3-3-3.錬金術師の糸革命
それから6度ほど太陽が昇り沈みした頃。
クモの魔物ことマンディラスパイダー3頭を錬金工房室の中に連れてほぼ籠り切っていたメルストが、ふらりとドアを開けて出てくる。疲れているのかと思いきや、なにか面白そうなことを知ったような、楽しげな表情だった。
おつかれさまです、とハーブティーを差し出したエリシアは、話を伺ってみる。彼の口から出てきた話に耳を疑うと同時、ミノの抽象的な依頼に応えられるような素材かもしれないと感じていた。
「糸を鎧にですか……? 捕獲用の網とかではなくて」
「それも考えてるけど、そのまま使うには扱いづらいだろうし、まずは自分の身を護るものを作らないとって思って」
資料や今までの騎士、ギルド関係の戦士を見る限り、重々しい金属素材が主だとメルストは捉えた。また、軽装用は革や軽金属、鉱物との簡易的な複合材が多く、防御性が心もとない。
魔法生物の素材を使った防具装飾はあるにしろ、種によっては稀少あるいは高価である。それを追い求めるのが冒険者のロマンであり、ギルドの経済を潤す糧にもなるのだが。
「あ、でもそのような話は聞いたことがあります。あの巣の構造が衝撃を吸収するんですよね」
「巣の形も確かに緩衝しやすいかもしれないけど、捕縛網ならともかく堅固な鎧には不適かな。糸そのものを繊維にして、層状に何枚も圧をかけて重ねる……のが良いのかは紡績してる人に聞いた方が早いかもな」
「でも、糸が鎧になる話は聞いたことありません。ましてや、金属よりも上回るだなんて」
信じる方が難しい話だよな、とメルストは心の隅で思う。単純で信じやすい彼女でも理解に苦しんだことだろう。
「全部が全部じゃないけど、もちろんそれだけで成り立つ訳じゃないよ。糸同士の間隙はあってはならないし、表面は金属使うし、なにより欠点を補うための複合化や積層化は欠かせない。けど、これまでの鎧よりもかなり身軽になると思う」
「軽くても強度がなければ元も子もないとは思いますが……」
「クモの糸って、すべての繊維の中じゃ世界随一の靭性をもってるし、糸を出す魔物の類ならさらに強度が高いはず。少なくとも、比重あたりの引張強度とヤング率の面では鋼鉄の5倍は強いし、重さあたりのタフネスに至っては約300倍、は越えてたかな確か」
両手で鉄と炭素を創成し、鋼鉄へ構築したそれをカンカンと手の甲で鳴らした。
彼の言葉に、さらに驚くエリシア。「ただ、水に濡れると収縮するデメリットがあるから、撥水性とか吸水性とかのフォローは避けられないね」と付け足す。
「で、ですがそれならば重いものを吊るす牽引用のロープや弦が向いてるのではないでしょうか。剣といった刃物相手に繊維が勝てると想像できないのですが」
「鋭い質問で俺も切れそうだったよ」と冗談を言ったが、「え?」とわかってない返事がきたので、恥じらいを押し込んではそのまま話した。
「耐切創性や突刺し抵抗に関しては、試した限り致命的な問題はないかな。最密充填構造なら防刃の効果は十分にあったし、まず糸が刃物に切れないと言う話はそこまで珍しくも……ああいや、一概にはいえないけど」
前世基準で話してしまった彼はすぐさま訂正した。それに加えて、とさらに補足する。
「運がいいことに、高い耐熱性と耐火性があるマンディラスパイダーは糸も燃えにくいからな。あと昼行性だからか紫外線……じゃなくて、太陽の光に対しても劣化しないどころか強度が向上したし。あ、酸やアルカリの類は弱いけど」
「でも、毒があるのですよ? マンディラスパイダーだと糸に含ませるタイプですし、そんな危ないものを身に着けたら……」
これまで、クモ糸を利用しようという試みは、過去の勇気ある錬金術師の間であるにはあった。
だが、魔がうつると言われ、携わる人は少ない上、事実として危険。切れないロープとして利用しようと、粘性や毒をなくす研究がされていたが、いずれも牙毒や糸毒による死を遂げて以来、クモを研究する者はあまりいない。
せいぜい、弱酸か熱した茶溶液で粘性が取れることまでしか知られていないと三年前の資料に書いてあったとメルストは書斎で立ち読みしていたときのことを思い出す。
「訊きたいことあるんだけど、蜘蛛を飼う話とか聞いたことある?」
「魔物を飼う……確か、それを行って命を落とした学者様の話は耳にしています。……メルストさんがあまりにも自然に扱っていたとはいえ、思えばかなり危ないことしていますね」
それ以上の危険な存在がふたりもここに同居すれば、魔物の一匹や二匹程度では大したことないと捉えられる発言に、彼女の感覚的麻痺が伺える。
(死ぬ事例があるんだ……あ、魔物だからか)
「クモって、共食いするから養殖虫みたいに大量生産できないんだよな。糸を作るのも普通は7日かかるし、人の手で育てるのは難しいと思う」
狩って採集するのではなく、それを繁殖させようとした考えに、彼女はまず意外だと感じた。やはり変わっているところがあると、エリシアはメルストの話を聞き続ける。
「けど、それを解決できるおもしろい生き物がいるってのを最近知ったんだ。そういえば服の生地って、何で出来ているんだっけ」
唐突な質問。というよりかは若干物忘れしてるような聞き方だ。何故と思いつつも、一通り挙げるエリシア。
「綿や亜麻、網海藻や石綿、鱗革……あ、動物毛や絹でしょうか」
「そうそう、シルクだ。それって蚕から取れるんだけど、そのカイコじゃなくて、実は日の目にさらされていない野性のカイコの方も役立ったりするってことがわかった」
「野性の? いるのですか?」
腰に提げていた小さな木箱を開け少しゆすった後、テーブルの上へ箱の口を下向きに傾ける。転がって出てきたのは豆粒サイズの黒い楕円形の虫。突然の明かりにびっくりして縮こまっているようだ。
一般的には知られていない何かの幼虫でさえも、歩く大図書館付属の教会こと大賢者は既視感の反応を向けた。
「これって、クロマユじゃないですか。畑どころか民家の骨組みも、人の身体も食べるといわれる害虫ですよ」
「けど、この害虫が益虫に変わるんだ」
それこそ必要不可欠なカイコほどに、とメルストは自信もって言う。
「どういうことですか?」
つんつんと虫をつついたり、ころころとクロマユを転がしてみるエリシア。そのしぐさが、とてもかわいらしい。
「この虫観察してたらな、書物にある通り葉どころか肉も食べるし、それどころか布でも砂でもなんでも食べるんだよ。毒草も毒虫の死骸も大体はへっちゃら」
そう言い切れるということは、現に試したことがあると言っているようなもの。解剖もしたらしく、カイコと比較すれば一部を除き、ほぼ同じ体の構造だったとメルストはいう。
またも服の内から取り出した何かの糸を、小豆のような虫の前に置く。すると、身体をちょいと伸ばし、ちょびちょびと食べ始めた。
「で、その食べた成分が分解、再構築されて糸となる。ちなみに鉄粉をそれぞれの個体に食べさせたら鉄糸……にはならなかったし、ほとんどが糞として出されたよ。少しは使えるかもしれないけど、異物としてただ混ざっただけ」
「でも」と続ける。強調したような口調だ。
「その糸に含まれてた毒はほぼ無毒化して糸と化合してたんだよ。解毒じゃなくて、ろ過みたいに分離というか……なんというかな。毒を受けるんだけど、結果的に内部脱皮して死ぬには至らない、みたいな。そうすることで吸収したタンパク質を必要か不必要か選別して、自分の糸にする」
現にシルクを食べさせてみたら、ほぼ同じ構造と組成の糸ができたと彼は言う。まだはっきりとした成果は出ていないが、一度組み込まれたタンパク質系の成分は遺伝すると仮説を立てた。
「一度食べたものを自分のモノにして、後世に継いでく……」
「つまり、魔物の構築物をマネて、それを糸として吐き出す。より強い糸を作って、自分と子孫を護るために。だと思う」
はぁ、と何とも言えない感嘆のため息。
「ということは、メルストさんは……蚕モドキから蜘蛛の毒抜き糸を作ってもらおうと――」
「うん。処理したクモ糸を食べさせて、それが強い素材だと認識させるつもり」
エリシアは思わず席から立ち上がり、メルストにぐいっと近づいた。きらきらした目には、感激以外の言葉で表しようがなかった。
「すごいです! これなら素晴らしいものがつくれますね! それにしても、どうしてそんなことまでわかったのですか?」
「え、えーと……好奇心と観察と実験で。あとは直感。というか近いですエリシアさん」
普段の観察から性質を知り、そこから疑問や着想を得、実際に試してみる。それを繰り返して記録していたものの、やはり確証を得た根拠は、自分の能力に頼ったに過ぎない。しかし能力に関しては上手く説明できなかったので、誤魔化しつつ冗談交じりに笑う。
だが、それでも純粋に尊敬している眼差しに、メルストは照れくさくなる。これまでベタ褒めされることがほとんどなかった彼は反応に困り、すぐに話を戻した。
「で、問題は紡ぎ方だな。たぶん緻密にして、何層かに重ねて一枚の生地にできればいいかなって思うんだけど、服を織れる職人に会わないと。売るよりもまずは試作品作っていろいろ検証しなきゃ」
「確かに、そうですね。家内で紡績はできますけど、ルミアのお友達が布の生地作りをしていたり、服のデザインをして編んだ服を売っていますよ」
「あいつ顔広いな」と感心。
「しかもその内の一人が、ミノさんの妹さんです」
妹いたのか、とミノのやる気なさそうな顔を思い浮かべる。なんとも無気力な妹の想像図が頭に出てくる。あてにできるかどうかはわからないが、少し不安に思っただろう。
「ますます頼みやすいな。じゃあそれについてはルミアとその人たちに頼むか」
2019.7.27追記:
本編のように生物に頼りきりにせず、化学の力でクモの糸を合成する研究は進んでおります。アミノ酸エステルを原料として、化学酵素重合・重縮合の過程を経てクモ糸タンパク質のアミノ酸配列に類似したマルチブロックポリペプチド(結晶性を持つ高分子のようにハードブロック(結晶)とソフトブロック(非結晶)が繰り返されている構造)を合成したと報告されています。詳しくは以下のURLより(ケムステのサイトと論文のページに飛びます。ちょっとだけでも関心を抱いてくださると大変うれしいです)
https://www.chem-station.com/blog/2017/02/spider.html
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsmacrolett.7b00006
2021.8.17追記
念のため大学名等は伏せますが、クモ糸が思ったより複雑な複合材料であった(遺伝子MaSp1とMaSp2だけで作られておらず、MaSp3Bと協調的に糸を形成していた)と同時、新規発見したクモ糸タンパク質「SpiCE(Spidersilk Constituting Element)-NMa1」を従来の人工蜘蛛糸に配合することで物理特性を2倍に向上したと報告されました。マルチオミクス解析が肝となっていますが、作者は全然わかりません。
詳細はDOI含め、以下のURLより閲覧できます(大学のプレスリリースサイト)
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-07-29-0
※
・ガバがありましたら申し訳ありませんが、この世界ではプロテインやタンパク質のことをプロテンと称されます。
・カイコやクモという前世の名前が出てきますが、異世界での名称にしていません。私自身の混乱もありますが、時間が空き次第、修正できればと思います。




