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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
32/214

3-3-2.グリーン・ヘリスの庭園と蜘蛛の巣窟

 そのような会話からおよそ20分後――。

 エリシアの転移魔法で向かった先は、アコード王国第4区の辺境地にある"グリーン・ヘリスの庭園"という巨大な森。

 そこに生える樹のすべてが100~300mを越える苔ばった大樹と、それらを支えるツタのネットワーク、巨木を支える肥沃な緑の大地。石のように針状結晶化した、魔力ふくむ水分や樹液が地面や幹から突き出ている。


「昆虫に乗れるなんて、子供の時ぐらいしか夢見てなかったな」

 木々のアーチトンネルを、メルストらは彩り溢れる鱗粉翼をもつ、各々の"蝶鳥モルファビス"の背に乗って潜り抜ける。

 木漏れ日差し込む先は、新緑の絨毯にガラス色の水流、そして音なく歩を進める全長200mほどの"竜脚麒麟サウロテリウム"3頭。横切ったとき、その苔色の巨躯に、灰緑の地衣類や小さな木が宿っているのを目にする。背に留まっている鳥獣の糞が、肥沃土として草木を育ませたのだろう。


「かつて妖精たちの手によって、この森だけ巨大化を遂げているんです。精霊族フェニキア妖精種フェアリーは自然を豊かにさせる力がありますので。ただ、少しばかり手を加えすぎることもありますが」


 確かにな、と思うメルストは密集した緑光の空を仰ぐ。巨人でも住んでいそうだ。


「精霊族か。フェミルも精霊族だったよね」

「……古霊(ハイエルフ)妖精フェアリーは、根はおなじ、だけど……ちがう。自然の意志を、読み取ること……できる、けど、ゆたかにする、力は……んー、ハイエルフは、そこまで……ない」


 ぽつぽつと話す彼女も、それなりのテレパシーはできるのだろう。そう思ったときだった。


「なんだあれ。タンポポの種みたいに飛んでないか?」

「あれ……ちがう」

「子グモの群ですね。バルーニングをして遠くへ移動してるんです」


 綿毛のように風に流される白糸の先端。凝視すれば種子ではなく、身を丸めた蜘蛛の子だ。次々と飛び込む新鮮な光景に、彼は何度驚いたか。


「糸をパラシュートみたいに使ってるってことか。だとしてもサイズがおかしいだろ……」

「ここらで降りた方がいいかもしれないですね」


 エリシアを筆頭に、ゆらゆらと宙に浮いている苔地に着陸する。その標高は100mあたり。下を見、彼は身震いをする。


「一番下にいかないのか?」

「目には見えないのですが、ここから下は川です。ほら、魚が泳いでいるでしょう?」


 うそ、とメルストは浮いている苔地より下の空間に手を触れてみる。液体という感触はなかったが、強い抵抗感。それもそのはず、高密度の気体が堆積し、流動していた。

 人が一息でも吸えば失神する気体濃度。そんな中で、ヒレの大きい魚の群や、カンブリア紀にいそうな独特とした形状の浮遊生物が空中を泳いでいる。

 苔土も空に浮くわけだ、と彼は納得しつつ子グモが飛来する空を見上げる。


「いやー、空も危険だ。びゅんびゅん飛んでる」

「あ、メルストさん。蜘蛛クモを参考にするのはどうでしょうか。アコードでは蜘蛛型魔物の素材を使ったものが広まっているとはあまり聴きませんし、巣に稀少な素材がくっついているかもしれません」

「じゃあそうしよう」


「そういえば、フェミルは風を操る魔法を扱えましたよね」

「うん……どこに向かえば、いい……?」


 既にフェミルは風を纏い、腕に疾風を集中させていた。人間の魔法のように周囲の力を借りず、自らの力で魔法を発動させるのは精霊族ならではだろう。

 あちらの方面です、というエリシアの指示に従い、腕から発する風力で苔地の船舵を切った。



 そうしてたどり着いた先。地に足を付け、彼らの目的のものはあるにはあった。


「俺の知ってる蜘蛛の巣じゃねぇ」


 骨組みともいえる縦糸と粘球がある横糸で組み合わされた円形。その中央に一匹の蜘蛛が居座っている。それが、彼の知る前世の蜘蛛だった。


 だが、この森に巣食うそれは、複雑なジャングルジムのように、3次元構造となっている。複数の面の巣が囲まれている中に、複層の立体的な幾数の巣が張り巡らされている。その巣に居座る、ダブルベッドほどの大きさをした色鮮やかな蜘蛛、3匹。

 この巣は一軒家ではなく、シェアハウス制らしい。


「洞窟で見るものとは全然大きさが違いますね。構造も特殊です」

「あれも魔物なの?」

「ええ、"マンディラスパイダー"と言いまして、身軽な割に外骨格がかなり頑丈です。肉食で猛毒を持つ上に、脚部のトゲはナイフに匹敵します。あと、熱耐性もあるらしくて、燃えにくいです」

「それ蜘蛛じゃないよね」

 説明口調で話してくれたエリシアに、素の感想を伝える。


 太い糸の束に無数に付着している粘球。その密集度は高く、粘性の無い糸の部分は指一本分もないだろう。

 傍の地面に繋ぎ止められている糸の根元に触れるなり、"組成鑑定"が発動。無数の緻密に絡み合った構造式が視界に広がる。


(うわ……複雑。アラニンにグリシン、あとチロシンとかのアミノ酸……規則正しい結晶性とことゆるゆるな非結晶性とこが繋がってるし、たぶん"フィブロイン"かなこれは。粘性糸には"リン酸二水素カリウム"と無機物ミネラルが多い……普通の糸にもわけわかんねぇ構造のタンパク質が含まれてるし、もしかしたらいろんな物質を採収できるかも)


 メルストは物質構築能力や分解能力で糸の構造組成を組み替えたり、結合を解いてみたりする。最終的に縄のような一束の太い糸を、気体と水に変えてしまったメルストは、


(物質構造組換できるなら、表面だけでもこの糸の粘性も消せるんじゃないか?)


 と仮説を立てた。大雑把にやるとしても、表面の糖タンパクの構造から無機質を別離すれば粘性は消える。

 唐突に、ビュアッ! と風の音が耳を劈く。レーザービームを思わせたそれは、魔法で召喚した一本の槍。クモの巣をかいくぐり、一匹の大型蜘蛛の横腹に突き刺さった。そのまま下層へと落ちていく。

 投げたのは、涼しげな顔をしたフェミルだ。


「さすが妖精界の女王護衛騎士というか……マジかよ」

「……思ったより、かたい」

 貫通できなかった、とも言い換えられる一言に、彼女の実力が伺える。


「発育がいい分、クモも頑丈なんだろうけど……マジかよ」

 語彙力のなさが露呈するほどに、メルストは唖然としていた。


「他の二体は軌道的に難しそうですね。直接倒すしかないと思います」

「じゃあ、俺行くよ。いいこと思いついた」

 靴を脱ぎ、裸足となったメルストは巨大な蜘蛛の巣へと駆け出した。


「メルストさん!? 素手で挑む気ですか!」

「大丈夫! これでもいろいろ練習してるから!」

 元気よく返したメルストは糸の橋を走って渡る。彼の物質構築能力を足の裏で発動し、糸の粘着性の組成を粘性のない糸へと瞬時に組み替えていた。

 巣の重みを感知した2体のマンディラスパイダーは、一斉にメルストの方へ身体を向ける。


(巣の下は……茂みか。そこまで高くはないな)

 白銀のプラズマが腕に走る。膨張した両腕からマグマのように紅く熱された溶解金属元素"オスミウム"をドバッ、と大量に放出。それを"構築能力"で重力に逆らうように熱い液体金属を操作する。マンディラスパイダーを捕獲すると同時、熱を急激に下げては青白色の金属へと状態変化させた。


 1000℃以下の高熱金属の塊に、胴体を飲み込まれたマンディラスパイダーの体表面はジュゥウウ、と溶けかける。高度の不燃性と熱耐性があるだけのことはあり、形は辛うじて保ったまま。

 元素の一種であるオスミウム金属は全金属の中で最も密度が高い為、重い。身動きできず、金属の塊になってしまったそれは、巣から転がり落ちるように下の茂みへドスンと重い音を響かせた。


(高温だとすぐに酸化して"四酸化オスミウム"になるんだよな。そうなったら毒性の高い揮発ガスが発生するから、運が良ければ2体とも倒せるはず)


 しばらくしてからオスミウムを取り除くとしよう。そう考えたところで、揺れては弾む糸の橋に鳥肌を立たせつつ、呆気にとられているエリシアとフェミルの下へとすぐに戻った。


「……」

 フェミルは無言のまま、じっと見つめるばかり。かと思えば手足をなめるように見ているが、なんだか眉をひそめてなくもない。不可解なものでも見るようなそれは、変な目で見られているとメルストも思ったことだろう。


「やっぱり俺のやり方、ヘンだったり……?」

「……さっきの、いやな空気、出てた」

 むっと困ったように眉を寄せるフェミルだが、かなり不満そうだと察したメルストは、内容を汲み取り、気まずそうに早口で述べた。

「あっ、そ、そうだよな、ごめん。こういう環境で毒性の高いものを出したらよくないよな」


 種族上、風や空気、魔力や気配に敏感であるために、人間以上に強く感じたのだろう。ちょっとした間、次は何を言われるんだろうと彼はドキドキしたが、「次、気を付けて」と一言告げてはふいとそっぽを向き、風魔法をまとっては下層へと向かった。自分が仕留めたものを回収しに行くんだろう。


「やっぱりまだよくわからないな、あいつのこと」と緊張の糸がほどける彼に、エリシアは口を開く。

「フェミルは奮って接しようとしていますから、私たちも理解する努力を怠ってはなりませんね」

「そうだな」と頭をかく。「判断間違えたな」と声を落とす。

「人は皆、間違いを犯しますから」と一言。それに、と続ける。


「魔力を感じないメルストさんのお力は根源的なものかと考えていましたが、それによって生み出される過程が魔法のプロセスでない以上、フェミルにとっては異物だと捉えてしまうのかもしれませんね」

「こればかりは仕方ないよな。なんとか受け入れてもらいたい……いや、フェミルにも安心してもらいたいよ」

「ゆっくり時間をかけていきましょう。彼女もきっと、友好な関係を築きたいはずですから」

「そうだな」と考え事をした顔を浮かべたままうなずく。

「よし、早いとこ回収を済まそう。クモに使える素材ってあるかな」と崖下へ見下ろす。


「外骨格を加工して武器を作るのもいいかもしれないですね。脚の棘もナイフにできそうです。それか毒を何かに利用するとか」

「それも考えてるけど、一番の目的は糸だな。たくさんほしいし、次は生け捕りしたい」

「糸ってことは、布を作るのですか? 虫で糸といえば家蚕かさんなのですが、クモ型魔物の糸を使うのはあまりおすすめできませんよ……その、糸にも毒がありますし」


(変わった構造を見たと思ったら、毒だったのか。組み替えて良かった)

「んーまぁとにかく、このクモで験してみたいことがある。これだけ糸を出すならいろいろできそうだ」

 崖下の茂みに埋まり、もがいているクモ二匹と刺殺された一匹。まずは糸の回収だなと、メルストは視線を下から前へと向けた。

【補足】※メモ程度です。

精霊族(フェニキア)妖精霊(エレミン)を起源に進化した種族。

・妖精種:フェアリー種。最もエレミンに近い種。非実体型と実体型を可逆的に変化が可能。羽の生えた小さな人型が伝承されている。

・古霊種:ハイエルフ種。フェアリーの次にエレミンに近い種。基本的にはエルフに近い姿だが、比較的長寿であり、エレミンそのものに変化することも可能ではあるが、滅多にしない。妖精の国シェイミンの外や浄化された聖なる地でないと"穢れ"を蓄積し、衰弱しやすくなる。

・夜精種:ダークエルフ種。地下ダンジョンの環境で独自進化したエルフ種とハイエルフ種の中間種。に対し負の走性を示す。十字団も依頼次第ではダンジョンに向かうこともあるが、エリシアとロダン除き、誰も出会ったことはない程度には珍しい。記録上、実態がよくわかってないらしい。

・森人種:エルフ種。人より数倍寿命が長く、妖精の国以外の国でも問題なく活動できる、比較的人間に近い種。とはいえ、異なる点は体質や文化含め多い。

地底族(ドーラ):ドワーフと同義。進化系統的に精霊族から派生しているが、種族の発展速度はすさまじかったため、独立した種族だとかつて誤解されていた。

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