表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
51/214

3-7-3.神久の紅葉雪に流るるは硝子の峰

あけましておめでとうございますから二回目の投稿。

遅れてしまい申し訳ございません。

 アコード王国の北方の大部分は寒帯だが、緯度が高いというだけで気温が低いわけではない。現に、高緯度でも灼熱の砂漠地帯は存在し、昼夜で砂原と雪原が切り替わっている例もある。

 異世界上の環境のみならず、魔物の生体活動によって環境が変わることも稀ではない。しかしもうひとつ、摩訶不思議な"魔法現象"という、地脈に滞留・流動している魔力がなにかしらの形で自然的に影響を与えているケースもある。


 メルストが向かうシンク地方も、元々は数多の生物が芽吹く緑の大地だったという。その名残が、枯れた巨木や地形と化した骨残骸となっている。そうなってしまったのも、魔法現象が原因だそうだ。

 その日の午後、ギルドに特例受注したのち、帰ってきていたエリシアに報告すると、ひとりじゃ向かうには遠いと、大転移魔法にて第七区のシンク地方に送られた。永遠を守ると云われる神が住まうというだけあって、ただの自然地帯とは思えぬ神聖さが感じられた。人の気配が一切しない。


 ターコルトの町は小さくも城郭都市だ。吹雪や魔物から守る分厚い城壁とそれを囲う渓谷のような堀は、まさに鉄壁だった。だが、それを打ち壊したのが"晶鯨「クォーツァルビス」"だ。最近出没した巨大生物は、今もこの区域を放浪している。


「紅葉色の雪ってスゲーな。毒々しく見えないってのがまたすごいというか」


 白く寒々しい極寒地帯かと思えば、そこは赤や黄などの暖色雪が降り積もる、前世では見られない

景色が広がっていた。夕焼けのような空から紅葉色のきらびやかな雪がふわふわと舞い、足元を化粧していく。だが、気持ちは温かい反面、事実上は寒いことに違和感があるだろう。


 感嘆の声を吐き、楽しそうな顔でずんずん進むメルストを、不安そうな顔でエリシアは後ろについていく。大賢者の大杖に座り、飛空しているので後れを取ることはない。


「め、メルストさ~ん、本当に遭いに行くのですかー?」

「そうだけど、エリシアさんまで無理してついていかなくても。最終的に案内頼んだのは俺だけど、場所を覚えれば、帰りはひとりで転移できるんだし」

シンク地方(こんなところ)でひとりだなんて、いくらメルストさんでも危険ですよ! しかも晶鯨討伐の依頼をひとりで受注するだなんてとんでもないです! 私も一緒にいきます」

(放っておけない性格なのか、俺が放っておけない顔をしてるのか。まぁどっちもだろうな)


 動きにくそうな毛皮製のダウンコートのすそは積もった紅葉雪に触れている。ひざ下はすっかり埋まっていた。

「この服って結構保温性高いね。速乾吸収素材は入ってないけど」

「はい! とてもあったかいですよね」

(俺は暑いんだけどな)

 メルストは苦笑する。能力と体質上、環境に関係なく人体より高い体温を恒常的に発生させるためか、彼に寒さは然程感じていないようだ。


 赤毛のもこもこした大きな丸い綿鳥が、数羽集まって暖を取っているのを一瞥したメルストは、

「そんだけ着込んでて動きにくくない? って思ってたけど、そうだったね。エリシアさん飛べるんだったね」


 風に乗るように大杖を魔法のほうき代わりに腰を下ろしているエリシアは、メルスト以上に重ね着しており、顔しか露わになっていない。鎧に匹敵する重さだが、飛空魔法の前では関係ないに等しい。


「飛空魔法です。加えて防護魔法もしていますので攻撃も寒さもへっちゃらですよ」

「でも体力……」

「言わないでください」

 目を逸らした。若干へこんだような表情に、肩を落とす。


「属性的に得意不得意あると思うけど、体力増加や肉体強化の魔法はできないのか?」

「反動がありまして、他の方々はひどくても筋肉痛程度ですが、私は一日動けなくなっちゃうんです」

「えええ……それはさすがに重度というか、本当に根っから体力が」

「言わないでください」

 またも目を逸らす。声のトーンがひとつ下がった。


 だいぶ歩いたが、目標の魔物は見つからないまま。枯れ木のようになってしまった古代生物の残骸のトンネルや小山を過ぎても、菌糸で作られた禍々しい赤い枯れ樹や、犬サイズのマンモスのような群ぐらいしか見当たらない。


「気になっていたのです」

 何が? と言わんばかりの顔で、メルストは振り返った。


「メルストさんが普段何を考えらしていて、メルストさんの目には何が映っているのか。学者様や錬金術師の方々も関心ある考えをお持ちなのですが、それ以上にメルストさんには皆さんとは違う何かを持っている……そんな気がするのです。私の勝手な想像ですけれど」

「皆とは違うか……」


 意外、という顔ではなかった。自分でも自覚し、改めて納得したようなそれだ。

 無理もない。環境や教育という次元ではなく、そのままの意味で住む世界が違った。


「あ、いえ、お気を悪くしてしまったのならすみません」

「なんとなく、そうだろうなとは思ってるよ。出会った場所も特殊だったし。でも、俺はみんなと変わらないよ。好奇心を強く持っていて、ちょっと見方と考え方が変わってるだけで」

 だから、そこまで変に思わなくても。そう言ったときだ。


「変じゃありませんっ、特別な方だと尊敬してるんです! だから、本当はずっとメルストさんといっしょに、同じ景色を見ていたいんです」

 誤解されないようにと、大きく声を張ったのだろう。若干びっくりしたメルストは呆気にとられた。


「と、特別……?」

 どういう意味で言っているのか察せなかった彼に対し、エリシアは自分で何かとんでもないことを言ったのではないかと顔を赤くする。

「あ、えっと、これは個人的に思ってることですので、あてにはしない方が」

「いや……すごい嬉しかった。大賢者様にそう称賛されるよりも、エリシアさんにそう思われていたのが、まぁ、うれしい」


 ぎこちなく答える。「そ、そう、ですか?」と目を逸らしながらつぶやいたエリシアは雲を眺めた。秋色に染まる冬景色。だが、エリシアの浮かべた表情は感動ではなかった。


「危ないです!」

 メルストの前にエリシアの蒼炎が結晶化し、大きな盾を作った。何かがぶつかり、衝撃が伝播でんぱ、メルストらを後方へ吹き飛ばす。地鳴りを上げ、横へと轟音が流れていくが、紅葉雪が舞い上がるばかりで、その正体はすぐにはつかめない。だが、光が屈折することで見える無色透明は、山のように大きい。

 グラスハープの音色が秋色の雪原に響き渡る。それがガラス色の巨山から発せられたことはすぐにわかった。

 雪にまみれ、起き上がったメルストは大きく見上げた。


「こいつがクォーツァルビス?」

「資料の通りなら、おそらく。でも、ここまで透明になるとは……」


 雪をかき分け、空を泳ぐように正面へ向いたそれは、巨大な水晶の様。一切の傷がない頭部に目はないものの、メルスト達の存在は把握しているのか、水平な尾びれを雪原に叩き付けた。

 だが、クジラというよりは、重力に従って落ちる水滴に似た体型だ。なんとなく違うよな、とメルストは頭の隅で首を傾げる。


「それ以前に誰だよクジラなんて名付けた奴。陸に上がってんじゃねーか」

「え? クジラって水陸両用の魔法生物だと私は教わりましたけど」

「うっそ!?」

 これが異世界の常識か。

 驚きあきれたメルストを守るように、エリシアが前に出る。その両手には蒼炎がまとっていた。

「メルストさん、下がっていてください。ここは私が……しなくてもよかったみたいですね」


 大杖を構えたときには既にメルストの物理的な一撃が炸裂し、晶鯨の頭部は爆散した。ガラスの破片があられのように飛ぶが、一撃から生じた余波で、一方向にしか流れない。


「一応レベルの高いクエストだよな、こんなすぐ終わって不安になるんだけど。……第二形態とかないよね」

 着地し、雪でひざが埋まる。手ごたえはあるが、呆気ない。余波が続いているのか、吹雪ふぶいていたはずが、明るい雲が流れ、今まさに眩い空が見えようとしていた。

「あの晶鯨を正面から一撃……」

「今の魔物も相当強い系?」


 息をのんだエリシアは、

「強いも何も、災害そのものですよ。晶鯨の強靭な肉体はどんな攻撃でも耐えられるんです。竜の爪ですら歯が立たないほどで……でも、尾の部分を何かしらの方法で破壊すれば全体が爆発すると言われています」

「変な魔物だな。ルパートの滴じゃあるまいし」

「典型的な弱点が判明していても、相当硬いですし、身の危険を感じれば凶暴化します。ターコルトの町も、討伐しようとして町ごと返り討ちに遭ったみたいですし」


「ともあれ、これで解決?」

「ですね! 私の心配はいらなかったみたいです」

「けど、いてくれて心強かったよ」


「メルストさん、そのうち"鉄壁無視アンチブレイカー"や"無敵殺し(インビンクブルキラー)"のような異名がつきそうです」

「なんすかその痛々しいネーミング……」

「ギルドでも、成果を上げれば今言ったようなふたつ名が授けられるのです。登録会員にとっては名誉でもあることですよ」

「へ、へぇ、俺は遠慮しておくよ」


 苦笑し、メルストは本当の目的である自然強化ガラスの片鱗をサンプルとして集めようとした。思った以上に衝撃波で破片を吹き飛ばしてしまい、雪原も小さな谷となった。下るように歩いていると、

「うわっ、なんか浮いてる! 敵倒したときに出てくるゲームのアイテムみたいに浮いてる!」


 雪の上にアイテムオブジェクトよろしく晶鯨の体結晶の欠片が、ゆっくり回転しながら浮いている。指でつまみ、見定めるように鑑識するエリシアは、

「これ、おそらく"反天晶"です」

「名前的に重力に逆らってそう」

「ええ、晶鯨が身軽に雪原を移動できるのも、身体から生成されるこの生体結晶のおかげだと言われてますね」

「てことは、これを固定すれば、物を浮かせられたり……」

「はい、できるかと思います」

 おおお! と声を上げる。これで無容器法が実現できる。メルストはあまりわかっていないエリシアとハイタッチをして、大きく喜んだ。紅葉色の粉雪が舞い上がり、それを差し込んだ日光で色鮮やかに輝いた。

今日の19時に次回を投稿します。


【補足】※見なくても本編を読むにあたって一切支障ありません。

《魔物一覧》

・シンチュ

 地方によって毛色が異なる「綿鳥」の一種。全長1~2m。滅多に翼を広げることはなく、移動手段は小さい足で跳ねるか転がるのみ。温かいものにくっつく習性があり、複数いる場合はおしくらまんじゅうして身を温める。


・魔女の誘手

 葉が一枚も生えていない多種多色の禍々しい樹。正体は菌類型の魔物が木に寄生し、増殖した菌が木の形になった或はキノコのように自立して木になった菌糸の塊である。毒々しいほどまでに色鮮やかなものから岩と大差ない地味な無機色まで、色も性質も様々。魔物の餌場になることもしばしばあるが、毒を有するタイプも存在する。


・ドムー

 大型犬と同じサイズのマンモス。食用や毛皮目的でよく狩られるが、威嚇するとき強い体臭を放つ。その主成分はカルボン酸(良く言えば非常に香り高いチーズの匂い、悪く言えば足の爪の間にたまる垢の臭い)である。


・クォーツァルビス

 晶鯨とも呼ばれる。分類生物学上、クジラ系の魔物ではなく気液状の霊型魔物。魂のような姿で浮遊移動し、身体を安定させるために鉱物の周辺に集まってはそれを摂取、分離しないように独自の結合物質を作る(成分上、結合しやすい理由でよく墓場に集まりやすい)。それが古くなって外皮として形成されたものが反重力作用をもたらす「反天晶」となる。蓄積されるにつれ肥大化するが、層状にガラス体が追加されるわけではなく、本体が存在している限り、結合が組み換えられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ