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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
182/214

4-12-18.科学と魔術がひとつになるとき

 コーマの返答は望まない。彼らの一手は速かった。

 放たれた雷は風の精霊の一矢。正確には槍の投擲ともいうべきか。だがそこには既に象を凌ぐ巨躯は消えていた。

 上だ。


『おせぇよ』

 ドシュ、と肉を貫く音は呟いたコーマから聞こえた。地面から噴出された4の鎖は滞空した怪物を捕縛する。


『ほぇ?』

「"ハックトラップ"――はいドーン☆」

 機工師の手に持ったグリップ式スイッチを、首を切るように横に振っては親指で押す。途端、鎖の先端(クナイ)が爆発し、コーマを爆炎で飲み込んだ。


「剣出せ童貞。俺様に合わせろ……"四空掌握"――"型繰(かたく)り"」

「えっ?」

 黒い剣を構築した途端、メルストの体は糸で操られているかのように制御が利かなくなった。腰を落とし、提げた剣に手を当てる。上体は屈み、しかし視線は頭上の煤の塊と化した爆煙へ。

 筋肉の動きが、重心が、流れる神経が、自分のそれとはちがう。横にいたジェイクと全く同じ構えをしている。眼力も、笑みも、呼吸もすべて無理やりに合わさる。

 まるで、鏡合わせのように、もうひとりの狂人がいるような。


「「"双犬噛(そうけんごう)"ォ!!」」

 地から空へと、炎と怪物を3等分に切り裂き(えぐ)るは二人の剣士の暴力的な一閃。そのままひっくり返り、頭から地へと向かう。


「フェミル、いきますよ――ッ」

 その間、シャランと鳴らして地を打つは大楊杖。回り回る旋風は究めた鎗術と精霊の力によるものか。

 魔法の制御が利かないならば、魔力そのものを暴発させるまで。杖と槍の先端に纏う魔力の塊がぶつかり合ったとき。


「「"風炎の塔(フェン・デ・ライン)"!!」」

 一柱の光線が空を穿(うが)った。だが、天の結界にたどり着く前に、毒ガスに付与された魔法抑制効果によって徐々に弱まり、火の粉の如く光の粒子へと消え去ったが、分断したコーマを飲み込み、破裂させた奏功に変わりはない。

 だが、その黒く粘ついた怪物の肉片は地に落ちることはなかった。


「液化した……ッ?」

 重力を忘れ、横へ上へと空を伝う黒い流動体。増殖し、球型の節を複数形成してはそこからさらに糸を飛ばすように黒い樹状突起を伸ばす。まるでネットワークを構築する神経細胞のように、それは瞬く間に空に黒い巣を張る。実が成るように、空間に張った糸が膨張する。そこから漏れだす黒い瘴気(しょうき)は、まさに漆黒の暗雲のようだった。

「なーんかやばい予感」

 そして、一斉に弾ける音が空から降り注ぐ。


『"黒雨(ボイド)"』

 まるでぽっかりと空間を食われたかのように。鼓膜が拒否をするほどの轟音は一瞬音を感じなくさせるほど。そこは局所的な暴雨(スコール)か、あるいは立つこともできず息をする暇もない瀑布(ばくふ)か。


 瘴気から降り注ぐ黒い怪物の半液状の触腕は王都の地に無数の穴をあけ、食らいつくしていく。それを浴びたが最後、骨の一本も残ることはないだろう。彼らの姿は、黒に染まり、民の目からは確認できない。悲鳴の1つも聞こえない。ただ空しく、豪雨が鳴り響く様子を、見届けるしかできなかった。


     *


 背中から地面に当たろうとした寸前、落とし穴にでも落ちたような、一瞬の浮遊感と重力のままに転がされた体の痛み。自分が倒れていることに、そして目の前にまで迫ってきていた黒い雨から逃れたことに気が付き、起き上がろうとしたが、視界に移る景色に、思わず動きが止まった。


「いたた……」

「あっぶねぇ……ここは?」

 それは他の団員も思っていたことだろう。果てがなく広がる澄んだ水面が自分のついた手足のみならず、頭上にも揺らいでいる。下は波紋を描きながらも鏡のように自分を写すが、同じく映った天井のそれは深海まで続いているかの如く、深く、暗く染まっていた。

 そんな天地の水面から時折浮き出てくるのは球状の水滴。それに頬が触れた途端、一瞬で蒸発し、蒼く発火してはすぐに消え去った。そこに熱は感じられなかった。

 傍に立っていたエリシアが答える。


「"カロスの副次領域(エデン)"。言うなれば魔法で展開した局所的な避難所です」

「ひとまず助かったってことね」とルミア。

「でも、そうこうしてるうちにあいつが王城を襲うんじゃ……」

「ここは時空も異なるので、あちらの世界よりも時間の進みは速いです」

「うぅんなんて便利」

 やっぱり魔法はなんでもありじゃないか、と心の中で苦笑するメルストであった。その一方で、ジェイクが睨みを利かせる。


「ンなもんあるんだったら最初から使えや馬鹿賢者」

「緊急用にとっておいたのです。範囲も限られていますし、相当の魔力を使うので発動時間も私の気力次第ですが限られています」

 コーマの攻撃をまともに喰らえば、今度こそお陀仏だっただろう。この緊急回避は正しかったといえるが、あくまで時間を稼いだに過ぎない。ここで多少体を休めたとしても状況は好転しないだろう。

 メルストはひざを立て、立ち上がりざまに言う。


「それなら早く話を進めた方がいいな。せっかく集まっているわけだし」

「話……?」とフェミル。ゆっくりとメルストはうなずく。いつもの少年にしてどこか大人のように落ち着きのある穏やかな目とは異なる、深奥に滾るまっすぐな目は、何かを決意したそれだと、エリシアは知っていた。


「みんなに頼みたいことがある」


   *


 黒い雨が止む。

 鼓膜が拒絶するほどの劈く音は凪ぎ、迎える静寂がうるさく聞こえた。雨と一緒に流れた希望。それに虚しくも感じる民と兵の目に映る先は世界の終わりを想起させたことだろう。

 そこに最後の砦の姿はない。漂う瘴気と空にへばりつく得体の知れない生命体の巣のような黒い粘性流動体がひとつに集結し、怪物の姿となってこちらに歩いてくる。

 再び、響く。


『おいおいおいおいおいおいおいおいおぉぉぉおいッ!! 冗談きついっすよ皆様よぉ! いくらなんでもあっけなさすぎじゃあないかしらねぇ! アハーハハハハァ! ねーねーそぉでしょうテメェらァ!!』

 興奮に混じる不満と悦が、様々な声色と共に不協和音を奏でては吐き出される。

 やがて怪物の迫りくる速度は上がり、巨腕が空へと広げては枝葉のように高く長く遠くへと延びる。展開され、膜が張られるそれは悪魔の翼のような、否、まさに視界一面に広がる闇の様だろう。飛び出さんほどに見開いた黒濁の魚眼を前に、民の体は凍り付いたかのように、震えて固まったままだ。

 猛る兵の指示は、魔導士を動かし王城の結界を強化させる。だが、それでも怪物は簡単に打ち砕くだろう。

 コーマの第二の口にして消化器官が、すべてを飲み込む。


『"我が胎内に献上せよ(ディグ・イン)"』

 寸前、こつ然と空間を裂いて現れた蒼炎とプラズマがコーマの突進を殺した。翼状の口腔も伝播したそれらによって焼け落ち、大きく仰け反った。突飛な出来事に、結界の傍にいる盾を持った兵士らも腰を抜かしそうになる。


 コーマと王城の結界の狭間から延びるのは土と岩の柱。まるで巨大な蛇のようにうねっては王城を囲み、巻き付こうとしている。その先端には、茶褐色の流動する岩盤(リフト)に手をつく錬金術師と空を見上げる大賢者の姿が。


 物質構築能力によって、王都の地盤を材料に、王城の結界にツタのように巻き付いては最上部へと向かおうとしている。魔法しか知らない民ならば、土魔法の類だと一瞬思ったことだろう。ともあれ、十字団が無事であることに、再び歓喜の声が上がり始めた。


「もう少しで城の頂上です!」

 頂上にて群を抜く中枢塔。天を穿ち風に吹かれはためく、(サギ)の銀翼を生やした一角馬の描かれた青い国旗。それはアコード王国の誇り。依然と折れずに聳えるそれを包むドーム状結界のてっぺんが、風を切った先に見えたとき。


『みーっけ♪』

 真横から聞こえた声と、感じた重力。視線を向けたときにはもう、黒い巨腕がメルストらを飲み込もうと――。

 だが、その姿は一瞬にして消える。否、何かと衝突し、落ちていった。


 数百メートルから穿たれた巨体はまたも地面を割り、傾ける。吹き上がる砂塵の中、影が一つ、起き上がる怪物の前に立っていた。その肩に置くは鋼色の塊を成した両手剣(ツーハンデッドソード)

 十字団の"怪物"が犬歯(キバ)を剥く。


『んぁ?』

「おまえ死ねないんだろ? 俺様もなかなか死ねない身体だからよぉ、どっちが死にやすいか賭けようぜ」

『ヘハハハハ! 粋がってんじゃねーよニンゲンのくせにィ』

「テメェこそ調子乗ってんじゃねェぞブサゴリラ」


 剣と爪の剣戟が地と空を切り裂く。それが辛うじて聞こえた距離の先、濃霧の中に佇むハイエルフの騎士は、小さく息を吸った。大賢者の魔法に守られたその身は、毒ガスの霧をも妨げる。


「……"誇り高きハイエルフの騎士よ、屈することなかれ"」

 それは、かつて自分が女王護衛兵だった時に授かった騎士としての志。この身穢れようとも、その信念は決して、染まることはなかった。

 この身に宿る"槍"が折れない限り、どこまでも駆けよう。誰よりも速く、風となって。


「"ウルティフの鳥、西の風をもたらし、(かなで)し精オデロンの栄光なる行進を"」

 それは、風の精が成せる、風と為る魔法。翡翠に光る粒子は、麗しき少女を仄かに輝かせた。凪の檻の中に生まれる風。駿馬のように長く、逞しく、そして艶やかな白い脚を曲げ、体勢を落とす。まるで誰かに祈りをささげるような、だがその手に持つ一本の槍は、常に天へと向けていた。

 ありのままを見せることに、妨げるものなどどこにもない。


「――"アネモアの賛歌"」

 一矢の風が、砂塵を、濃霧を、熱に息を吹かせた。目にも止まらぬ疾風はそれらを引き連れ、やがて王都を包むほどの大きな気の流れを生み出していく。やがてあらゆる砂礫も動き、瓦礫も転がっていく。


 転がる小石の道を妨げるように、こつんとブーツに当たる。吹き荒れる風を感じた機工師の少女は、ゴーグルを装着し、楽しそうに無邪気に笑う。そのさまは、まさに戦場に咲く一輪花のよう。だが、黄金色のそれの真意には、狂気というアメジストに染まる毒が含まれていることだろう。


「"ご都合主義の暴力こんなこともあろうかと"、"只今発動せよ(よういしておいたのさ)"」

 その手にはひとつの軽い金属の箱。その中央には赤いボタン。()ぐように右に広げた腕の先、親指をそのボタンにあてる。


 この国に来てから地道に罠を仕掛け続けたのはルマーノの町にとどまらない。その卓越した腕も思考も、まさに怪物と呼ばれる所以だろう。

 可憐な花ほど、棘と毒があるものだ。


「"兵器全点火はいポチっとな"!」

 爆発は芸術だと、彼女は言う。


 咲き乱れる刹那の赤い爆発(ブーケ)は王都全域に一斉に生じた。地盤からめくれ上がり、あらゆるものが巻く暴風と共に噴き上がる。業火の紅も直ちに黒い煙と化し、毒の濃霧と混じり合う。それに吹き飛ぶこともなく、機工師は爆轟で声が消されることにも構わず、興奮と歓喜の哄笑を高らかに上げていた。


 まさに焦土の地と化したそこから吹き出すものに気づいたのは、エリシアとフェミルだろう。この地に国の中心が築かれた理由は、まさにこの土地に眠る膨大な魔力と妖精霊(エレミン)が繁栄していたからに他ならない。まるで資源の宝庫だと言わんばかりに、それらがいま、掘り起こされた。それすらも、風の精が引き起こす旋風によって空へと巻き上がり、王都中に分散される。


 身を焦がすような熱を含む風は倒壊した数々の建造物や木々を通り、薄雲を越え、やがて王城の頂上へと届き――メルストとエリシアの服と髪を靡かせた。彼の手の上に、彼女の手が乗る。昨夜、秘湯で二人きりになったとき、手を重ね合わせたあのときのように。


「いくよ、エリシアさん」

「はい!」

 息を合わせ、そこから弾けるは、青と赤の光粒子と白いプラズマ。力の共有はこれが初めてではない。物質と魔素の相互作用は、問題なく"錬金術"を発動させた。


 科学(りろん)魔法(しんわ)は対立か。相容れない存在か。違う。

 すべては一つに収束するものだ。


「「"(ヘテロ)(ミス・)(コンパ)(ウンド)"」」


次回「王国史上最大の錬金術」

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