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2-3-1.双黒の錬金術師とアーシャ十字団

 王都から最も離れた、第9区の国境沿いに位置する広大な緑地都市ディスケット。そこはカルスト地形の中にあり、中央街は溶食盆地ポリエという窪地に詰め込まれたように建造物が密集している。

 カルスト地形である以上、地下は溶食されて地下空洞ができている。そこを開拓してオークション会場が築かれたようだ。


 しかしそこは裏を通じた貴族のみが参加できる会員制。高額な金額は勿論、誰もが歌劇座のような仮面と会員証パスカードを所持している。所持資金はともかく、そのようなものを持っているはずがないので、エリシアの非認識魔法で一行はやりすごす。


 あの後、酒場の店長から聞いた話をエリシアに伝えるなり、すぐに第9区の地方騎士団に伝えては"大転移魔法"――ルミア命名"エリちゃんテレポート(エリポート)"――で現場に向かい、調査に移った。


 しかし、騎士団の動きがあってはバレやすいのもあり、都市の人々から情報を得、探知魔法で場所を特定したのはエリシアとルミアのふたりだけと言っても良い。特定は調査開始から2時間ほどで導き出せたが、開催日時は今日――今まさに行われている時だった。


 軽い準備をしたとはいえ、「これ以上の不幸を食い止める」とだけしか聞いていなかったメルストには、これから何をするのかいまいち把握できていない。


 見上げた先、吊られた巨大なキャンドルシャンデリアと、シャボン玉のように宙漂う球体の光源魔法が目を彩らせる。会場は満席。不気味な仮面が、スポットに照らされたひとつの舞台に視線を注いでいた。


『続きましてエントリー№17番!! 噛めるものはなんでも食べます! 齢十歳の子どもなのでスペースも取りませんが、繊細デリケートなので取扱にご注意を! 証拠隠滅のゴミ箱として一家におひとついかが? 食欲旺盛な"亜人族リニア"の熊型ベアータイプ獣人ビースト、"残飯処理のブリード・リックス"ゥ!! まずは20万Cセインから!』


 ステージ上――奴隷が入っている檻の傍、道化姿の司会の男が、加工拡音石の入った網籠状のマイクで会場中に声を響かせる。次々と席に座っている貴族たちが声を上げ、金額を挙げていった。


「はっはーん、精が出てますにゃ~」


 舞台が最も遠くに見える会場入り口付近。貴族たちの背を見つつ、楽観的な声色でルミアは会場席とステージを見下す。


「あんな小さな子供まで売られてんのかよ……」


 歴史の教科書やフィクションでしか奴隷に縁がなかったメルストにとって、この光景は衝撃だった。人身売買の現場を前にただ観客と同様、ステージを見つめてしまっている。あの獣人の子どもはすぐに落札されてしまい、次の奴隷が入った巨大な檻が運ばれてくる。


「どうして今まで気づかなかったのでしょうか……私がもっと調べておけば」


 このオークションは一度目ではなく、三度目。これまでに二度、数々の人が攫われ、基本人権以下の奴隷として貴族に飼われていたことになる。そのことにエリシアは心を痛めていた。


「あー先生、自分責めないの! 人間そんな完璧じゃないんだから。賢者もいっしょ!」

「早く捕まった人たちを助けましょう。あの舞台の裏が怪しいです」


 カンカンカン、と甲高い鐘の音が鳴る。司会が終了のゴングを鳴らしたようだ。


『終ゥゥゥ了ォォォー! 惜しくも時間切れでございまぁーす!! "巨人族トルート"の"山工職人ガルフ・ディズリー"が5000万Cで落札!!』


 ステージを見てメルストのみがぎょっと目を丸くする。手足と首に鎖が繋がれた髭面の、まさにガテン系といえる体格を誇る丸刈りの壮年。彼のサイズが規格外であることを除けば、そう説明できただろう。10メートル、いやそれ以上か。下に位置するステージまでまだ段が続いているにもかかわらず、その目線はメルストらのそれと同等にあった。

 ただ、その目は俯き、光を感じられなかった。ただの呼吸が、メルストらに風としてわずかに伝わってくる。


「5000万……あの貴族から金を盗れば借金返済どころか釣りまでついてくるな」

「ジェイク、捕まった人たちの解放が先ですよ。落札された方々も含めて」


 やはり会場裏ですね、とエリシアは運ばれていく奴隷の行先を睨む。誰もが彼女らの存在に気づいていない、いわば透明に等しいので、そのまま舞台を横切って入ることもできるだろう。現に今、そうしているときだ。


『さぁさぁ続きましては、なんとなんとなんとォ! 皆様ご必見、今オークションの超大目玉商品! "妖精界シェイミン国"より遥々着ました、かの有名にして偉大な六大賢者の一人"エルフクイーン"の番犬! しかしちょっぴりシャイでお名前が言えない模様。落札した方はぜひ口説いてそのお名前を私に訊かせてくださいな』


 どっと会場が爆笑する。観客の渦中にいるとこちらが話す声も届きづらい。


『それでは紹介しましょう! エントリー№19番、"精霊族フェニキア"の屈強な美人ハイエルフ騎士! まずは7000万Cからァ!』


「ハイエルフですって!?」

「しかも女だ! かなり若いぞ」

「なんと、幻のみどりの髪……っ、今回は当たりじゃ! 遥々来た甲斐があったぞ!」


 誰もが感嘆の声を上げる。

 檻の中に捨てられた、エリシアとそう変わりない歳に見える半裸の少女。爪や殴打による掠められた傷や痣が白い肌を濁くしている。強引に引っ張られたかのような傷んだ長い髪。エメラルドと金の色が混じり帯びたそれは、多少褪せていようと目を奪われるほどの幽玄さを誇る。だが、喘ぐ肺は生への渇望を失ったような、力ないそれだった。包帯の巻かれた目が赤い血で滲んでいることに、背筋が凍る。


『おおっとひとつ忘れてました。残念ながら取引した先の方々が先に味わうだけ味わいましたので、多少の傷モノではございますが、それでも7000万以上支払うだけの十分な価値があるでしょう!』


 聞いているだけで気持ち悪い。

 それを汲み取ってくれたのか、「あの娘も必ず助けます。耳を貸さずに、前だけを見ていてください」とエリシアはメルストを一瞥し、小声で話しかける。


『今はあえて痛々しい姿のままにしてはいますが、治癒魔法で繰り返しお使いできます上、そのときに現れる月の瞳は蕾ひらくアンバークイーンの様! そしてどの宝石も見劣りする芸術的な美貌は、本能を掻き立てる程たまらないものと保証致しましょう! その美しさを見ることができるのは落札できた貴方だけ! まだまだこの娘はイケますよー!』


 ……どうかしている。

 それでもエリシアの言う通り、今は堪えるしかないと、メルストは見て見ぬふりをした。


「……おい先生センセー、俺あのハイエルフ欲しいし買イッデぇっ!」


 ジェイクの耳をプライヤーで力強く挟んでいるルミアがいた。ワイヤーや針金などを切ったり曲げたりするためのペンチのような道具であるにもかかわらず、人に対して容赦なく使う彼女に、頬を引きつらせる。


(この人もこの人でどうかしている……)


「目的から逸れんじゃないわよ。アンタが貴族じゃなくて良かったよホントに」

「こんのクズ猫が……っ!」

「はいはい黙っててねエロ犬君」

(典型的な犬猿の仲だな)


 獣のようにグルルと唸っては火花を散らすジェイクに対し、そっぽを向いて白々しくするルミアのふたりを振り返り見つつ、


「これ相変わらずなのか?」

「ええ、会うたびいつもこんな感じです」


 図太く寛容なエリシアもさすがに呆れている様子。いつも大変なんだろうなと同情する反面、今後の生活に不安を抱く。


 舞台裏――いわば、奴隷たちが積み荷として扱われている倉庫のような場所に出る。色鮮やかな豪華さを見せびらかしていた会場とは大きく異なり、平らにされた床に照明鉱石が取り付けられた壁と秩序だってはいるものの、やや殺風景だ。

 動物のように閉じ込められている質の高い奴隷を横目に、メルストは落ち着きなく戸惑う。


「とりあえず、なんか戦略とかは……?」

「ンなモンねーぞ」


 当然だといわんばかりにジェイクは突き放した言い方をする。妙な焦りは何処へ、メルストは目を丸くした。


「ないって、それマジかよ」

「あー、まぁこの国の"地区騎士団"ならちゃんと戦略練って慎重に行うんだけどにゃー。それじゃあ遅いでしょ。しかも王国機関だし警戒されているから動きがバレやすい」

「だから、私たちの存在があるのです」


 説明の足りないジェイクの言う事を補足するようにふたりは声を連ねる。


「けど、だからといって戦略無しなんて――」

「作戦要るのは実力不足だからだ。力がありゃ考えなしで正面からでも攻略できんだよ」と豪語。

「まぁ今回は急ぎだからね、仕方ない仕方ない」とルミアも否定しない。


「つまり特攻型ってことか……エリシアさんたちはギルドとかなんかに属してるのか?」

 数日過ごしてきたが、エリシアとルミアのやっていることは、まさにイメージ通りのことだった。


 エリシアは大司教としてルマーノの町や王都の教会でミサを開いたり、聖職者の指導をしに外出し、時に王女として公務をこなし、また大魔導士として魔法薬の研究成果を書類化している様子をメルストは見ていた。ルミアに至っては町をぶらぶらしてたり機械を造っているだけ。それぞれの仕事をこなしているのもあって、全く分野が異なる二人が一つ屋根の下で過ごしていることを除けば、彼は特に気にならなかったのである。

 ルミアが言っていた慈善活動。それがメインであるかのような口ぶりから、彼女らはあるひとつの機関に所属しているのか。まさにギルドのような組織に入っていると予想したが、否定の口がエリシアから開かれる。


「いえ、正式には軍事機関きしだんでも管理機関ギルドでもありません。少し特別なのです」


「というかそうせざるを得なかったんだけどね。あたしたち『変』だから、就こうにもどこにも所属させてくれなかったの」


「"犯罪者"に"狂人"、そして大賢者の異端王女ときたもんだ。どのクラスにもなれやしねぇから仕事すらできねェ」


「そんなわけで、エリちゃん先生の王族ならではのコネと、『ロダン団長』っていう現在進行系でお世話になってる"三雄"の監視と承認の元、王様から独立民間業の立ち上げと派遣仕事、そして普通の生活をする許可を貰ったってわけ」


「今回の仕事は、私が要請した第九区の騎士団が来るまでに、この会場の危険因子を無力化すること。国の戦力の中心が魔物の駆逐や内紛・暴動の鎮圧に回っている今、騎士団の兵力は少しも欠けてはなりませんので」


 壁のように阻む分厚いカーテンを捲り、倉庫の全貌が姿を見せる。


「……うぉぉ」


 ここまで規模が大きかったとは。アリーナ2つ分はあるだろう。高い天井を見つつ、ただでさえ広いと思っていたオークション会場が狭く感じる程だ。一種の奴隷市場にも見える、コンテナ扱いされた檻の数々。兵士の武装を纏った無数の作業員や職員が至る所に散在している。その振舞は、囚人を見張る看守のようだ。

 壁に大きく描かれたネオン光の魔法陣。転送用なのだろう、そこから檻に入れられた数々の奴隷が溶け込むように出入りしている。


「――"アーシャ十字団"。それがあたしたちの組織名。どうでもいいことからヤバいことまで、何でも引き受ける王国最後の砦」


「メルストさん、私たちはパーティです。人々の為なら場所問わずなんだってする、ほんの少し特殊な速攻少数精鋭チームだと捉えてください」


 すべてを見据えた目で、大賢者は大人の背丈ほどある美麗な装飾が施された結晶杖を片手に、ローブをはためかせる。

 一瞬だけ――神々しい青の光が、手を前にかざす彼女から放たれたような気がした。


「では、始めましょう。――"封解・チェインブレイク"」


 バギン、と金属が捻じれ、耐えきれず千切れたような音が一斉に鳴り響く。

 ひとつの村がすっぽり入るほどの地下に並べ積まれた、すべての檻の鍵と奴隷の首、手足を縛る鎖や枷。それがすべて火花を散らして粉々になったのだ。


「ん……? おい急に鍵が壊れて――」


 誰かが呟き落としたとき、けたたましい銃声が一発、その場を凍らせるほどまでに高らかに響かせた。撃ち込んだ本人――ルミアの天に掲げた手には赤錆色の拳銃ピースメーカー。それに加え、霧が晴れるように陰密の魔法が解除された今、メルスト達に視線が集まるのは当然のこと。


 すぐさま、警戒されては剣や魔法杖などの武器を構えられる。だが、それに臆することはなく、むしろ武装職員の方が慌ただしい形相で吼えていた。


「な、なんだ貴様らは!?」


「はーい、みなさん全員ゲームオーバーでーす。おひとつリセット入りまぁーす!」


 名乗る程のものではないと云わんばかりに、ルミアはニッと無垢な笑みを向ける。正面の相手へ発砲――戦闘の火ぶたは斬り落とされた。

【補足】

・三雄:3英雄のこと。40年以上前の世界大戦にて魔王ヘルゼウスを討った3人。ひとりは現国王を務める勇者(エリシアの父)と、アーシャ十字団の設立者兼団長を務めるロダン。もうひとり含め、詳細は後に明らかとなる。


・ギルド:封建制における商工業者のための職業別組合。この世界では建築や手工業、商業、農業等のギルドがあり、多くの職業者がそこに所属している。

 中には狩猟業と開拓業、一部の治安維持業が合併した冒険者業(冒険者ギルド)がある。歴史的に古くからあるそれは、年々繁栄(というより世間での憧れの的になりやすいために需要が高い)しており、現に未開拓地や魔物の被害も多いことから、人が多いことに越したことはない(いつの時代もどこの世界も人手不足)。とはいえ、想像以上の過酷さであり、当然ながら死亡率は全ギルドの中でぶっちぎりに高い。長く続けるものは多くなく、(誓約書を書いたにもかかわらず)途中で別のギルドに移る人や騎士団への所属希望を出す人も少なくない。

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