3-3-4.ギルドとの締結
このことをさっそく依頼主に話すと、何の疑いもなく許可した。おそらくよくわかってなかったのだろう。ルミアにも話を持ち掛けると、腕が鳴ると喜んで承諾した。
さらに数日のときが流れ、数々の規約や規格に基づいた検証実験も多少の課題があれど、なんとかマンディラスパイダーの糸で編まれた下地鎧の服が完成。
それは革鎧と変わりないぐらいの軽装だった。鎖帷子ならぬ糸帷子。さらに強度を増やしたいならば、生地に外装と内側に薄い鋼鉄のプレートを挟んで装着させるだけ。脚部や胴部、腕部などそれぞれ製作され、ミノの店に試験的に並べられた。
それのみならず、入れ物袋や下着、手袋などにもクモ型魔物繊維は柔い生地へ加工され、販売。大規模な大量生産はできなくとも、タンパク質模倣工場のクロマユのおかげで、ある程度の生産維持は続いているようだ。
しかしメルストが不安だったのは、買い手がどう思うかだ。あまり客の足が来ない事に関しては、営業時間を増やし、ルミアや郵便屋のユウ等と共に宣伝をしたことである程度増やした。
一番大変だったのは商品登録や税金、他の職場との提携願等の手続きだ。前世ほど法律は厳しくないも、経営経験がろくにないメルストにとっては未知の領域であった。バルク店長はじめ、ギルド所属の経営者らに頭を下げて、時に十字団の資金を支払ったりして何日もかけて教えてもらった次第だ。それでも、不慣れであったため結局はミノやルミアらに任せたが。
さらに数日のときが流れ、ぐったりしている今に至る。
「あ゛ぁ~……ひとつの売り物作るだけでこんなに大変なのか」
(いや、原材料不足とそれのコストがないだけまだマシな方か。前世だったらもっとステークホルダーいるだろうし、絶対安全を保証しないと謝罪会見不可避だしな)
本当なら、このような仕事染みたことはしたくはなかった。だが、根本からものを作ることに楽しさを覚え、時間を忘れたことは彼にとって子供以来のことだ。自分の考えが通り、実現することに、思わず微笑み――否、にやけてしまう。
閉店時、雑貨店の傍にある休憩所に腰かけていたところ、店主のミノが横に座る。
「おつかれっ、錬金術師!」
「ああ、おつかれ。別にメルストって呼んでくれてもいいのに」
「いやぁ助かった。ありがとう本当に」と両手を合わせて拝む姿勢。
「おかげで売上は順調で数カ月ぶりの黒字だよ」
「粗利は計算した?」
「まだだけど」という一言にガクッと肩を落とす。「でもまぁすぐに元は取れるさ」と怠け店主は楽観視。
「それに生地を作る所もさ、仕事ができてうれしがってた人もいたし、ギルドからも他の街へ広めるって声もかかったから、もうがっぽがっぽ間違いなしさ!」
「そんな上手くいくもんなのか」
試験的であるとはいえ、何気に新しい事業を立てたときの大変さを思い出す。
しかし問題は開発した製品だ。鉄の塊や分厚い生物甲殻を身に着ける屈強な戦士からしたら「こーんな軽くて薄い鉄板一枚と布で鋼鉄よりも頑丈な鎧と呼ぶたぁ、舐めてるとしか思えねぇぜ兄ちゃん」と笑うだろう。いや、笑われるだけまだましかもしれないとメルストはこれまでずっと不安に思ってきていた。
まぁ、商人ならではの説得法や、努力の結果もあるだろうとミノを心の中で評価した時。
「半分はあたしといろんな友達の流通協力に宣伝に営業、もう半分はエリちゃん先生の交渉と幸福・運気アップ儀式のおかげだにゃ。まぁぶっちゃけメル君の評価データと耐久試験の実演がなければ納得させるのも厳しかったさね」
横から出てきたルミアが口を割る。大変だったんだよ? と言いたげな顔だ。
「おまえ何もしてねーじゃん」
「いやいやいやいや、がんばったよ僕も」
「経営をか」
そりゃ個人事業主として当然だろと言わんばかりの目。なんで自分がそれまでもやろうとしたのかと今思えばおかしいようなと感じている。
「ま、この僕が頑張るだなんて、あのジェイクが清楚になる以上にすごいことだからね」
「「それはない」」とふたり同時に即答。胸を張っていたミノも「そんなぁ」と肩を萎ませる。
「あ、そうだメル君。これギルドからきたんだけどさ」
ルミアから渡された色褪せている手紙。使い回されてるなぁ、と思いつつ、内容に目を通した。顔を寄せてルミアも目で追う。
「なんか、お互いに協力し合おうって感じだね。とルミア。「パイプを繋げるというよりかは糸一本結ぶ程度なあたり、まだまだ信頼の域じゃないけど」
「まぁ今まではあんまし十字団とは関わろうとはしてなかったよね、ギルドって」
「どういうこと?」
ミノの言葉が気になり、メルストは訊く。それに答えたのはルミアだ。
「実はね、十字団って結成してからまだちょっとしか経ってないし、地元の困ったことのお手伝いや国レベルで暗躍する仕事がほとんどだから認知度がこの町程度しか知られてないんだにゃ。あとは風の噂が社会の裏方に流してくれてるだろうけど、表の世間じゃ知ってる方がめずらしいってぐらい」
「じゃあ宣伝も兼ねて、王国機関だけじゃ掴めなかった情報を共有してくれるってことか」
「そうだね。天才とは言えどもあたしらだけじゃ限界あるし、王族や騎士団の立場じゃ、市民の目から見える世界なんてわからないだろうからね」
夕日を浴びて、なんだか感傷に浸っているようにも見えるルミアは、バッと振り返る。なんとも綺麗な笑顔だとふたりして思った反面、口から出た言葉はなんとも汚かった。
「てなわけで、ミ・ノ・くんっ! ここまでしてあげたんだから、それなりの報酬をいただかないとね。当期純利益の4割はあたしらのもので」
「……ほえ゛え゛!? 高くない!?」
変な声に吹き出しかけたメルスト。だが、今のルミアの一言はさすがに耳を疑った。
「これでもサービスした方よ。こっちだって無償でやってるわけじゃないんだから。あたしらだけよ? 金融機関代わりに無条件で融資してくれんの。エリちゃん先生の慈悲がなければ金利も協賛金も含めてたんだから」
「いや僕の店別にメイカーじゃないから協賛金はいらなくない!?」
(だとしても高いよな……)
「メルスト、なんとかして! 僕たち友達だろ!?」
救いの目をして胸ぐらを掴む。拾ってくださいと懇願している捨て犬のような顔に、うーん、と唸る。
「まぁ、そうだけど、都合のいい友達になった覚えはないよ」
「それ君らのことだよね!?」
「世の中物資と金さね」
そう言い、黒い笑みを見せる。両手には黒色火薬が詰められた自作爆弾。なるほど、これはダメなやつだ、とメルストは逃げる態勢を整える。
「ルミアちゃん黒いよ! 目を覚まして、金食いジェイクに感化されてるよ!」
「いや、元からこうだから」
「くそったれ、こんなとこでくたばってたまるか! 僕はこの稼いだお金で……ジェイクのいる色街に行くって、店を開いたときから決めていたんだ……!」
「これはやっちゃってもいいかもしれない」
「この変態! チェリーボーイのまま爆発するがよいわ!」
酷な爆発宣告をしたところで、ミノは身の危険を感じたのか、
「僕は滅びぬ! そこに慰めてくれる美女たちがいる限り、何度でも甦るさ!」と高笑いしながら逃げていった。
後を追うルミアと逃げるミノの姿は夕日と共に消えゆく。そんな様子を眺めながら、ふぅ、と一息つく。
「ミノさん大丈夫かな。……まぁ死にはしないか」
(ルミアの説得には骨が折れるけど、後でなんとかしよう)
傍に置いてあるマンディラスパイダー製の入れ物袋を手に取る。どれだけ引っ張っても、槍や剣で切ろうとも、炎にくべようとも、びくともしない素材。
しかし、糸の構造を視ながら、分解するイメージを浮かべる。たちまちにタフな繊維は炭と化し、ぼろぼろと粉末が手からこぼれ落ち、また一部は水蒸気に変換していった。
(どんなに頑丈でも、根を絶てば一緒か)
「ま、それがおもしろいところだけどな」
黒い粉末を握りしめて立ち上がったメルストは、帰りを待っているエリシアやフェミルの家へと向かう。
握った手を緩める。店の前に置いていくように小さな音を立てて地面に落ちたのは、炭の粉ではなく純粋なダイヤモンドの粒だった。
エリシア「メルストさん、私がやるのでいいのですが、ちゃんとお部屋の服やお布団は畳んでくださいね」
メルスト「あ、ごめん。気を付ける」
エリシア「実験室はとてもきれいに片づけて整理整頓もお掃除もこまめにされてますのに、自分のお部屋だと全然掃除されてないのが不思議です」
メルスト「実験するとこは綺麗にしておかないといろいろ結果に支障出ちゃうから」
エリシア「お部屋も綺麗にしないとメルストさんの御身体にも支障来しちゃいますよ」
メルスト「そうだなー、自分の部屋が汚染地帯になったら本気で掃除するかもしれない」
エリシア「どういう状況ですか。でもメルストさんがお望みなら、私が魔法で――」
メルスト「わーやめて! わかった! やるから! ちゃんと週一でするから!」
エリシア「毎日してください!」
次回:大樹でスライム討伐