3-4-3.魔帝國オルクが遺すは戦慄の残骸
「なんだこのヘドロは……」
底部から少し標高の高い幹の下層部。山岳の斜面ともいえるような場所にいくつか窪みが見られ、その中に汚泥が溜まっていた。粘性あるそれが滴っているのを見かけたルミアは、これを辿り、見つけたと事情を説明する。
「とても自然のものではないですね。悪臭がすごい……」
「まだあっちから続いてるみたい」
素手で触れて"組成鑑定"を試みるが、予想していた有機物とは大きく異なり、成分の大部分が自然のものではなかった。
(分解された死骸や鉱物の類じゃねぇ。……見たことないけど炭化水素系か、これ)
目まぐるしく視界を侵す炭素の無限羅列。煤油や単環化合物が主に含まれているため、燃える水かと彼はまず考えた。
しかし、それらに混じって複雑で不詳な高分子が隠れている。莫大で巨大な分子構造は、メルストでも判別し難い。仮にそれが燃料だとしても、生物が摂取する数種類の糖質も含有されているのはおかしな話だった。
「上の方か。行ってみよう、レジスライムの原因かもしれない」
メルストの考えは的中しており、汚染の根源が標高100メートル付近にあった。空が辛うじて見える場所だが、すっかり暗くなっており、発光虫や蓄光植物の明かり、そしてエリシアの光魔法を目の代わりとして頼る他なかった。
そこにあったのは、この大自然には不釣り合いな機械――否、この世界のものとは思えない金属光沢の黒い怪物が息絶えていた。
ルミアの製作している蒸気機関とは次元が違う。まずメルストが連想したものはスマートかつ力強いロボットのような、近未来の兵器。そのイメージを基に、次に大きさを例えるなら戦闘機ほど。しかし航空機にしては畸形。
全翼機といえばそれまでかもしれないが、それは翼に一枚一枚、薄膜プレートのような金属の羽が並べられていたことと、下部に収納されてたらしき脚部のようなアームが6基、そして蛇とも魚類とも形容しがたい柔軟な鋭利状の尾部が備わっていることだ。
先程まで血を通わせ、呼吸をして生きていたかのような緻密さが、深い損傷部位より感じられる。墜落してぐちゃぐちゃになったそれは、ドクドクと血を流していた。
「なんじゃこれ。見るからにハイテク極まりないんですけど」
変態的な形状の機体に距離を置いて見つめるメルストに対し、ルミアとエリシアは確認を取るように思考を共有させる。
「先生、これって……」
「……"オルク帝國"」
それは、メルストも一度は耳にしていた国の名前だった。
蔑称で"魔国"とも呼ばれるオルクは、帝王を冠する"魔王"を筆頭に、かつて全世界の支配権を握っていたとも言われていた。だが、現在は縮小し、おとなしくはなっているものの、未だアコード王国と対立の関係にある。世界大戦以降、アコード王国はほとんど魔国との接触がないが、それ以前では幾度も争いが勃発したという。
戦争の記録をできる限りすべて把握していたエリシアでさえも、目の前の得体のしれない何かを定めることはできなかった。
「その国の物なのか?」
「ええ、このマークはオルクの国旗なのは確かと言えます。魔王軍の兵器……なのでしょうか」
トクトクと流れ続ける機体の燃料。これがレジスライムを生んだのだろう。
「このオイルが原因か……うぇ、魔物が好む燃料っぽいな」
周りに羽虫型から蛆型の小さな魔物が集まっている。強い魔力が含まれているからこそ、"組成鑑定"でも見たことのない構造物が目に移ったのだろうかとメルストは眉を寄せた。
「最近やけに力を付け始めてるって噂は聞いてたけど……魔族もここまでいくと同じ人類とは思えなくなるよ」
だろうな、とメルストも同意だ。
(前世でもこんな機械だか生き物だかわかんないモノは作れてない。独創的だけど、何回も開発の段階を履まないとこういうフォルムにはならないはずだ)
「ハデに壊れてるけど、たぶんこれ空飛んで移動するための乗り物だと思うよ。翼っぽいところを見ればわかるだろうけど、こんな形で飛べるんだね」
感心しているルミアはオイル溜まりを飛び越え、間近へと様子を見る。
「それじゃあ、乗組員はどこに……?」
「んー、それはあたしにもわからないなー。大きいけど、見たところ人が入れそうなスペースが見られないんだよね。夢物語じゃ機械の意志で動いてたとか、あとは意外と小人種が操作してたのかもだったり」
すると、恐れることなく、軍手を付けたルミアは半壊の機体をいじり始める。分解して持って帰る気だ。
「ルミア……大丈夫なのですか?」
「ヘーキヘーキ、もう動かないし、あんま揮発してないし、まぁ引火に気を付ければ大丈夫さね」と笑顔。ひとりの機工師として目が輝いている。
「ま、なにはともあれ、いい素材が入手したね。にゅふふふー、メル君、これぞ技術が他国に奪われる瞬間だよ」
「闇を感じるな」
「エリちゃん先生の予言も当たってたね。あたしも来て正解だったよ」
ルミアの呑気な言葉に、エリシアも緊張のひもを解く。ルミアに好きなだけやらせた後に処理をすれば、レジスライムの件はクリア。
だが、メルストだけは怖いともいえるほどの真剣な顔をしていた。目の前の残骸以上に、何かを恐れているようなそれだ。
(明らかに文明の差が激しすぎる。もしかしたら俺よりもっと前に……いや、まさかな)
自分と同じ境遇の人がこの世界にいるかもしれない。それは嬉しいことであるはずだが、かき立たせる不安を目の前の残骸を見ながら感じていた。
次回
メルスト「ルマーノの町でケモ耳生えてるの、酒場のバルク店長とあの双子メイドだけだよな」
ルミア「亜人族はあの一家だけさね。遠い異国から来たんだけどね、エリちゃん先生や団長に会うまではいろいろ大変だったんだよー」
メルスト「その光の無い目で言われると闇を感じるからやめて」
ルミア「ともあれ、その内のセレナっちに好かれてるし、よかったねメル君」
メルスト「だから目のハイライト。ヤンデレっぽくみえるからやめて」
ルミア「あたしはメル君のものだからね。そこ勘違いしないでよね」
メルスト「もうキャラとセリフがわけわかんねぇからやめて」
ルミア「・・・邪魔者は爆発」
メルスト「やめて!」




