3-2-1.結局魔法は何でもできる
フェミル・ネフィアが改めて十字団に介入することになり、また今まで誰かの家に泊まり込んでいたり色街へ遠出していたジェイクも十字団の家に住むようになった。
翌日。昼下がりのティータイムを満喫していた頃。
「人も増えてきましたし、増築しますか」
本を閉じ、唐突に提案したのは蒼炎の大賢者のエリシア。あまりにも急だったので思わず聞き逃しそうになる一同。フェミルにチェスを教えていたメルストはその手を止める。
「……軽く言ったけど、そこはやっぱり王族の権限でたくさん大工とか雇うのか?」
「いえ、私たちだけでやります」
建築士がこの場にいたら「冗談もいいとこだぜお嬢ちゃん」と笑いが飛んできそうなことを言い出し、マジでか、と思わずメルストは口にする。
ソファに座っていたメルストのひざにルミアが枕代わりに寝っ転がる。ここに住み始めたときは、彼女の密着っぷりに戸惑っていたが、慣れた今では心が乱れることは然程ない。
「実はね、この家を設計したのはあたしで、ちょっとした魔法でエリちゃん先生が改築したんだよ。ジェイクは先生の消費魔力の供給のために、魔物狩りと補強資材運びやってたね」
「報酬金と引き換えにですけど」
そのジェイクは今不在である。いつものように都市部の方へ足を運んでは、夕刻までギャンブルしにいっているのだろう。
「魔法で建てた感じか。そんなことできるんだな」
「普通はできないにゃ。それこそ、専門の特級魔術師クラスの技量がないとね。あのときは結構苦労したさね。先生3徹したような青ざめた顔で鼻血出しながらも1時間でやり遂げたもん」
「死にかけじゃん」
「あのときは体力とルミアの細かすぎる設計図がちょっとですね……。ですが、今回はメルストさんがいます。今からでもできるでしょう」
「……俺まさかの重要ポジ?」
*
エリシアの仮説は、メルストの様々な力は魔力によるものではなく、魔力を構成する素を形作っている、根本的なエネルギーだという。そのエネルギーを作り出しているならば、魔術師にエネルギーを注入し、魔力の補給ができると彼女は考えた。
メルストが魔法動力源――いわば資材原料の供給係で、ルミアは構図をイメージする設計図係、そしてエリシアはそれを受信して出力する作業係。メルストはそう解釈した。
玄関前の外に出、全員がL字型の家を見る。
「先生、私にできることは……?」
ホワイトベースのワンピースはエリシアのお古か。それに似合う、小さなつば付き帽子を深く被っているフェミル。何もしてやれないもどかしさがあるのか、表情は薄くも、申し訳なさそうに尋ねる。
「私が倒れないように応援してくれると元気百倍になります」
一度気恥ずかしそうになる彼女。うまく出ない声を振り絞り、エリシアを励ます。
「えっと……先生、が、がんばれー……っ」
「はい! 私頑張ります!!」
シャキーンと背を伸ばし、大きな胸が浮き上がるほど両腕を思い切りバンザイして張り切る。
「単純すぎるよ先生」とメルストは呟いた。
「それでは参ります! 特級建築魔法!」
意を決したように、エリシアは大杖を地面に突き刺す。添えた右手には家の設計をイメージしているルミアの額に触れ、左手はメルストのエネルギーを発している手を握っている。
(加減も考えないと……下手したらエリシアさんの腕が吹き飛びかねない)
これまで唱えていた呪文とは一風異なった言語の羅列を詠唱し始める。
家の周囲に光る魔法陣が展開し、その場で軽い地鳴りと家の軋む音が鼓膜を震わせた。
メキメキメキィ! と家が悲鳴を上げ、内部から盛大に壊れていく音が響く。直に外装も剥がれ出し、無理矢理骨格を引き延ばすように、かつ組み立てられる機械のように展開され、家の体積が増えていく。材質が木材でも石材でも関係ない。
魔法より生み出される家具。広がる部屋。一度壊れ、再構築される家の内装。面積は変わらずとも、瞬く間に二階建ての家が形成されていったのであった。
「これぞ魔法って感じですごかったな」
唖然とするメルスト。前の世界ではありえない光景だ。建築士や大工が見れば、俺たちのやってきていることは何だったのかと思ってしまうことだろう。
「魔法らしい魔法に限って高レベルなのが定石だけどにゃー」
すると、空気が抜けたようにぱたりとエリシアが地面に倒れる。
「へぅぅ」
「あ、倒れた」
「結局こうなんのね」
芝生に身を倒したエリシアの半身をフェミルが支える。
「魔力がいくらあっても、体力と精力が基盤だからね。先生もっと身体鍛えないと」
「はいぃ……努力します」
苦笑したエリシアはメルストの手を掴み、ふらりと立ち上がる。「あら?」と彼女が見上げた先、人ひとり乗せた、巨大な白鳩に酷似した鳥竜がこちらへ降り立とうとしていた。
「どもどもど~も~、いつも明るく健やかにー、郵便屋のユウちゃんが来ましたよ~」
大鳩の背に乗った、のんびりとした様子の少女。黒いショートヘアが吹く風で揺れ、手紙が詰まった斜めがけバッグを提げながら牛乳瓶数本入った小さなバッグを手に着地する。
「おっはー、ユウちゃん。いつも牛乳ありがとね」
ルミアと同い年に見える彼女は、眠たそうなジト目のままキャップをかぶり直す。メルストもほぼ毎日顔を合わせている人なので、決して初対面ではない。この町と配達局を行き来している少女もまた、このルマーノの町の住民の一人だ。
「毎度言うけど、牛乳配達屋扱いは勘弁よー。はいこれ、新聞と、特製牛乳5本ね、あくまでついでだからねー。メルスト君もこれ飲んで、たくましい男になるんだよ~。目指せバルク店長越え~」
「それどういうこと」
「あと、このお手紙はエリシア大賢者様のご両親から~」
「せめて国王って言おうか。はい先生」
手紙をエリシアに渡す。革製の豪華そうな封筒から3枚の羊皮紙が取り出された。
「それじゃあ私はこれで~。ビーン、飛んでいいよー」
大鳩竜のビーンも「ポ~」とのんびりした鳴声で応え、翼をばっさばっさ羽ばたかせる。
見送った一同は手紙に注目し、エリシアはさらっと目を通す。
「なんて書いてあんのー?」とルミア。
「えーと、ご用件は……明日の正午の鐘が鳴った後に、今回の奴隷救出の件と、ヴィスペル大陸で発見された少年の件について話がしたいと。少年と療養したハイエルフ同伴、とのことです」
3枚のうち、2枚は娘のエリシアに対しての愛深き言葉と近況。あと1枚の用件が書かれている手紙を読み、メルストとフェミルの方へ顔を向ける。他人事のように聞いていた彼は「ん?」と引っかかり、
「てことは……国王に会うの俺?」
「はい!」
満面の笑みに誘われるままだった。




