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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
58/214

3-9-2.青天の町、今日は炎日和

 何が原因で火事が起きたのかはわからない。だがすぐに対処せねばとエリシアは転移魔法の陣を展開した時だ。


「あれっ、メルストさんは?」

 気配を感じられない。見回してもメルストの姿はなく、忽然と消えていた。

 しかし、彼女らの視界の先に突然メルストの姿が現れる。これには3人の町人も驚きを隠せなかったが、いずれも大賢者や魔導師が使う転移魔法だと思っていることだろう。転移の反動で具合の悪そうな顔をしつつも、エリシア等の方へとメルストは歩む。


「め、メルストさん……? どこにいらして――」

「もう火は消してきた。人も無事だし、大事にはなってないよ」

 立ち籠っていた黒い煙はどこにも見当たらない。それを確認した皆はホッとした様子だ。

「でも、現場には行かないとなりませんね。どうしてこうなったのかも調べないと」



 商店街などで活気のあるルマーノの西町は、火事の話で持ち切りだった。現場の周辺には野次馬たちが足並みそろえて様子をうかがっている。

 膨大なエネルギーの創造による時空転移で移動と人命救助を行い、燃えている家を構築能力で大気中の気体を操り、家の周囲の酸素を除去。真っ先に火事の一軒を瞬時に解決したメルストには賞賛の言葉が関係者に贈られる。


「十字団の錬金術師さん、助けてくださりありがとうございました。もうどうなることかと……」

 救われた女の人と言葉もまだ喋れないその幼児は、炭で服が汚れていたが、特にケガもない様子。燃え移る前に鎮火したおかげで、被害は一軒だけだ。


「そっちこそ、大事に至らなくてよかったです」と照れくささを紛らわすように微笑み返す。「ですが、みなさんの荷物が……」と申し訳ない気持ちになるも、その女性は静かに首を横に振った。

「いいんです。この子の命が無事だっただけでも十分ですから」

「でも、何が原因で燃えたのでしょうか」


 エリシアの言葉を返す代わりに、黒焦げに燃えた家を正面から見る。そこまで長い時間は経っていないにもかかわらず、ひどい燃え方だ。燃え上がる火が凄まじかったのか、家の木材が燃えやすかったか。

 消防士など、火に詳しい人なら物の燃え方を見定めて発生源を突き止めるのだが、メルストにそこまでの知識はない。わかりやすい火の元や熱源なら分かるも、炭になって崩れてしまえばその証拠を探すのには苦労する。


「なぁ、ルミア」

「いや先入観は良くないよメル君! あたし爆弾魔だけど放火魔じゃないよ!」

「似たようなもんだろ。ていうかなんでそんなにうろたえたんだよ、まだ何も言ってないぞ」

 確信犯と思わざるを得ない焦りように、もはや疑う余地も無いように感じられる。しかし、いくら狂人と噂される爆弾魔でも、エリシアやロダンの管轄の下でこのような暴動を起こすとは考えにくい。

 不安そうに、被害に遭った女の人はエリシアに言う。


「火は特に使っていなかったんですが……いつのまにか家の中に火が燃え広がっていて、それで……」

「そうですか……」

「ますます放火された可能性が出てきたな。なぁルミア」

「狙って言ってるよね!? それ絶対狙って言ってるよね!?」

 人混みからロダンが出てくる。周囲は一度ざわついたが、すぐに収まる。


「目撃証言は今のところないみたいだ」

「ロダン団長……ということは、火を付けられた可能性は」

「ああ、考えにくいな」

「そうですか……よかったな、ルミア」

「いや別に容疑かけられてたわけじゃないからね。メル君大丈夫? 爆発する?」

「やっぱりおまえ確信犯だろ」

 ふたりの会話のキリを狙ったかのように、ロダンの会話が自然と入り込む。


「だが全くないわけでもない。俺はもう少し聞いて回ってみるとしよう。犯人がいないことを願うばかりだがな」

「だんちょー、あたしも手伝うよ。ついでにどっかふらついてる駄犬も探しに行くし」

 ルミアはロダンの大きな背の後についていく。ジャコン、と武器に弾を充填した音が聞こえ、若干の殺気を感じたが。


「じゃあ俺は火事の原因を探すか」

「では、私はこの場を収めて、警備兵に報告してきますね。フェミル、協力してくださいますか?」

 こくり、と目深にヘルムを被った軽装鎧姿のフェミルは無言でうなずく。

 またきりがない謝罪が待ってるだろうな、と半ば冗談気味に言ったメルストに、エリシアも苦笑する。また大賢者様の手を煩わせてしまったと、今度は何を詫びるか。十字団の役職の階級が高いのか、エリシアやロダンの身分が高いのか、よくわからない組織に入ったなと改めて思わされる。


 さて、と野次馬も少なくなったところで調べようとするも、どこから手を付ければいいか。中を除いても黒焦げばかり。原型が残っているものが多くあるだけ、まだマシだろう。

 心配そうに様子を見ている、幼児を抱えた被害者の女性。メルストはいくつか質問を試みる。


「んー……すみません、あなたは……」

「あ、私はロザリーと申します」

「ロザリーさんは何のお仕事をされていますか?」

「理髪外科医を務めていますが、町でみなさんの髪を切っていることぐらいしか……」

「火災が起きたときから数時間前までは何をされてました?」

「そうですね……いつも通り、理髪の仕事をしていましたが」

「そうですか」とあまりわからない様子。注意しつつ、崩れそうな炭の家に足を踏み入れた。やはりここから手掛かりを探すしかないようだ。


 すると、思いの外変わった点が見つかる。奥の倉庫らしき狭めのスペースだけ白く灰化している。それに床の底が抜けていた。炭化した布片もいくつか見つかる。


(組成鑑定、してみるか)

 いくつかの燃損物に触れて、かろうじてだが元の物質組成を分析してみる。炭化しきっていない壁や床も触ってみた。

(……炭素ばかりでよくわかんないけど、これってもしかして)


「ロザリーさん」と大きめの声で呼びかける。「倉庫には何をしまってました?」

「え? えっと、確か……乾パンや干し物といった食料とタオルと生活でたまに使う道具……少なめですが、いろいろ置いていたような」

「油の類は置いてありませんでした? トネリコやニスといったワックスとか」

 すると、「あっ」という声が聞こえてくる。ロザリーの傍に戻ったメルストは、彼女の話に、より耳を傾ける。

「そういえば昨日……気分一新と、店の休みの日、家に塗料を塗り直していました」

 それだ。引っかかっていたものが取れたように、メルストは納得の表情を浮かべる。


「おそらく、その塗料が原因で、火事が起きたと思います」

「えっ?」

 理解が追いついていないも、どうしてそれが、と驚いている。

「自然発火、という現象があって」

「あっ、それ魔法現象でも有名な……」

「でも今回は魔法が原因じゃありません。例えばそうですね、町の農場には行ったことありますか?」

「ファーマさんのところですか? いえ、行ったことは……」


「農家とか、あと十字団のルミアも関わっていることなんですが、堆肥や細かい廃棄物を一時的に保管している場合、それらに触れると温かいんですよね。これは徐々に化学反応……ああいや、錬金術的な反応という魔法とは少し違う自然現象によって発熱を起こしているんです。それが更に高温になって燃え出すことは、普通ないんですけど、大量に詰み上がっている場合は別です」

 傍に転がっている木片の炭を積み上げ、ぐっと抑え込む。自身の物理変化能力で炭をさらに赤く熱させ、魔法を使っているように見せる。


「保管期間とかの条件にも左右されますが、外に放熱されずに、内部に熱がこもったまま温度が上昇することがあるんです。どんどん上がって、さらに反応が進んで相乗効果が起きて、ついには発火します」

 農家では経験的に一般知識として、そういうことには配慮してるんですけどね、と言っては燃やした炭を鎮火させる。そうだったんですか、と半ば理解した様子。


「話を戻しましょう。ロザリーさんが使用した塗料ワックスには、その自然発火を促す性質があります。発熱しやすいんです。それを作業のときにワックスをふき取ったタオルには保温蓄熱作用、まぁ熱を外に逃がしにくい性質があります。長い時間の経過でどんどん温度が高まって、ついに発火した、と。それが家の木材やタオルに引火して燃え広がったんだと思います」

「うそ……」と驚いたまま、話にうなずくばかりだった。未だ眉を寄せているのは、少し難しい話だったからか。


「そんなことって、あるんですね」

「まぁ、発火に至る適度な条件が整ってしまったんだと思います。家がこのようになってしまったのは残念ですが、放火魔の心配はなくなりましたね」

 ロザリーの一言が耳に入らなければ、そう最後まで言い切っていただろう。


「でも私、タオルでワックスを拭いて倉庫に捨てた記憶がありませんけど」

「……え?」

 耳を疑った。未だ納得していなさそうな顔の意味も、やっと理解する。


「昨日はちょうど十字団のルミアちゃんがごみの回収に回ってきてたから、そのふいたタオルも渡しましたの。ワックスの缶や買い貯めたタオルは倉庫に置いていましたけど、そのふたつは離していましたし、火災の心配はなかったはず」

 彼女の記憶が正しければ、火災はより確率的に低くなる。可燃物がそのワックス以外でない上、そのふたつの要因が離れた位置に置かれるとなると、自然に発火するとは通常考え難い。

(まさか、自然発火じゃなくて、自然発火に持ち掛けた誰かがいたってことか?)

 そんな仮説に至ったときだ。


 町の奥から眩い閃光が視界を覆った後、耳を劈く爆轟と爆炎が街中で噴き上がる。地面もわずかながら揺れ、風圧の波が押し寄せてきた。白衣がなびき、落ち葉や小石が舞い上がる。

「えっ、なに!?」

「これって、マジで襲撃……っ?」

 悪い予感は当たったのか。そう考えている間にももう一、二発、巨大な爆発が生じる。

(ッ、あれってエリシアさんの――)

 しかし、その真っ赤な爆発に対抗するように、否、その威力を抑え込むように巨大な蒼炎が覆いかぶさった。居ても立っても居られない。

 やはり盗賊団の類だろうと履んだメルストは、ロザリーに一言かけたあと、すぐに爆発の起きた場所へと向かった。


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