5-2-4.王立学会からの招待状
「どもどもど~も~、いつも明るく健やかに~、郵便屋のユウちゃんがお便りを届けに来たよ~」
「せめて玄関から入ってきてくれない?」とメルストは不法侵入者に一言。だがこうして入ってくることは今に始まったことではない。大抵、大事な通知が来た時はこうして窓から入ってくる。あくまで確率だが。
「あれあれ、今日はお客さんがたくさんいるねー」
ニュースキャップを取っては艶のある黒褐色のショートヘアを揺らし、ぺこりと頭を下げる。「はじめましてー」
「新しく十字団に加入することになったんだにゃ」とルミア。「そなんだぁ」と意外そうでそうでもないリアクションが返ってくる。
「テリシェ・ロアムだ。お初にお目にかかる、少年よ」
立ち上がっては近づき、握手を交わす。スタイリッシュかつ背の高いテリシェと並ぶと、美男と少女かと一瞬だけ捉えてしまうメルスト。頭一つ分は違うのも、そう思った理由だろう。
「ボク女の子だけど、よろしく~。とっても美人さんだね」
「……ひとつ訊くが、我、けもの臭いか?」
そう耳打ちするも「んー? そんなことないよー。いい香りするよ」の一言で表情が明るくなる。どうだといわんばかりにジェイクの方へと目を向けたが、悪口を言った当の本人は忘れたのか眉をひそめて「?」を浮かべるだけだった。
「おー、そいつぁ白鳩竜か。いい騎乗竜だな」
そう竜騎士のオーランドが首と上体だけを向けては窓越しのビーンに目を向ける。ポホ~、と相変わらずやる気のない鳴き声だけを白鳩竜は漏らしていた。
「ほんとに~? そう言ってくれる人なかなかいないから嬉しいよー。おじさん見る目あるねー」
じと目ながらも嬉しそうな表情。「こー見えて、竜騎士やってるんでな」と一言返すオーランド。
(なんだか波長が合いそうな二人だな)
そうメルストが客観的に見ていた時、テリシェから離れたユウが斜め掛けの鞄から何かを取り出そうとしながら向かってきた。
「はーい、これいつもの牛乳。それと手紙ねー。結構大事なやつだから要チェック~」
牛乳6本入ったケースは率先してフェミルが、小さくも見慣れた封筒と、本が一冊入りそうな面積を有した大きめの封筒はメルストが預かる。ひとつはわかるとして、装丁があまりみないものである以上、ギルドや普段の依頼ではないだろう。
「そんじゃ、ボクはこれで~」
次の仕事でもあるのか、いつものように雑談を交わすことはなく、全員に一礼した後に窓をよじ登っては外に出た。ユウを乗せたビーンが白い羽を振り撒いては羽ばたく。町の方へ向かっていくのを、ルミアが見届けた。
もらった封筒をリビングテーブルに置き、メルストはそれぞれ開ける。
「ひとつは案の定国王様からか。で、もう一通は……"王立学会"!?」
手放しそうになった紙を放すまいといわんばかりに持ち直し、顔をぐっと近づけた。
「し、しかもメルストさん宛ですね」
学術界にかかわりを持つメルストとエリシアが驚愕の声を上げる。大賢者であるエリシアはともかく、メルストにとって天上界ともいえる存在からの通達など、奇跡どころか天災の前触れともいえよう。他は何の事だかと言わんばかりの顔だが。
「メル君、なんかやらかした? コサックダンスによる膝の負担由来エネルギーを用いた膝小僧の錬成についての論文を出したのはさすがにあたしもやばいと思うけど」
「いや何の話だよ」と即答。「つか全然やらかした覚えもねーよ」
「"王立学会"といやぁ、ミステムにある世界最大規模の学術機関だったか。他の学術学会よりも一番古くて、最も権威があると聞いたが」
思い出したようにオーランドが口を開く。エリシアは頷いた。
「その中では総合本部含む13の学術域に区分されていまして、現在では特に"魔法術式学会"と"古典理数論術学会"、"統合哲学会"、そして"錬金術学会"が強い影響力を有しております」
「つまり学者殿の中で一番偉い組織なのだな」とテリシェ。ジェイクとフェミルはいたって関心がなさそうだ。果実や酒と、それぞれ好きなものをキッチンからもってきては口にし始めた。
「で、どんな内容なの?」とルミアがメルストの手に持つ書類をひょいと覗き込む。邪魔、と頭を引っ込められたが。
「これは申請書とか、手続き関係の書類だな。手紙もついてたんだけど……はぁ!!?」
思わず二度読みし、嘘だろ、と一言。何度読んでも、自分の勘違いではない。だが何かの間違いかと疑ってしまうほどだ。
「な、なにが書いてありました?」
エリシアの問いに答えるべく、メルストはさらにもう一度、読み直した。懇切丁寧なあいさつ文の後、本題の一文を読み上げた。
「……『十字団の皆様を第93回ミステム錬金術王立学会および懇親会に招待いたします』……って」
妙な沈黙が流れる。恐る恐る、ふと文面から顔を上げた瞬間。
「「「ええっ!?」」」と女性陣の驚きの声と同時、別の方からビターン! と倒れる音が響く。
「フェミルん! お気を確かに!」
ダイニング席から落ちるように倒れたフェミルのもとへとルミアがかけつける。まさに風前の灯火の如く、ヒューヒューと呼吸を細めている。
「だめ……わたし、パーティ、行ったら……ゴホッ、心臓、爆発して、ケホッ、ケホ……ッ、死ぬ、病気、もってる、から……けっ、欠席、げほっ、させて……」
「よし、じゃあ全員出席で」
「メル……鬼」とコミュ障の極みは絶望の目を浮かべたまま失神した。体を張った必死の抗議も陰キャの理屈男には響かなかったようだ。
「テメェ何言ってんだふざけんじゃねぇぞ! フェミルちゃん病気だってのに行かせるバカがいるか! 心臓爆発して死ぬんだぞ!」
「いやおまえが何言ってんだよ! 本気で信じるバカがいて一瞬感動しちゃったよ!」
真に受けた陽キャ型直感男の全ギレと同じ声量でツッコミを入れるメルスト。迫る顔面のぶつかり合いをしたその一方でテリシェが書類に目を通し、感嘆の声を上げた。
「すごいではないかメルスト殿! 偉大なる王立学会から招待とは、やはり十字団は世界に誇れる集団なのだな!」
自分のことであるかのように嬉しそうに腕を組んではうんうん頷くテリシェ。「やっぱあたしらサイコーだぜ! まさに超・天・才!」「なのだ!」と変な掛け声をしてはルミアと屈んだテリシェがハイタッチを交わす。さっそく打ち解けている様子だ。
「へルペス、そいつは誰からの招待だ?」
「いやメルスト・ヘルメスです。どんな間違い方してるんですか」
わざとじゃないかと思うほどの呼び間違いを、ウイルス呼ばわりされた彼は呆れながらオーランドに指摘する。
「フィリップス・アウレオール准教授からです。主催者代理として連絡してくださったみたいですね」
「っ、アウレオール先生……!?」
エリシアの驚き交えた意外そうな声。それを違和感としてメルストは視線を向けた。
「エリシアさんとかかわりがある人?」
しかし返ってきたのは、妙に歯切れが悪い言葉だった。
「あ、えっと、その……私の――」
「初恋の人なんだよね、先生☆」
ピシ、と。
ルミアのいたずらな声が、エリシアを、そしてメルストを凍らせる。
何かを思い出したのか、次第に紅潮していくエリシア。それを見て、ルミアの冗談でも何でもなく、確信だと結論付けたメルストはふらりと一歩あとずさり――ビダーン! とリビングの床に倒れ込むのだった。
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