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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
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3-7-2.割れないガラス

 ダグラスの後をついていくと、軒の続いたレンガ作りの家へと案内された。一見すると民家の様でもあるが、内部は工房が広がっていた。


「ここって……」

「大規模じゃねぇが、ガラスの製造所だ。町のガラスの半分以上はここで作っている」


 数基ある溶解炉や内径300~400mmのグローリーホールなどが設置されたホットワーク、研磨器や切断器があるコールドワークが最低限ながらにある。レンガ積みされた蓄熱式炉や溶解槽があるタンク炉があることに、それなりの熱効率を上げていることがわかる。

 円筒法をはじめ、鋳込み法が開発されている程度の水準まではきてるのか、と奥の方の簡易的な手動装置を目にやる。あれ手間かかるよなぁ、とメルストは独り言。


 十数人の職人らしき男たちが炉の熱さを浴びる中、懸命にガラス作りに勤しんでいる。エリシアらを見るなり深くお辞儀をした後、また作業に戻った。


「お店のガラス細工もここで作っているのですよね」

「まだ不慣れなものでして、一部だけでさぁ。大半は別の町から取り入れたものです。ここでは小さいビンガラスから窓みたいな大きな板ガラスを作っているに過ぎないんで」


 エリシアに対し、謙遜した言い方でダグラスは言う。実際はああやって作るんだなと間近で見ていたメルスト等に、短髪の大男がたくましい胸を張っては迫りくる。圧倒的な体格差に思わず2,3歩後ずさった。


 「親方! この方があのメルストの兄貴ですかい!」

 胸も張っていれば声も大きく張っていた。「おおそうだ」とダグラスは軽く応える。

「元教え子だ。つっても弟子みたいなもんだが、あまり礼儀ってもんを知らない。気を悪くしないでくれ」

「リンケルと言いやす! よろしゃす!」


 押忍! と気迫ある挨拶。ダグラスから良い風に聞かれているのだろう、悪い印象は持たれていないことにメルストは安心する。態度が悪いというより、頭が悪い、というのが妥当な表現だ。


「それで、頼み事というのは何ですか?」

「おい、言ってやれ」

「へい! それがよぉ、ちょいと無理な注文が入ったんだ」


 休憩を入れ、落ち着いた一室でリンケルのまとまらない話を一から聞く。それをメルストは一言でまとめるように呟いた。


「割れないガラスですか」


 強化ガラスではなく、割れないガラス。

 リンケルの方でも風冷強化法によってフロートガラスの3倍ほどの強度を持つガラスが編み出されてはいたが、依頼主である貴族の満足までには至ってないようだ。その上、温度変化などの原因で唐突に割れ、それがまた爆発したように飛散してしまうため、危険であった。リンケル自身も納得はいっていないようで、彼を慕っている男たちも困っている。


(強化ガラスって引張ひっぱり応力が強いから、ちょっとの傷でも応力が一気にガラス全体に開放されるんだよな。何に使うか知らないけど、日常的に積層ガラスや全面物理強化ガラスを使うのは避けた方が良いんだけど……)

「貴族ってのは、なんでこう、わがままなんだか」


 大きなため息をつき、愚痴っぽくダグラスは言う。だが、前向きにメルストは捉えていた。


「でも、こういう常識外れな考えが、新しいものを生み出すきっかけになったりするんですよ。より便利なものを強く求めてくる上に経済も回せる貴族って、本当はいた方がありがたいんですよね。ね、エリシアさん」

「そ、そうですね、すみません」

「あ、いや、別にエリシアさんを皮肉ってるわけじゃ。王族そっちはもっと大きなことしてるし、技術どころじゃないだろうし」


 あたふたとフォローし、少しばかり申し訳なさそうにした彼女を慰める。


「何をしても上手くいかねぇ。聞いた話だが、ガラスみてぇに透明で、なのに鋼以上に硬ぇ魔物が、北方の凍土にいたとかなんとかっつう噂は聞いたことがあんけど、まずそこに行くこと自体無理な話だ。それに量も限られている」

「曖昧な情報をもとに向かうのも危ないですからね」


 頭を抱えるリンケルに、エリシアも同情する。


「メルストの兄貴、錬金術や錬成術を知ってるアンタなら、何かいい案もってないか?」


 全員が悩む中、メルストに注目する。しかしメルストも顎を指でなぞって、視線を下へ向けている。


「メルストさん、もしかしてかなり難しい問題だとか……」

「いや、できないことはないんだけど」

「本当か!?」


 あっさりとした返事に一同が驚く。


「ガラスを作るとき、珪砂けいしゃメインで、これを融かしやすくすためにソーダ灰を、水に溶けないようにするために石灰を加えると思うんですけど、これら一切使わずに、それも鋼に近い頑丈さをもつガラスを作れるんです。それこそ、北方の凍土にいる魔物といい勝負できるぐらいに」


 開いた口が塞がらないようなガラス職人と、さすがにそれは、と半信半疑な鍛冶屋の表情。ガラスの第一ともいえる基盤素材すら使わないなど、耳を疑うような話だが、


「兄ちゃんそれ、一体どんな方法なんでぇ!」

「ただ、その方法がいまいち思い出せないといいますか。……少々時間をくださいませんか、うろ覚えのまま言うのもあれですし」

 がしっ、と力強く両肩を掴まれる。え、という声は揺らされた身体でかき消された。


「もちろんだ! それで解決するってなら存分に考えてきてくれ!」

 ただ、できるだけ早めにな。そう言ったリンケルの顔は明るくなっていた。


 これを裏切る訳にはいかない。帰るなり、メルストはすぐに錬金工房で取り掛かった。

(材料は分かってる。アルミナと酸化タンタル。これ単体なら能力でいくらでも作れるけど……)


 板状の型取りに、素手から創成したアルミナと酸化タンタルの溶融物を1:1の割合で流し込む。しかし、冷えていくにつれて容器に触れているガラス材が結晶化を起こし、失透した。

 結晶のように配列が整ったものはイメージしやすいのだが、非晶質アモルファスだと容易ではない。物質構築能力でも透明さを出すのはメルストにとって高難易度だ。


(溶融法じゃ厳しいな、無容器法じゃないと)


 ガスを使い、浮遊状態でガラスを生成する用法。当然、そんな技術はこの世界にないだろう。魔法という便利なものがあれど、それを使えるのは町でも一部だ。


(のぉぉ……なんか磁力以外の不思議パワーで無重力化できるファンタジー鉱石とかあればいいのに。俺がそういう魔法使えればいいのにぃ……)

 とりあえず宙に浮かせるものを。頭を抱えていたときだ。


「そこの少年、お困りのようね」

 その声を聴き、メルストはハッとする。そうだ、ここには「常識なにそれおいしいの?」という人間がいたではないか。

 入口を塞ぐように立つ小さな巨匠の姿は、またもスタイリッシュポージングを取っている。


「ここはお姉ちゃんに……任せなさい!」

「あ、姉御ぉーっ!」


 構わずメルストはルミアに案件を持ち込んだ。紙とペンを用いてなるべく細かく説明したが、


「あーめんどくさそ」

「さっきの任せて発言はなんだったの!? 自分の言葉に責任持とうよ!」

「そんなことしなくてもさ、反重力とか一定の領域を浮遊させる鉱石でなんとかなりそうだよね。そっちの方が楽そうだし」


 ファンタジー鉱石は実在したようである。


「発明家が聞いてあきれるよ」

「無かったら作ればいいてなだけで、あるんだったらそれ使えばいいてなだけで」

「うん……まぁ、言えてる。じゃあ、集中的に熱を与え続けるレーザーもないんだな」

 やはり異世界なりの方法でやるしかないかと、エリシアの元へ席を立った時。


「あるよ」

 課題の一つはあっさりと解決した。


「なんであるの!?」

「レーザーなんて、魔法でも存在しているんだよ? 機械が魔法の遅れをとるだなんて言語道断さね!」

「理由になってない気がするけど、とにかく助かった!」

「ま、そこは任せといて」

「おお、頼もしい」

 と言った矢先、


「10万Cね」

「やっぱりお金は取るんだ」

「当然」といわんばかりに、ふっ、とルミアは笑った。


「こっちもやりたいこと……えふん、やること煮詰まってるし、モノ浮かせる系はそっちでなんとかしてね」

 そう言い残し、ルミアは自分の工房へと戻っていった。再び一人になり、困ったな、と柱時計に目を向ける。まだ午前中。昼には誰かしら帰ってくるだろう。


(エリシアさんはなんか出かけてるし、フェミルは憩いの森に行ってるし、団長はこっちに帰ってきてもいろいろ忙しそうであんまり見かけないし、ジェイクはいつも通りだし……まとまりねーなこの一団)


 エリシアの書斎で魔法を調べても、メルストは魔法を使えない。ダイニングテーブルに、届けられていたギルドからの未達成クエストの依頼書が数枚、それを手に取る。


 討伐や採集、防衛や支援など様々なクエストが一定期間以内に受注されなかったり、ギルドでも達成困難なクエストがあった場合、十字団の元に送られてくる。この町だけでなく、他の地方区からも来るので、それぞれ分担して取り組んでいる。アーシャ十字団は最後の砦というだけあって、そのクエスト受注可能ランクは十二分と高い。

 数枚の依頼書をパラパラとめくっていると、ふと気になるものが目に留まった。


(受注レベルA7、第7区の"シンク地方"で暴れている"晶鯨クォーツァルビス"の鎮静または退治。ターコルトの町の町長から代表してSOS……そういやリンケルさんが北方の魔物がどうとか言ってたけど、これのことかな?)


 依頼日時から2週間も経っている。10人未満での受注は極力非推奨である上に、レベルはAの上位とかなり高め。通常のギルドでは太刀打ちできないクエストなのだろう。

 今はこっちを優先するべきだな、とメルストは一枚の依頼書と十字団員証のブローチを手に、町の中央ギルドへと向かった。


プロローグや序盤の改稿で少々更新が遅れました。



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