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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第二部一章 錬金術の先駆者たち ミステム錬金術王立学会編
202/214

5-3-1.モーニングティーは空の上で

 ヒュオオ、と鳴く風が黒い髪を撫でる。


 明朝の空は肌寒い。昇ったばかりの太陽は、空の船に温かさを届けてくれた。

 甲板(デッキ)から見える世界は一幅の絵にとどまらない。


 雪のような真白の雲海と、島のように突き出る数々のテーブルマウンテンには緑が生い茂っている。進む船が白い海を裂いた先、広大な大河。雄大な恵みが流れる先は、世界の階段といわんばかりの複数の瀑布が無数の飛沫を上げていた。まるで海の壮大さを受け止めているような大自然の音は、胸の内が痺れるほどに届いてくる。地に落ち着くことを知らない緑の岩峰の数々は水面の葉のようにゆらりと空を揺蕩う。草の香りとともに、浮く島を空の船はかき分けていく。


 朝日の光に従い、空がきらきらと煌く。その正体は魔力を纏う妖精霊(エレミン)の群れ。生物としての形を為してなくとも、無数の星の砂粒が渓流に委ねるように、光の粒はこの冷たくもあたたかい風を筆に、空に慈愛の彩りを描いていった。

 数羽、背黒鷗(フェスカータ)が並行して白黒の小さな翼を羽ばたかせるのが目に入る。やがて群れから離れるようにメルストの視線の上へと飛んでいった。


 ゴゥンゴゥン……とどこかから奏でる蒸気機関の駆動音とプロペラの回る音が距離を置いた先から聞こえてくる。この船の翼となっている3つの気球が目に入る。それを守るように気球の周囲を蛇のような竜が遊泳している。群青色の筋と銀の鱗が朝露に濡れ、陽光に照らされている。

 そのまま視線を落とせば、何もかもがちっぽけに見える世界がぎっしりと詰まっている。吸い込まれそうな高さに足がすくみそうになる。

 ただただ、ため息しか出ない。


「いやっほーい! 飛んでる飛んでるー!」

 どだだだ、と後ろの広い甲板でルミアが元気に走り回ってはくるくる回り、そして飛び跳ねる。まるで無邪気な子供だが、朝日によってきらりと輝く金糸の髪が目に入った。


「ふむ、空を眺めるのも良かったが、空から眺める景色も悪くはない」

 船首に仁王立ちしては先陣切って風を浴びるテリシェ。腕を組む彼女の後姿は凛々しさの具現化ともいえるだろう。はためく白革の上着がマントに見えなくもない。やはり中二病染みたことが好きなんだろうなとメルストは思う。


「相変わらずルミアは子どもみたいに駆け回るなぁ。テリシェさんも船首で船長気分になってるし。ねぇエリシアさん」

 そう隣で一緒に景色を眺めていたエリシアの方へと声をかけた。


「すごい……! メルストさんすごいですね! ほら、町があんなに小さく! それにほら! えっへへ、雲も掴めちゃいそうです!」

 船の手すりに身を乗り出して雲へと手を伸ばし、朝日よりも輝く満面の笑みをメルストに向けていた。きゃっきゃと、本当に心の底から嬉しそうだ。思わず呆気にとられ、無言になってしまった3秒間の間に何度メルストの感情は尊いという昇天を為したのか。


「もしかしてエリシアさん」

 その現実を見るような目で我に返った彼女は途端に顔を真っ赤にさせる。

「……はっ! い、いえ! 決して飛空艇が初めてというわけでは! そ、その、あっ、そうです! 大賢者ですからこのような素晴らしいお乗り物に乗れるのは大変光栄……ええと大変お茶の子さいさいなのでして!」

「素直になろうぜエリちゃん」

 飛空艇という技術は歴史的には新しくも王国内では浸透したもの。とはいえ、転移魔法を移動手段として使う彼女にとっては新鮮で、好奇心を刺激されるものだっただろう。


「あの、ちちちがうんです、そ、そうじゃなくてですね」と顔を赤くしながらあせあせしてるエリシアの一方、その背後でぐったりしてる緑髪が目に入る。なんか死んでる。

「大丈夫かフェミル」

 ふるふる、と首を振る。手すりに身を預けてはぼーっとしており、視線が船の下を向いている。ただでさえ白い顔が青白く、無い寄りの薄い表情も心なしか気持ち悪そうに見えなくもない。それに気づいたエリシアも心配の声をかけた。


「馬車とか竜車とか、おまえほんと乗り物に弱いよな」

「むり……吐く」

 ちょっと待って、という前に既に彼女の酸味の強い失態が静かに船の外へと散布された。

(あぁ……どっかの町に降り注いでないことを祈ろう)

「ポーションお持ちしますね」と背中をさすっていたエリシアは船内へと向かった。

「ちょっと待ってろ」とメルストは左手からプラズマを放出させる。

 プラズマを発した左手で"物質創成"したのは炭素と酸素、そして水素。それを"物質構築能力"で乳酸にし、強制的に縮合させることでポリラクチドへと手中で重合させる。やがてそれはコップ型を為し、そこに右手から創成した水を入れる。

「ほら、水」

 物干しされた布団のようにうなだれている彼女にそれを渡す。ゆっくりと右へと向いた彼女は死にかけだが、それでも尚綺麗な顔つきだ。ハイライトのない金色の目をしたまま、気怠そう受け取る。


「一応、これ飲んどけよ。酔い止め薬」

 くぴ、とコップに口をつけたフェミルに渡したのは指でつまむ程度の小瓶。中に十数粒程度の白い錠剤が入ってる。

「薬……」

 フェミルは眉をひそめる。嫌悪感を示す彼女に、メルストは苦笑しつつ補足する。

「そんな警戒しなくても。今の目眩や吐き気を抑える効果があるから。具体的には胃に直接働きかける安息香酸エチルと無水カフェイン、ピリドキシン塩酸塩にスコポラミン――」

「わかった。飲むから」

 薬よりもメルストのうんちくの方に嫌悪感を示したようだ。それはそれで悲しいと錬金術師は思っただろう。


「精製と配合比率と顆粒コーティング大変だった話聞いてかない?」

「別に、いい」

 そっかぁ、とメルストは残念そうな顔を浮かべる。水を飲んだからか、少しはましな顔つきになった。


「アーシャ十字団の皆様、朝食のご用意ができました」

 デッキの中へと続く階段からクリスが出てくる。返事をしたメルストは皆を呼び、彼女に着いていった。


   *


「ハッ、王城ほどじゃねぇが、悪くはねェな。飯も船の中も、女もな」

「さすがはあたしたちだにゃ。世界を救っただけのことはあるよ」

「それは今回あんまり関係ないと思うけど」

 

 庶民的な生活を送っている一同にとっては、その朝食は目を輝かせるものだったろう。

 食堂は広く、白無地のテーブルクロスにかかった卓上には様々な種類のパンのみならずスコーンにマフィン、パンケーキまで。もちろん、ジャムやバター、はちみつまでも添えてある。

 各地から取り寄せた野菜サラダに添えられるモッツアレラを彷彿されるフレッシュチーズとハム、綿鯨蹄(オビス)の腎臓のソテーが食欲をかき立たせる。穀物の黄色いスープもとろみがあって、香りをかぐだけでも頬が落ちそうだ。


 バイキング形式で最も目を輝かせたのはフェミルだろう。朝食が終わり、全員がテーブル席で一息ついている間にも、フェミルだけ山盛りのパンやサラダ、肉料理を取り寄せている。


「つーか、こんな遠出するってんだから一泊はすんのか」

 テーブルに組んだ足を置くジェイクは若干不満そうに聞く。酒が置いてなかったのもあるだろう。それにエリシアが答える。


「移動日を含めて5日間です。王立学会は今日含めて4日間あります」

「は? 5日もいなきゃなんねぇのかよ」と眉をひそめる。

「聞いてなかったんかい。一応前にも言ったからな」

 ジェイクの舌打ちにメルストは呆れる。

「メルスト殿、今日はチェックイン以外にすることはあるのか?」

 テリシェが紅茶に口をつけたあとにそう訊く。途端、料理を山に積んできたフェミルが彼女の隣に戻ってくる。まだ食うのか、と戸惑いを見せている使用人らを他所に、メルストは口を開く。


「今日は移動日だけど、17時に前夜祭があって、18時に一時間ほどの特別招待講演、そんで懇親会があるんだ。開会式は明日だね」

「その招待講演の発表者がメル君ってわけね」

「……人、多い? 5人以上、いる……?」

(5人で人多いと感じるのか……)

 険しい雰囲気を漂わせるコミュ障ハイエルフにメルストは正直に言う。


「まぁ大きな学会だからもっといるんじゃないかな。といっても、参加自由だし、正式な学会の開始日時は今日から五日間だから、そんな身構えることでもないけどな」

 俺を除いて、と付け足す。そう、と納得したのかしてないかよくわからない返事だけ届いた。


「でもマジで嬉しいよなー。もしかしたらいろんな著名の研究者の研究を生で聞けるチャンスだからな」

 両腕を卓上に置き、によによしだすメルスト。その分野の道を進んだ人にしかわからない話に、ジェイクとフェミルはいち早く察したようで、食に集中し始めた。

「気になる方がいるのですか?」とエリシア。待ってましたと言わんばかりに、メルストは目を輝かせる。


「もちろん! 古典錬金術の革命ともいえる"単系調合(ポーカス)法"といえば"マテリアルの冒険者"ことスウォン・シェーレ先生。俺の中の物質の概念が壊れたといっても過言ではないワンポット式調合・配合技術――ポーカス法は精製や再現性、配合も最難関を極めるし原理原則さえも未だ明らかになってない底なしの沼そのものだけど、新材料開発の可能性が無限大なんだよ。そのポーカス法の調合レシピを数百、いや千以上作った、まさこれまでの材料開発の歴史と言ってもいいほどの先駆者の講演が聞けるんだぞ!

 それに! 次世代錬金術的手法を先駆ける多段合成(ウッドワード)法の第一人者にして錬金術王立学会の名誉会長ピーター・ホワイトサイズ先生! まだご存命で、今回のパラケルスス会議にも参加されるから是非ともお会い……いや拝める権利もないだろうけどそんなすげぇ人がご講演されるから絶対に聞きたい。光波長の長短や強度によって4つの型に変化する光刺激応答物質の合成や、レア度の高い植物から採れる医薬品成分を糖から全合成した手法を確立、討伐困難な魔物から抽出できる生体鉱石(バイオミネラル)でないと作れない強力な武器の複雑な製造工程を、その鉱石抜きにして、たった3工程までにカットできる触媒の開発……挙げればきりがないよ。今も、そしてこれからも錬金術を語るにはホワイトサイズ先生抜きには語れない。

 あとは研究の時に文献で何度もお世話になったアントワーヌ・ラーゼス先生。2種以上のヘテロ・マテリアルのハイブリッド化によるエネルギー材料の新規開発もあれば、タンパク質の構造を無機物から構築したことで生物の進化学に革命的な理論を唱えた偉業を為していて、医用生体材料にも明るい天才そのもの。数々の概念を壊してきた通称"理論破り"ともいわれてるね。元々の専門が金属変性学ってんだから本当に幅広い分野で論文を出版されてるんだよ。

 他にも気になってるのは"塩と酒の王"ことユアン・グラウバール先生だったり、生体の不老不死の研究を通じて、健康や美容、抗老化へ応用しているティアロ・カテリーナ先生、それに――」


「メルスト殿すごいしゃべるのだな」

 テリシェでさえも引けを取るほどの熱弁。


「これが限界オタクの固有スキル"語り"だにゃ。普段は相手の出方を伺いすぎて奥手極まりないコミュ障なんだけど、好きなことになると相手のことを一切考えずに自分の欲望のままに何の惜しげもなく早口で吐き散らすことで、相手にストレスという精神的な状態異常を与えるスキルさね」

「言い過ぎじゃない?」

 さすがのオタクもルミアの冷静な解説にほとぼりが冷めたようだ。


「でもごめん、気持ち昂っててつい……」と恥ずかし気に頭をかく。

「大丈夫ですよ。私も錬金術の権威といえる方々とご対面できることに緊張と期待で今も胸がドキドキしていますから。それに、メルストさんがお望みになれば皆様にご挨拶できると思いますし」

 くすりと笑うエリシアはそう言った。

「えっ、いやさすがにそんな恐れ多いことは」

「それだけのことをメルストさんはしてきたのですから」

 慈愛の目。心の底からの尊敬が微笑みと共に向けられ、メルストは直視できなくなる。素直に褒められると小っ恥ずかしくなってしまう。


「そうなのだ! よくわからんがメルスト殿の功績は我の耳にも届いておる。もっと堂々とするがよいぞ!」

「あ、ありがとう。なんかよくわからないけど」

 自分のように誇らしくなり、大きな胸を張るテリシェにそう返す。

 ジェイクに関しては一切耳に入れる気はないらしく、嫌味を言う事もなかったが嫌そうな顔だ。とうとう目を閉じ、寝る始末である。

 それでさ、と言わんばかりにルミアが椅子の前脚を浮かせ、仰ぐようにメルストに訊いた。

主な登場人物(飛ばしても問題ありません)


・メルスト・ヘルメス

 アーシャ十字団の若き錬金術師にして異世界転生した元研究者。黒煌の髪と瞳をもち、白い外套や白衣が印象的。しかし今は紳士の服装を上に羽織っている。

 国際学会に行く際、飛行機酔いして気持ち悪そうにしていたところを隣の席のかわいい子に心配されるどころか何もせず嫌悪的な目を向けられた思い出はいまも覚えている。


・エリシア・オル・クレイシス

 アーシャ十字団の魔術師兼魔法学者を務め、かつアコード王国の王女にして六大賢者の一柱、とどめに王国神殿府の大司教の一人を務める天才。青銀髪と紅の双眸をもち、青と白の術服を常時羽織っている。

 大賢者の立場でありながらも魔法学・魔術学会に入っている。本編で語られてない(ピックアップしてない)が彼女も立派な研究者であり、魔法学に関するジャーナルのレフリーとして審査する立場でもある。対応は天使の如く、査読は悪魔の如くと言われている。そのストレスもあるのか、時折メルストにすごい甘えたくなる時があるが、気持ち悪いと思われたくないので我慢している。


・ルミア・ハードック

 アーシャ十字団の機工師を務める華奢な少女。金髪と紫の瞳をもち、黒いインナーにツナギや作業服、スチームパンク風等の装いが特徴的。

 メルストが講演の原稿を書いていたとき、勝手に執筆を手伝って、勝手にインク零して原稿を真っ黒にした戦犯をしている。


・ジェイク・リドル

 アーシャ十字団の警護官を務める青年。赤茶髪と翠の三白眼をもち、レッドダーク調の軽装鎧といった冒険者風の容姿と長身の両手剣が特徴。

 一時、自分で金を作れたら金に困らないということで、錬金術で金を作ったという詐欺師が開いているセミナーに行ったことがあるらしい。しかし建前や冗長な話ばかりで堪忍袋が切れ、暴れた結果、イカサマも暴いたこともある。


・フェミル・ネフィア

 アーシャ十字団の槍闘士として生きる、無愛想であるも麗しき少女。精霊族ハイエルフ種でも珍しい緑髪と金色の瞳をもち、エメラルドおよびサファイアブルー調の騎士鎧と鎧兜が特徴。

 極度の人見知りであったが、最近は町の人にようやく会釈程度の挨拶はできるようになった。頑張ったね。


・テリシェ・ロアム

 アーシャ十字団に新しく加入した、自称魔道竜騎士の若い女性。軍服を好み、ポッターズピンクの結った短めの髪とティールブルーの右目、黒眼帯と側頭部に生える竜角が特徴だが、尻尾はない。

 学会出発までの間、町中律儀にあいさつに回ったという。そのまま迷子になってエリシアが捜索し、エリシアも一緒に迷って、結局ルミアとフェミルが探したというエピソードがある。テリシェはともかく、なぜ町に暮らしているエリシアが迷うのか。その謎を解明するべく、我々はア○ゾンの奥地へと向かったら異世界に転生した件


・オーランド・ノット

 アーシャ十字団に再加入した義手の竜騎士。黒飛竜のハールスを騎乗竜としてかつて幾多の戦争に傭兵として多大な戦果を挙げた伝説級の戦士にして聖騎士団所属。しかし武器はなく、戦闘手法は現時点で不明。

 寝ることが本当に好きで、隙あらば寝ている。昼寝に適したスポットを探すのが得意なようで、ルマーノの町には5か所あると述べていた。寝るときに義手を盗もうとするルミアに手こずっている。


・ロダン・ハイルディン

 アーシャ十字団の団長にしてアコード王国の三雄の一人。大英雄"軍王"として国を護る。銀のオールバックに灰の瞳をもつ重装兵の白銀鎧を纏った巨漢の老兵。

 オーランドの再加入には喜んでおり、旧友との再会の如く、メルストが原稿書いてる間に飲み明かした日があったらしい。オーランドは簡単につぶれたようだが。最近は肩こりと腰痛に悩んでいるらしい。


※物語上そこまで重要じゃないのですが、ピーター博士の名前を間違えていました。正しくはピーター・ホワイトサイズ先生です。大変失礼いたしました。

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