあとがきに書きました。少々長文ですので、気になった方のみご覧ください。

 メルストとジェイクは死んでいた。


 否、心臓の音が止まっていたわけではない。しかし木陰で干からびた体を仰向けにして倒れている様は、しかばねと形容しても間違いではないだろう。

 今日は真夏日和。天候や季節が日にちごとに不安定なアコード王国の一部は、しばしばこうやって、民と作物を困らせたりするのだ。


「あっつ~……あっつ~……」

 カッコウ鳥のように暑いとしか鳴かないジェイク。その隣でメルストは、土のひんやりとした冷たさを背中に当てながら風の恵みを待機していた。どうやら家の中より外の方がまだ涼しいようだ。


「この世界に四季というものはないんですか。なんでランダムなんですか。昨日まで秋風吹いてたのになんで真夏に逆戻りしてるんですか」

 虚ろな目で快晴の空にぶつぶつとメルストは訴えかける。


「ちょっと黙れうじうじ野郎。俺に訊くな。考えさせるな。アタマが熱くなる」

「いや知恵熱出るには早すぎるだろ。おまえの頭の処理スペックどんだけ低いんだよ」

「うぼぁー寒中水泳してぇー」

「やったらやったで寒いって愚痴ることに1000C(セイン)賭ける」

「賭け金少なすぎんだろ」

「おまえの金銭感覚がぶっ飛んでるだけだ」


「あ゛あぁ、あっつぁ~」と漆黒の髪を乱し、死んだ目で唸るメルスト。寝返りを打つ気にもならない。

「こんなときにあの馬鹿賢者は城で仕事だしよぉ……せめてここ涼しくしてから出かけろってーの」

「それもそうだよなぁー……」

 他のみんなは? と聞こうとしたとき、いつも話すことすら面倒くさがるはずのジェイクから口を開いた。


「今日のフェミルちゃん見たか? 水桶に浸っててもしおれてたぞ」

「植物かよ」

「濡れタオル一枚だけだ」


 その淡々とした言葉が発された刹那、メルストの脳内はフルに回転。フェミルのあられもない姿でぐったりしている姿を完璧に想像した。死んだ目に一度光が戻る。


「…………見に行こうかな……いやなんでもねぇ」という呟きは、ジェイクに聞こえていない。

「はぁー、やっぱイイカラダしてるわ」と悟った口調。

「……まさか襲ってないよな」


 この世の終わりを告げられたような不安極まりない表情。ジェイクはそれを軽口で返す。

「バッカ、俺を隷場(れいば)の小汚ぇゲス共と一緒にすんじゃねーよ」

「そのゲス共からゲスの極みって呼ばれてんだろおまえは」

「安心しろ、見ただけだ」

「どう安心しろと」

「そのまんまの意味だ」

「まぁなんとなくわかったよ」

「そーいうこった」


「「あ゛ー……」」


 セミはいないが、扇子せんす型の"扇弦虫おうげんちゅう"という昆虫型魔物はいる。木の枝や幹にいるそれは高音のエレキギターのような鳴声をギャンギャン響かせ続けた。


「うるせー!」と叫んだジェイクは、寝た体勢からサマーソルトキックをそばの樹へと繰り出し、一斉に虫や小鳥を追い出した。


 再び「あ゛ー」と唸っては沈黙。"風鈴虫"の涼音すら聴こえないので、なおさら暑く感じる。

「もう汗が出ないぐらい暑いんですけど」

「だったら小便でも身体にかけて涼んだらどうだ」

「嫌だよ。頭大丈夫か」

「立派な"熱倒れ"対策だろ。サバンナ辺りにいる石鳥イシドリでも、自分テメェの暑くなった体涼むためにしてんだぞ。見習えよ」

「俺ら人間だから。実際にやってみろよ、人非ざるものを見るかのような目で距離置かれるぞ」

 ジェイクの不衛生な提案は即却下。汗で地面が湿っている気がする。


「つーか、おまえ水作れるだろーが。とっととやれよ」

 苛立ちをぶつけるジェイク。ついにメルストへ顔を向けたが、当の本人は嫌そうな顔を露骨に放った。

「神経削れるし体力使うし身体熱くなるし。暑すぎてやる気でない」

「そういう問題じゃねぇだろ馬鹿――ぶぉば!?」


 バシャッ、と顔にかけられた冷たい水。びっくりするも、その快楽は最高潮だったといえよう。起き上がるどころか、打ちひしがれた魚のようにぐったりした。

「あっ、冷たくてきもてぃー……」とメルスト。

「ふたりしてだらしないにゃー」

 前には、バケツを持ったルミア。普段から熱気のこもった工房にいる彼女に、夏のような暑さはどうってことないようだ。


「「だって暑いだろ」」

 首だけ起こし、ふたりは口を尖らす。ピラッ、とルミアはポケットから一枚の依頼書をひらひら見せた。

「そんなあんたらに、ご依頼でーす! エイの干物みたいに変な顔して干からびているよりは、いい暇つぶしになるんじゃない?」

「「パス」」

「でも依頼場所、海だよ?」

「「よし行くぞ!」」


 がばっ、と起き上がる。先程からのシンクロ率に「あんたらそんな仲良かったっけ。昨晩交わった?」と一言。

「冗談にしても、もう少しオブラートに包もうか」

「しっかし、海行くとなったらやっぱりあれだな。水着のネーちゃん襲いまくりってか」

 すっかり元気になったジェイク。わきわきしてる手も含め、本当にゲスい顔をしている。

「うん、そう言うとわかっていたけど、せめてナンパって言ってくれ」


 今日のアコードは、真夏日和。

 絶賛の海開きである。


     *


 潮騒と潮の香りを頼りに、小さな熱帯雨林を突き進んでいく。踏み込む土質が紅色土ラトソルから石灰質の砂丘に変わる。

 視界に飛び込んできたのは"ビラキール沖"と"カナロア海"。第3、4区をまたぐ、大きな臨海地帯だ。

 眩しい暑さが、全身に飛び込んでくる。


「いゃっほーい! 海だー!」

 日頃の疲れをほうったように、ルミアは前へ高く、砂浜へジャンプした。ポニーテールにした金色の髪がいつも以上に太陽で光り輝いている。

 いつもの機工師の作業着ではなく、ボタニカル柄のチューブトップで開放的な姿になっていた。白く熱いビーチに足跡を付け、大はしゃぎしている。


「んだよ、貸し切りじゃねぇか」

 カラッとした空気を吸い、グラフィックサーフパンツをはいている上裸のジェイクは、えた顔でため息をつく。海水浴場として知られているビラキールだが、今日はどうしてか誰一人来ていない、無人のビーチとなっていた。


「これが……海」

 表情と反応が薄いフェミルでも、目を輝かせていることは明らかであった。今にも海に飛び込みたそうに体をふるふるしている。

 新緑色の三角ビキニの上にいているエスニック柄のパレオは薄生地で、生足が透けて見える。反射的にふいと頭の方へ視線を変えると、つばの大きい麦わら帽子を深く被っており、風が強めなのか、飛んで行ってしまいそうな帽子を手で押さえた。


「まさかフェミルって海観るの初めて?」

「うん。風が痛い」

「潮風かな」

 そう苦笑し、メルストは改めて広がる景色を眺める。


 どこまでも広く遠く続くサファイアのような海、パールのように真っ白な山肌とビーチ、そしてからっとした晴天と白い積乱雲が目に映える。

(THE 夏! て感じだな)


 人はいないが、近くには赤瓦と石造りの町がある。依頼はそこからだった。

 もちろん、今回は仕事で海に来たのである。そう戒めていたエリシアは、海を前に舞い上がっているみんなを律しようとした。


「もう、みなさん気が抜けすぎです。依頼を解決するために来たのであって、遊びに来たんじゃないんですよ」

「そういうエリシアさんが一番楽しそうな格好してるけど」


 蒼を主流にした水着を身に着けているのはわかるが、それを隠すようにパーカーのラッシュガードを着込んでいる。髪型も変わり、紅い花飾りをつけ、その色と同じ赤の瞳は黒いサングラスで隠されて、人が変わったように見えなくもない。Tシャツで普段神官の堅い蒼術服で隠れていた肌色と体のラインが無意識ながらも鮮明にメルストの目に焼き付けていた。


 それだけではない。空気が詰まった大きな「泡豆」が「水除革」に数十個詰められている浮き輪とパラソル、そして腰には刀のように虫捕り網を携えている。


 ツッコんでほしいのだろうかと誰もが思うが、どこからツッコめばいいかわからないほどまでに異様な格好だった。明らかエリシア自身の趣味ではなく、誰かの差し金でこうなってしまったに違いない。そうメルストは信じる。


「エリちゃん先生、気合入ってるね」とルミアはニタニタする。

「こっ、これは海対策の装備なのです! 太陽光遮断装置"GURASAN"に、"未来式軍事女性着用帯具《Militarische Zukunft Girdle》"――通称"MIZUGI"! その遊泳性能はもちろん、臨戦用なのでハイクオリティな防護性と、動きやすさを考慮したフィットネス感を兼ね備える、最新式の水中用救出ウォーターレスキュー兼軍服スーツなのです!」


 顔が少し赤くなりつつもそう抗議するが、真剣に語っている分、一同はどう反応すればいいか困惑した。百歩譲って彼女の言う事が正しかったとしてもそんな大げさに言わなくても、とは思う。


「……誰に聞いたんだろ、そんなテキトーなこと」

「素直になろうぜエリちゃん」

「先生、たまには息抜きも……大事」

「上玉のくせしてそんなんじゃ、いつまでもイイ男できねーぞ」

「な、なんですかみなさんして!」


 ここまで素直だと逆に可哀想だ。ルミアはエリシアの抱えているパラソルや浮き輪を持ちながら、

「エリちゃん先生も肩の荷を降ろそうって意味だにゃー。別に泳げないわけじゃないでしょ先生。むしろ好きだもんね」

「う、うぅ、ですけど依頼が……でも……入ろうかな、でもやっぱり……」

 そんな誘惑に、仕事と私情が揺らいで葛藤している大賢者。そこでメルストは真顔で提案する。


「泳ごうか迷っているエリシアさんにひとつ、一生海で泳ぎたくなくなる呪いをかけよう」

「呪いって何ですか! 今の流れで泳がせないってメルストさん正気ですか!」

 かまわずメルストは呪いを唱える。


「世界の原初を生み出した母なる海はこうやって見ると綺麗だけど、生命の水源なだけにあの海一滴には目に見えないほど小さな虫みたいな生き物がうじゃうじゃいる。ゲジゲジでうにょうにょで、生きているのはもちろん、なんかの卵や死骸や糞が無数に散らばっている。それが全身の皮膚や髪の毛、ついには口の中に入りもすれば――」

「きゃあああああこれ以上やめてください! やめてくださいぃぃぃ!!」

 予想だにしなかった絶叫。耳をふさぎこみ、砂浜にしゃがみ込む。なんとも想像力が豊かだ。


「あんれれー、生命を尊重するはずの大賢者がそんなんでいいのかな?」

 そうルミアは面白半分でエリシアをあおる。

「それとこれとは別ですよ! 苦手なものだってあるんです私にもぉ!」

 目に見えないものが苦手だと十字団団長のロダンより聞いたことがあった。しかし、微生物も該当するとは、メルストも意外に思った。


「ちなみによっぽどのことがない限り害はないから大丈夫だよ。気持ちの問題だから」

「メルストさんいじわるすぎです……」

 怖がったような、うるうるとした目。相当苦手なんだな、と思いつつ、


「あっはっは、ごめんごめん。まさかここまで反応してくれるとは思わなかったから。というか防護魔法あるなら問題ないと……あぁ気持ちの問題か」

 頭をかいたメルストの黒いシャツをぐいっと引っ張るルミア。不意に引っ張られたので、少し身体が傾いた。


「メル君、それにしてもあたしを見てなんか思うところあるでしょ? ほら、もっとよくみてみて」

 顔を向け、体をくねらせて色気を感じさせるポーズをとる。機械と炎と油にまみれている技師らしい、華奢でありつつも引き締まった体だが、反してそうとは思い難いほどの、陶器のような白い、しかし健康的な肌色。思わず目が釘付けになるも、すぐに我に返る。

 熱くなった顔に構わず、戸惑いを見せないように素直な感想を述べた。


「ああ、とてもかわいいと思うよ」

「にひひー、メル君にかわいいって言われちゃった」と嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねながらフェミルに自慢しに行くが、「そう」と無関心に返されていた。

「チョロイにも程があんだろ貧乳」

「おいコラ海の藻屑にすっぞコラ」

 鼻で笑うジェイクに、簡単に怒りを覚えるルミア。本当に一触即発の仲だ。


 すぐに決着はつくだろうと視線を逸らした先、フェミルと目が合う。ハイエルフならではの絵になるような雌の体つきと指で触れたくなるような白い肌に、あえて雑念ごと思考をシャットアウトするよう、メルストは自制した。それでも視線を逸らすことはできなかったが。

 それを受け入れるように、じっと見つめ返すフェミル。感情が読めない目に、少し不安になる。


「ど、どうした?」

「……メル、変態」

「ええ!?」

 しれっと言われ、ショックを受ける。そんなにいやらしい顔していたのか? と自分の顔を触れた。


 ドカンと近くで聞き慣れた爆発音。砂埃が散った先、砂地に埋もれた焦げジェイクに、背を向けて立ち去るルミアが見えた。

「はい、本日のノルマ達成ぇ!」とダブルVサイン。

(おそろしいノルマだ)

 そう思いつつ「今日は一段と爆発の威力が増したな」と呟いた。


「てかさー、エリちゃん先生はせっかくの水着見せないの?」

 ザクン、と砂浜に硝煙吐く携帯火器を置き、エリシアに顔を寄せては首をかしげる。なんとも得意げで、企んだ笑み。エリシアは窮屈そうな胸をさらに両腕で抑え込み、一歩引き下がった。

「ちょ、ちょっと何を言ってるんですか」


 その返事をすることはなく、代わりにルミアはエリシアのラッシュガードを、一気に脱がせた。その華麗な手さばきはまるでテーブルクロスを引いたよう。

「ってーい☆」

「なっ、ななななな、なーっ!?」


 一瞬の唖然、そしてボッと燃えるように顔が真っ赤になる。突然の事態でパニックのあまり、語彙力が大変なことになっていた。

「おおー♪ 気合入ってるぅー!」とハイテンションなルミア。


 太陽の光に照らされるきめ細かな、白魚のような色白の肌。彼女の抜群なスタイルの曲線美に流れ沿った、長髪の色に合わせた蒼のクロスワイヤービキニ。その一枚だけの布に押さえつけられた、ふたつの艶やかでやわらかくて温かそうな、しかしハリのある豊かな乳房に思わず目が行く。露出度の高い水着によって晒される谷間は殺人的な色気を放っている。

 痩せすぎず、引き締まったおなかと丸みのある腰。臀部でんぶや局部が辛うじて浮いて見える水着の下からすらっとした白い脚が伸びる。


 数秒も経ってないとはいえ、思わず目、いや脳にそれだけ焼き付けてしまったメルストの視線が合ったのか、さらにかぁっと頬を赤くする。


「そ、そんなに見ないで、ください……」

 エリシアは身体を隠すように両腕をおなかのところで重ねた。そのせいで逆に胸が強調されたようにみえる。

「あっ、あ、あー、いや、みてない。何も見てない」


 恥ずかしがる様子がより一層色気が増して見え、メルストはとっさに目を逸らした。これ以上見れば、自分の中の何かが弾けそうな気がしたのだ。実際、心臓が張り裂けそうなほどバクバクしている。エリシアもその場にいられないほど恥ずかしかったのか、「し、仕事しないと」と去ってしまう。

 それを嫉妬深そうにじとっと見つめるルミア。メルストに寄り添っては、


「メルくーん? あたしのときよりも随分いい反応してるじゃーん?」

「いや、さっきおまえ喜んでたじゃん」と気まずそうに眼を合わせない。

「今の反応見たら、あたしのリアクションが大人の対応な気がしてきた」

「こう言うのもどうかと思うけど、ルミアの裸は風呂でたくさん見てるから」


 腕に抱き着かれているも、全然動じてないようにみえるメルストの一言。ムカッとしたルミアだが、そこまでの気持ちを汲み取ってくれているのかは定かではない。

「ふーん、慣れたってこと?」

 という問いに対し、メルストは早口で答える。


「心理学上、ある刺激が長時間繰り返し与えられることでそれに対して鈍感になって、反応が徐々に見られなくなっていく"馴化(じゅんか)"いう現象があってだな、どんな衝撃的なことがあってもヒトっていう生き物はそれに順応するべく馴化する本能をもっ――」


 一発の軽快な爆発音がビーチに轟く。白い砂が舞い上がり、爆発で空いた溝の中心にメルストが半分埋まる。

「メル君のバーカっ、もう知らない!」

 ぷんすこと怒って海へと行く。嵐が去ったことを見計らったように、爆発で若干焦げているジェイクが来た。


「相手がルミアにしても、おまえマジで男としてどうかと思うぜ。もっとマシな言葉なかったのかよ」

「う、うるせぇ! そもそもおまえが言える口か!」

「俺ァあいつが嫌いだから悪意込めて言ってるだけだ。テメェとは考えてることがチゲーんだよ童貞」

「勝手に言ってろ畜生。これでも目の行き場に困って思考回路がパニックなんだよ」

「理性でヘンに抑え込んでるのがもう童貞だな」

「こ、この野郎……」


 呆れたジェイクが去った後、砂から這い出るように起き上がり、砂を払う。口の中に入った砂を物質分解能力で気にならないほどまでに小さく分解したところで、水着のすそを引っ張る感覚を察知する。


「ねぇ、あそびたい」

 くいくい、と誘うフェミル。無表情が彼女の常だが、目がきらきらしてるのは気のせいだろうか。

「仕事は」

「あそびたい」

「……スイカ割りでもするか」

「なにそれ」

「ああ、そうか」とここが異世界であることを思い出し、「ええと、つまりは」といったところだ。

「――どわぁお!?」

 砂浜を歩いていたジェイクが頓狂な叫びを上げる。それもそのはず、彼の首から下が砂浜に落ちるように埋まり、頭しか残っていなかった。


「うーわっ、盛大にダッセェ瞬間見てしまった」

 真顔で言いつつも、少し笑ってやろうかと思ったところで、代わりに大きく笑う声が響いてくる。なんとも典型的なやられ役の悪役に適した哄笑こうしょうだ。


「かかったな駄犬! ここが貴様の墓場となるのだ!」

 またおまえか。砂浜の岩の上で高らかに声を上げるルミアに、メルストはもはやため息を吐くことすら面倒になる。

(いつトラップを仕掛けたんだよ)


 太陽のぎらつきをバックに、ルミアはドヤ顔。いつも見る表情に、スイッチが入ったようにジェイクは吠える。

「おまっ、いつもいつもふざけんじゃ――」

「てことで、ジェイクはスイカ役おねがいね!」

「は?」


 その満面の笑みは太陽で一層輝いて見える。いたずらという名の悪意もここまでくると澄んで見えるものだ。

(あ、一応スイカ割りという風習は存在してんのね。精霊界シェイミン以外で)


 ジェイクがスイカとして割られることに誰も違和感を抱かない中、ルミアはフェミルに棒を持たせる。

「じゃ、フェミルんは10回まわった後、この棒でジェイクを叩いてね。当たればフェミルんの勝ちだよ」

「わかった」

「わかったじゃねぇよ! それ鉄パイプじゃねーか!」

「あ、目隠ししなきゃね」

 白い布をフェミルの頭に巻く。「おお……すごい」と何を感動したのか、フェミルが呟いた。


「おい待てェ! 若干透けてんぞ! 見えてるだろ絶対!」

 叫ぶジェイクに構わず、ふたりはやる気だ。

「よし、これでオッケー☆」

「じゃねェから!」

「それじゃースタートっ!」

「うぉおおーい!!?」


 ぎゅっと鉄パイプを握りしめたフェミルはギュルルル、と砂埃を舞うほどまでに回る。10回転どころかその10倍は回転してるのではないか、そもそもフェミルのような血筋から戦闘タイプの人間は目を回さない身体としてできているのではないかとメルストは考えてやまない。

「あ、フェミルーん。もっと右だよ右ー」

「指示する意味ねーだろ! こっちまっしぐらに来てっぞ!」


 叫ぶジェイクの方へとスタスタ歩く。上段構えのまま歩み寄ってくる彼女に躊躇ためらいは一切見えない。ジェイクの顔に影がおおう。

「ま、待てよフェミルちゃん。俺まだフェミルちゃんには何も――」

「わたしは……勝つ」


 風が爆ぜる。ボゥン、と水柱が立ったように砂が巻き上がった。その細かい霧のような砂さえも爆風で消し去る。穏やかな波が揺らぎ、木々が騒めいた。

 晴れた先、埋まっていたジェイクの腰あたりまで砂が抉れていた。魂が抜け落ちたように呆然していたジェイクの頭を、フェミルはコツンと叩いた。


「……勝てた」

「あいつも大変だな」

 不憫だとは思う。半分気絶したようなジェイクの間抜け顔を、大辞典サイズの自作カメラでカシャカシャ撮るルミア。その仕事は早く、我に返る前に大量に撮っては逃げるように立ち去った。


 それを遠目に見ていたメルストは、そんなことより、とエリシアを目で探す。すると少し遠くに、彼女の小さな姿を見つける。海水に大杖を突き立て、なにかを調べているようだ。

(というかエリシアさんひとりで仕事してんじゃん。俺も手伝わないと――)


《主な登場人物》


・メルスト・ヘルメス

 主人公。クラス:錬金術師 外見年齢:17~19歳あたり

 能力:無限エネルギーの創造とその応用。組成鑑定。

 漆黒の瞳と髪をもつ、普遍的な好青年。突如異世界に転生し、気が付いたら神様が(私情で)宿るはずのチート改造した囚人の肉体に宿ってしまう。大賢者のエリシアを助けたことをきっかけに、アーシャ十字団に入団することになった。

 第二の人生に悔いを残さないため、この世界で自分ができること、やるべきことを見つけるために、生前の知識と経験、そして新しい肉体の特異能力を駆使してさまざまな問題を解決する。

 転生前は博士号(工学)を取得している(専門分野はバイオケミストリー)、とある化学メーカーにて研究開発を務めていた若手の会社員。妹がひとりいるが、既に他界している。楽しい日々とのんびりした空間を望む。

 

・エリシア・オル・クレイシス

 ヒロイン。クラス:六大賢者;蒼炎の大賢者、大魔導士。外見年齢:二十歳未満あたり

 能力:魔力カンスト。蒼炎魔法。防衛・回復魔法。

 蒼銀色の長髪と真紅の瞳を持つ、超大国「アコード王国」の王女にして六大賢者の一介を担う清らかな絶世の美女。王女であることは一部を除き隠しており、大賢者として民を信教で救いつつ、王国の問題を解決している。メルストに命を救われ、一生の恩人として尊敬と感謝を示している。アコードと世界の平和を望む。

 

・ルミア・ハードック

 クラス:機工師。外見年齢:14~16あたり。

 能力:双銃・双剣。機械兵器発明・開発。爆撃。

 金髪に紫色の瞳をもつ、華奢な体躯の活発極まりない少女。爆発とマシンを愛し、常日頃、蒸気機関分野の兵器を開発している自称天才エンジニア。破天荒でフリーダムな性格から、十字団をいつも困らせている。周りからは爆弾魔、狂人と云われている。機械と爆発で世界一を取り、名を広めることを望む。


・ジェイク・リドル

 クラス:剣士。外見年齢:22~25歳あたり

 能力:剣術、不死に近い不屈の肉体と精神、空間掌握魔法

 赤っぽい茶髪の短髪に緑の瞳を持つ、すらっとした長身でありつつも筋骨はがっしりしている気性の荒い三白眼の青年。性格は下衆に等しく、暴力と金と女に飢えた獣として、一部を除きかなり嫌われている。ルミアとは犬猿の仲だが、その非常に死ににくい身体を目につけられて弄ばれている。浮気性だが、フェミルに惚れている。


・フェミル・ネフィア

 クラス:槍騎士。年齢:外見16~18あたりだが、種族的な理由で若干長寿

 能力:風魔法。槍使い。

 緑髪に金の瞳をもつ、精霊界の妖精国「シェイミン」出身のハイエルフ種。あることがきっかけで奴隷として身を売り、ぞんざいに扱われていたが、アーシャ十字団により救出される。奴隷時代を送っていた故に表情は薄く、言葉もあまり話さないが、感情は隠れつつもそれなりにある。女王護衛騎士を務めていた故に、戦闘力はそれ相応にある。心身の浄化をし、故郷に帰ることを望む。


・ロダン・ハイルディン

 クラス:三雄(英雄)・軍王。年齢:50代後半

 能力:巨剣使い。覇王術式。統合武術。他

 魔王ヘルゼウスを打ち倒した3人の英雄の一人。老人だが筋骨隆々であり、アコード王国では勇者(とメルスト)を除き最強を誇る軍人。強面だが、性格は明るく、普段はちょっとしたことでもよく笑う。魔国との敵対関係を解決し、自国の平和を望む。


・アーシャ十字団とは

 エリシアの提案を基に、ロダンが創設した独立組織。同時多発・少数精鋭・速攻に特化し、国政や軍事、神聖府、ギルドでは手に負えない、手が回らない問題を中心に解決している。しかしその実態は奇異な者達が集結した民間的何でも屋として扱われている。

 結成してからまだ1,2年しか経過していない上、その存在は公開されていない(密かに結成された)ためその名前は無名に等しいが、本拠地であるルマーノの町とその民を窮地から救った経歴がある。間接的だが、何人かの住民や貴族、騎士団や王族と繋がっている。


・ルマーノの町とは

 メルストら十字団が住む、小さな町よりは発展している石畳と木組みの町。東西南北ごとに区があり、自然に囲まれているも、近くの村や町とも物流的に繋がりがある。王都区と第一区の境界に位置する。


《世界として》

・魔法・魔法生物・魔法現象が存在し、近世ヨーロッパ風を彷彿させるが、国によって文化・技術水準は時空レベルで大幅に異なる。

・本編より人間族"ヘレクトス"、魔族"オストロノムス"、精霊族"フェニキア"、亜人族"リニア"、巨人族"トルート"、地底族"ドーラ"という種族が大別して存在しているが、これら以外にも種族は確認されている。

・学問や技術の先端は錬金術師という職業が担っており、それなりに栄えている。

・数十年前、世界を支配しようとしていた魔国ことオルク帝國を討つために、アコード王国を筆頭に、世界各地から数多くの強者たちが集結し、阻止して鎮めたことがある。

 その中でも、魔王こと帝王ヘルゼウスを討った3人の英雄が、現国王である"勇者"ラザード、元聖騎士団団長"軍王"ロダン、現神聖府教皇"法王"シーザーである。

・世界の均衡を保つために、女神より使命と絶大な力を託された6人の大賢者が世界各地に存在する。

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