3-7-4.遺志継ぐガラスは砕けない
ターコルトの町に討伐解決の件を伝えると、町は歓喜の声に溢れた。降り続けていた赤と黄色の雪も止み、討伐以上の手柄を立てたことはギルドでも称賛されるほど。その大半は「さすが大賢者様」という声だったが、エリシアの弁解がなければ、メルストがまた少し有名になることはなかっただろう。
回収した晶鯨の破片"反天晶"はメルストの物質構築能力で数枚の溝のある板ガラスへと錬成した。ルミアのレーザー技術等も組み込んだことで、無容器法は最低限ながらも実現し、割れないガラスも数日の試行錯誤の末、開発に成功した。
あとは職人に助言し、任せればよいだろう。とはいえ、心配だったメルストは、毎日のように様子をうかがっていた。
しかし、それも杞憂に終わる。順調に製造が進み、依頼も解決してからのことだ。
「壁を透明にしたかったんだとよ」
バルクの酒場に誘われたメルストは、リンケルと席を並べて酒を飲んでいた。今日はやけに騒がしい。それもそのはず、時折酒場に訪れる楽団にルミアがボーカルで混じり込んでいたようで、酒場が一層盛り上がっていた。セレナやエレナ、そのほかの数少ないメイドたちも忙しそうに動き回っている。
「壁を?」とメルストはオウム返しする。酔いが回っているリンケルは、静かにうなずく。
「生きた魔物を身近でも見れるように、捕獲して飼育する施設を作りたいってのが事の発端だ」
「魔物を見世物にするか。さすがは貴族様だ。やることがぶっ飛んでやがる」
喰われて終わりだろ、とバルクは皮肉を言う。いくつものビールジョッキを注ぎ、店員のメイドに渡した。
「貴族の嗜みってだけじゃねぇんだ。そいつ、平民でも安全に魔物を観察できる場所を無償で提供してぇから、頑丈極まりないガラスが欲しかったと言っててよ。なんだかんだ、俺達は魔物のことを知らねぇ、そんなんじゃいつまでも魔物におびえたままで、世界は広がらねぇってな」
するとバルクは大きく笑う。「そいつ本当に貴族か!? 趣味で冒険者でもやってんじゃねぇのか?」
隣で、メルストは意外そうに話を聞いていた。ハイテンションのあまり音が少しずれているルミアの元気な歌声とにぎやかな演奏を耳に、ビールを一口飲む。顔をしかめる。転生してもビールの炭酸には慣れないようだ。
(何に使うかと思えば、自分のためってわけじゃなかったんだな。でもそういう話ならアクリル樹脂でもよかったかもしれな……いや、樹脂を取り扱っているとこあったかな)
「メルストの兄貴、あんがとな! これで親父の夢も叶った!」
バン! と背中を強く叩かれ、ビールを少しこぼす。「な、なんのこと?」
「俺の親父もガラス職人でよ。けど割れたガラスで俺が怪我して以来、割れねぇガラスを作るだなんて言い始めて、んで、過労と鉱毒で死んじまったんだよ。馬鹿な親父だろ」
バカにした口調にしては、表情は浮いていない。ビールを一気に飲み干し、
「俺のせいだとは思ってる。だから俺もガラスづくりを目指して、親父の無念、いや、親父に対する償いをしようとしてたんだ」
(だから、あの依頼で躍起になっていたのか)
つぶやきそうになったことを、心の中でとどめる。
「つーことだ。俺の手で造り出せなかったのは悔しいが、今度は兄貴以上の強ぇガラスをつくりゃいいってわけだ! ダグラス親方の言う通り、すげぇ奴だよメルスト兄貴は。感謝してんぜ!」
いつも通りの元気な表情に戻り、メルストは照れくさく感じるも安心する。
「にしても、またも錬金術師のお手柄ってわけか。なんでも創るんだなオメェって奴は」
「俺だけじゃこんなことできないっすよ。リンケルさんやエリシアさんのおかげも大きいし、ルミアの技術も無かったら――おぶっ!?」
背中から飛び乗るように、ルミアが抱き着いてきた。若干お酒の臭いが鼻に来る。
「メルくーん! 演奏どうだったー? 歌うまかったー?」
「ああ、うまかったよ。楽しそうだった」と簡単な感想を述べると、今度は顔を抱きしめ、頬ずりをしてくる。
「メル君にそう言われて嬉しいにゃ~」
(酔っ払いのおやじかよ……)
「相変わらず気持ち悪いぐらい懐いてんなぁおまえは」
バルクの呆れに動じることはなく、「で、なんの話してたの?」と顔を上げる。
「……いや、なんでもねぇ。貴族にもいい人がいるんだなって話だ」
リンケルはメルストを一瞥し、そう答えた。
「――だぁぁぁぁクッソ! どこまで追ってきやがる!」
荒々しく店に入ってきたのはジェイク。隠れるような仕草にどうしたのかと思った矢先、店の窓に映る外から、4人ほどの美女が誰かを探すように駆け出してきた。だが、その表情は怒っているようにも見え、甲高い声が店の中まで聞こえてくる。
「おいジェイク! 俺の店に争い事持ち込んでくんじゃねぇ!」
「バカ、黙ってろ! 修羅場なんだよこっちは!」
色恋沙汰、というよりは何股も不倫を重ねた男の末路が絵としてそこに出来上がっている。「こんなはずでは」という顔。へまをしたようだが、十字団や酒場の皆からすれば日常茶飯事である。
「あいつにもその貴族を見習ってほしいよ」
「むりむり。あれが一番嫌うの貴族だから」
ルミアは空の酒瓶を窓に放り投げ、盛大にガラスの割れる音を奏でる。美女たちは一瞬びっくりしたものの、「そこにいるのね!」と一斉に酒場に入ってきてはすぐにジェイクを見つけだす。
「テメッ、ルミアァァァアッ!!」
「ばいばいエロ犬くん。恨むなら日頃の自分を恨むんだね☆」
暴虐を尽くしたジェイクでも、手を出した美女には逆らえず、あっという間に連れていかれた。
いたずらに楽しそうなルミアの頬をつねり、開いた口が塞がっていないバルクを見たメルストはリンケルに呟く。
「さっそく窓ガラス一枚とビン一本、発注が来そうっすね。それも割れないやつで」
「任せておけ。ぜんぶの窓張り替えるぐらい作ってやらぁ」
次回
メルスト「みんなは学校に行ったことある? 俺はある」
エリシア「大賢者になるまでは王都立の学園で励んでいました」
メルスト「いいとこの学校は違うなぁ」
ルミア「ないけど、強いて言うならおじいちゃんのもとで技術叩き込んでもらってたのよさ」
メルスト「師匠に教わるみたいな感じね」
フェミル「みんなとは少し、違う形、かもしれないけど・・・小さな、学校には、いってた」
メルスト「妖精界にもやっぱり学びの場はあるんだね」
ジェイク「俺は・・・おい、なんだよその分かり切ってるから別にいいって顔は。殴るぞ」
メルスト「学校行った奴がそんな人格になるはずがない」
ジェイク「勝手に決めつけんじゃねぇ!」




