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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第二部一章 錬金術の先駆者たち ミステム錬金術王立学会編
205/214

5-3-4.ロンディア国の象徴 -University of Mythtem-

読んでいただき、ありがとうございます。

   *


 その最高学府は、空の孤島にあるという。

「到着いたしました。こちらが本会場のミステム・ユニバーシティです」


 5人の偉人の彫像が並ぶグレードウォールの正面。都市の最上層と並ぶ大きな浮島は、数本の搭乗式蟻型魔物(エルフォミック)専用ロープこと"スレッドウェイ"で島の側面と結ばれており、それが移動手段として確立されている。見晴らしは良く都市の一望を見渡せるが、落ちそうな雰囲気に足が震えそうにもなる。


 糸の道と通じる屋根付きの停留所に留まり、一同はぞろぞろと降りる。整った石畳みに沿って歩くと――。


 感嘆の声がメルストの口から洩れる。

 

 視界に飛び込む色鮮やかな毛氈花壇(カーペットガーデン)が幾何学模様を描いている。一本一本観ていけば、マリーゴールドのような色が強い花があるも、その近似色であるオレンジのジニアや薄黄色のルドベキアを混ぜることでパステル調に仕立て上げている。その周囲には多彩な蝶が数多く舞っており、まるで空中にも花が咲いているようだ。


 楕円形の広場の周囲――少し高めの生垣(ツゲヘッジ)の中には、青のデルフェニウムや白のマーガレット、背丈の低い赤のダリアなどが混植され、はっきりした色合いと立体感をもたらし、全体を引き締めている。真上の空から見下ろせば、まるでひとつの絵画が見えよう。


 そして、それらの背景となる重厚な宮殿の如きキャンパス。凱旋門の如き中央部から湾曲して左右に広がる7階建てのファサードは力強くメルスト等を圧倒させた。

 その正面、大広場の中央には小さな池と思わせる大きな噴水と、巨大な知の神の像がその上に立つ。空を指す人差し指の先にはどういう原理で浮いているのか、石造の天球儀がゆっくりと公転し、各星々も歳差運動を為している。


「壮大ですね……!」

 両手を合わせ、目を爛々と輝かせるエリシア。フェミルも無言で見つめているが、その視線の先は庭園だろう。生き生きとした花々に、心安らぐ瞳を向けている。


「本当に大学なのだ? 王の宮殿か博物館と間違えておらぬか?」

 テリシェは腕を組みつつ眉をひそめる。彼女の疑問にクリスは返す。

「正真正銘のミステム大学府でございます。旧市街が栄えていた頃から続くこの校舎は、年々改装を繰り返しておりますが、偉大なる歴史を紡ぐため、外装は当時のままとなっております」

「だから町とミスマッチしてんのか」

「おいそれは余計だぞ」とメルストはジェイクに小声で咎めるも、クリスは気にしていない様子。


 さきほどからふるふると震えているルミアが、とうとう感動を声にして爆発させた。

「感じる、感じるにゃ! 天才たちの共鳴を! 天才(あたし)を呼ぶキャンパスの声を!」

「なんか言い出したぞ」

「いつものことだ、ほっとけ」とジェイク。ハイテンションガールについていくだけ体力と気力とSUN値を消耗するとわかっているのだろう。


「天才であればなんでも許される弱肉強食の匂いがぺんぺんするのよさ! これぞまさに夢の学園!」

「天才はそんな暴力的な思考持ってないよ。あとぺんぺんって何」

「くぅぅぅっ、いいないいないーなぁーここ通ってるみんな。あたしも入学したくなってきちゃったぜよ!」

「確かにこんな豪勢だと、大学府に入学したくなるのもわかるのだ」

 うんうんとうなずくテリシェ。それにはメルストも同意だ。前世では到底、入学の兆しは愚か、どこか別の次元の話だと思っていた存在。それに匹敵するものが今こうして目の前にあると、まさに夢にも思わなかったと感じたことだろう。


「とはいっても受験資格とかあるでしょ」

「いえ、受験資格に年齢や身分、役職といった制限はありませんので、受験料と一定以上の知能や適性があれば誰でも入学はできますよ」とクリス。

「絶対合格してやるぜぃ! 待ってろキャンパスライフぅぅぅあッ!」

「受験は気合いだけじゃ乗り切れねぇぞ」

「知能はあっても適性はねーだろこいつには」

「品位もなさそうだ」

「ルミア……人、たくさん、みてる。……やめて」


 なにもここに来ているのは十字団にとどまらない。周囲を警戒するフェミルの言う通り、この大学に用がある在学生はじめ、王立学会国際会議に参加する面々の視線が集まっていた。

 思ったより人は多く、ぞろぞろと8か所ある停留所から出てくる人もいれば、飛空艇や搭乗型浮遊ゴーレムの停泊用の小島にかかっている橋を渡る人々も見かける。


(やっぱり大きな学会なだけあって、人が多いな)

「右手にある硝子の傘の塔がいくつかお見えになるでしょうか。あちらが皆様の臨時来賓用宿泊施設"オルト邸"です。ホテル以外にも植物園がありますので、そちらもお楽しみいただければ幸いでございます」


「……」と、無言だがフェミルは植物園という言葉に反応する。

「あっちもあっちでおもしろそう!」とすぐに興味が移り変わるルミア。「まるでテーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるにゃあ」

「学会だけどな」

「こことは別の浮島となりご不便をおかけしますが、あちらまでご案内いたします」

 そう言っては、先導するクリス。そこへエリシアが歩を進めては十字団にみんなへと振り返る。


「チェックインは私が済ませておきますね。お荷物も私が全て持っているわけですから」

 それは自由行動していいという解釈をしたのだろう、一同はさらに明るい表情になった。

「さっすがエリちゃん先生! もういろんなとこいきたすぎて体が爆発四散しそうになってたところなのよさ」

「どーせここには夜に行くんだろ。それまでに賭博場といい女探してくる」

「……テリシェ、ごはん、いこ」

「うむ、そうだな。我もちょうど小腹をすかせていたところだ」

「え、いっしょに来ないの?」とメルスト。確かに時間はまだあるが、まさかあんなに興味津々だった大学校舎から急に町へ行くと言い出せば、意外そうな顔を浮かべるのも無理はない。自由気ままのふり幅が天地の差で大きいのだろう。


「だってメル君は講演準備でホテルに引き籠るじゃん」

「ま、まぁ念のためのリハーサルをしようかと思ってたとこだけど」

「そこまで付き合ってられるほど俺たちゃ暇じゃねェんでな」

「てことで! あたしらゲストはさっそく観光楽しむぞー!」

「おー!」とテリシェが返し、ジェイクは企みの笑みを含め、フェミルは無言で腕を上げた。なんだかんだノリは良い連中である。


「ちょ、おまえら待っ」

 えっ、という間にエリシア除く全員はエルフォミックには乗らずに、装飾された3メートル程度の鉄柵を簡単に飛び越え、そのまま落ちていった。なんだかんだ居ても立っても居られないくらい、各々観光を楽しみにしていたようだ。

 彼らなら落ちて死ぬことはない人間だとは分かってはいたが、周囲の目のことも多少は考えてほしいメルストであった。

「ふふ、皆様お元気ですね」とクリスは微笑ましそうにするだけで動じていない。


「くっ、いいもん! ぼっちにはなれてるんだい!」と背を向け両手で顔を覆う。

「前夜祭までには戻ってきてくださいねーっ、あと節度も守ってくださーい! 体が動かなくなって蒼炎で燃やされちゃいますからーっ」

(いま軽い脅し言わなかった!?)

 外に向けそう笑顔で呼びかけたエリシア。一応、自由奔放な彼らの首輪となる措置は取ってあるようだ。

 柵から離れ、メルストの方へとコツコツ歩み寄る。


「リハーサルするのでしたら、私もお付き合いいたします」

 にっこりと微笑む。それにはメルストも意外そうだった。エリシアも同様、この都市で旅行することに浮き浮きとしていたようだったから。シルクハットを被り直し、口を開く。

「あれ、エリシアさん行かないの?」

「がんばってるメルストさんを置いていくわけにはいきませんから」

「え、やさしい。泣く」

 メンヘラの如き反応を言葉に含めたメルストは、加えて謙遜の言葉を向ける。


「でも気にしなくていいよ。エリシアさんも行きたかったら行ってもいいんだし。それにあいつら歯止めが利かないから、抑止力としても行った方がいい気はする」

「そのためにも強めの制御魔法を施しておりますから。それに、私も錬金術師の皆様とご挨拶したいので。……あら?」


 メルストの背後に目がいったことに気付き、振り返る。構内へと向かう錬金術師たちの中、見知った顔があった。

 医師を思わせるホワイトベースのドレススーツに、アンティーク・スーツケースを片手に携える。凛と歩く彼女は見慣れない恰好だが、その真白の髪、そして幼い少女の外見はメルストの知る中でひとりしかいない。


「メディさん?」

 呼びかけられたことに気付いたのか、足を止め、薬師メディはくるりと振り返る。その振舞いと眼付きだけ見れば、子どもとは到底思えない彼女は、大人めいた笑みを浮かべてはこちらへ歩を進めた。


「あら、奇遇ね。ふたり揃って観光デートかしら?」

 途端、ふたりの顔がボッと紅潮する。

「デっ、デー!? ディェ、デートだなんてしょんな……!」「いやちょ、デデデ、デートでは、いや、えっと」

(なんで付き合ってないのかしらこの二人)

 そう真顔で思ったことだろう。忙しく手振りをして言い訳する二人を他所に、あらどうも、とメディは案内人のクリスに会釈を交わした。


「そっ、それよりも! もしかしてメディもですか?」

「ええ。私もエントリーしたの、今回の国際会議に」

「そうだったんですね。言ってくださればよろしかったのに」

「ごめんなさいね。予稿集(プロシーディングス)に載ってるから、わざわざ言う必要もないと思ったの」

「あっ、それもそうでしたね」

「それよりも、錬金術師君の招待講演が急きょ入ったニュースに驚きだわ。いえ、それだけの業績を積んでいるから、むしろギリギリまで参加してなかったというのが不思議なくらいだけど」

 耳の髪をかきあげ、青い瞳がメルストの黒い瞳を見る。


「まぁ俺たち十字団ですからね。エリシアさんならともかく、団員はどこの機関にも正式な所属はできませんから学会の入会もできなくて。相手側も国の許可が下りないと招待できないというのも面倒でしょうから。メディさんも発表を?」

「ええ、依頼講演をね。これまで開発した新薬について少し話そうと思って」

「査読は通ったのですね」

 ええ、とメディは頷く。あの解毒剤のことだったか、いや外傷の治癒促進剤だったか、とメルストは顎に手を添え、思い出そうとする。

「もちろん、協力してくれたふたりは共著者として、そしてサンプルの提供者として謝辞に入れておいたから」

(サンプルって被験者(ジェイク)のことか)


 あいつが一番の功労者だろうなと思ったところで、視線を感じた。二人が談笑している隙を見て、その正体へと体を向けると、20代の男子学生らしき若者が4人、ちらちらと様子を伺っていた。

 貴族服と外套を羽織り、眼鏡をかけている者が多く、いかにも知的な風貌だ。この大学の学生だろうか、それとも別の大学の者だろうか。


「あの、何か御用でも?」

 歩み、そう声をかけたとき、さらにざわついた。ひとりがおずおずと聞いてきた。


「も、もしかして、あのメルスト・ヘルメス博士ですか」

「え? ええ、そうですよ」

 すると、おおお! と感動の声が湧き上がった。ひとりの細身の男が深々と頭を下げては、太陽にも負けない輝いた表情で嬉々と語った。


「僭越ながら、僕たちヘルメス博士の研究と博士自身に大変感銘を受けておりまして! こうして直接お会いできて光栄です!」

 その声で、構内へ入ろうとしている周囲の学生の耳に入り、「ヘルメス博士?」「え、本物!?」とリアクションしてはメルストの前に集まる。

 エリシアらが気付いた時には、とうにメルストには近づけない状態となっていた。近づけば吹き飛ばされそうな勢いだ。


「すごい、あのヘルメス博士!?」

「アコード七英雄が来るって話本当だったんだ!」

「世界を救ってくださりありがとうございます!」

「俺、論文読みました!」

「私、ヘルメス博士の大ファンなんです!」

「えっ、こんなに若かったんだ。どうしよ、めちゃくちゃかっこいい……」

「あの、よかったら握手とサインを!」

 秀才だろうと、好奇心旺盛な若者は次々とメルストに詰め寄る。ざっと20人はいるか。

 数歩引き下がろうとも、後ろも尊敬と好奇心、憧れの眼差しでふさがれている。


「えっと、ちょっと……」

 文化の違いか、いや世界の違いだろう。どんなに著名な先生でもここまで人が集ってくることはない。まるで有名な俳優や歌手にでもなった気分だ。黄色い声もあり悪い気はしなかったしこのまま続けばなと思ってもいたが、それにしてもどう対処すればいいのかわからず頭が真っ白になりそうだった。念のため考えておいた対応の言葉も出てこなかった。

 このまま某ライトノベルの無気力系主人公の如くクールに無口を貫いて、だけだと冷たいのでせめて笑顔で対処しようと考えたとき。


「何をしている! 今日は何の日かわかっておるのか!」

 怒号が聞こえ、びくりとした各国の学生諸君はクモの子散らすようにその場を去ってしまった。


「全く、最近の若者は」とぶつくさ言う初老の男が近づいてくる。正装と思わせる紳士服を着こなし、かきあげた灰色の短い髪をジェルで固めている。そのやつれ顔は凹凸した骨格であり、クールでありつつも神経質そうだ。


「あちらの方はもしかして……」と様子を見たエリシアに対し、「さぁ、私は知らないわ。ただ友好的でないのは確かね」とメディは答える。

 細身を支える足をずんずんと進め、その場に残ったメルストをギンと睨みつける。


「君かね、噂のルーキーは」

「え、ええ。すいません、お騒がせしてしまって」

 腕を組む姿は圧としてメルストにのしかかる。

 錬金術師のブローチ。星の数は5つ。五星の学術称号を有しているということは教授だろうか、とメルストは必死に脳内の教授リストを思索する。だが研究内容と論文でしか人を知らない彼にとって、圧倒的に情報不足なのは目に見えている。


 じっと見下す男は鼻を慣らし、

「……ふん、思った以上の若造ではないか。真にあの新薬を開発したのか疑わしくさえ思う」

「あ、あなたは……?」

 ぎろり、とまたも睨む。一文字に結んだ口を重々しく開いた。

「エルト・シュタインだ。なんだ、まさか錬金術師であるにもかかわらずこの私の名を知らぬとでもいうのか」

 どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。やばい、という気持ちだけが先行し、返事に困った。さっそくやらかしたか、と謝ろうとしたとき。


「若手をいじめるのはそこまでにしておけ、シュタイン先生」


 男の肩にしわついた手が置かれる。

 その穏やかな声の主は細身のシュタインよりも一回り大きく、しっかりした体格である事を、そのワントーン暗めのグレー地のジャケットからでも十分にわかった。

 マローネのレジメンタルタイとウェリントンメガネが似合う、白い口髭ともみあげまで続く整えた顎鬚。彫刻のようにごつごつした面長の顔はマイルドな余裕を醸しており、癖のある白髪のオールバックもあって、たくましい顔つきにも見える。威圧を与えかねない顔つきと体つきではあるものの、優し気な様子で、初老はにこっと口元に笑みを含ませた。


「ラーゼス……!」

 忌々しそうに、振り返ったシュタインは肩に置かれた手を払い、その場を一歩離れた。

 それに少し驚いた様子だが、眼鏡越しの青い瞳を細め、肩をすくめては再びにこりと微笑む。


「私の知人が失礼をしたね。彼は無礼で傲慢な上に詫びることを知らない。どうか許してやってくれ」

 その言葉に「何をぉ」とシュタインはにらみつけ、歯をぎりぎりとかみしめる。だがラーゼスと呼ばれた初老は一切気にも留めていないようだった。

 だが、それよりもメルストは驚愕の目を浮かべていた。まさかといわんばかりに、目の前の知る人ぞ知る人物に魂が揺さぶれたような。


「ら、ラーゼスって、まさか、アントワーヌ・ラーゼスさん……!?」

「いかにも、私がそうだが」

 すると、深々と頭を下げ、精一杯の挨拶をメルストは地面にぶつけた。


「は、はじめまして! あの、私はメルスト・ヘルメスと申します。ええと、その」

「もちろん、君のことは知っている。錬金術界隈どころか、世界で一躍有名になったのだからな。会えて光栄だ」


 すっと大きな手を前に差し出される。

「あ……」と思わず目から熱いものが混みあがりそうになった。密かに尊敬の念を抱いていた錬金術師――もとい化学者と握手を交わせる日がさっそく来るとは夢にも思わなかった。

 これほど光栄で、恐れ多くて、幸せなことはない。メルストはやさしく、そして力強く右手を出し、握手を交わした。


 確か50代だったはずだ。齢であるにもかかわらず、力強い握手が返ってきた。それでいて、熱い。それはきっと、己の心がそうなっているのだろうと、メルストは浮かんできた涙を引っ込めるように努力した。

 そのとき、メルストの横からエリシアとメディが一礼してラーゼスらにあいさつを交わした。


「お初にお目にかかります、ラーゼス博士。ミステム魔法学会のエリシアと申します。こちらは錬金術学会兼医薬学会のメディ・スクラピアです」

「どうも」とメディの一言。そのとき、シュタインとラーゼスの顔は驚いた様子を浮かべる。


「蒼炎の大賢者様……っ、これは大変な失敬を。挨拶が遅れ申し訳ありません」

 そう片膝を跪き、首を垂れた。あの横柄な態度を取っていたシュタインでさえも。これにはメルストも驚きを隠せない。


「い、いえ! お気になさらないでください」

(やっぱりエリシアさん相当すごい人なんだな……)

 近くにいるからこそ、認識できていなかったこと。エリシアは焦りつつも頭を上げさせる。再び見上げる程にラーゼスは立ち上がっては背を伸ばし、眼鏡をかけ直す。


「まさかこうして魔法術式学の権威でもあられる大賢者様、そして四星の医学薬師のスクラピア先生にもお会いできるとは。まさに夢のようです」

「覚えていただき光栄です」とメディはくすりと笑う。その仕草が幼い少女とは到底思えない。彼女の容姿は学会の中でも知られているのだろう。

 ひとつ咳き込み、ラーゼスは紳士の如き一礼を交わし、笑顔で彼らを迎え入れる。


「では紹介を改め。私はミステム大学府のアントワーヌ・ラーゼス。当パラケルスス会議の運営も務めております。それで彼は同じ学府所属のエルト・シュタイン教授。医術の学問に携わる錬金術師でもあり、数々の物質理論を立ててアル・ケミーの概念や礎を築きあげております」

「その理論を次々間違いだと証明したのはどこのどいつだ、この"理論破り"めが」

 悪態をつくシュタインに苦笑し、少し困り顔を浮かべる。


「はは、このような因縁もあって犬猿の仲ではありますが、まぁ彼とは学生時代からの腐れ縁であり、善き好敵手でもあります。それでも、私は彼の研究には尊敬の念を抱いております故」

「ふん、よく言うわい。今に見ているがいいわ」と呟く。


「これも何かのご縁です。開催はまだですが、いまはデモンストレーションとして実験の実演がなされている。明日になれば人でどこも埋まることでしょう。故に、いま空いているうちに構内を紹介いたしましょうか」とエリシアらに告げる。そしてメルストへと目を向けた。

「あとは……そうだな、会場の準備もヘルメス博士にとっては初めてだろうから、それも兼ねて案内しよう。ダウドナ君、急な変更で申し訳ないが、スケジュールに問題はないかね」

 そうクリスに体を向ける。「あぁ、彼女は私と同じラボ所属の助教だ。なかなかに美人だろう」と余計な一言を加えたところで、クリスは柔らかい声で、かつてきぱきと答えた。


「問題ありません。前夜祭開催まで2時間以上もありますので、下見をするにはちょうど良いかと思われます」

「そ、そんな先生自らなんて」と謙遜するメルスト。対してはっは、と笑っては、

「問題はあるまい。ちょっとしたファンの頼みでもある故」

「ファン……?」


 あ、と口をこぼしたかのように。そっぽを向き、白く短い顎鬚をじょり、とさする。

「おっと、これは言ってはいけなかったな。まぁ直にわかる。シュタイン先生はどうするかね。せっかくの機会だ、久しぶりに――」

「誰が貴様となんか。学生に困らん貴様と違って、こっちはあれこれ自分でやらなきゃいけんことが多いんだ。これにて失礼する! ……いい気になるなよ、若造」

 捨て台詞を吐いては、大学構内へと戻ってしまったシュタインに「また前夜祭でな」とマイペースな言葉をラーゼスは少し声を張っては笑顔で送る。「すまないね、彼は素直じゃないんだ」

「いえ、大丈夫です」と笑みで返す。しかしいまいち強張った様子だ。

 では行こうか、とラーゼスは大学の正面へと半身向ける。メルスト等をエスコートし招き入れるように、右手を前方へ差し出した。


「ようこそ、ミステム・ユニバーシティへ」

次回(仮)「錬金術の最先端」



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