5-3-6.World Expo Alchemy -錬金術の最先端-
ブラウザを開いてくださりありがとうございます。お久しぶりです。
リハビリのつもりで書きましたが、読者の方々に対し優しくない説明描写が含まれているかと思います。読みづらかったり、難しく感じましたら無理して読まず、流して構いません。
「ここが第二多目的ホール、実験講演会場だ。正確には企業の製品展覧会だが」
ジャンパーを通じ、一階の大きなホールへと足を運ぶ。
空一面に光が差す。それは一枚の巨大な硝子そのもの。時折可視光の彩りを描き、また妖精霊が流す魔力を感知しては無色の空をキャンパスとして多彩な一枚絵を生み出す。決して人の筆では再現できない、自然そのものの生きた芸術。
アリーナ会場どころではない。どこまでも続く巨大ホールには数多の古典的かつ独創的な装置がブースごとに設置されている。連結された錬金窯や蒸留器はじめ組み立てられた無色の錬成パイプラインはまるで硝子の迷宮。魔法陣や回路が刻まれた陶器・金属のタンクやエンジン。怪しげな行商人が壁際で開くは並べられた専門書取扱店。
人の数は確かに少ない。それでも十分な密度にメルストは茫然と足を止めてしまった。
(学会なんてもんじゃない。まるで博覧会じゃねぇか……!)
きらびやかな顔料や水剤、錯体と思われる発光色を放つ双性晶体が展示されている。一方で別のブースへと目を向けると、陳列した円柱型の薬品瓶には見たこともないような小型魔物が。それはさながら合成獣の如く。とどめに培養液に浸かった臓器の塊のようなものが生命体として蠢いている、そんなおどろおどろしさもあって顔をしかめて身を引く。
ひとつひとつの展示に感情豊かなリアクションをするメルストに、ラーゼスは笑みを向けた。
「どうやら見るのは初めてのようだね。大賢者様、確か魔法術式王立学会の国際会議もこれらのように盛況で、否、より一層絢爛だと聞いておりますが」
エリシアの方へと振り向き、眼鏡をかけ直す。少し謙遜しながらも快く返答した。
「私個人の感想となりますが、まるでフェスティバルのようだと学生の頃から今に至るまでそう感じております」
若干うずうずしていた気持ちを抑え、大人の淑女の対応をとるエリシア。普段ののんびりした彼女を知るメルストからすれば、ここまで真面目に大賢者としての立場をわきまえている姿は新鮮だったろう。
「取り扱っているものが実用的であるものが多いからでしょうね。それ以外だとこうはいかないもの」とメディも周囲を見回しては物色する。
なにも一階だけではない。無色透明のエレベーターリフトを通じて玻璃の回廊が二階として存在している。そう気づいたのは、人が頭上の宙を歩いているのを目にしたからだ。しかし、真上からのぞき込もうとするもその煌びやかな紳士淑女らの姿は消える。光透過の制御はじめ、金属で賄えてきた技術を晶体技術で成し遂げている。そう惜しみなくミステム市の誇りを示しているといわんばかりに。
魔術と機枢の相乗効果が錬金術に新たな風を吹かせる。独立した学問が網目状に繋がり合う。先ほどのラーゼスの言葉をメルストは思い出していた。
「撹拌棒が勝手に回ってる。これは魔法が駆動力としてはたらいてるのか?」
無人の透明性の高い錬金釜を指さしながら訊く。頷いたエリシアは感心の目を向け応えた。
「ええ、ポーカス法はとても力のいる作業ですので、このような措置があると便利ですよね。魔法薬をポーカス法で作ったことはありましたが、反応が進むたびに粘性や弾性率が著しく変動するので大変でした」
「その変化を魔法で感知して一定の撹拌速度を保つことを実現している。コンパニーの品質や技術力も衰えるどころか加速するばかりだ」
関心する声でラーゼスは補足を入れる。
次々と目に入る時代の先端技術の結晶。緊張していたメルストも、だんだんと心の高鳴りを覚え始め、ついに自ら進んで足を各ブースへと運んでいった。
「いろんなガラス器具を作っているとこもあるんだな。なんだあの器具。初めて見るな。あ、割れないタイプもやっぱり作られ……いや高っか。でもほしいなぁ。せめてカタログだけでも」
「へーおもしろいなぁ。金属の合金化の組み合わせを任意的にできるのか、しかも小スケールで。じゃああの大がかりな機械は合成炉みたいなものなんだな」
「おお、錬成しながら成分比を分析できるのはいいよなぁ、副生成物や不純物の割合もその場で視覚化できれば対処も早いだろうし。だとすれば熱分解したガス成分を分析する装置もありそうだけど開発されてるのかな。物理化学的分離精製技術も浸透してるみたいだし、やっぱり世界の技術水準は思ったより進んでるんだな」
「マジ? この時代から既に配合レシピの計算的な最適化を実行する魔術デバイスが出来上がってんの!? やっぱり魔法のことも学ぶべきだったなぁ」
「これ無重力で合成してるってこと!? これ気圧と雰囲気下どうなってるんだ?」
「えっ!? 各系の反応促進と遅延を時間的な魔法で操作できるってことですかこれ! ……いや流石に時間操作は見かけ上の話で、エントロピー増大の加減を系の空間に満たされた媒体による――」
「メルスト君は面白いね」
愉快に笑うラーゼスの声で我に返る。なんだかずっと口が動いていたような。振り返ると誰もが我が子を見るかのような微笑ましい目を向けていたことに顔を赤くした。
「あっ、すいません、大人げなくこんなはしたない姿をお見せしてしまって……」
「構わないさ。それだけの反応を示してくれると、こちらも嬉しくなってくる」
「メルストさんが錬金術のことで目が輝く姿は幾度も目にしていますが、今日は一段と興奮していますね」
「そうね、ここまで少年みたいにはしゃいでいる彼を見たのは初めてかも」
「ですね」
エリシアとメディも、視線を合わせては笑い合う。
「それにしても、これだけのものを知らなかった自分が恥ずかしい限りです」と頭をかいた。
「それを気づかせてくれるのが学会だ。世界は狭く、しかし広いことを再確認させられるのだよ。ひとつのフラスコから生み出される無数の錬成物のようにね」
「お言葉ですが教授、今の喩えの意味の理解を深めたいのでもう一度ご説明を願えますか」
そうクリスはラーゼスの方へと見上げる。確かに今の比喩は少し難解なものだったとメルストは感じてはいたが口にはしなかった。
両手を後ろに回し、くいっと眼鏡をかけ直した名誉教授は、
「偉人は二度も名言を唱えずだよダウドナ君」
「ご自分の立場をご理解されているようでなによりです」
(なんかどっかで見た関係性だな)
既視感を覚えるメルストはふとエリシアをみる。「?」と首をかしげるだけだったが。
「例年、金属と医薬の材料開発が活発だったんだが、近年は我々の衣食住にかかわったり、我々そのものに対して錬金術的なアプローチをすることが流行ってきている。物質から生命へとステージが上がっている一方で、その原理的な側面の見直しもその観点で取り組まれているな」
独り言のように話すラーゼスに続くように、メディが問う。
「パンフレットを見た限り、ここだけだとコンパニーの全ブースがそろってないように思えるのだけど」
「ご説明が不足しており申し訳ありません」とクリスが頭を下げる。「薬品等の危険性の高い実験をする会場先は魔法で作られた局所的圧縮空間の中に設置されておりまして、小型転移装置で移動しなければたどり着けません。安全対策の一環だとご理解いただければ――」
「ラーゼス先生じゃないですか」
呼ばれた声で一同は足を止める。なんだ? とメルストがラーゼスの前へと目を向けると、恰幅のいい中背の中年男が両手を広げ、嬉々として話しかけていた。若干童顔さも混じった柔らかな顔つき、焦げ茶の肌に髪一本ない禿頭と特徴的ではあるが、貴族服を着こなし、大きな金縁丸眼鏡越しの表情はまさに太陽のように明るい。営業スマイルにしてもここまでの笑顔はそうそうできないと、会社員時代の自分を比べてしまうメルストは思わず目をそらしてしまった。
「ご無沙汰だな、ペルチェ君」
大きな手で握手を交わすふたり。心から嬉しそうに口角を上げてはいたが、教授のその一言でわずかな苦みを含ませた。
「いやぁ申し訳ありません、なにせ依頼が殺到しているので。それで、名誉教授ともあろう御方が美男美女をお連れして視察ですか」
「いや何、いま人生で一番幸せだと私も自覚しているよ」
「教授」とクリスが静かに一言添える。色を正したラーゼスは咳き込みをひとつ。
「まぁ冗談はさておき紹介しよう、魔法術式学会のエリシア大賢者と錬金術学会のスクラピア先生、そしてアーシャ十字団のヘルメス博士だ」
するとこちらに光が差し込んできてさらに眩しい思いをする。
「大賢者様! なんと、お目に書かれて光栄の極みでございます~っ!」
馴れ馴れしいまではいかなくとも、礼儀が過ぎるという印象。だがエリシアもそれに負けじと屈託のない純粋無垢な笑顔を向けて挨拶を返した。メルストの目には太陽に輝くダイヤモンドに見えたことだろう。
「スクラピア先生のお名前も存じておりますよ! 医薬の道に携わっていれば一度は耳にしますから。そしてあなた様がかのヘルメス博士! これはどぉーもお世話になっております!」
女性二人とは異なり、手を差し伸べる。メルストも反射的に握手を交わし、「お世話……ですか?」と心当たりがない声を漏らす。
「わたくし、ワグマン・ペルチェと申します。こちらが名刺です」
丁重に、しかし慣れた手つきで渡されたそれに、目を大きく開いた。
「シャルルコンパニーの錬金術師……あっ、調合オイルの発注で一度――」
思い出した素振りを見ると、ペルチェは声高らかに、さらに嬉しそうな顔をした。
「そう! 間接的ではありますが、運送列車の不凍オイルの件は本当に助かりました!」
(そういや第一区駐屯所で開発した調合オイルの量産を別の会社に任せたんだっけ。ここも関連会社だったか)
地方騎士団の爆発事故に関する依頼を思い返す。列車の車軸の発火の原因であったオイルを改質させ、不凍性を付与した調合油を開発。そのレシピを軍と連携するオイルメイカーに提供したのだが、その情報を得たほかのコンパニーがその油の購入を依頼してきたようだ。まさかこのような場でつながりがあるとは、とメルストは世界の狭さを感じる。
「勉強不足で恐縮ですが、ワグマン様のお仕事はどのようなことを?」
エリシアが訊く。嬉しさのあまり足から喜びが噴出したかの如く一瞬だけ飛び上がった彼は、一度会釈し、饒舌に口を動かした。
「わが社は主に燃料メイカーでして、その関連で新たな魔力や熱系・雷系エネルギィの生成と回収、運搬や利用にも手をかけております。ラーゼス先生とはそのエネルギィの効率的な生成や貯蔵する材料の錬成研究を共同させていただいておりますね」
「ちなみに」と話の隙を与えず、
「これは紛う方なき自慢なんですが、あちらの巨大なマシンもわが社の製品でして」
「えっ、あれもなんですか!」
「まるで鋼鉄の怪物ね」
短い腕をぴんと斜め上へ伸ばした先にそびえる、連結した無数の歯車に並ぶタービン。重々しい響きを唸らすボイラーと、巨大な動輪らを回転させる鉄の巨人の腕のような連結棒。それは鉄の骨組みがむき出しになった汽車のように思えたが、どうやら燃料を生み出す工場規模の試作品らしい。
パフォーマンスとして動かしているのだろう。数奇な目を向ける貴族学者や学生の集まりもなかったわけではない。
「魔石と反応剤、触媒の混合物を魔術的高温高圧下にかけて莫大な動力と任意の魔力が含まれたガス、そしてある燃料を回収しているんです」
(おいマジかよ、異世界でもエネルギー材料の開発進んでるのかよ)
頭がくらりとする。アコード王国で幾度となく製品を開発し、時には技術革新をも為したが、それでも世界の巨大さに圧倒された。
なるほど、と関心を示したエリシアは難しそうな顔一つせず、「素人質問ですが」と学生殺しの質問を企業研究者に繰り出した。反射的にメルストの体がびくっと無意識に震える。転生しても尚、学生時代の修羅場は肉体どころか魂に刷り込まれているようだ。
「魔力の供給源は水属性と火属性を有した妖精霊の流動系と、その媒介となるトランススライムの意思互換からですか?」
「ご明察! "祈り"に必要な生命と意思の相互作用を効率的に高めるには複数の群体、しかし分散しにくい媒体――すなわちコミュニケーションを流動的に提携し一体化へと収束・散逸を繰り返すトランススライムが適していまして、それらによって得られた"祈り"は魔術の動力となります。それだけでなく! 2種の妖精霊のもつ"準第一質料体"が有する湿潤・乾燥状態の差を広げ、また繰り返し活性を高める効果がありますので、魔力学的な向上をなんと25%実現することに成功したんですよ」
「"ユークレイドス幾何学の定理"に基づいた魔術的手法で為されているかとは存じますが、記憶が正しければ意思の互換性は従来、飛び飛びの効果があって流動性を保つのは非常に困難なはず。その課題は克服されたのですか?」
「もちろんですとも! "蒸気と狂気の邦"の熱力機関のメカニズムでもある"第二原理"を参考に、スライムをただ一体化させるわけでなく構造的乱雑状態へと落とし込むんですが――」
(やっべぇ、全然わかんねぇ)
遠い目を向ける若い錬金術師は、ふたりの専門的な話を右から左へと流していた。魔法のことになると専門の域までは理解に達していない。ふと右手にいるメディの顔へと視線を下げると、「エリシアのこと知りたいなら、彼女の専門も勉強しなくちゃね」と顔を向けることなく左上目遣いで笑みを向けた。心を読まれたようでどきりとし、「なんでわかるんですか」と小声を漏らしてしまう。
しかし、その返事が来ることはなかった。メディの視線の先がとうに別の方へとあり、その先はペルチェの説明を聞くラーゼスの背中――ではなく、その向こう側にあった。誰かいるのか? とメルストものぞき込むようにその目線の先を見る。
「――その分、原料を消費しますけどね。維持費も含め、コストがバカにならんのですよ」
そう肩をすくめたペルチェの背後から近づく貴婦人にエリシアらは気づく。メディの口は噤んだままだった。
「あら、ラーゼス教授ではありませんこと?」
ここまで読んでくださり誠にありがとうございます。
ある程度書き溜めているので、あと二話ほどで5-3話は終わります。それを境に10月まで休止するつもりです。
【補足】※随時更新
・調合油の話については「4-8-6.奇襲 ―紅蓮の華を咲かせるは白銀に溶ける罪なりや―」より
・祈り:魔法理論の発動原理に必要な要素のひとつだと古くから伝えられている。魔術や魔法の原動力となる魔力は魔素の多岐に渡る複素的相互作用(魔法的反応)の数々によって動力あるいは魔法エネルギィを得ているという説が有名(しかしそれを否定する論文も数多く出版されており、決定的な理論の証明は実験的には為されていない)。その動力の発生から増幅、制御に強い想像と意思が関与しているとされ、それを一般に「祈り」と称している。長年、魔力から魔法へと展開する発生源や魔力の保存性など不明のままであったが、上記はじめ、徐々に理論づけられ始めている。メルストのいる時代は魔法時代の成長期~成熟期に相当する。
話は変わり、これと似た要素も存在する。主に「呪い」や「穢れ」が有名。正確な区分や情報は明言されてないが、専門家の間ではそれらの意思互換によって生じる肉体や周囲の影響(端的に言えば心身問わない病気や感染性、潜在性など)によって区分けしているという。
フェミルに蓄積している「穢れ」は、彼女の精神と記憶やそれを触媒として、肉体に蓄積されたとある魔力が変異し、清らかな妖精族にとっては汚染性の高い肉体へと変質している現象のことを指している。浄化作用は、その変質させる原因となる魔力を除去することか、彼女のトラウマともいえる記憶や汚染された精神を回復させるといった方法で生じる。しかし前者は適合性の高い魔力でもあるので特定が困難、並びに生体に影響するものであれば慎重に除去しないと命に係わる、らしい。後者は当然ながら脳に強い作用をもたらすので、一歩間違えれば廃人になるおそれもある。そのため、徐々に彼女にとっての心を癒しとなるスポットやアイテムの摂取で魔力変異を抑えたり何かしらの事情で蓄積した何かの魔力の失活させたり、精神的なセラピーを受け続けるのが今のところ良いとされる。未だに画期的な療法が存在しないので、試行錯誤の連続である。




