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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
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3-8-1.ロダン団長との稽古

 晴れの日が続き、かわき切った地盤はしっかりと固まっていて踏み込みやすい。からっと渇いた空気は剣戟けんげきの音を鮮明に響かせる。


「うぐぉあ!」

 重くも高く響く剣の音。それは衝撃となって腕に伝わるにとどまらず、ジェイクの重心諸共、全身を吹き飛ばした。ルミアの工房に使われているであろう木材や鉄材の積まれた山に勢い良く突っ込む。


 十字団の拠点の裏庭は広く、それはルミアの製造した機械の動作試験や爆破試験に用いられることがあって、いつも更地状態だ。練習にちょうどいいと、メルストやフェミルも剣や槍の稽古けいこで利用している。

「いつになっても猪突猛進だな、ジェイク。腕力やスピードは格段に上がってるが、パターンが一緒だぞ」


 だが、今日は違った。ルマーノの町に帰ってきた十字団団長のロダンが相手となって稽古をしていた。

 ロダンは軽装ではあるが、その上にスプリングや金属繊維の束が、鉄製の関節プロテクトごとに繋ぎ止められている。身体を補助する装備ではなく、負荷を与える訓練用のギプス装置には、加えて動きと魔法発動を制御する魔法紋様が刻まれている。そして木製の剣には魔法によって水の塊がまとう。重く、その上非常に剣の衝撃を与えにくい。


 より多くのハンデを担っているにもかかわらず、水の重剣を軽々しく使いこなし、目に見えぬ剣捌けんさばきは水の刃として鉄の剣を圧倒していた。

 なにくそ、ともう一度踏み出すジェイク。だが、振るった剣はロダンの残像にしか当たらない。蹴りを入れられ、またも資材置き場に激突する。


 飛ばされるジェイクとすれ違うように、地を蹴ったフェミル。風よりも速い一矢の如き彼女は正面へと張り合う――否、ロダンの真横を通り、背後へ。手に持った槍は無数の鋭打へとなってロダンを覆う。

 だが、後退させることはできても、一突きも一振るいも当たることなく、すべて水の塊の中の剣へと吸い込まれるように受け止められていた。

「さすがシェイミン国の女王護衛を務めていただけある。……が、まだ甘い」

「――っ」


 背後から奇襲を仕掛けたジェイクを裏拳であっさり地面へ叩き落し、フェミルの槍をからめとるように掴む。天へ掲げ、一気に地へと振るい落とした。風が駆け、音が走るよりもはるかに上回る素振りの衝撃波は、疾風の精霊(フェミル)を槍から引きはがし、意識を一瞬だけ飛ばした。


「ぅ……っ」

「形が固定され過ぎている。基本が成っているのは良いことだが、固定概念にならないように。力の伝え方もまだ硬い。少し身体をやわらかく使わねば――おっと」


 とっさに避けた場所は、熱された金属が覆いかぶさる。それは瞬く間に地面に広がり、尖岩の形となって次々と突きあげ、ロダンを追い込もうとする。やがてそれは青みを帯びた灰色へと固体化した。その大元はメルストの腕。金属塊から手を引き抜く。そのまま剣を構え、刃を向けた。


「ルミアの言っていた特異的な能力とはこれのことだったか……ん?」

 金属の地面に足が飲まれることはなかったが、いつも以上に動きが鈍くなる。何かに引き寄せられている原因がメルストの創成した金属にあることをすぐさま察しついた。


 ネオジムと鉄、微量のホウ素で組成された超磁力合金。ほぼ全身に鉄の制御ギプスを装着しているロダンはますます身動きがとりにくくなる。まず足が地面から離れることもままならない。

 一瞬の呼吸の間に繰り出すメルストとロダンの猛攻な剣戟。ここまで動きが鈍くなってやっと、メルストの全力が辛うじて勝負として成り立つことができる。

 長続きはしないと判断したメルストは、水の塊が纏う木剣を見極めては掴む。水もろとも物質分解能力で大気の一部へと消去した。


「――っし」

 これで一本取れる。そう思ったのもつかの間、剣の一閃は避けられた。腕を掴まれ、重心を崩される。

(は? これまさか合気道じゃ――)

 瞬く間に身体が地面へ落される――寸前に手を離され、手首のスナップで簡単に飛ばされた。2回ほどネオジム磁石の地面をバウンドしてやっと、転がる運動が殺される。


「メルスト君、能力を過信しすぎてないか? 万物を構築し破壊する一撃必勝の手を持っていようと、触れなければ意味をなさない」

「痛って~……やっぱり基礎戦闘力だと敵わないな」

「まだ伸びしろはある。あまり力むと力が半減するぞ。つま先だけに頼らず、防御や攻撃の際は踵を地につけるように意識するんだ。さぁもう一度来い!」


 彼らの稽古を工房の裏口から観戦しているエリシアは感心の表情。隣のルミアはというと、彼らの目に見えない動きを見捉え、観察していたが、疲れているのか気怠そうに何度かあくびをしてる。

「やっぱり我らが団長はすごいね~、あれだけのハンデをしておいて怪物3人組をあんなあっさり」

「あれ、ルミアは参加しないのですか?」

「今日はそんな気分じゃないさね。ふぁぁ、勝てないとわかってる勝負には首をツッコまないよ」


 その会話が聞こえていたのだろう、戦いの合間にロダンは、

「昨夜、あれだけの勝負をしたから身体が動かないのも無理はない。まさかあのルミアから指導をお願いされるとは――」

「うわあああちょっとぉ! それは言わないお約束でしょ団長のバカー!」

 半開きだったルミアの紫の瞳は真ん丸に、ぼっと燃えるように顔が赤くなった。

「努力を知られたくないタイプかあいつは。らしいといえばらしいな」

 訓練用の剣を壊したメルストが原因でもあって、いつの間にか組み手に変わっていた。何発も体や顔に重い拳を喰らっていたメルストはふらふらながらに、ルミアの羞恥で悶絶する様子をそう解釈した。


「あーかったるい。いつまで準備体操してるつもりだクソジジイ」

 気さくに笑っていたロダンの背後から聞こえる殺気。痺れを切らしていたジェイクはの額は、うっすらと血管が張っている。

「何も低レベルのこいつらに合わせる必要なんてねーだろ。俺がいるってこと忘れんな」


「うわー偉そう。自分も大したことないくせに」とルミアは呆れる。すでに意識を取り戻しているフェミルは「……嫌な、空気」とぽつり呟き落とした。

「覚えてるだろ。俺をテメェの都合で拾って生かしやがったときのことをよ」

「いつでもおまえの首を狙っている、だったか。それにしては手を抜いているじゃないか。全力を出して負けるのが怖いか」

「おおクソ野郎が、言ってくれるじゃねえか。ますますぶっ殺したくなってきたぜ」


 いかにも典型的なやられ悪人の吐く捨てセリフと表情だが、ロダンは剣を抜き、先程以上にその強面を強張らせた。なにかまずい、と察したのはメルストも同じだった。

「……っ、その気ならこちらも容赦はせぬぞ」

「ダメです、ロダンさん!」

「やらねばこちらの首をかまれてしまう。許せ王女」

 やはりこうなったか、と望まない戦いが訪れる。妙に身体が重たいことに気が付く。疲労ではない。


「"四空掌握・石膏縛り"……」

 魔法だ。「俺らに合わせたハンデと、自分の追い込みご苦労ぉさん」と嗤うジェイク。彼の見開く眼球に浮かぶ瞳孔は、極端に小さくなり――その姿を消す。


 掛け声一つなく繰り出される背後の奇襲。間一髪防ぐことができた剣の一撃は骨身に伝わる上に、重い。呼吸の間もなく力技かつ鋭い技で押してくるジェイクの剣は、次々と放たれる大砲に匹敵するだろう。「まだ動けんのかよ」と舌打ち。

 しかし相当な負荷をかけられたとはいえ、ロダンにとって、彼の隙はいつでもある。タイミングを見計らって突いた剣は、空を切ったのみ。横の姿勢で宙へと跳んで避けたのだ。しかし滞空はさらに隙を大きく作る――はずが、

(その体勢で繰り出すか――!)


 人間業とは思えぬ骨筋の運動で、ジェイクの身体の勢いは再動し、ロダンの首を蹴り伏せた。メキャア、と嫌な骨の音を立て、背中から地面に叩き落とされる。マウンティングを取ったジェイクは腕に筋を最大限膨らませ――。

「"空窩からわ割り"ィ!」


 手根骨でロダンの頭蓋を砕き割った。地面に伝播した衝撃は裏庭にクモの巣状の深いヒビを刻みつける。

「ハッハァ! これで俺の勝ちだクソ野郎が!」

 と叫びつつ飽き足りないのか、容赦なくロダンを殴り続けた。そのたびに地面が若干振動し、鈍い音が響く。狂うように笑う様子に、背筋が凍った。

 止む気配もない拳の雨は、唐突に収まる。両拳とも、受け止められたのだ。


「……まだ清々しないか」

「は!? ちょ、くたばれやジジイ! ――ぉごっ!?」

 形勢逆転、といったところだろう。握力で指骨を砕かれ、頭突き、離れたところを間合いに、胸部へ殴打を繰り出した。短距離の拳だが、外部よりも内部へと深く損傷を与えたようだ。倒れたジェイクが動かない。


「なんだ今の、発勁はっけいか?」とメルスト。あまり詳しくは知らないが、こちらも人間業とは到底思えない。

「心臓を潰した。エリシア王女、手間をかけさせてしまうが、すぐにジェイクの手当てを――」

「――ッルルルァ!」


 ジェイクの拳がロダンの頬を掠める。豪速の弾丸の如き速さ――しかし勢い余ってルミアらのいる壁を粉砕した。それでも尚、土埃と木片の粉の中、猫背の状態でふらりと起き上がる。

 メルストは息をのんだ。仲間ながらこの恐ろしさは何なのか。ゴキブリでもそこまでしぶとくないよ、とルミアの一言が聞こえてくる。


「ここまでくると、生命力ではなく呪いだと思えてしまうな」

「テメェこそ手を抜いてんじゃねぇか。慈悲のつもりなら反吐が出るってもんだ」

 べッと血反吐を吐き捨てたジェイク。血が胃の中に溜まっていく感覚はどことなく気持ちいいとまで感じていた。

 心臓だけでは倒れないと、ロダンは再度、剣を引き抜こうとした矢先、


「こ、これ以上はダメですー!」

 ふたりの頭上に魔法陣が展開し、イオニア式の蒼い柱の一部が鉄槌のようにふたりを押し潰した。

「ぬぐぉっ!?」「ほべっ!」


「稽古でここまで傷つけ合うのは危ないです! ロダンさんもジェイクも落ち着いてください! しっ、死んじゃいますよ!」

 あたふたと必死の声も、ふたりには届いているのか。唸り声を上げるばかりで、震えていたジェイクもぱたりと魂が抜けたように動かなくなった。

「エリシアさん、とりあえずあの魔法を解除した方が……」

「まずエリちゃん先生から落ちつこっか」

「先生がいちばん……殺しにかかってる」


明日、更新予定。

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