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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
35/214

3-4-1.レジスライムの掃討依頼

 気の抜けたため息が、部屋中に響いた。

「はぁ……」

「どうしたんだい? 悩み事かい?」


 メルストの煩悶に気にかけたのはルミアだ。しかし、彼女の顔どころかその可憐な姿に目を向けることなく、虚空を見つめ続けていた。


「いや……悩みというよりは、困惑」

「メル君が困惑ねぇ……今の生活のこと? あ、それとも恋の悩みとかだったり~?」

「今のこの状況だな」

「あ、湯加減強かった? 今弱めるね」

「なんでルミアも風呂にいるんだよ」


 十字団拠点、浴槽部屋。

 少なくともルマーノの町の風呂は一民家に一つではなく、浴場小屋というものがある。主に樽桶風呂や石釜風呂であり、熱源は発熱・発火系の魔法生物ファーディあるいは条件で高熱を発する高価な石を用いて得ている。王都や貴族の住む発展した都市、火山の近い村には温泉、大浴場が普及されている。


 だが、メルストらの住む家には蒸気の国から来た機工師ルミアがいる。焼却炉の余った熱などを用い、お湯を得ていた。

 ひとりで湯船に入っていたつもりが、いつの間にか湯気に混じり入ってきたらしく、その華奢な身体を傍で洗っていた。しかし、これがはじめてではないので、動揺しつつも見慣れた光景だった。


「え、ダメ?」

「え、なにその"みんなやってるのに"的な顔。俺が間違ってるの? 混浴の文化はここでは当たり前なの?」

「あ、さすがにそれはないね。あたしがメル君とお風呂に入りたいだけ」

「幼馴染か」

「ふふん、裸の語り合いこそ、友情と愛情を深める近道にゃ」


 腰に手を当て、仁王立ちする。ぷるんとした胸の小さなふくらみが主張するも、そこにタオルと女の子らしさはまとっていない。

「おまえに恥じらいってものはないんだな」

「あたしの辞書に羞恥心などないのだ」

「女のプライドもなさそう」

「はい罰ゲーム」

 いつから用意していたのか、ムッとしたルミアは木のバケツに入っていた熱水をメルストの顔面にぶちまけた。


ぶぁっつァ!」

 飛び上がり、つい物質構築能力を発動してしまったメルストは、自身が浸かっていた湯を氷点下に下げてしまう。「冷た!」と再び氷の張った湯船の氷水を元のお湯に戻した。


「さすがにそれはあるのよさ。これでも乙女だよ? 年頃の乙女だよ? 不特定多数の男にムラムラしてもらえるような身体にしてぇ気持ちだって、かわいくみられてぇ気持ちだってあるんだぜ?」

「内容と口調を一致させてから言えよ。というか誰でもいいのかよ」

「自分じゃなきゃヤだった?」

「いや、別に、そういうわけじゃないけど」

「かっわいいなぁメル君。マジ童貞くっさ♡」

「俺を殺す気?」

 傷心を致命傷レベルで受けたところを構わず、ずいっと身をメルストに近づける。乙女ならではの四肢の曲線が、濡れた体と髪によって強調されている。


「ねぇメルくぅん、あたしの裸見て何とも思わないのぉ?」と艶やかな声をわざとらしく出す。「ほらほら、なにかしら反応はあるでしょ。はいスタンダァップ!」

「できるかァ! だから困惑してんだよ俺は!」

「やだぁもうメル君ったら! そっちはもうスタンドアップ?」と頬に両手を添える。

「やかましいわ」

「いーじゃん別に見せても減るもんじゃなし。大きければいいってもんじゃないから自信もってメル君」

「いやなんで俺の小さい認定されてるの?」

「じゃあ見せなさいよ。あたしだってちっさい胸見せてんだからメル君も……って誰の胸がリンゴ半分サイズじゃコラァ!」

「急な情緒不安定やめて怖いから!」


 風呂から上がろうにも上がれず、のぼせていたメルストは、なんだかんだ隣で湯に浸かっているルミアに話しかける。

「つーかよ、この風呂作ったのって、やっぱりルミアか」

「そーだよ。すごいでしょ。水をお湯にできるしシャワーもあるし、こんなにいい温水設備あるのウチにしかないよ」


 水源豊かなこの町は、魔物こと"魔法生物ファーディ"や自然の力を使って生活を支えていることに反し、十字団は機械の力で生活を支えようと(ひとりだけ)取り組んでいる。効率云々もあるにはあるが、なんでも機械でやりたいプライドが彼女にはあるのだそう。

 最も、彼女をここまで天才……否、"天災級"にさせた"故郷"は一体どんなところなのだろうかと不思議に思う彼であった。


「これも故郷の技術? すごいな」

「でしょでしょ。もっと褒めてもいいのよ」

「神」

「雑すぎじゃない?」

 あ、でも、とメルストはふと思ったことを口にする。


「あとは排水処理だな。そのまま川に垂れ流しじゃ、河汚れるだけだし」

「そこ配慮するんだ」

「じゃないと魔物の生態系壊れるだろ。川も汚れちゃ作物も汚染するし。あ、せっかくならさ、使った水を繰り返し使えば……なんで寄り添ってくるの君。ほぁっ、ちょ、どこ触ってんだよ!」

 ざぱん、と思わず身をびくりとさせる。そんな面白い反応に、ルミアは目をキラキラさせた。

「おしり」

「痴漢!」


 舐め回すように、ルミアはメルストの男の身体を見る。その近さから本当に舐め回しそうだ。

「何度か見てるけどさ、何気にしっかりした体よねー。その割に肌きれいっていうのがねー、いいお尻してるし……なかなかいないタイプっていうか嫉妬するというか……決して変な意味で言ってるわけじゃないよ」

「そう証明したいなら両手のいやらしい動きをやめろ! それ確信犯!」

 身体を押さえつけられ、マウントポジションを取られる。これ以上はマズい、と思いつつも抵抗できずにいた。


「メル君リラックスリラックス~。あたしはただぁ、エリちゃん先生やフェミルんにスキンシップした時と同じことをしようとしてるだけだから。恒例だから」

「道理でフェミルがある日を境にルミアと風呂を入ることを拒んでいたわけだ」

 といいつつも、何かと期待していた彼は、ちゃんとした健全男児である。本心を覗けば、今すぐにでも抱擁したい気持ちでいっぱいだっただろう。

 その瀬戸際、ドアが開き、ひたりと浴室に誰かが入ってくる音が聞こえてくる。


「ルミア、先生から依頼が入ったって――」

 ぴちゃん、と一雫が浴室に響く。固まる空気。3人の固まる表情。修羅場を感じたメルストはフェミルの無表情を見、すぐに無駄なあがきともいえる訂正をした。


「ち、違う! フェミル、これは誤解だって!」

「メル君、嘘ついちゃダメだよ。あたしたち、もうふたりでひとつになっ――」

「おまえが嘘つくんじゃねぇ!」

 さらに抱きしめてくるルミアに、頭を押さえつけ引き剥がそうとあたふたする。対してフェミルは微動だにしない。次の動作が全く読めないことに、ラノベ的な制裁オチが決まるのかと熱い湯船の中で震えたとき。


「……へぇ」

 ドアをそっと閉じる。ぴちゃん、と再び水滴が落ちる音。

「なにが『へぇ』だったの!? どう捉えて納得した!?」

「あたしたち、もう引き返せないわね。どうする? あ・な・た♡」

「頼むからややこしくしないで! お願いだから!」


     *


 風呂から上がり、ぐったりしているメルストはソファに飛び込む。対面のソファに座って本を読んでいたエリシアは眼鏡を外し、心配そうに声をかける。

「メルストさん、大丈夫……ではなさそうですね。洗礼を受けたのですか?」

「あ……どうも。すごいですね、彼女。すごすぎて自分、何されたのかよく覚えてないんですよね」

「他人行儀になってしまうぐらいのすごさでしたか……あの、大丈夫です、それ私もですから」

(マジか)

 男女問わずやっていたことに一種の安堵と一抹の残念さを覚える。一人の男としては生殺しだったろうが、奥手かつはじめては好きな人からという思考を未だにしている童貞(かれ)にとっては事なきを得てよかったと思っていることだろう。


「まぁ、あのスキンシップをマッサージの一環だと受け取れば」

「人の体をあちこち触って堪能しているようにしか思えなかったけどな。てか完全に人の反応楽しんでたよあれ。あいつそういう性癖でもあるの?」

「機械いじりが趣味ですから、おそらく」

 そんなよくわからない根拠を出されたとき。メルストの元に来たフェミルも同情の心で接したのか否か、無表情のまま親指を立てる。

「わたしは……抵抗した。拳で」

「あの、何がグッドなの?」

 それで、話なんですけど、と切り替えるようにエリシアは依頼の内容を伝える。


「第8区で発生し続けてるスライムの全滅? そんなのギルドとかがやってくれるもんだと思うけど」

 メルストの素朴な疑問をルミアが「チッチッチ」と指を振る。風呂上がりの濡れた髪をタオルでかぶせ、ほんのりとした金木犀の香りを漂わせる。

「ただのスライムじゃないんだにゃあこれが」

「あ、かなり強いスライムってことか」

 ノンノンノン、と今度は手を振る。そんなルミアの代わりにエリシアが説明した。


「"レジスライム"は、強いという問題ではなくて、掃討するにはいろいろリスクが高い魔物だと聴きます。近くの村も接触して被害に遭ってるようですし」

「……?」いまいち理解できずに首を傾げる。その様子を汲み取ってくれたルミアはなだめるように言う。


「ま、そこに行けばわかるにゃ。エリちゃん先生やフェミルんとかといっといでー」

「ルミアは行かないのか?」

「パス。あそこ樹粉がすごいから、考えるだけで――へばしゅっどっせいこんチキショー!」

「なんちゅうクシャミの仕方してんだよ」

「ずびび」と鼻をすする彼女に呆れながら、こりゃあ他の人も厳しいだろうなと考える。少なくともメルストは前世では花粉症になったことがないので、完全に自分は大丈夫と他人事のように思っていた。


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