3-2-3.アーシャ十字団、正式加入
この男こそが、エリシア率いる十字団をまとめる責任者。
エリシアをチームリーダーとするなら、ロダンは監督だろう。メルストなりの解釈をしたところで、向けられた声に応え、握手を交わした。
「最近、中々お顔を見せに来ませんでしたので、どうなさられたのかと」
「それだけ、王女が立派になれたということだ。直接俺がいなくとも、十分にやっていけている……と言っても納得されないだろうな。ここのところ危険な魔物がやけに騒がしくなっているのもある」
「大丈夫なのですか?」
「治まってきている傾向はみられる。もうしばらくすればそちらに戻れるだろう」
あの町と、あの賑やかなふたりの顔も見てみたくなってきた、とロダンは冗談交じりに笑う。さて、とフェミルを見るが――。
「精霊族の者。確かフェミル君だったな、君は確か……いや、なんでもない。緊張がほぐれたときにでもまた伺おう」
メルストを盾にするように姿を隠した。参ったなと苦く笑ったロダンの視線は、自然とメルストに映る。
「メルスト君、だな。奴隷解放の件で噂は聞いていたが……わかっただろう。アーシャ十字団がどういうものか」
「……? 危険だということでしょうか」
真剣な声に、確認するように訊い返したメルスト。ロダンは頷く。
「それもある。まぁ危険とはいえ、紅魔竜をその手で討ち取った実力は並大抵じゃないが、それでも……本来十字団は、騎士団やギルドのように志願すれば入れるものではない」
ジェイクやルミアの言葉を思い返す。十字団は、特別な――言い換えれば、奇異な者の居場所として与えられた組織だ。
秘密裏ではないが、公にされていないことは、メルストも承知していた。事実、エリシアという国家重要人物も、王女として知られているのは王国でも一部のみ。大賢者としての名前の方が広く知れ渡っている。
「……つまり、どういうことで……?」
「君の実力は、それこそこの国に必要な力となる。――とはいえ、君はあのヴィスペルで発見された……いわば要警戒人物だ。ある程度しかエリシア大賢者から話を伺えてないが、そこらの身元不明者や犯罪者とは訳が違う」
その大陸にある収容所は世界中の大罪者や歴史的大犯罪を犯した極悪人らが終身刑や処刑、ないし死ななければ封印されていたという場所だ。そこにいた以上、メルストがそのような人種である可能性は否定できない。
「故に、その身柄を厳重に拘束し、得た情報の次第では……国外追放か処刑する結論に至るのも固いだろう」
「っ、ロダンさん、それは」とエリシアが口を出す。
「無論、彼に悪しき心はないという大賢者のお言葉は尊重している。故に、彼のある程度の自由を許した。これはあくまで可能性の話で……それを決行するか否かはこれより決めることだ」
斬り伏せるような目。潰されるような重い声。心臓が握られているような緊迫感。指先ひとつ、口から出た言葉ひとつで運命が反転しそうな時間に、メルストは呼吸すら殺す思いだ。嫌な汗が背中に不快感をもたらす。
(そうだよな……これが普通なんだよな。まだこちらの意思を尊重してもらえているのがありがたいくらいだ)
ここ数日、なんの不自由もなく生活できたのは、たまたま十字団に拾ってもらったのと、そこに所属する大賢者と団長の権限および厚意で許可されていたのだと気づく。しかし王女エリシアを助け、その行動が評価されることと自分自身のこととは話が別だ。
身柄を拘束しなかったのは、単なる情にすぎないのか、警戒対象故を刺激させないようにし様子を見るためか。いくら考えようとも、目の前の国家最高権力者らの意向など、この世界のことすら知らない人間にわかるはずがなかった。
「さて、フェミル君」と軍王はハイエルフの騎士へと体を向ける。「君は一時期奴隷として過ごしてきた身とはいえ、秀でた戦士だと見受けられる。妖精国のこともあるだろうが、"穢れ"が浄化されるまで、この国に滞在することを推奨する。その間は、是非とも王の盾として"聖騎士団"に入団してほしい」
「え……?」
(聖騎士団って確か……)
アコード最高戦力とも称される聖騎士団。一般的な軍のそれとは遥かに戦力差が異なるといわれ、団員一人一人が、一騎当千に相当する。
だが、戸惑うメルスト等。訳を問おうとしたとき、ロダンは口を走らせる。
「――というのが、君たちの今後の処遇についての、ラザード王の意見で、俺も賛同していたことだ。だが、いま君ら二人の姿を見て気が変わった。これからも十字団に居てくれないか?」
「っ?」
その表情が一変し、和らいだように見えた。
なにがなんだか、というメルストの表情。まず驚いたのはラザード王。信じがたいような顔だった。
「ロダン……!? 十字団がどのようなものか、おまえが一番わかって――」
「そうとも。その上で、俺は決断した。ここで焦って適当な処置をしたところで後悔するのはラザード王、貴方の方だぞ」
「ということは、フェミルも……?」
「確証はないが、曖昧なままどこかに置かれるよりは良いだろう」
エリシアも察した様子。「まさか」とラザードも驚き困惑する。だが、メルストとフェミルはわからないままだ。
「な、なんのこと?」
「……わたしたちも、かわりもの……?」
フェミルの呟きでメルストは「あ、なるほど」と納得してしまったが、彼らの驚きようを見ていると、それだけにとどまらないような気がしてならない。
(もしかして神に選ばれし者、みたいなノリ……なわけないか。国家レベルの要警戒どころか即処刑対象のレッテルを差し置いて十字団に留まらせるって、きっと相当の理由があるはず、なんだろうけど……団長はどこを見て判断したんだ?)
「話を混乱させてしまってすまない。つまりは、この先も十字団に居てくれ、ということだ。ふたりとも、それで良いか?」
自分の常識では理解しがたい、彼らなりの葛藤があったのかもしれない。そうメルストは思いつつ、フェミルとエリシアの安心したような目を見ては、口を開いた。
「いえ、こちらからもそうしていただければ大変助かります。誠に感謝申し上げます」
このままの生活を維持できるなら、メルストも望んでいたことだ。ロダンに対し深く首を垂れた。
「すまないな。助かる」そうロダンは強面を緩めた。反面、未だ納得するのに時間を要している王も、話を切り出しては気持ちを切り替えた。
「そうだ、十字団の加入で思い出した。ロダン、"あの女"の件についてだが」
「まだ来る気はないんだろう。話は聞いている」と苦笑。「休暇が必要なんだよ。彼女ならなおさらだ」
「しかし……」
「そのために管理下の土地に"あいつ"と住まわせているんだろう。どちらにしろ、今はそっとしておくのが互いのためだ」
「……なんの、はなし?」
国王と軍王の小言に近い会話に、フェミルが辛うじて耳を傾ける。気になったフェミルの一言を、メルストは「さぁ?」と返した。
「ともあれ、十字団の結成当初はどうなるかと思ってはいたが、この調子でいけばなんとかなりそうだな」
「まったく、ラザード王も見極めが衰えてきたか?」と笑うロダンに続けてカーターが言う。
「ロダン様の仰る通り、王も齢ですので後を継いでゆっくりご養生なされてはどうでしょうか。お墓で」
「儂に何の恨みがあるのか教えてくれると嬉しいんだが」
「いえ、エリシア王女も嫁入り時ですので、せっかくの美しい殿方がここに現れたとなれば――」
老躯とは思えない駆け出しでメルストに迫り寄る。焦りを見せつつも気迫ある顔に脅えるも、一瞬だけエリシアに似た何かを感じた。
「メルスト・ヘルメスよ。娘に手を出したら分かっているね……!?」
「あ、えと、はいぃ……ッ」
「いい歳してみっともないですよ、国王様」
「まったくだ」とロダンは大きく笑う。「カーターさん! 変なこと仰らないでください!」と顔を赤くしたエリシア。親子そろって冗談が通じていないことに、またもロダンは笑い続けた。
*
空が赤く染まりかける頃。報酬と物資をルマーノの町に転送し、王妃カミーラの墓参りの帰りにエリシアが話してくれたことを、メルストは理解した。
「つまり、"負の荷力"が俺達には強くあるってこと?」
自然法則には必ず正と負が対極して存在する。
この世界の人間にも正負のいずれかを担っており、その者の得た人生によって、正負の値が変動することもあれば、固定されたままというケースもある。それを抽象的な観念で一部の異世界人は捉えているという。
「ええ。"正"と比べて"負"の力をもつ人たちはかなり少ない上に、それが強いとなると稀です。十字団は、偶然にも"負の荷力"が非常に強い者達が集まりました。おそらく、引き合うものがあるのでしょう」
「はぁ……ややこしいな」
正と負は強さの度合いで周りに影響を与え、正負の数値を変動させる及び逆転させるともいわれる。
それは人同士にのみならず、環境――すなわち妖精霊や魔法生物などの相性にも関わってくる……とエリシアは説明するが、あくまでそう仮説が立てられているだけで、実際のところは日常生活や戦闘になんら関わりがないと後から補足。疑似科学あるいは未解明の学問領域みたいなものか、とメルストはつぶやく。
(血液型のRHマイナスみたいな感じか……いや、割合的に物質と反物質みたいな扱いだったし。狂人と殺人鬼、奴隷、そして囚人。まぁ、つまりはそういうことだよな……)
褒められたものではないな、とメルストは肩を落とす。王城からいただいたお土産を大切そうに抱きしめて運んでいるフェミル。彼女に至っては分かってるか否か、その無表情では判別できない。
「わ、分かりづらかったですか?」と不安げなエリシア。すぐにメルストは否定した。
「ただ、どうもそれだけじゃなさそうな気はするんだよな」
メルストの境遇を考えれば、納得がいかないのも当然だろう。呟き落とす彼に対し、その気持ちを読み取った彼女は、ためらいつつも、地へと目を落としながら、独り言のように返した。
「公には言えないことですが……負の荷力の根元たる"十字架"を、私たちは背負っています。それが顔を顕したか否か。それがすべてかと」
「それって、どういう――」
「罪人として裁きを受けることの方が、まだよかったのかもしれません」
やけに低く聞こえた聖女の声。誰に対し言ったのか、それとも自身に言ったのか。それの意味をこれ以上問い詰めることが、このときのメルストはできなかった。
彼女の紅い目が、そのときだけはいつもの知るエリシアのそれではないように思えて、口をつぐませたからだ。
そのときだけ、フェミルはエリシアの方へと目を向けていた。だが、何も語らないまま、正面の地面へと視線を落とす。
大転移魔法を展開する。3人は半径1メートルほどある大きな蒼炎の魔法陣に入り、ルマーノの町に戻った。
舞い上がった蒼炎の壁。魔法独特の光粒子へと散った先に見えた、夕焼け染まる疎らな田舎町。風に揺らめく草原があたりを覆う。
その中にある、少し大きめな家。そのほとんどは機械・錬金工房であり、住宅スペースのみとなるとこじんまりとしている。
「メルストさんの宿っている"御神の如き力"は、お父様にはまだ詳しく申していません」
唐突に話した彼女に、思わず聞き返す。既に先程のような覇気はすっかりなくなっており、優しげでおっとりとした、いつもの目を向けてくれた。あの一言がまるで嘘だったかのように、メルストは思えてしまう。
「どうして?」
「従来の魔道書や英雄録にも記されていない未知の力は、混乱を招きます。それに、私がまだメルストさんの力がどのようなものかも具体的に分かっていませんのに、あること見たことをそのまま伝えても、風の噂と何ら変わりないでしょうから」
「まぁ言われてみれば確かにそうかもな」
(物質創れるなんて知られたら、良くて延々と武器や道具の材料を生み出す工場扱い、悪くて危険人物として牢獄行き……いや、だとすればルミアやジェイクの説明がつきにくいな。さすがに俺の意見は聞いてくれるかもしれないけど、今まで通りの生活はできないだろうな)
「なんだか、振り回してばかりですね」とエリシアは申し訳なさそうに笑う。
「いや全然! むしろ、投獄とか裁判沙汰にならずにこうして自由に生活させていただけるだけでも本当にありがたいよ。十字団じゃないところにいたら、たぶん俺は捕まってただろうし」
「ですが、ロダンさんより正式に認められた以上、十字団の規則として、もうギルドにも騎士団にも、他の生涯を送る選択はなくなったに等しいです。申し上げにくいですが、それでも良いのですか?」
「……そうだな。」
一瞬だけ、彼は迷いの目を見せた。本当にこの道のままでいいのか。自分で切り拓いていくんじゃなかったのか。だからといってこれまでの恩を裏切るのか。心理的に道を限定されたとき、人は隣の畑が青いのか否かを確認したがり、あったかもしれない可能性を振り返るもの。その根端は一概には言えないが、大抵は人の欲である。
「あ、おかえりー!」
工房の外で木材を蒸気機械で切断させていたルミアがこちらに気が付き、さっそく駆け出してきた。
「ただいま帰りました」とエリシアの声に構うことなく、考え事をしていたメルストの手を掴む。
「メル君メル君! 見せたいものがあるんだ!」
きらきらと輝いた笑みで言われ、無理に引っ張られる。玄関の前に連れられた――途端、パッと手を離されたと同時、メルストの足が地面に埋まり、一気に土の中へと落下した。
「どあぁ!?」
人ひとり入る大きな穴。焦りの叫びを上げるエリシアと、「してやったぜ」と誇らしく笑うルミア。
何が起きたと混乱していたメルストは、「だいじょうぶ?」としゃがんで様子を観察しているフェミルを見上げ、状況を察する。
強引な落とし穴の押しつけ。普通は仕掛けて待つものだろうと、土埃にまみれた彼はけほけほと砂を吐く。
「いやぁジェイクもやりがいあるけど、メル君もおもしろい声出すよね。てことで王都はどうだったにゃ? ここと全然違ったでしょ」
「……あのなぁ」
彼は、人気者になりたかった。
評価されたかった。認めてもらいたかった。誰かに見てもらいたかった。それこそ、一度王城で優雅な生活、という願望もなかったわけではない。冒険者として活躍劇を見せて、果てには英雄として祭り上げられたい欲もある。学者になる夢を叶え、世界中に知れ渡り、偉人の方々から誉れある言葉を得たかった。だから、最高峰の生活と業績、そして勲章を望んでいたのかもしれない。
「ルミア、いたずらが過ぎます! お父様よりいただいた報酬と、王都のお土産は抜きにしますよ」
「あっ、ダメ! ごめんなさい先生! それは勘弁して!」
「ダメです。反省してもらいます」
「んわーっ、楽しみにしてたのに! この鬼賢者! 堅物巨乳! そのおっぱいで聖女は無理でしょ!」
「……"風酸の齲蝕・フェルム――」
「申し訳ありませんでしたエリシア大賢者様ー! 今日ばかりは手持ちを錆びさせないでくださいお願いしますぅ!」
しかし――ただ単に、さびしかっただけなのでは、と胸の温かみをメルストは感じる。
「……メル、出れる?」
「あぁ……はは、大丈夫。ありがとな」
手を差し伸べる代わりに、お土産の箱を差し出すフェミルに、小さく笑う。
こういうのも悪くはないよな、とメルストは穏やかな町と、賑やかな彼女たちを見て小さく息をついた。
「……? なんで、うれしそうなの?」
「ん? 同じ景色でも、見え方ひとつでこんなに変わるんだなって」
いつもより低く見える街並みやみんなの家を見ながら、穴から出る。地中の少し湿った土の香りも、なんだか心地よく感じた。
運命のままに流されることだってたくさんあるだろう。自分の望んだ環境や結果にならないことだって幾度じゃ数えきれないだろう。時には腐りきった場所で、時には命が失ってもおかしくない場所で。
だが、その中で輝いてこそ、自らの手で切り拓き、物語を創り上げたといえるのではないか。
そう彼は、この国で、この十字団という不安定な組織で、そしてメルスト・ヘルメスという過去を背負うことを改めて決意した。
その晩、家の外で聞こえた大きな音とジェイクの断末魔を耳にする。堪えて笑っているルミアの懲りなさに呆れ、あいつも大変だな、と第二の被害者を憐れんだ。
※平成30年度2月に改稿。ずっと書いてあったと思っていた台詞が抜けていたので補足しました。
メルスト「ロダン団長、あんときはよく笑ってたけど、顔が怖いからなー。絶対訓練とかだと鬼になるタイプだよ」
ジェイク「外見で判断とか馬鹿だろおまえ」
メルスト(女を外見で判断してるような男に言われたくない。とは言わない。絶対に言わない)
ジェイク「知ってっか? あのジジイ、顔に似合わずガキが好きなんだぜ。ショタもロリも大好きとかやべぇだろ? ぎゃっはは」
メルスト「絶対そっち系じゃないだろうけど、それは意外だな。まぁ孫を見てる気持ちなんだろうけど」
ジェイク「ああ思い出した、あのキチ猫はガチのショタコンでバイだ」
メルスト「それは意外だな!? 納得しちゃったけど!」
ジェイク「つーことで、次回は俺めんどいから出ねぇし、なんか適当に頼むわ」
メルスト「ホントに適当だな」
次回から日常っぽい感じになります。
【補足】※読まなくても本編を読むにあたってなんら支障はありません。
・正の荷力、負の荷力
+極と-極、N極とS極があるように、生命にも正と負の負荷があると学者の間で議論が開かれており、人や動物との相性や魔法属性に関係するとも言われている。一部ではそれが目に見える魔術師も存在するが、実際のところ明確な証拠はなく、国の神話から派生した疑似科学という現実主義派の声もある。
正の方が優れたり、清く正しい、対して負は劣ってたり、汚らわしいという誤解された固定概念が広まっているが、決してそんなことはない。割合として正の方が多いとみられているのみである。