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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第二部一章 錬金術の先駆者たち ミステム錬金術王立学会編
210/214

5-4-1.空に浮かぶダンスホールにて

 ミステム市の夜は明るい。

 十数の世界樹に寄生する木の子のように、そして蜘蛛の巣のように張られた白磁と玻璃の都。夕日に焼かれた彩も、今では白くも淡い光を発し、月日に照る新雪のような幽玄さを醸し出していた。それでも、人の通りは昼と変わらず、活発的ではあった。


 今宵のミステム大学府はその中でも一際煌めいていたことだろう。

 明るいガスの光に照らされた学府最上階のホール。奥にそびえる幅の広い階段の両側には大輪の花が垣を作っている。クラシックともいえる管弦楽の音が休むことなく溢れてきていた。

 

 そこに揺蕩うきらびやかな胡蝶。"妖精霊(エレミン)の足跡"の粉末を空間に散らし、簡単な幻影像を投影させているのだろう。

 その下の大理石のステージで踊る、舞踏服を着た紳士淑女。まるで宝石や花々が舞い踊っているように見えたことだろう。また至る所に相手を待ち、あるいは談笑する婦人たちが開く扇子が、音のない波のように動いていた。爽やかな香水の匂い。クロステーブルに盛られた料理。入り混じる声の数々。曲名は"青き湖のラグランダム"。しかしこの世界どころか前世のクラシックとそれに合わせた舞踏に疎い異世界転生者(メルスト)は、一般的な社交ダンスにしか見えなかったことだろう。


 今日より開会されたパラケルスス会議。その晩にて催される懇親会は、なにも錬金術師たちの学術的な交流を図る場とは限らない。

「なんだこれ……ダンスホール?」

 

 神聖なる王立学会の懇親会の一環として行われる社交ダンス。大学府の伝統ともいえるそれは、舞踏会と称される。

 フィクションくらいでしか見聞きしていなかった光景は、肌で感じるのとでは全然違う。


「……」

 無言のまま踵を返し、自室に戻ろうとしたとき。

 煌びやかなドレスコードを施したルミアとジェイクが行く手を阻んだ。


「ウェイウェイウェーイ、そこの陰キャ君、いま帰ろうとしたかい?」

「パリピが何の用ですか」

 露骨に嫌そうな顔をルミアに向ける。対してちいさなプリンセスの皮をまとった爆弾魔は腰に手を当て、ずいっと顔を近づけては錬金術師を上目遣いで見つめる。


「駄目だよメル君。こういう場所で出会いがあるんでしょうよ。それに人気者なんだから」

「肩書や経済力だけで人の恋愛感情に付け込んでくる人とは関わりたくない」

「うっわ、めんどくさぁこいつ」

「現実見ろよ童貞」

「うるせぇな!」

 真顔になったルミアと冷めた目を向けたジェイクに言い返す。口喧嘩に発展することなく、いなされただけだったが。


「つっても、こんな貴族が建前着飾って探り合うようなつまんねぇとこ、いるだけで反吐が出そうなのはこの俺も賛同だ」

「かわいい子たくさんいるのに?」

 後ろを振り返る。広がるホールの先には紳士淑女の面々。化粧をし、ドレスアップした女性陣へと目を向ければ年齢や人種こそさまざまであるが、いずれも綺麗だと見惚れるほどだ。


「後腐れしやすくてめんどくせぇんだよこういうとこにいる女はよ」

(手は出したことあるんだ)

 詮索はしないようにしよう。ただ、路地裏のごろつきとは異なり、位の高い場に対しても慣れたような様子に、ますますこの男の得体の知れなさが感じ取れる。


「それに、俺ァこのあと予定があんだよ」

 と、ジェイクは親指を折り、二人の前で4本指を出した。

「4?」

「今晩も楽しめそうだ」

 下卑た笑み。そこでメルストは察した。今晩はお楽しみというわけか。


「相変わらず最低で逆に安心したよ。……合流前にうんこ踏んでかねぇかなこいつ」

 ジェイクの艶がかった革靴を見下しながら小声でしょうもない願掛けをしたところで、聞いていたルミアも挙手し、悪乗りする。

「はい! じゃああたしは上からうんちが降ってくるに一万C(セイン)で!」

「別に賭けてるわけじゃねぇんだよこれ」

「ハッ、せいぜいそのくだらねェ願望が実現するように祈ってるこったな。あばよ」

 手をひらひらと振ってはその場を去る。その足取りは軽かった。途端、ルミアもメルストの横を通り過ぎ、ホールへと数歩進んだ。


「そんじゃ、あたしもあたしで楽しんでくとしますか」

「ていうかそのドレス、どこで手に入れたんだ? もってたっけおまえ」

「なんか大学府の方から貸してくれたさね。どうどう? 似合ってる?」

 くるっと回り、メルストの方へ向く。

 ふわりと舞った白地のカクテルドレスから見える素足。少女らしい、かわいらしいフリルのデザイン。いつもとは異なり、ゆるふわにパーマがかけられた金髪はサイドポニーテールにまとまっており、銀の髪留めと見慣れないイヤリングがさりげなく上品さを醸し出している。オフショルダーから見える首筋と鎖骨、艶やかな小麦色の肩、そして小ぶりながら膨らみのある胸の谷間に思わず目が行ってしまう。すぐさま目をそらした。


「ルミアのくせにかわいく見えてむかついてくる」

「にひひー、素直でよろしい!」と彼の頬を両手で挟み、彼女の方へと向かせる。嬉しさが前面に出た、眩い笑顔だった。

「やめろって」

 引きはがしたメルストの隠せていない照れ顔にけたけたとルミアは笑う。


「あ、そうそう。ちなみにエリちゃん先生もドレスアップしてるから、一見する価値はあると思うにゃ」

「ちょっと化粧室行ってくる」

「ほんとにわかりやすいよねメル君って」

 そう返したときにはすでにメルストのタキシード姿は消えていた。


次回(仮)「錬金術界の頂点たち」

来月(Apr.2022)投稿予定。


【主な登場人物】

・メルスト・ヘルメス

 アーシャ十字団の若き錬金術師にして異世界転生した元材料科学系研究者。黒煌の髪と瞳をもち、白い外套や白衣が印象的。今回は紳士服や錬金術服の正装姿でいることが多い。

 平気そうな顔してるがなんだかんだホームシックになっている。本来の自分を保つために、深夜、屋根の上で星空を眺める日が多くなってきている。


・エリシア・オル・クレイシス

 アーシャ十字団の魔術師兼魔法学者を務め、かつアコード王国の王女にして六大賢者の一柱、とどめに王国神殿府の大司教の一人を務める天才。青銀髪と紅の双眸をもち、青と白の術服を常時羽織っている。

 本編には出さないが、最近は眼鏡をかけている時が多くなっている。メルストに「眼鏡似合ってるよね」と言われたからという説が有効(ルミア談)


・ルミア・ハードック

 アーシャ十字団の機工師を務める華奢な少女。金髪と紫の瞳をもち、黒いインナーにツナギや作業服、スチームパンク風等の装いが特徴的。

 メルストが開発した万能接着剤に感動し、いろんなものにその接着剤を塗りたくって軽い騒動を起こしている。ちなみにジェイクはそれで死にかけた。


・ジェイク・リドル

 アーシャ十字団の警護官を務める青年。赤茶髪と翠の三白眼をもち、レッドダーク調の軽装鎧といった冒険者風の容姿と長身の両手剣が特徴。

 マイトトキシンにあたって以来、毛嫌いしていたアオカビチーズを最近食べられるようになった。翌日また腹を下したが。


・フェミル・ネフィア

 アーシャ十字団の槍闘士として生きる、無愛想であるも麗しき少女。精霊族ハイエルフ種でも珍しい緑髪と金色の瞳をもち、エメラルドおよびサファイアブルー調の騎士鎧と鎧兜が特徴。

 十字団の支出で3番目に多いのが彼女の食費である。


・テリシェ・ロアム

 アーシャ十字団に新しく所属した自称魔道竜騎士の女性。ショートヘア風に結ったポッターズピンクの髪とティールブルーの左目、そして頭部に竜のような角を生やしている。アレンジした旧アコード王国の軍服をスタイリッシュに着こなす美女で、口調も男らしい騎士を意識している。

 ベッドで寝るたびに角が壁や枕に刺さり、身動きが取れなくなるのが悩み。


・オーランド・ノット

 竜騎士として十字団に再配属した40代男性。ウェーブがかかったダークブロンズの髪に無精髭と渋さを匂わし、瞳は黒曜色に帯びている。和服と騎士の鎧を組み合わせたようなデザインの服を着るが、これといった武器は所持していない。数々の戦に一時は傭兵として、また聖騎士団の竜騎隊として参加し数多くの戦績を残した伝説の兵士。

 相棒の黒竜ハールスが白竜型フェアリーのシンナと仲良くなりたがっている様子を見守るのが最近の楽しみ。


・ロダン・ハイルディン

 アーシャ十字団の団長にしてアコード王国の三雄の一人。大英雄"軍王"として国を護る。銀のオールバックに灰の瞳をもつ重装兵の白銀鎧を纏った巨漢の老兵。

 エリシアの心配と親切心で自身の凝っていた肩を揉ませてもらったが、筋肉が頑丈のあまりエリシアの指を痛めてしまったことに申し訳なさを感じている。

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