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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
59/214

3-9-3.今日もルマーノの町は平和です。

 町の中に吹き付ける熱風は向かい風。前へ走れば強い抵抗で身がひっくり返りそうになる。

 爆発は3発。いずれもただの火薬や大砲の規模ではないことは、建物よりも高く昇る爆炎で明確に分かることだった。だが、最初の3発以降、何も起きていない。対立したエリシアが倒したのだろうか、それとも……。さまざまな思考が巡る。


「もう、本当に勘弁してください……」

 結論から言えば、そこまで考える必要も心配も要らなかった。

 駆けつけたときにはすでに爆炎は消え去っており、破壊された道や町の壁が、時間が巻き戻されていくように修復されている。

 その中には本当に勘弁してほしそうな顔をしたエリシアと、彼女の魔法で浮いている大杖に首根っこを引っ掛けられているルミアがいた。こうしてみると、猫がやらかして反省させられているようにも受け止められる。

 呆然としていたメルストに気づいたルミアは、服を引っ掛けて宙づりになったまま悲しそうな顔で訴えてくる。


「メルくーん、ちょっと聞いてよー」

「聞いてほしそうなのはエリシアさんの方だろ。なにやらかしたんだよ、いや言わなくてもわかるけどさ」

 エリシアの疲れたような顔。きっと町の人に数え切れないぐらい謝ったに違いない。対してルミアに反省の色は見えない。反省してたらしていたでルミアらしくもないが、とメルストは思う。

「だってジェイクを仕留めるには爆発しかないでしょ」

「時と場所と場合と常識を考えてください!」

「まずその発想から何とかしないとな」


 大きなため息を吐く。「町のみんなに迷惑かけたんだから、少しはいい加減にしておけよ」と真剣な声で言うと、若干ショックを受けたような顔になる。珍しくメルストが怒ったことにびっくりしたのだろう。

 ルミアは目をうるうるとし、尻尾が垂れ下がったように落ち込む。ルミアにしてはらしくないなと思ったときだ。

「メルくん……ごめんなさいするからおこらないで? ひさしぶりのハグしよ、ね? はぐはぐ」

 杖に引っ掛けられたままメルストの服を掴み、猫なで声を出す。上目づかいでメルストをうるうる見つめ、許しを請う。

「エリシアさん、今回の火事についてちょっと話が……」

「無視!?」

 今度こそ、本当にショックを受けただろう。しかしメルストは真顔のままだった。


 火災の原因はつかめたものの、それを引き起こした人がいるかもしれないとメルストはふたりに伝える。

「自然発火に見せかけた放火ですか」

「その可能性が出てきたってだけだけど。放火の目的もわからないからな」

「とりあえず、犯人がいるとすれば、ロダンさんとフェミルに任せましょう。フェミルも嫌な気配を感じて町を回っていますし」


 結局犯人がいるのか、と息を吐く。まだ気は抜けない。しかし不安はなかった。

「そのふたりがいれば安心だな。じゃあ、俺は引き続き家を何とかするよ。といっても何とかするのは建築の人だけど――あ、エリシアさん。建築魔法って」

「今日一日動けなくなるのはちょっと」

「しかも明日に響くんだよねエリちゃん先生は」

「二日酔いじゃないんだから」

 腐るほど魔力はあっても体力はからっきし。エリシアに頼り切るのもいい判断ではない。土木ギルドの大工たちの仕事を奪うのも良くないだろう。

 しかし建て直すとしても、再発防止のために対策はするべきだ。あごをさすり、炭の粉末を見る。


「ああ、そうだ。なぁルミア」

「なになに?」

 魔法杖から解放されたルミアはメルストに寄ってくる。

「ここの家の木材って、結構燃えやすい方か?」

「あーどうだろうね。それがどうしたの? まさか鉄の家造るとか言い出すっぽい?」

「いや……さすがに建て直すことまではできないけど、素材はなんとか協力できるかなって思っただけ」

「それって、つまりを言うと」

「難燃剤。木材を燃えにくくしようかなって」

 返事がしばらくなかったので、ルミアの顔を伺うが、メルストはぎょっとする。

 未知の生物を見たかのような、信じられないと訴えたい仰天の顔。


「メル君……その発想はなかったよ」

「燃やすことしか頭にないからな」

「えー邪道じゃない? 本来燃えて塵となって土に還る輪廻をメル君は壊すんだよ?」

「正論っぽくてぐうの音も出ないと言おうとしたけどやっぱり出るわ。おまえ燃やしたいだけだろ」

「じゃ、あたしはエロ犬とっちめてくるし」

「燃えない物に関してはとことん興味がないんだなこの野郎」

「ばいばーい」とルミアはそそくさと去る。残ったエリシアに目を向け、

「一旦工房に戻るか」

 ため息代わりにそう言った。


   *


 ルミアの機械工房の上に位置する二階の錬金工房。少し見ないうちに随分と内部の雰囲気が変わったとエリシアは呟く。試験管に多種多様のフラスコ、シャーレやビーカーなどガラス器具の種類と数も増え、自然界の物質を用いた恒温槽や浄化槽も置いてある。

 厳重にロックされた薬品棚の奥を探るメルストに、エリシアは尋ねる。

「それで、どうやって燃えるものを燃えなくするのですか?」

「これを使う」

 棚から引き抜いたのはふたつの1リットルポリ瓶。両方とも、中には液体が入っている。


「薬品、ですか?」

「俺があらかじめ調製した"ポリホウ酸ナトリウム"と"リン酸水素二アンモニウム"。これを重量減少率ウェイトロスの基準に沿うようにそれぞれ薬品濃度を求めて調製すれば不燃剤の完成。あとは乾燥させた木材を浸して熱と圧力をー……まぁとにかく24時間含浸し続れば難燃木材はできる、と思う」

 最後はあまり覚えていないのか、あいまいな説明をして濁す。しかしエリシアは尊敬の眼差しだ。

(魔法の方がもっとすごいことできるのに。発見されていないだけか?)

 明らか、前世の地球よりもすごい物質は山ほどあるだろう。しかし時代がまだ追いついていないようだ。


「いつもながらすごいですね。一体どこでその知識を得ていたのですか? それともメルストさんが発見したことですか?」

「ぜんぶ先人たちの知恵だよ。記憶はなくても、こういう知識は残ってるのが本当に幸いだったね」

(あっぶねー、さりげなく答えられてよかった本当に)

 内心冷や汗をかく。ここでは転生したことを口にすれば面倒なことになりかねないと肝に銘じ、記憶喪失としてふるまっているが、あまり露骨に現代知識を活用するのも危ないだろう。


「でも、それだけの量では少しの木材しか浸せないと思いますよ」

「薬品は俺からいくらでも生み出せるよ。まぁ確かに家一軒分の木材と薬品の量の割に大規模な施設もないし、俺の能力とエリシアさんの魔法でやるしかないんだけど、まぁふたりでやれば一日待たずともすぐに終わるよ」

「それではさっそく取り組みましょう! 大工の方々には私から話しておきますし」

「ああ、助かるよ」

 薬剤を量産しようと自作創成したポリタンクを用意した時だ。ドアが開き、ロダンが顔を出してきた。


「メルスト君、ここにいたか」

 なにやら真剣な様子に、手を止める。

「ロダン団長、どうしました?」

「犯人の目星がついた。ブルデ一味だ」

 町の情報網によれば、ルマーノで見ない顔がいるという目撃情報があった。内ひとりをフェミルが捕まえ、吐かせたという。

 これで火災を起こした原因も明解になった。メルストはすぐにと足早に工房から出、町へと歩きながらロダンと話す。その後ろをエリシアはついていく。


「そいつらって厄介ですか?」

「人数はそこまでだが、陰密が得意なようでな。見つけるのには少しばかり苦労するときく」

「それでは、手分けして探しましょう。彼らの中で魔導師がいればすぐに見つかります」

 とエリシアは提案する。それならだいぶ捜査の手間が省けるだろう。

「追跡魔法か。まぁいい結果が出ることを祈るか」


 町に入る際、必ずバルクの酒場の前を通る。そのとき機会を伺っていたかのように獣人店主のバルクが店から出てくる。ロダンよりも体格の大きい大男だが、ロダンに対して大きく態度を見せはしない。

「バルク店長、どうしたんすか」

「ようメルスト、いつも世話になってるな。それよかロダンの旦那、また情報が更新されたようですぜ。町の裏でちとブルデ一味が暴れたみてぇで」

「あ、暴れたって……っ、けが人はいるのですか……!?」とエリシアは不安になる。

「いや、それはまだ聞いてねぇです」と獣人店長は腰を低くし後ろ頭をかく。

「とにかく、急ぐしかないな。その情報も数分前の話ではないだろう」

 そのとき、またも爆発音が町中に轟く。今度はすぐ近くからだ。

「またルミアか」とロダンも察しはついている。

「一味と接触したのでしょうか」

「だといいけど」

 爆発の際断末魔が聞こえたような気がしなくもない。道の奥から流れ出てきた煙。そこから聞き慣れた声が聞こえた。


「あんた今までどこで賭け事してどの女と遊んでたのよ!」

「うっせぇな。つーかテメェに教える筋合いはねぇっででででで痛ッでぇ!」

 爆発でボロボロになっても致命傷には至っていないジェイクは鎖で雁字搦がんじがらめに縛っている。それをルミアが引張、引きずっていた。ちゃっかりとジェイクが逃げ出さないように、その後ろでフェミルが見張っていた。


「あたしだって真面目に十字団の仕事やってんだからあんたも少しはまともにやりなさいよ駄犬!」

「はぁ? 馬鹿言うのも大概にしろ腐れ猫! 俺だってさっきこの町で盗みをやった雑魚強盗クソバンデットグループの首ぜんぶを騎士団に突き出したんだぞ!」

「どーせそいつらが盗んだもの自分のものにしてるでしょ。さっさとそれ持ち主に返せっつーの。そっちの方が楽に報酬貰えるってのに、ほんっとバカ犬ね」

「うるっせーバカ猫! テメェ後で絶対覚えてろよ!」

「……ふたりとも、少し、やりすぎ」


 こちらに気づくことないまま、何処へと向かっていく。おそらくジェイクが奪い返した物品を保管している所だろう。

 唖然としている4人。拍子抜けたメルストに、ロダンがそっとつぶやくように、

「……ブルデ一味のことは解決したようだな」

「なんか釈然としませんけどね」


 その後、ブルデ一味(故)の犯行は明らかとなった。

 一昨日からルマーノの町に侵入していたようであり、町の人の金品を気づかれないように盗んでいたようだ。ロザリーも被害者の一人だったが、倉庫を漁った際、ワックスの入った容器を迂闊にも倒してしまったようで、それを傍にあった大量のタオルでふき取ってそのまま隅っこに詰めて隠したという。それが原因で盗難に加え火災も起きてしまった。


 二日間、盗みに気づかれなかったのは彼らのプロフェッショナルな陰密スキルによるものだが、不幸にもジェイクの金品に対する鼻が利いたようで、カモとして見つかって一網打尽にされたそうな。

 盗まれたものはすべて持ち主の元に帰り、ロザリーの燃えたと思っていた貴重品も無事だった。「泥棒もたまには役立てる時があるんですね」と冗談めかしてロザリーは笑っていた。



「メルストさん、またメルストさんあてに依頼がのお手紙がきてますよ」

「また? 今日で5件目だぞ」

 火災鎮火の一件以来、メルストの活躍ぶりが町中に広まった。魔物の討伐から生活の問題までさまざまな依頼が届けられてくる。

「それだけメルストさんが有名になって、頼りにされているということですよ。それにとてもやさしいですしっ」

 まるで自分のことのように喜ぶエリシア。それにしたって、これじゃあ本当に自分のやりたいことができなくなる。

(異世界の素材の研究したかったけど……まぁ、いろんな人に会うのもいいか)

「そう思われてるなら、ちゃんとそれに応えなくっちゃな。じゃ、行ってくるよ」


 白衣を脱ぎ、外出用のフードの付いた白衣に似た術服を羽織う。いってらっしゃいませ、と微笑んで見送った。その後ろからルミアがエリシアの両肩を掴み、「わっ」と叫んでは驚かせる。

「もっ、もーっ、驚かさないでくださいよ」

「だってエリちゃん先生のリアクション、サイコーにおもしろいんだもん。にしても、なんかここのところ一気に仕事が来た気がするね。特にメル君」


 これまでは魔法関係や討伐関係の依頼がほとんどだったが、最近は人々の生活やアイテムに携わった相談が多くなっている。十字団の解決できる幅がメルストの存在によって広まっていたのだ。

「それだけ、メルストさんは皆様のお役に立てているということですね」

「でも大変だよねー、ここんとこ好きな研究できないってメル君困ってたし」

「でも……なんだか楽しそうです」

 玄関の外から見える、メルストの白い後姿。その頼もしい背中に惚れ惚れしながらも、エリシアはそう囁くように言ってはまた、微笑んだ。彼の活き活きとした歩みに、ルミアもまた、ニッと笑う。

「それも言えてるね」

 


フェミル「・・・あつい」

エリシア「暑いですねー。こういう日は海に行きたくなりますね」

フェミル「そこって、すずしい?」

エリシア「海ですし、水着を着ますから、すずしいとは思いますよ。ただ、思ったより海がぬるかったりするんですよね。砂浜もあつあつですので」

フェミル「・・・そうなんだ」

エリシア「でも、じっとしているよりは断然すずしいですよ。皆さんと行けば楽しいこと間違いなしです!」

フェミル「たのしい・・・?」

エリシア「ま、まぁ・・・楽しい、というよりは賑やか、の方がまだ正しいかもしれませんね。平和とは程遠いですけど」


次回:今度の依頼先は海水浴


【補足】2022.10.6

 難燃剤にもいろいろありますが、最近は含侵やセラミックス-金属酸化物パネル、厚塗りでなくても簡単なコーティングで十分な難燃性を付与し、かつ木材の意匠性を保持できる材料も開発されているようです。

https://engineer.fabcross.jp/archeive/220927_protects-wood-from-fire.html


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