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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部一章 異世界生活のはじまり 出会い編
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1-2-2.少女のいたずらと聖女の裸体

センシティブな描写がありますので苦手な方はご注意下さい。

 悪夢を見た気がした。天国かと思っていた矢先、地獄へ突き落されたような、どんでん返しの悪夢。


「――うわぁああああ俺を女子同士の罰ゲーム対象にするなぁぁああッ!!」

 寝言をぶちまけながら、ベッドから飛び上がるように起き上がる。


「あ、あれっ、俺は……今まで一体何を……」

 突然の現実に、寝ぼけながら戸惑うメルスト。そうか、ここ異世界か、と納得してしまった自分に謎の恐怖を感じた。


 記憶に新しい木組みと石造りの家。はたとエリシアの手料理と魔法薬のことを思い出した。味は思い出さないように必死に脳に逆らう。若干、食道がひくついた。


「……よかった、生きてて」

 生きている自覚はある。澄んだ空気を大きく吸って、深く吐いた。気持ちが良い。この挙動を前にも行った気がし、デジャヴを感じた。

 ふと身体の軽さを感じる。気分も良く、眠気もなくなっていた。まさかあの薬が? と認めたくない事実が記憶を過る。


 まずはエリシアに会おう。メルストは布団をまくろうと引っ張ったとき、ふと重みを感じる。

「……誰この人」


 机にでも突伏しているような体勢で、ベッドに頭を置き、居眠りをしている。

 金髪を細く赤いリボンでポニーテールにしており、体型的に小柄な少女だと彼は見た。すると、「んん」と唸りながら目を覚ました。澄んだアメジストの瞳に、彼はつい惹き込まれそうになる。


「おー覚めた? よく眠れたそうで何よりだよ~」

「そちらこそよく眠れたそうで何よりです」

 シーツのよだれの跡を見て「ありゃあすごいことに」と一種の感動を覚えている金髪の少女に、メルストは細かいことは考えずに尋ねてみる。


「え、と。あなたは――」

 ベッドダイビング。容赦なくメルストの腹に彼女が飛び込み、肺から空気が押し出される。なくなった空気を吸い込もうとしたとき、目の前に彼女の顔が飛び込んでくる。


「そうそう! メルストっていうんだよね、先生からいろいろおもしろいこと聞いたよ! 魔法水を創ったり岩を消せたりできるんだよね、しかも素手! その上魔法詠唱なし! 髪も目も黒い! それに"死の大陸"にいたってのもすっごく気になるし! あたしにもっといろいろ聞かせて!」

「……え、と……」

 このままキスをするんじゃないかというほどの顔の近さ。興奮する彼女の息が当たり、思考が上手く回らない。顔が熱い感覚を覚えた。


「どなた、ですか……? ここもどこか教えてくれたら……」

「ん? あたし? ああ、言ってなかったね、失敗失敗」

 てへへ、と言わんばかりの笑みを浮かべてはベッドの上で立ち上がる。


 革ブーツに、腰に提げた手ぬぐいや工具の入ったポーチ、涼しそうだが作業服っぽい容姿。首元の粉塵マスクや溶接ゴーグルを頭部に装着している辺り、技師か大工の仕事をしてる人か。そうメルストは捉えるも、それにしては若すぎると疑問を抱く。


「ルミア・ハードック。エリちゃん先生とは仲間というか友達というか、まぁ同僚かな?」

 ああ、エリシア先生のことね、と補足する。そのままベッドから降り、くるっと回っては両手を仰々しく広げる。ふわりと舞い、回った金のポニーテールが美しく見えたことだろう。


「んで、ここはあたしたちの家! アコード王国・王都区の端にある"ルマーノ"っていう町の端っこにあるよ。って言ってもわかるかな」


 いえ、とメルストは首をかしげる。しかしそれに応えることはなく、「ま、てことでよろしく!」と握手を強引に交わされた。

 反射的に「よろしく」と返す。気軽に話せそうな相手だとメルストは安堵した。


「あ、そうそう」と懐中時計を見つつ、

「なんなら先生のとこに行ってみたら? 目が覚めたら部屋に来てほしいって言われてるし。丁度いい時に起きたね君」

「あ、そうなんすか」

「部屋から出て、左前のドアの先にに先生いるし。ああ、ノックとかいらないから普通に入っていいよー」


 そんじゃ、あたしはこれで、と忙しそうな様子で部屋を去った。

(爽やかというか活気あるというか……中々の美人で可愛らしい人だな)


「よっと」

 身体は動かせる。ズキリと痛む箇所もあるが、立てることに支障はなかった。

 身にまとっている、ぶかぶかした服を見る。砂漠にいたときのごわごわした拘束着とは違い肌触りがよく、黒寄りの藍の生地で編まれている。


(やっぱり夢じゃない、か)

 それを指でつまみ、触れてみる。予想通り、その繊維の化学構造式(ストラクチャ)――その服の組成成分とその形、分子の配列やその振動の程度が目に映り出た。記号で組まれた構造が示すは、絹糸の主成分フィブロインと藍色の天然染料インジゴ。


 ふわふわした布団のウールやダウンは動物が生やすケラチンがメイン。硫黄が接ぐタンパク質の鎖が浮かび出てきた。そのとき、記号から球体――分子モデル形式へと変わる。加え、数種類の波形配列(スペクトル)が脳にねじ込まれるような感覚を経て視覚野に映り込む。記憶の限り、それらは核磁気共鳴(NMR)赤外分光(IR)の原理によって得られる物質の状態。


 任意で脳に浮かび上がる構造を変えられるだけでなく、様々な条件で物質にアプローチし、情報を得られるようだ。まさに物質の組成の鑑定を行う能力だといえよう。


(分析機械にでもなった気分だな)

 感心半分、多少の自虐を交えたところで、ベッドから起き上がる。

 木製のドアを開けると、キィキィ軋みそうな、だけど清潔感あるが故の真新しさを感じさせる廊下へと繋がっていた。左手は居間と隣接しているが、すぐ左前のドアから音が聞こえる。


(ここか)

 そこへと歩み、ドアノブに触れようとする。

「クレイシスさん、入りますよ」

「あ、えっと、ちょっと待――きゃあっ」


 なにかぶつけた音と、上から物が落ちた音。人が倒れたような鈍い響きを感じ、「大丈夫ですか!」と彼は思わずドアを押し開けた。

 だがドアに何か引っかかったのか急に止まる――だけならよかっただろう。体重をかけ過ぎていたのか、それとも古かったのか、ドアノブが壊れた。

 絞ったような声が出、部屋の中へ倒れ込む。

 床に転んだはずだが、身体に妙な柔らかさと湿りを感じ、まさかと察す。


「す、すいませんっ、大丈夫で――」

 ここまで大胆に息が詰まり、硬直するのは初めてかもしれない。瞳孔が広がった感覚も本人にはあった。

 エリシアの真ん丸に開いた紅い目。互いの鼻先が当たりそうほど顔が近い。

 だが、メルストの目に映り込んだのは、それだけではない。目を逸らすつもりが、本能的にゆっくりと視線を下に降ろしてしまった。


 一糸まとわぬ少女の裸体。

 その肢体は彫刻の女神のように端整で、肌は陶器のように白く透き通る。髪の毛一本、爪の一枚に至るまで芸術作品のよう。おかしな話、人間の姿であるはずなのに人ならざるものと言い表してしまうほどの完璧な美しさに絶句するしかなかった。


 目に飛び込む、白く透き通ったようなふたつの豊満なふくらみに、濡れた青銀髪が張り付いているも、光で少し照らされるほどのハリと艶やかさがある。


 背中まである蒼みを帯びた銀の髪は水に濡れて煌めいている。自分より背が少し低めだが、すらっとした長い脚に艶めかしさを感じさせる腰と腹の引き締まったくびれ。


 もう一度、ゆっくりと視線を戻し、彼女の顔を見つめる。

 その整った顔立ちは一言で表せば天使。大人のように凛としているも、どこか愛おしさを感じさせた。

 その澄んだ紅い瞳を見開き、恥ずかしがったように唇をきゅっと閉め、上と下を隠すことすらせず、互いに硬直していた。


「…………」

「…………」

 ただ、沈黙。ふたりの間だけ時間が止まっている。しかし徐々に相手の顔が赤くなってきていることにメルストは気づく。現に、彼の右手は柔らかくてハリのある母性の象徴を、倒れた拍子に鷲掴わしつかんでしまっている。


 このあとどうなるのか、これからどうすればいいのか思考がシャットアウトしていてわからない。

 ただひとつ、彼が理解したことは、見事にあの金髪の娘にハメられたということだけだった。


「え、と……これは違うんですよ」

(いや何が違うんだよ。見てしまった結果に変わりはないし、言い訳無用だよ畜生)

 とりあえず、謝るしかない。そうメルストは顔を青くしたまま気を鎮め、悟った。体は正直なのか、その片手でも収まりきらない豊胸を鷲掴んだままで。


「……あの、ごめんなさい」

「……っ」

 我が人生に、一片の悔いなし。

 彼の儚い幸せは昇天へ。魔法の光が眩く光ったと同時、腹部の強烈な痛みと頭部の衝撃を最後に、目の前が真っ暗になった。

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