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2-3-2.奇異な猛者達の奴隷解放

 防具のない腕に被弾した武装職員が声を上げたと同時、静寂が一気に暴動の波へと湧き立たせる。


「メルストさんは私といっしょに捕縛者を解放して、一番奥の壁へ集めてください! ルミアとジェイクは妨害者を食い止めて戦力の削減を! ですが決してひとりも――」


「"殺すな"ってんだろ? 耳にタコができるぐらい分かってらぁ」

「ほんっと、先生は考えが激甘なんだよねー、バチコリ苦っがいコーヒーとか好きなくせに」


 鉄剣の刃を横一文字に薙ぎ、敵の装甲ごと斬り飛ばすジェイク。第二撃、第三撃と重々しい破砕だが、彼の動きは猪突猛進にして電光石火。

 留まることを知らないジェイクの剣撃は、武装員どころか檻を断ち切り、床に爪痕のような剣断を刻む。刃が欠けようとも構わない。それは剣術ではなく、まさに力技。剣を持った獣と同然だ。


 "力"に対する"技"――かくいうルミアは小柄な体躯を駆使し、素早い身のこなしで多数勢の剣や魔弾を避けるべく、空と地を軽やかに舞う。両手に構える長刃のソードブレイカーで次々と武装職員の武器を巧みに折り、腕や脚の筋を器用に斬り裁く。

 暴力でブッ飛ばすジェイクとは異なり、最低限の力でバタバタと職員兵を倒していく。


 でたらめだが、純粋に強い。それは、メルストのみならず相手も同じことを思っていた。


「奴隷が逃がされる! 早く取り返すんだ!」

「駄目だ! こいつら強すぎてそれどころじゃねぇ!」

「そもそも何故侵入者が――いや、あの蒼い髪の女……まさか」


「"蒼炎の大賢者"! ということは――っ、くそ! マズいことになった! すぐに撤退だ、騎士団が来るぞ!」


 彼らの動揺を一瞥し、なるべく敵と接触しないように檻を開けては逃げるよう催促の声をかける。最初は戸惑うも、歩み出し、駆ける奴隷たち。


(けど、奥の壁に集めたところで何をするつもりなんだ)


 しかし、今の彼に考える暇はない。彼らについていきながら奴隷を連れていくことが自分の仕事だと思いこませている。人と戦わずに済み、彼はどこかほっとしていた。


「あ、あなたは……?」

「大賢者のエリシアです。私についてきてください! 助けに来ました!」


「エリシア様……っ!?」

「大賢者様が助けに来てくださった! 神よ、神よ、感謝します……!」


 エリシアに続き、メルストも奴隷たちの手を取る。大賢者の加護魔法で巻き添えを喰らわぬように措置された奴隷たち。次から次へと流れていくようにエリシアの印した光の矢印に従って逃げていく。それを防ごうとする作業員たちを、ルミアとジェイクは食い止める。


「どれもこれもボロ雑巾みてぇだな」


 檻の中で力なく横たわっている人間の子ども達を見下しながら、ジェイクは吐き捨てる。


「商品に近づくな! この剣で今に貴様らを――ッ、え? 折れ……?」


 一閃。構えた厚みのある剣があろうことかふたつに割れ、呆気にとられた武装職員の腹を蹴り飛ばした。ぶつかった檻を歪めるほどの力に、味方であるはずのメルストも戦慄する。


「まーったくわかってねェ。奴隷だからこそ丁重に扱うもんだろうが。生きてる道具ってのは、女みてェにデリケートなんだよ」


 そう吐き捨てた一方で、ルミアの高い声が聞こえてくる。


「あーもう! 思ったより多いなぁ。先生! "転送"お願い!」

「わかりました!」


 返ってきた返事を合図に、首元に外していた眼装ゴーグルをルミアは目元まで上げる。彼女の周囲に現れた複数の魔法陣が歯車のように連結しては回り出す。その中にルミアは手足を突き入れた。

 分裂し、細分化し出す魔法陣は、ルミアを中心に、ある巨大な物体へと形状を変えていく。鮮明な光が褪せ、重々しい色が顔を出した。


(マジかよ……あれ歩行兵器か?)


 ずんぐりとしたシルエットの鉄塊。水筒ほどの小さな金属筒や一斗缶、ドラム缶らしき金属製の容器がその胴体の背に何本ものチューブで接続されている。無数のケーブルや銅管が複雑に絡み合い、4基のジェネレータが露出している。

 腕部と思われる油圧式のブームの先――アームには、二対の巨大な回転式多銃機関銃ガドリングガンと思わせる束状の火砲が組み込まれていた。


 鈍重な印象を与えるが、鳥類――否、大型獣脚類を想起する逆関節型の太い炭素鋼の両脚は、軋むような駆動音を唸らしながらも見事にバランスを保っている。

 錆の浮く鉄塊は重たげにスチームを噴き出す。


「なんだあれは……!」

「て、鉄の化物!?」


「あの馬鹿賢者ッ、また素直にマジキチの言う事聞きやがって……! おい黒髪! 突っ立ってねェであのガラクタから離れろ!」


 多勢の武装職員を屁とも思っていないジェイクが、苦虫をかみつぶしたような顔で忠告してきた。訊き返したメルストを無視し、一目散に先へ走っていく。


「ちょ、今のどういう――」


「この熱気! 唸る機動音! 揺さぶる振動とマイハート! くぅぅぅっ、もうサイッッッコーにエクスタスィー!!」

「……確かに逃げた方がよさそうだな」


 トランス5秒前。ハイテンションのあまり我を失いかけているルミアの猛りに、誰もが身の危険を感じた。「逃げて! 頑張って早く逃げて!」とメルストは檻から引っ張り出した奴隷たちの背中を押す。


「――ファイヤーッ!!!」


 戸惑う敵味方を待ってくれることはなく、両腕の尾筒部ローターが回り始めては砲口から火を噴き出す。


 乱射。乱射。乱射。

 無数の弾丸はあらゆる物体に太い穴を空ける。しかしそれにとどまらず、撃ち込まれた弾丸が破裂し、空を裂く音と共に爆炎が大気を焼き尽くした。

 そこに彼女の意図はない。敵どころか天井や壁、檻など無差別デタラメに撃ち続けている。


「おいルミア! 人に当たったらどうす――」

「にゃはははは! 爆発は芸術じゃー!」

(あ、駄目だこれ。フィーバー状態だ)


 敵に目もくれず、ただ爆発にしか目がない彼女は、当然視界には仲間のメルストたちも入っているはずがない。爆炎を背に誰もが逃げ惑った。


「痛っでぇあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

「ッ、今度は何だよ!」


 濁った断末魔が近くで響く。目を向けたメルストは喉が詰まったような顔をしてしまう。

 声の主はジェイク。数人の武装職員に囲まれた中にその姿が見えたが、目を疑った。


 脚、腰、腹や背、腕……体の至る所に氷のやじりが深く突き刺さっており、斜めに斬られた顔面から血がたらたらと垂れている。丁度、戦棍メイスで後頭部を強く殴られ、ふらりと倒れかけた。

 まずい。あいつの命が危ない。


「お、おい! 大丈夫か!」

「――づぇりゃぁあ゛あ゛クソッタレェがァ!」


 倒れる寸前、氷の鏃が何本も刺さっている脚を踏み込み、拾った大剣で回転斬りを仕掛けた。斬るというよりは叩き飛ばしたようにも見えたが、それどころではない。見た目が瀕死の割にピンピンとしているのかメルストには謎でしょうがなかった。


(もう死んでいたっておかしくないほどの怪我だろ……!?)


「は!? こいつ死なないぞ!」「不死身か!?」と敵も受け止めきれていない様子。血をびちゃびちゃと吐いたジェイクは気怠そうに視線を鈍く、しかし鋭くさせる。


「がふっ、……死なねぇんじゃなくて死ににくいんだよ俺ァ」


 それはあまりにも速く、刃こぼれしている大剣を振り回した後の体勢しか見えなかった。

 四方八方に転がる敵の散り姿。舞う血と鋼の向こうに見えた赤染の緑目は人ではなく、まさしく鬼の如くだったと言えよう。


「バケモノかよアイツ」と自分のことは棚に上げ、なるべく近づかないようにメルストは距離を離した。敵に回したくない相手だ。


「ハッハハァ! やっぱこーいうの最高だぜぇ、クソ弱ぇクズ共の調子乗った顔を歪ませんのは清々する! 貴族を斬らせろ貴族をォ! 会場にいた奴等すべてだァ!!」

「言ってることがもう最低すぎる……」


 血に塗れた顔から裂いた笑み。背筋が凍ったメルストは、なんで投獄されてないのと訊きたい気分だった。


「ジェイク、必要以上に人を傷つけるのは――」

「ああ? 殺してないんだからいいだろ。ヒトを物扱いしてるクズに情けかけんじゃねーよ」


 エリシアに対しつまらなさそうに吐き捨て、相手の剣を奪っては、ズバズバと幾人もの人間を斬り捨てる。「おいテメェら! こっちは手加減してやってんだ。勝手に死んだりすんじゃねぇぞ」と言う始末。


「"その隔てを払拭せよ・ファルスドア"」


 エリシアが杖を壁に向け、唱える。焼けるように刻まれた魔法陣は仄かな光を帯びた。


「みなさん! 早くこの中へ! 外へと続いています!」


 奴隷を集めた壁際。まるで水の壁に入るように、魔法陣の中へと奴隷たちが入っていく。


「だいぶ逃がせたか……? エリシアさん、このあとはどうすれば」

「そろそろ騎士団が到着するはずです。彼らが来ればもう任せても良いでしょう。まだ残っている捕縛者の安全は私が確保しておきますので、メルストさんはここを護って――」


 巨大な地下倉庫中を響かせる地鳴りのような咆哮。ゴォォォ! と奥の方から蒼く淡い炎が噴火の如く火柱を作った。


「なんだ今の……?」


 そうつぶやいたとき、蒸気機関の駆動音が鼓膜を震わす。その歩行兵器を操縦しているルミアが逃げるようにこちらに来た。その後からジェイクも奔走してくる。


「先生ー! ヤバいの飼ってるよこの闇市ギルド!」


 鋼鉄の黒い檻が、津波に流されるかの如く藍色の尾に薙ぎ払われる。ルミアを追いかけるように道を作って現れたのは、前世でも伝説として知られている竜。その巨体は家一軒分を誇り、船をも呑み込まんとする顎門を開けた先には、陽炎揺らめく銀鋼の牙が並ぶ。


「安い奴隷も喰って構わねぇ! あいつらをぶち殺せェ!」


 職員の怒号にも似た声が遠くから響く。翼を広げ、巻き起こす熱風はまさに嵐。脅えるように奴隷たちは慌て、中には腰を抜かす者もいた。


「紅魔竜……! よくこんな危険な生き物を取り扱えましたね」

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