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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
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エピローグ前編 ある錬金術師の遺志

いつも読んでくださりありがとうございます。

 王都の襲撃による被害は甚大では済まされないほど、壊滅的な状態であった。

 アコード王国最高クラスの建造物である王城は半壊し、それ以外の城下――王都はただの瓦礫の海となり、かろうじて倒壊していない民家は数えられる程度だろう。無数の地割れは土地の高低差を狂わせ、河川を絶やした。空に浮かぶ島々は墜落してはいなくも、そこに建つ第二都市は怪物の黒い雨により壊滅状態にあった。


 魔王軍が散布した毒ガスによる影響も少なくはない。王都内の国民の6割が糜爛(びらん)ガスに侵され、中には生死をさまよう者もいた。しかし、メルストが応急処置として大量創成した解毒剤はじめ、地方区から駆け付けた騎士団の応援要請や医師・薬師らの迅速な協力もあり、毒による死者は百人以内に抑えられた。この点に関しては奇跡的な被害の少なさとはいえ、それ以外の死傷者は少なくない。それに数百万人もの民が住処も食糧も職も失った以上、この先の未来は底知れない苦を伴うはずだ。


 それだけにとどまらない。一時的とはいえ、たったの6分で全世界が崩壊の波に襲われたことも、後の伝説となるだろう。王都を閉じ込めた結界の外へと逃げ出した渾沌獣(テュフォン)と錬金術師との"じゃれ合い"はアコードの地のみならず数々の国の数多の山を破壊し、そして海を荒らし、あらゆる生態系や文化が葬られ、乱れた。その様はまさに神と悪魔の小突き合いともいえ、後に世界地図を大胆に書き換えることになったという。


 本来ならばすべてが津波に呑まれたことだろう。だが、推定よりも被害が遥かに小さかったのは、エリシアと"硫弩の大賢者"を除く六大賢者の加護によるものだと、後に語られることになる。予知、あるいは迅速な対応、そして神の如き力が、終焉の余波を退けた。世界を救ったのは決して、錬金術師と十字団にとどまらない。


 終焉が滅んだ代償は大きく、未来は決して明るくはない。だが、そこに一筋の光がある限り、人々の足が止まることはないだろう。


「ロダン、体の具合は良いのか?」

「まずまずだ。だいぶ気分は良くなってる」


 首や胸部、頭部にかけて白い包帯が巻かれている軍王は屈託のない笑顔を国王に向ける。王もまた、痛々しい傷跡を覆う包帯に巻かれていたが、顔色をうかがう限り体調は良好そうだ。

 空が見える玉座の間は、まだ修繕途中だ。資材を運ぶよう促す職人らの声や石材を削る音、トンテンカンと金槌の音が、どこからか小さく響いてくる。


 あれから10日が流れた。王国総出で王都の復興が取り組まれている一方、療養中だった十字団も回復した折、第一区に建つアローノア王宮にて十字団の勲章親授式が開催された。王国だけではない、結果として世界を救った彼らは勇敢なる新たな英雄として讃えられた。そこには国外の貴族や王族もいたという。


「なにより、今夜はルマーノで宴会があるんだ。休まずにはいられん」

「ふっ、頑丈な奴だ」

「老いには敵わんよ。団員を護れなかったからな」

「そういうところは変わらないな。怪我はあれど、命があるだけよかっただろう」

「命を落としかけたことに変わりはない」


 自責の念をわずかに顔に出すロダン。普段のおちゃらけた様子とは異なることに、調子が狂うラザードは咳ばらいをひとつ。長年の付き合いもあるのだろう、察したロダンは「すまんな」と笑みを取り繕う。


「ともあれシーザーの予言は……そういうことだったか」

 双黒の者が王国を滅ぼす。確かに双黒者――フレイル・コーマが滅ぼそうとし、それをもうひとりの双黒者――メルスト・ヘルメスが食い止めた。


「メルスト君は確かに運命を変えた。この国の滅亡という未来をな」

「私の疑いは愚かだった。彼のおかげで国は救われた。この国の今は彼の存在があってこそといえる」

 そう両手を組み、喉を鳴らす。


「メルスト君を拾った君の娘にも感謝せねばな」

「もちろんだとも」と晴れやかな様子。

「俺の説得にも感謝して――」

「それは別の話だ」

「はっはっは! 素直じゃないわい!」

 大きく笑うロダンに、呆れつつもつられて小さく笑う。


「ともかく、双黒の胤裔(いんえい)の伝説は本物だったというわけだ。フレイル・コーマ消滅の一件は世界中に知れ渡るだろう。コーマに勝てる人間がかつてのお前に続きまたもアコードで誕生したんだ、これで魔国もそう簡単には我が国に手を出せまい。フフ……懐かしいな、またも3人で挑み、あれほどの激闘をしたのは魔王ヘルゼウス以来だったか」

 世界大戦による数多の国につけられた傷跡やかつてのフレイル・コーマとの激闘は、規模が違えど今回の被害と近しいものがあった。それでも今があるのは、古き仲であるラザードとロダン、そしてシーザーが共に戦ったからこそである。そのときの絆は何よりも強かった。

 彼を思ってそう話を持ち掛けたが、それに反して本人は気分が乗らない表情をしていた。


「……どうした、急に浮かない顔をしおって」

「ひとつ気になることがある」

 厳かになった表情は、ラザードでも予測がつかない。何を言うつもりなのか、穏やかな顔で、王はただ言葉を待った。


「何故、15年前に討伐したコーマの残骸が遺っていた。それも、城の地下に」

 日差しが入り込んでいるはずなのに、静まり返ったその場は、冷えたようにも感じた。それに構わず、ロダンは続ける。


「復活も何も、塵すら残っていなかったはずだ。なぜハインライン軍隊長はあいつの骨片があるとコーマの残存を知っていたのか」

 王は修復された玉座に深く腰掛け、両手を組む。


「もうひとつ。俺たちが奴を討ち取った場所はヴィスペル大陸だ。アコードの被害を抑えるために、法王(シーザー)が我々とともに転移をして、そこを決戦の場にしたはずだが。仮に肉片があったとしても、大海を渡ってここまで来るのはおかしい話だ」

「……それに関しては気になっていたところだ。確かにあのハインラインの一言を思い返せば、どうも違和感がある。儂でも知らぬことを口にしておった」

 そう返した王も、眉をひそめる。彼のあの慌てぶりからすれば口が滑ったと言っても差し支えない。

 実際、ヴィスペル大陸から来たというメルストに対しても、どことなく抱いていた既視感を信じ、ひとつの可能性としてコーマの疑いをかけていたことは確かだ。だが、様子を見ていくうちにそれは違うとわかったが。


「コーマの残骸が存在していた理由と、ハインライン軍隊長が残骸の存在を知っていたこと。残っていたのではなくて、残していたのではないか?」

 突飛な一言に、ラザード王は咎めるように返す。


「何の為にだ。骨の欠片だった奴に何の利用価値がある」

「事実、コーマはそこから復活した。それを知っているとすれば」

「馬鹿を言うな。何の目的で、どこで、どうやって、そんなバケモノの破片の情報に関心をもって入手するんだ。それに、おまえも言っていたではないか、コーマは瞬時に適応して肉体を進化させると」

 だから、自然と復活したことも否めない。だが、それでは都合がよいだろうとロダンは返す。

 メルストとベネススの衝突の際に生じたエネルギー。それがコーマを覚醒させたとはいえ、タイミングが良すぎる。そもそも、あれは世界一愚かな魔王が作り上げたキマイラだ。もし、そこに意志があるとするならば。


「コーマがパラビオスを取り込み、あそこまで脅威的になったことが、あの神気取りの製作者も予測していたのなら――」

「奴の考えることなど知るはずもない」

 ズン、と重くなる空気。あえて王にとっての禁句を口にしたロダンは、案の定の反応に息をつく。


「だが、そいつ繋がりの人間みな、死んだわけではない。奴の想定通りも、情報が流れるのも、十分にあり得る。あのベネススが想定を外したのは意外だがな」

 パラビオスと融合したのも、奴の計画の内だった。でなければ、怪物の骨片を残す協力者がいることに対して説明がつきにくい。


「なんであれ、今回のコーマの件はやはり偶然ではない、と」

 終焉の渾沌獣だからこそ、不可能を可能にした。しかしそんなことでは納得がいくはずもない。


「まだ判断材料が足りない。それでも、ただの事故ではないことは確実だろう」

「だが、おまえの勘に過ぎん」

「俺の勘がこれまでに外れたことがあったか?」

 ひとつの深いため息。せっかく訪れた安寧がまたも揺らぎかける予兆に、王は肩の荷を重くする。


「この王城か、国内か。裏で動いている奴がいると考えてよいかもな。繋がっているとしたら、魔族か……」

「あるいは、この"世界"か」

 冗談はよせと言わんばかりに、その鼻笑いも渇きを含めるほど。


「今回ばかりはその勘も外れてほしいものだ」

「俺も同感だ」と凍てついた空気を砕くように大きく笑う。


「なんであれ、今度こそコーマは死んだ。あれ以上の脅威など世界のどこにもない。今は勝利のひと時を味わおう」

「おまえも丸くなったな。まったく、早くルマーノにいってこい。皆に会いたいのだろう」

「では、その言葉に甘えようか。ああ、土産に酒瓶のひとつでも持ってきてやる。また3人で飲もうじゃないか」

 無邪気な少年のように、歯を出して笑う。そんなわんぱくな友の姿に、ラザードはあきれ笑う。


「別に構わんが、シーザーには飲ませるなよ」

「あいつも仕方ない奴だ。その代わり、おまえには酔いつぶれてもらうからな」

「まったく、王に泥酔しろというか」

「俺にとってはただの親しき友だ。では、これにて失礼する」

 踵を返し、玉座の間を後にする。響く足音が小さくなるのを届けた王は、静寂を迎えたと同時、近侍の名を呼ぶ。


「カーター」

「はい、国王様」

 まるで最初からいたかのように、玉座の背後からすっと現れる細身の紳士。銀縁の眼鏡越しの鋭い目つきは王の意を汲み取り、果たすべき役割しか先の未来を見ていないだろう。


「話は聞いたな。不審点の後処理、任せたぞ」

「仰せの通りに」

 引き下がり、陰りに溶け込む。再び迎えた静寂。肺を膨らましては深く吐く王は、抜けるような蒼空を見上げる。


「この戦いを繰り返すだけの歴史を……早く終わらせねばな」


次回「エピローグ後編」

明日投稿予定

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