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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第二部一章 錬金術の先駆者たち ミステム錬金術王立学会編
211/214

5-4-2.錬金術界の頂点たち

大変遅くなりました。5か月ぶりの投稿です。

 紳士服とかき上げた髪を整え、再び会場へ足を踏み込むメルスト。ルミアの姿はいつの間にかいなくなっていた。10秒もじっとできない彼女のことだからそれに対し何も思わなかったが。

(独自の文化なんだろうな。みんな煌びやかだなぁ)

 既に疲れたといわんばかりに脱力する。講演後なので無理もないだろうが、それ以上にこの上品感あふれる雰囲気にすっかり圧倒されていた。


(パリピが集うクラブで孤立する陰キャの図みたいになってる)

 とはいえ何人かの学生を顔を合わせたら人気者と同等の対応をされる。それが心地よく感じていたが、それまでだ。恐れ多いのもあるのだろう、一緒に踊ろうと誘う女性は一人もいない。壁際を歩いてはモンラッシェに入れられた白ワインを手に取り、緊張をほどくために口をつける。7度程度のほどよい冷たさ。ほどよいアルコールが甘みと酸味の塩梅を整えている。発酵しきっていない葡萄の糖が舌の上で溶けていくような。能力で勝手に分解され、酔う気持ちなど旨味と共に何処へと消え去ってしまうのだが。

 人目を気にし、誰も見ていない隙にチーズプラトーから適当なものを摘まんで口に放る。癖の強い味が一気に広がる。白ワインには合わなかったのだろう、ほんの少しだけ、顔をしかめた。


(勇気出して懇親会出たはいいけど、ろくに会話できずに終わったことがほとんどだったんだよなぁ。こっちから話せることもないし、みんな理系のくせしてコミュ力高かったし。しかも全員優秀だし。なんでおまえここにいるのっていう高身長イケメンや美人もいたし。いまでもあれに対して謎のままなんだけど)

 神の采配は不平等だと感じていた学生時代ではあったが、生涯と環境を総合して平等だと信じたいのが今の彼の考えである。とはいえ、その幻想も悉く敗れていったと思い出す。

 だが、そんな自分も卒業だ。口に合わないチーズを呑みこんだ。


(ここからが本番だ。いろんな先生にご挨拶して今後もかかわりがあるようにしていけば、できることは増えるはず。エリシアさんだって、そうしてきたはず――)

「そこの君」

「はい!」

 か細く老いた男性の声。だがしっかりとメルストの耳に届いた。彼はぴんと背を伸ばし、振り返った。

 禿頭の頭と皴が目立つ顔がメルストの眼前にあった。思わず一歩だけ身を引く。胸まで伸びた白い髭は顎だけでない、口全体を覆っている。目を凝らしているのか、細目で瞳がほぼ見えない。煌びやかなこの場では浮いた、錬金術師の一般的な服装。だが、どこかで見たような顔に、身が引き締まる。

 まさかこの人かな、と予想するも、外れたときが怖い。名前を聞けば絶対知っていると確信づきながら、あえて初対面の対応を取った。

「あ、えっと……?」

「……ふむ」

 ぺろり。

 すっと顔を近づけた老人はメルストの鼻先を舐めとった。

「ひぃっ!? な、なんですかいきなり!?」

「……ふむ」

 背筋を凍らせ、卒倒せんばかりに仰け反ったメルストに反し、しっかりと味わって白に耽っている様子。


「なにをやっているんですかシェーレ先生!」

 そんな老人の背後から怒号ともいえる声が届いた。4,50代程度の中年男性だが、足取りは軽く、騎士ほどまではいかなくとも引き締まった体と顔つきだ。ブロンズのミドルヘアをオールバックにし、整えた髭からも凛々しさが引き立つ。タキシード姿の男性は自分より背の低い猫背の老人をメルストから離した。

「……舐めただけじゃ」

 ぼそりと老人は呟く。このにぎやかなダンスホールではかき消えてしまいそうな声量だったが、紳士と思わしき男にはしっかり聞き取れたようだ。

「いい加減その癖を治してください! 反応物どころか人まで舐めちゃそろそろ追放されますぞ!」

「それよりグラウバール、こやつの味、なかなかに興味深い」

「それ以上は本気で慎んでください。私の脳に貴方の性癖を1ディットも入れたくないので」

 少しだけ俯いた老人を前に鼻で小さくため息。すっとメルストの方へ向きなおし、会釈する。茫然としていた彼も応えるように深々と頭を下げた。


「失礼を致した。君は確か、メルスト・ヘルメス博士か。これまた大変なご無礼を」

「い、いえ、好奇心は誰にでもある事ですし」

「若者に気を遣わせてしまっては私らの立つ瀬がない。あぁ紹介が遅れた、こちらの方はスウォン・シェーレ先生。元々私の恩師でもあったが、巷では変人呼ばわりされていてね。まぁ、先ほどの迷惑行為を見れば一目瞭然ではあるが」

 肩を落とし困り顔。奇行は日常茶飯事のようだ。先ほどのやり取りを見ていると、親しい様子ではあるとメルストは感じた。

「それと、私はユアン・グラウバール。とはいえ、君の講演で質問したから見覚えはあるだろうが」

 やっぱりと彼は思い出す。ただでさえハードでシャープな質問の数々が飛んできたが、目の前の男性は特に熱く、座長が一声かけたほどだ。その時のことを振り返り、ずんとした重みが頭にのしかかる。

「ご所望通りの解答ができず申し訳ありません」

「いや何、私も大人気なく議論に熱くなってしまった。まだ甘いところがあるのは否めないが、オリジナリティとアプリケーションへと昇華するまでの胆力は評価に値する」

 そう言っては微笑むグラウバールに、目元の緊張がゆるみ、安堵の息を漏らす。


「先生、こちらにいらっしゃいましたか」

 またもこちらにかけつけてくる男性が一人。今度は30代前後の恰幅のいい眼鏡男だ。いかにもナードな研究員だと思わせる。 

 ちょうどよかったといわんばかりに、自然な流れでグラウバールはその男を紹介した。

「彼はオットー・マグデブ先生。私の研究室の助教に当たる」

「あ、どうも――ってヘルメス博士!? 本物ですか!?」

「えっ、あぁ、はい、メルスト・ヘルメ――」

 がしっと両手を掴まれる。その目は周囲の煌びやかな景色よりも輝いているようにも見えた。

「僕、心から博士のこと尊敬しておりまして! 大気中からアモンを錬成する触媒を開発した論文には大変感銘を受けて、それに世界を救った英雄でもありますから――」

「マグデブ先生」

 冷静な一声。それで我に返ったマグデブはパッと手を放す。

「あっ、あぁ! すいません、これは失礼を! いや、感激のあまりつい興奮が抑えられなく」

 すぐさま離れ、頭をかく。


「それで、何か用だったかね」

「ええ、ラーゼス教授がシェーレ先生を探しているようでして」

「それは急がねばな。ではヘルメス博士、良ければ私と彼、そしてシェーレ先生の講演を聴いてくれると嬉しいよ」

「は、はい! 是非!」

 立ち去る3人の背中を見送ったメルストは、一気に脱力する。強張りすぎた肩が痛い。


(やっぱり天才と変人は紙一重か……しっかりした人もいるけど)

「ヘルメスさん」

「はいぃっ!」

 そんな彼に休みはない。不意に後ろから声をかけるのがしきたりなのかといわんばかりに、本日何度目かわからない呼び声に、咄嗟に振り返った。

「あ、これはどうも。……えっと」

「ヘンリー・デヴォンと申しますわ。こちらはラウル。ラストネームは違いますが、私の夫ですの」

「ラウル・ハンセン。よろしく」

 ハニーイエローのドレスが似合う貴婦人と、細身だが口ひげを短く整えたハンサムな紳士。ラウルの差し出した手に吸い込まれるように、握手を交わす。


「は、はじめまして……っ」

 メルストにとっては名前を知る程度。おそらく彼の分野外のプロフェッショナルだろうが、それでも尚、名が知れ渡っているということは相当の著名人だと分かる。

「あなたのご講演、大変感銘を受けました。私もまだまだ、学ぶべきことはあるのだと鞭を打たれた気分ですわ」

 ヘンリー夫人の感心めいた声にメルストは謙遜する。

「い、いえ! そんな、大変勿体ないお言葉です。私のような若造があの高貴な場で発表してよかったのか申し訳なく思うばかりで」

「学問に人種も性別も、年齢も関係ないさ。僕ももっと君といろいろ研究の話を交わしたいところだ。でも、まだ学会ははじまったばかり」とラウルはあたりを見回す。「君も今日のうちにいろんな人と顔を合わせた方がいい」

「そうですね……はい、わかりました」

「あなたはこの先の錬金術を新たに開拓してくれると期待していますわ」

「勿体なきお言葉です」

 二言三言交わし、夫婦はその場を後にする。取り残されたようにメルストはぽつりと立ち尽くし、人に埋もれていく。

 身が持たない。そんな気を紛らわそうと目に入ったクロステーブル上の豪奢な料理へと足を運んだ時だ。


「メルスト殿じゃないか」

 振り返ると、男性用の白い正装を装う自称竜騎士の女性と、青と緑の基調で施されたドレスを着こなすハイエルフの姿を目にする。ただ、ハイエルフに至っては竜騎士の背後にひしっとしがみついているが。

「テリシェさん」

「呼び捨てで構わん。十字団に加入したものは皆家族のようなものだとロダン殿に教わったからな」とにこやかに笑う。これで幾人もの紳士だけでなく淑女をも無意識に射抜いてきたんだろう。

「まぁ、慣れるように頑張ります。てか、フェミルもいたことにびっくりなんだけど。部屋で大人しくしてるかと思った」

(しっかり怯えてるけどな)


 半ば同情の目をフェミルに向ける。自分の内心を曝け出せば、きっと誰かにしがみついて隠れずにはいられない。


「……おなか、すいた、から。……しかたなく」

「それでボディガードに我が同行しているわけだ」と胸を張る。まるで淑女をエスコートする紳士のようだ。


「ふたりもドレスコードしてるんだね。とても似合ってるよ」

 まさに絵の中から出てきたかの如く。素直に彼は感心した。

「何、洋裁師と着付けの者が大変優秀だったのでな」とテリシェ。

「……変な感じ、する。視線も、感じるから、嫌」

「フェミルは相変わらずだな」とメルストは笑う。

(そりゃあ美少女ふたりいたら視線も集まるよ)

 そう周囲へと目を向ける。男だけでなく女性もちらほらと目を配っているのだから、やはり顔立ちや容姿が一段違うのだろう。錬金術界隈なら猶更だ。


「メルスト殿もどうだ。この地原産のナムルがオススメだ。なんとここのナムルは湖の藻類や(たい)類から調理されたのだと聞いたぞ。あっちの方だな」と顔を向ける。

「じゃあ行ってきますね。フェミルも無理はするなよ」

「……もうむり」じとっとした目をメルストに向けた。青くなりかけた顔は、今にも倒れそうだ。

「既に屈してたかぁ」

「くっして、ない……」

「すぐに部屋に戻る故、もう少しの辛抱だぞフェミル殿。目的の料理まであと少しだ」

「介護が手厚いようで」

「ぜったいに、食べて、みせ、る……!」と黄金色の瞳に今一度光が戻った。

「食い意地は屈してないのな」

 そのままふたりを見送り、再びひとりになる。この場にとどまったところでなにも始まらない。せいぜい、学生らがあいさつしにくる程度だろうが、それを大切にしつつ数多くの巨匠を一目見るという彼なりの目標を達成するべく、メルストは足早に会場を歩く。

(いや本当に人が多いな。エリシアさんほどじゃなくても迷いそう――)

 よそ見をし前を向いたとき。

 ドン、となにかにぶつかる。同時、顔面に柔くも弾力に富んだ感覚を覚えた。だが押し返されることなく、そのまま吸い込まれるような温かい抱擁感もあった。

 言わずもがなそれが人だと、それも妙齢な女性で、布一枚越しの押しあがったふくよかな乳房にぶつかったのだと把握した時には、顔を青ざめさせて咄嗟に引き下がった。


「おととっ」

「どわぁごめんなさい! すみ、すっ、すみませんでしたァ!」

「ううん、こっちこそごめんね。よそ見をしていたよ」

 深謝するメルストに対し、軽く流す美女は気さくに笑う。腰まで切れ込みのある、中華風の青いドレスは眉目秀麗な彼女をより妖艶に魅せる。白銀の長髪にはドレスと同じ色のバラが添えてあり、それと相反するように真っ赤に燃える瞳がメルストを覗いていた。

 竜涎香(りゅうぜんこう)の香りがわずかに漂った。彼女の手にもつリキュールに含まれている香料だろう。生足と肩までさらした細く白い腕には蔦らしきタトゥーが彫られている。

 この人も個性的だとメルストが感じたとき、彼女はずいっと顔を寄せてきた。まるで樹洞の入り口を好奇心でのぞき込む少年のように無垢な目で、息もかかるくらいの距離で彼の黒い瞳を見つめた。

「ん? んー?」

「あの、えっと……?」

 顔を赤くしたじろぐメルストをよそに彼女は微笑むと、舞う花弁のようにふっと離れた。


「ふふっ、なんと幸運だろうか。いま話題の青年に運命的な出会いを交わすとはね」 

 そう彼女は手に持っていたワイングラスへと口をつけると、確認することもなく右後ろへと腕を軽く伸ばす。花を添えるようにグラスを手放した――同時、通りかかったウェイターの銀盆(プラッター)にそれは置かれた。

「ボクのことはハンと呼んでくれたまえ。アンヘルカイド国から飛空艇で来たんだ。これは名刺」

 大きく露出した胸の谷間に二本の指を入れて、名刺を取り出す。思わず目を逸らしたメルストはそのまま自分の名刺を胸の内ポケットより取り出しては交換する。


「"恒化(ヘンクァ)カンパニー"……?」

「そう。そこの一職員だ」と自慢げに人差し指を立てる。「知見の情報収集と自社製品の宣伝も兼ねて派遣されたってわけ」

 そのままハンは自己紹介をつづけた。

「専門は金属-生体に関する錬金術。混じり合わないはずの生体物質と金属成分の親和性を高めて、拒絶反応を起こさずに融合させる、といえばわかるかな」

「ということは、医療デバイスや医用生体金属材料メタルバイオマテリアルの研究をされているのですか?」

 ぴくりと反応し、白い手袋をはめた手で顎に添えると、腰を折ってはその長身をメルストの眼前へと屈めた。

「もしかして明るい人かい?」と目を輝かせる。

「い、いえ、触れた程度ですのでそこまでは」

 後ずさる。すらりと姿勢を正した彼女は笑みを浮かべた。

「ご謙遜を。ボクは知っているぞ。その若さで多分野に渡る研究実績を持っていることは有名だが、王都に散布されたオルク帝國の毒ガスを多孔性中空粒子状の新規複合型微細触媒で一気に浄化させたのも、君の錬金術のアイデアだろう」

 早口だが流暢にまくし立てる言葉に、メルストは唖然とする。3か月前の王都襲撃にて起きた大事件の詳細は仮に隠そうともリークは避けられない。だが少なくとも、メルスト自らが考え、創造したその物質は論文にはしていない。

「っ、ど、どこまで知ってるんですか」


 瞳の中をのぞき込まれているかのような感覚に陥るも、彼は問うた。すると、耳元に彼女の顔を近づけることを許してしまう。

「君のことぜーんぶ」そう耳元で囁かれる。

「だけど……もっと君のこと、知りたいな」

「っ!?」

 心臓が跳ね上がり、ぎょっとしたメルストは改めてハンのいたずらな笑みを見た。顔や耳の熱さが表に出ていたのか、彼女はクスクスと笑う。

「もしかして、こういうの慣れてない?」

「えっ、いや、その、べっ、別に」

 挙動不審の権化がなにか言っているが、その言い訳の口を、白い人差し指がふさぐ。

「かわいいねメルスト君は」そう囁く。「一押しのワインも実は仕入れているんだ。黒き神の血とも云われた銘酒さ。このあと部屋でくつろいでいかないかい? 君が良ければ、だけど」

 なんだこの人は。

 警戒しようにも、どこか酔った感覚に気づく。酒で酔う肉体ではないはずなのに。だが確かに芳醇な香りに魅せられている。

 その白木に咲く青薔薇の恍惚とした笑みは、得体のしれないなにかを醸し出していた。


次回(仮)「極彩色の薔薇」


2022.5.3追記

 いつも読んでいただき誠にありがとうございます。

 毎日薬を飲みつつ、体は元気に過ごしております。気持ちは不安定で波がありつつも、なんとか前を向けるようになりました。

 ただ病み上がりで半日近く体が動かない上、投稿論文や学位論文の執筆も期日が迫っているため、今年度は中々本作を執筆できないと思います。今年の間、良くて1, 2話しか投稿できない見積もりです。

 また、小説を書こうにも書けなくなってしまい、私自身戸惑いを覚えています。長いこと更新できなくて本当に申し訳ありません。今やるべきことを済ませ、病も治してようやく筆も乗ると思うので、どうかご了承願います。お待たせしてしまっていること、そして自分の不甲斐なさに心苦しく思います。

 以前書いたかもわかりませんが、拙作は自分の納得する形で完結を目指していますので、どうか今後とも何卒よろしくお願い申し上げます…!


 最後に、皆様のご評価や感想、ブックマーク等が大変励みになっております。もしよろしければどんな簡単なことでもよいので、ご感想を書いていただけますと幸甚の極みです。お手数おかけしますがよろしくお願い致します。

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