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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
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3-5-1.ある雨上がりの日常

 雨上がりの晴れ渡った空。日差しが気持ちよく、この十字団の家から見える虹は目にじんわりと浸透しんとうするほど美しい。

 玄関前に育てられている小さな畑や花壇かだんの花々。湿った土からはぐくむそれらはガラス玉のようなしずくしたたり、太陽の光を吸い込んで自らを輝かせていた。


「いい感じに育ってきてるな」

「うん……みんな、よろこんでる」


 植物の心も読み取れるフェミルも満足気の表情。健気に育つ草花を見て和むフェミルに、メルストはいやされる。彼女のそばにいると、時間がゆっくりになっているような感覚だ。時間に追われていた日々も、遠い昔のように感じる。

 十字団で育てているいくつかの植物は、最低限の作物やハーブ、エリシアの魔法薬の材料として用いられている。未だ他の人と対面することに不慣れなフェミルは、せめて植物の世話ぐらいはできるようにと、毎日面倒を見ていた。


「ホントにおいしそうだな。はやく実らねぇかなー」

「まだ、ダメ。……あ、怖がった」


 じっとメルストを見る。ほんの少しジト目になっている気がしたので、睨まれているのかと察した彼は謝る。

「えっ、マジかよ! ごめん」

(というか植物に怖いとかの感情があるのかよ)

「……ちゃんと食べてほしい時が、くるから。それまで待ってて」

「お、おう、わかった。じゃあ、なんか手伝うことあるか?」

「……ん……んー……んん……」


 ちらりと見た後に、小さな畑を見渡す。

 首をかしげて彼女なりに考え込むあまり、空気が静かになったので「思いついたらいつでも言っていいよ」と濁したメルストは、その場を去ろうとした。


「んもー、ルミアったらまた服を油まみれにしちゃってー」

 後方から見える、エリシアと洗濯桶。こっちを手伝うか、とメルストは庭の方へ足を運ぶ。

「今のエリシアさんめっちゃお母さんっぽかった」

「え、お母さんですか? えーと、そう言われますと気恥ずかしいですね。コホン、"少し前の本来の姿へ・プリフェクト"――」


 おけの水を手でかき混ぜながら、そう唱えた。中に入っていたルミアの作業着や下着から機械油が分離され、たちまちに消えてなくなった。お湯がけたように白い湯気が立ちのぼっている。


「そうやって服の汚れ落としてるのか」

「いつもではないですよ。でも、水で洗うよりもすぐ落とせるので便利ですね」

「エリシアさんいたら洗濯要らずだね」

 だったら家の掃除もそれでやればいいのにと思った彼だが、あえて触れない。


 この町の洗濯は桶と水と石鹸せっけんを使うという、古典的なやり方だった。


 しかし国や国内の地区によって使う石鹸は異なっているらしく、牧畜を行っている町では"トリグリセリド脂肪"が含まれた牛脂を、臨海地区であれば"苛性かせいソーダ"を、熱帯域では"ラウリル硫酸ナトリウム"を豊富に含んだココナッツ油、乾季が目立つ土地ではオリーブ油等々、その土地にならではの素材を駆使されている。そうエリシアの書斎より知ったメルストは、歴史と共に石鹸ありきだな、と捉えていた。


 しかし十字団にはそれを必要としない大賢者エリシアがいる。古来の魔法書もなく、発動回路的に複雑な洗浄魔法を使える者は、稀有といっても過言ではない。


「ですが、これでも洗浄魔法は最近編み出された高度な技術です。他の方々はお湯と石鹸を使ってますよ。あと、この魔法を使うのは何気にしんどいです」


 どうしんどいのかメルストには分からなかったが、魔道師なりのデメリットがあるのだろう。

「石鹸って天然もあるんだっけ。"サボン石"とか無患子むくろじとか」

「ええ。でもそれらは採集場所が限られてて高価なものですし、こちらでは入手しづらいですね」

「でも人工的に石鹸作ってる製造所とこあるだろ。本読んで知ったことだけど」

 

「あれは海水を使わないとできない物ですので、それもお土産でしか手にすることはできないと思います。あ、でもご当地ではお買い得ですよ」

「王族なのに贅沢ぜいたくできないってのもな」


 そばの物干し竿さおに洗った服を干しながら、苦笑する。"物質構築能力"で水分子を動かしては状態変化をうながし、水気みずけを取っていた。

「私はこちらの生活の方が好きですよ。みなさんとお話したり、いろんな場所に行けたり、とても心地が良いのです。しあわせですよ」


 ごしごしと懸命けんめいに他の服を洗濯する手を止め、彼女は微笑む。純白な泡の中にいる彼女もまた、天女のように白い輝きを持っている……と見えたメルストは悟りを開いたように感涙した。

「はー……マジ天使」

「なんのことですか?」

「いや、こっちの話」

 今日は心が浄化されてばかりだな、と一日の幸せをかみしめていた……そのとき。


「メル君あぶなーい!!」

 え? と振り返ったときには遅く、メルストの頭上に筒状の砲弾シェルが直撃する。頭蓋ずがい骨が鐘のように響き、ゆがんだ砲弾も見事に爆発をげた。

 洗濯物ごとエリシアが吹き飛ぶも、小さな畑にいたフェミルの風魔法ですべてキャッチ。見えないクッションのように、勢いを相殺する。


「先生、大丈夫?」

「あ、ありがとうございます。なんとか助かりま――ッ、メルストさん!」

 庭にできた直径1メートルほどの穴から煙が立ち込める。

「"翠霧すいむ、怒る炎気を鎮めよ・リポースフォッグ"」


 急いで駆けながら詠唱した途端、大気中の水分が集結し、出現したきりの塊を穴の中へ包み込む。たちまちに熱気ごと黒煙は勢いを弱め、鎮火された。

「メルストさん! 大丈夫ですか!?」

「う、うん……げほっ、びっくりしただけだから」

 穴からって出てきたメルストのすすまみれな姿は、どこからどうみても大丈夫とはいえない。だが、致命傷どころかタンコブすらできていない。衝撃は大きいも、悲惨な目にったのは地面と服だけだ。


「いやぁ直撃だったよ今の。無事な方がおかしいよ」

 と、殺人未遂者ルミアは語る。おおー、と無表情のまま拍手しているフェミルに続き、ルミアも「はぁーなんともなくてよかった」と胸をなでおろしては安心と感心を示した。

 元素を生み出し、また変換している原子炉のような肉体だからこそ、その頑丈さは剛体ごうたいに匹敵するのだろう。


「あのなぁ……おまえ何をどうしたら上から爆弾降ってくる惨劇を起こせるんだよ」

「ふふふ、聞いて驚くな少年よ!」

「さっきので驚いたよ。昇天するかと思った」

 変な決めポーズをしたところで、ルミアは着けていたゴーグルを外す。


「できたてほやほやの新型迫撃砲(はくげきほう)の試し打ちやってたんだにゃ。高く打ち上げて特定の場所に落とすんだけど、いやぁ計算通りにはいかないねー。メル君も頭に直撃って、運が悪すぎというか……ぷっふふ、ありえなさすぎ」

 彼女のツボが入ったのだろう、こらえようにも笑いがこぼれている。

 謝罪と反省の色が全く見られないと判断したのか、怒りたい感情をしずめたような表情をしていたエリシアは無詠唱で魔法を発動させる。

 転がっていた洗濯桶がひとりでに浮き上がり、ルミアの頭上にまで静かに昇る。

 途端、糸が切れたように落下し、桶の底が彼女の脳天に直撃した。「ふに゛ゃ!」とルミアから変な声が漏れ、頭をおさえる。


(おお、かの有名なタライ落とし!)

「ルミア……いい加減になさってください」

 ムッとした表情も綺麗だが、声のトーンが本気だったことにルミアも気づいたのだろう。少しびくっとして、立場が低くなる。

「だ、だってぇ……無事だったから別にいいじゃん――あいたっ」

 ポカッ、と魔法杖をおでこに当てる。

「まず言うべきことがあるでしょう」

 互いの歳は全然離れていないにもかかわらず、完全に母親と娘のような上下関係ができあがっていた。


「うぅ……メル君、ごめんなさい」

「身体も特に何ともないから別にいいけど、気を付けてな」

 最初から許す気だったものの、美少女に上目づかいで謝られれば、逆に申し訳なくなっている思春期男声。我ながらこのチョロさは評価に値すると、彼は心の中で乾いた笑いを上げる。


「いつも毎日、本当にりないんですから……メルストさん、申し訳ありません。私がそばにいながら何もできなかったことは、謝罪では済まされないと承知しています」

「いや、大丈夫だよ。もう済んだことだし、そんな顔しなくても」

「いえ、ここは命に替え――」

「――なくていいからね! お願いだから!」

 何かをしでかす前にと、エリシアの肩を掴んで制止させた。みんな俺の為に争わないで的展開はこれで何度目だ、と彼は気が滅入めいる。


 ボロボロになった服。物質創成の能力を持っているとはいえ、服の繊維せんいを作るのは彼にとってはあまりにも緻密ちみつすぎた。単純な元素の塊しか生み出せない。

「はぁ、すすまみれだ。風呂入ってすっきりしてくる」

「あ、じゃああたしもいっしょに――」


 とついていこうとしたルミアの袖を掴み、エリシアは引き止めた。

「ルミアは私の部屋で説教しますので」

「えええ! もう終わったことじゃん! もう同じミスはしないから!」と掴まれていない腕をブンブン振った。

「あなた機工師じゃないですか。安全には口うるさいぐらいでないと駄目だって、手工業ギルドの方々もおっしゃっていますよ」

「それはそれーこれはこれー、なのだ」

 左右へ動かす紫の瞳に合わせて、両の指をワイパーのように振る。鼻でため息をついたエリシアは、両手から蒼炎を発火させる。


「ジェイクにかけている魔法と同等のものを、ルミアにもかけましょうか?」

「わーい説教大好きー! 大賢者様のお言葉ほどありがたいものはありませぬよー!」

 都合のいい態度の切り替えに、調子が良いとエリシアはまたも息を吐く。

「あれっ、エリちゃんエリちゃん、あれってメイドの双子っちじゃない?」


 気づいたルミアの視線を辿たどるように、エリシアは振り返る。家の中へとメルストが入っていくときとすれ違うように、バルクの酒場の看板メイドとして働いているセレナとその双子の姉エレナが、差し入れの入ったカゴを運びながらやってきた。

 狐の耳がピコピコ動き、服から飛び出たフワフワの尻尾をらしている。この町で亜人族リニアの獣人種と言えば、バルク一家ぐらいだろう。


「あら、バルクさんのところの。いつもお世話になっております」

 ふたりは酷似こくじしているが、話しかければ一発で判別できる。それだけの挙動不審きょどうふしんな反応を、相も変わらずセレナは振舞ふるまう。対してエレナは肝がわったような、つんとした表情だ。


「あっ、いえ、とんでもございません! わ、わわ、私たちの方が、しょの、いつも、えっと、お世話に――」

「初対面じゃないんだから緊張しないの。あの、大賢者様。メルスト・ヘルメスという男はここにいますか?」


 妹に反し、しっかりした対応。庭の穴ぼこに視線が移り、またルミアさんがやらかしたんだろうな、と双子(そろ)って思っていた。

「ええ、少々待ってくださいませんか?」とエリシアが玄関へと踵を返そうとしたとき、

「あたし呼んでくるね!」とやけにうれしそうな足取りと声色で家の中に入っていった。

「えっ、ちょ、なんだよルミア! 俺いま服着てな……あ」

「……っ」


 脱ぎかけだったのだろう、メルストは上裸のまま表に出てきた。ジェイクや酒場の戦士ほどではないが、彼も細いながらに十分鍛え上げられている肉体だった。

 男の上裸など珍しくはない世界のはずだが、双子は固まり、男性と全然接していないエリシアは顔を赤くした。


 妙な空気になって、かつルミアが満面の笑みになったということは、さすがのメルストでも察することはできたようだ。

「……お目汚し、失礼いたしま――」

 悲鳴と、変態呼ばわりの罵倒が家の前で響き渡った。

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