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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
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3-8-2.尾行しつつ尾行されつつ

「皆さんお疲れ様です。さきほどはその、大変失礼いたしました」

 途中、め事があった稽古けいこも無事に終わり、昼に移る。裏庭の一本樹に全員を集めさせたエリシアが運んできたのは、トレーと6つのオレンジ色の果実。よく見ると果実の上部がショコラ色のスイーツが膨らみ出ており、粉砂糖がふりかけられている。果実を容器にしたブラウニー詰めのようだ。


「これ、バルクさんに習って作ってみたんですけれど、よければ」

「お、大分腕が上がってきたじゃないか」とロダンは感心した。謙遜しつつも、照れるエリシア。


「あ……んん~、うん、ありがとう……」

「……先生の、手作り……」

 見た目は絶妙においしそうで、食欲をかき立てるような焼きの香りもある。しかしルミアとフェミルのなんともいえない顔に、察した。


(あの反応、やっぱりおいしくないやつだ。俺の味覚は正しかったんだな)

 この町に来た初日のことを思い出す。つかの間のエリシアの世話。あれはうれしかったけどひどかった。分かっているが、避けては通れない状況はジェイク以外全員察している。メルストは空腹に任せて、ブラウニーを口に入れた。


「メルストさん、お口に合いますでしょうか」

 酸味ある柑橘かんきつ類とふんわりシナモンが香る風味。これが何かといわれればブラウニーだとはいえるが、少し焼きすぎな気がする。

(あーうん、これだ。こういう料理ベタな女の子って大体極端に壊滅的で必ず食物をゲテモノ兵器にするか黒鉛にするかなんだけど、なんだろこの中途半端においしいと感動できない感じは)

 しかし自信もなさげな顔を前にそんなことを口に出せるわけがない。

 レシピの解釈を間違えているか、絶対何か別の材料が入っている。舌の上で組成鑑定マテリアルオピニオンを発動し、分析を行いつつ、

「うん、大丈夫。いつものエリシアさんの味」

「本当ですか! よかったです」

 ホッと胸をなでおろしたエリシア。不安そうな顔から安心した表情になったのを見て、ますます言いづらいと思う一同。

「メル君、食べ物に大丈夫と言う表現はないにゃ」と余計な一言。


 なにもいうことなく真っ先に食べ終えたジェイク。エリシアの魔法ですっかり怪我も治っている。

「ジェイクも無理はしないでくださいね。死ににくいとはいえ、あんなケガをされては心臓に悪いですし」

 ある程度の怪我なら回復魔法で緩和し傷が癒されるが、ジェイクのような臓器が潰れる事例だと生命力を削る治癒魔法をはじめとした、リスク付の最高級回復魔法が必要となる。

 ゾンビ顔負けの生命力だろうと、致命傷は致命傷だ。それでもジェイクは他人事のように聞き流す。


「知ったことかよ。いい加減慣れろ」

「あんたねぇ、エリちゃん先生がいなかったら本気で何千回死んでると自覚してんの?」

 ルミアはまだ食べ物が入っているジェイクの頬を使っていたフォークで突く。「やめろ」と一言。

「入団して間もない頃は凄まじかったですね。首が飛んだときはさすがにどうなるかと……」

「エリシアさんの魔法も相当だな」

「命を失ってからでもすぐであれば蘇生できる方法はいくつかあるんです。でも邪道ですので、女神の御赦しを得てなければ使うことを禁じられています」

「まず使える人いないからね」とルミア。「まず蘇生できる条件も厳しいし」


 全員がブラウニーを食べ終わったのを見、立ち上がったエリシア。「それでは、私は出かけてきますので」

「もう行くのか」とロダン。

「はい、いってきますね。あ、フォークやトレーは私が洗いますので、水に浸けておいてくれると助かります」

「エリちゃんいってらー」「いってらっしゃい……気を、つけて」

 ルミアとフェミルに見送られ、出かける準備のために家へと入っていた。それを遠目に見つめ、ふと口にする。


「なんかエリシアさんって忙しそうだよな。まだ若いのに」

「メル君それいい歳の大人が言うセリフ」

「特に午後とか、荷物もってどこかいくことが多いんだけどさ、何かやってんのかな」

 全員がメルストを見る。特に口を開けていたルミアに、何かマズいことを言ったのではないかという焦燥感に駆られた。


「まさかメル君、今の今までエリちゃん先生がどこで何してたかも知らなかったの?」

「えっ、いやー、王女や大賢者なりの秘匿用事があるんだろなーってぐらい。邪魔しちゃ悪いし」

「はぁ~変なところで気を配っちゃってー、それ以上気にならなかったんだね。だから彼女できないんだよ?」

「それ関係なくない!?」

 違えねえ、と笑うジェイクをメルストはじっと睨む。色を正したルミアは、疑問に答えた。


「先生はね、先生してるの」

「どういうことだよ」

「私塾だ。この町に来たころから、エリシア王女は教室を開いてる」

 そう言い、立派だと感心するロダン。エリシアがみんなから先生と呼ばれる所以か、とメルストは納得しつつも、

「えーと、礼拝の司祭に私塾の先生。魔法薬の研究者で十字団の仕事もしてる六大賢者のひとり。そしてこの国の王女……って」

「先生、なんでもできる……すごい」とフェミル。


「でも大賢者の教室だなんて、結構お高いんだろ?」

「とお思いの方、ご安心を! なんと! タダです!」

「マジかよ!」

「ここでしか聞けない魔法学をあなたに! ERI会魔道師講座!」

「なんかそれっぽくなってきたからここまでにしようか!」

「先生の授業、聞いてみたい……」

「俺も参加してみたいな。すごい気になってきた」

「けどよ、人気ねーだろ。金もなけりゃ人もがらんどうって話だぜ」

 つまらなさそうにジェイクは言い捨てる。噂話にしても、大賢者の授業に人が来ないというのは変な話だ。


「意外っ、なんで?」

 腕を組み、顎を指先でなでるルミア。よし! とキリッとした表情で、

「そだね。せっかくだし、ちょっとついていってみようか」


     *


 色や大きさがばらついた、丸みのある敷石が詰められている歩道を怪しげな集団が進む。目標は大賢者の視察。暇を持て余す暇などないはずの十字団の緊迫したミッションが、花と妖精にあふれた平和な町で繰り広げられていた。


 町の人々に挨拶を交わし、なにかをお裾分けしてもらっている。町に入れば、彼女の周りは常に人が寄り添う。大賢者の加護と恩恵は相当なものだと改めて認識した。

 メルストはいつもの白衣ではなく茶色のコートを着た新聞記者の恰好。ルミアはいかにもベタな探偵の格好で虫メガネ片手にエリシアを追っている。地味な服装だが、この町では逆に浮だつように目立っていた。


 街角に隠れ、エリシアの背後を覗くふたり。どことなくルミアがうきうきしている。しれっとついてきているフェミルは頭や両手、身体に枝木や花の咲いた鉢植えを身に着けている。


「ここまでする必要あるか?」

「ふっふっふー。尾行する者、まずは変装の達人になるべし、だよ!」

「逆にあやしくて目立つんですが。で、フェミルはなんの変装?」

「草」

「気持ちは落ち着くだろうね」

「そこはツッコんであげるべきだよワトスン君」

「誰がワトスンだよ」


 看板、花壇の隅、街路樹へと伝うように距離を保つ。そんな3人の後ろをつける影も一つ、ゆらりと慎重についてきていた。

 

「場所がわからないから長く感じるな。ルミアが教えてくれないから」

「だって分かったらつまんないじゃん」

「それなりに……距離が、ある」

 慣れないことをして気力が削れているのだろう。しかし疲れている表情をフェミルは出さない。


「ん~、いまのところバレてはないにゃ。あたしたち尾行のセンスがあったり?」

「周りにはバレバレだけどな。逆に気遣って何も触れてあげない感じがツラい」

 さきほど雑貨店のミノと目が合ったが、気まずそうに眼を逸らされたことを思い出す。素直にいっしょにエリシアの傍を歩けばいいものの、どうしてこんなことをしているのか。


 それに、メルストはなにかの気配を背後から感じていた。先程からこちらの後を付けている影。それが一気に近づいたような気がしたが、

「……何気に団長も気になってたんですね」


 うしろの木に隠れていたローブ姿のロダンは誤魔化すことなく、堂々とメルスト等の前に出てきた。フードは外すことなく、目深にかぶっている。

「む、よく見破ったな」

「それでバレないつもりだったんですか」

 こうしてみると、尾行に参加しなかったジェイクが最もまともに見える。俺たち何やってるんだと今更ながら自分を客観的に見れたようで、手で顔を隠す。だが、途中脱退も締まりがつかない。

 やるからには、と必要性のない決意をしたところでルミアの合図に従い、素早い移動をこなす。


「王女の養成と護衛をするのがもともと俺の務めでな」

「でも結局子どもたちと遊びたいんだよね、団長だーんちょ☆」

「それがすべてではない」

「でも最近じゃ魔導師かお年寄りぐらいしか見てないのよねー」

「ぬ、そうか」

「団長、残念そう……」

(孫に愛されたいおじいちゃんかよ)

 強面の老兵とは思い難い。子どもに怖がられそうな風貌だと苦労するだろう。


「あ、ロダン殿!」とひとりの町人の声。波紋が広がるように他の人々にもロダンの存在が知られ、「ロダン様、何をなされているのですか?」「お困りでしたらなんなりと!」と次々人が集まってくる。

「ああ、いや俺は……ルミア君、すまないが手助けを――」

「今のうちに行こっか、メル君」

「っ!?」

「超有名な英雄も大変なんだな……」

「団長の囮……無駄には、しない」

 ロダンの救いを求める訴えも虚しく、メルスト等は集る人から離れ、見失いかけたエリシアを見つける。


「あ、メル君、あそこだよ」とルミアが指した場所は教会と隣接した小さな施設。あそこで私塾が行われるのだろう。入口の前へと歩く。

「で、子どもがいないってことは、それなりの高レベルな学問を教えている気がしてならないんだけど」

「メル君ザッツライトだよ。エリちゃん先生が教えてるのは魔法学全般。魔法理論学と魔法現象学、魔法媒体学、魔法薬学――」

「待て待て待て! ちょ、多いな! しかも言葉からしてどっかの大学の履修科目しかイメージできねぇし」

「理論学は魔法が使えるプロセスとか、魔力そのものの学問。数字も扱うけど、あたしの知ってる数字や記号じゃないのが出てくる」

(量子力学とか物理化学的なことか)


 大賢者だから当然といえば当然だろうが、幼いとは言わずとも若々しい少女が教授として教えを説いているイメージもメルストの中ではしづらいものだった。王の娘なだけあって、神童だったに違いない。

 ルミアの難しそうな顔を不思議そうな目で見ては、

「正直ルミアの製図の記号も俺にとっちゃ暗号だけどな」

「いやメル君のアートみたいな設計図も本気で分からないから」

「あれは化学構造式だ」

「……ふたりとも、早くいこう?」


 正面から入るのはまだ早い。様子を見ようと周りをみてみる。

「今日は魔法媒体学だったかな。神学よりは少ないだろうね」

「ということは、ジェイクが人来ないって言ってたのは」

「難しすぎるから、の一言に尽きるにゃ」

 教会の敷地に入り、面長の小さな家の窓から授業の様子を覗いてみた。


「……ほぼいねぇ!」

 席がいくつかある、古い内装。教えを説くにはちょうどいいスペースだが、室内には魔術服を着た老人ふたり、学者らしき男ひとり。いずれも本格的に魔法学に精通してそうな面子だが、内ひとりは熟睡している。そのことを知ってなお、笑顔でエリシアは講義を続けている様子がみえる。稀に見る眼鏡姿だ。

 かろうじてエリシアのやさしい声が聞こえてくる。耳を傾ければ何を話しているのか多少なり分かるが、それがどういう意味なのかはさっぱりだ。


「現実はこんなもんよ。まぁ魔法それなりに使える人なんてあまりいないし、というか難しすぎることをあんまり教えるのが上手くない人がやったらますます訳が分からないことになっちゃうし」

 教えるのがお世辞にも上手ではない名誉教授みたいなものか、と解釈する。それにしたって、少し可哀想だ。

「それでも熱心に来る奴とか、下心で来る奴とかいるんじゃないのか?」

「理解できない超専門学問を聴くよりも、お金払ってちゃんとした大学や学校で確実に身につけた方が良いんでしょ。あと、この国の大賢者様相手にそんな邪な考えをもって接するのは愚行に等しいさね」

 当然、王女という隠れた身分でもあるため護衛もついている。壁に背中を付け、講義の内容に耳を傾ける。


「確かになー。はぁ~聞いてるだけで眠くなりそうな内容なのに、エリシアさんの声が音色みたいでさらに眠たくなる。……フェミル、しれっと寝るな」

「ぅ……」

 肘でつついて起こす。微睡んだ目をこすっても、またすぐに閉じようとする。


「眠気に屈していいのか?」と一声。ハッとしたフェミルはしゃきんと背を伸ばすが、

「――ッ、わたしは、くっし、な、い……」

 しゃがんだまま意識がどこかへと外出してしまった。

「フェミルんが屈した!」

「だろうな」

 そういうメルストにも眠気がおそいかかってくる。無意識に睡眠促進魔法でも発動しているのではないかと疑ってしまう。眠たくてもペンで腕を刺したり空気椅子したりと全力で抵抗していた学生時代を思い出した。


「まだちょっとしか聴いてないけど、典型的『がんばってるけど空回りしてる』パターンだなこれは」

「ここまで極端な例もないけどね」

 うなずき、唸る。ちょっとお邪魔するか、とメルストは正面入り口に回った。ついていこうとしたルミアだが、ここからふたりの様子を見るのも興味深く思い、とどまった。


「すいません、これ途中からでも参加って――」

「めっ、メルストさぁ!?」

 びっくりしたあまり、足を教卓にぶつける。痛そうな音だ。

 聞き手の3人が入室したメルストを不思議そうに見るが、メルストは構わず、

「続けていいですよ、先生。俺は生徒ですから」

 と、空いてる席に座った。


「誰じゃろ」「はて、見たことはあるんじゃが……まぁ勉強熱心な子じゃな」「十字団の錬金術師か……」と、周りはメルストに言及することなく、すんなりと受け入れた。メルスト自身の存在は町中では最近話題になっているほど、相応に有名になっているが、まだ噂の範疇だ。大きくは広まっていない。


「え、えっと……先程までは魔導師が消費する魔力が、生体的に特殊な機構と回路を経て、魔法へと展開されていくのかをおさらいしてお話しましたので、それがどのような媒体を通じて環境にどう影響していくのかを話していきたいと思います」

 眼鏡をかけなおし、魔法杖と同等の力を発揮する教鞭を執って、黒板に光の文字と図を浮かべた。

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