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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
181/214

4-12-17.希望

化学っぽいけどそうでもない描写がありますのでご了承ください。

 双眸(そうぼう)煌黒(こうこく)を帯びる。それは、コーマをひどく喜ばせた。


 まだこいつで遊べる。

 今まで以上にプラズマを放電の如く空へ、地へ走らせる彼に、誰も近づけないだろう。だがその怪物にとっては別の話。


 待ちきれず、コーマから一歩踏み出した時、銃弾や砲弾が十数発、その肉体に埋まり込んだ。

 蚊に刺されたように(わずら)わしそうな目を前方奥へと――防衛前線に並ぶ召喚型防壁兼砲台とそれを盾に軍用(レバーアクション)小銃(ライフル)を構えた騎士らへと向けた。気づけば、コーマの側方や後方にも、魔導士や剣士が、空には竜騎士が陣を取っていた。


「彼の邪魔はさせんぞ!」

「英雄と大賢者様があの男に託したならば、全力で守れ! 聖騎士団がいなかろうが、我々はこの命を以て国を護る兵に変わりない!」

 彼らの頼もしさに、一瞬だけ錬金術師は目を見開くも強張った表情がほんの少し和らいだ。だが、急がねばならない。


『ヘハハハハ、かわいいこと言っちゃって♡ ……うぜェんだよ』

 沈めるような重苦しい声をさいごに、怪物の意識は体ごと、兵らへと向いた。これでいい。捨て身の覚悟で振るう彼らの正義は、風を切る音と剣戟(けんげき)に似た音を奏でた。

 だが、瞬殺であることに変わりはない。おあずけされるほど手を伸ばしたくなるのか、戦いの差中でもコーマはメルストの方へと腕を伸ばした。

 刹那、それは蒼炎によって弾かれる。弱まった力では軌道を逸らす程度しかできないが、今はそれだけでも十分だ。


「メルストさん! ここは私たちが請け負います! 今度はちゃんと、護りますので……!」

 展開されたドーム型の青い魔方陣がふたりとその周囲を小さく覆う。エリシアの蒼く帯びる髪と、迷いの消えた背中。ありがとう、といわんばかりに彼は微笑みを浮かべた。そしてすぐに集中の海へと潜った。


 錬金術師が発動しているのは、ひとつの可能性を掴むための模擬(モデリング)錬成(シミュレーション)


 創成と構築、そして分解をその手の中で発動し、物質設計(マテリアルデザイン)における高速選別(ハイスループット)をしては数百、数千もの合成(パターン)を瞬間瞬間で実験し、最適化を図る。


 彼の記憶は物質全書録(ライブラリ)思索材料(シミュレーションデータ)として。駆け巡る思考は探索アルゴリズムの如く。材料情(マテリアルズ)報化学(インフォマティクス)を地で行く脳活動は、材料開発までの道のりを最速で駆け抜けていく。


 ――これじゃない。


 この毒ガスはただの塩化砒素(クロロアルシン)の類ではない。理解の範疇(はんちゅう)に収まらない魔法的な"何か"が、その分子に修飾されている。そのため、本来簡単に酸化かつ加水分解するはずが、その強い相互作用(くさり)によって防御されている。

 しかし裏を突けば、魔法的であろうとその作用は水素結合はじめとする分子間力と似たものだろう。従来の法則と異なり、特定の条件でのみ、その"未知"の相互作用は働くようだ。


 そもそも、人を殺めることが目的なら糜爛(びらん)性ガスではなく神経ガスを使うはずだ。だがそうでない理由が、政治的か技術的な問題以外にあるとすれば。

 電気陰性度(いんせいど)の高い"緑素(クロニア)"と、金属配位子である"愚銀(アルセニウム)"の組み合わせ、そして保たれた分子間距離が魔法抑制作用を制御しているのではないか。仮にそうであるならば、より強い酸化力あるいは魔法的な結合解離が必要だ。


 だとすればまずは有毒物質の吸着が先決だ。捕捉してから分子の結合を解離させるための活性サイトをぶつけて、毒ガスと魔法的修飾物を分離させなければならない。毒ガスの無害化はその後だ。


 ――これでもない。


 酸化力であれば、定番の酸化金属が数種類上げられる。そして、触媒として分解を促す遷移金属(せんいきんぞく)も必要だ。白金族(PGM)が無難か。この物質は二段階の分解作用によって初めて、無害化が成し遂げられる。

 ふたつの"未知"を繋げる架け橋(スペーサー)としての毒ガス分子。そこが無防備(フリー)であるならば、分子構造に宿る不飽和結合(ダブルボンド)に突破口は見えそうだ。


 選択の決定。分解効率を高めるための(ナノ)微細粒子(パーティクル)化も可能。だがそれに反して表面エネルギー向上による凝集が起きる。界面活性剤で安定化は……却下。活性点の被覆(ひふく)で触媒効果が下がるどころか、吸着効率も低下する。

超微細金属粒子(MNPs)を一個にして、それをカプセルのように包み込むことはできないか。そしてカプセルの表面構造(サーフェイス)が多孔であるならば。分子骨格(フレームワーク)の最適化を検討する。


 ――あと少し。


 より広く、早く、効果的に"未知"との解離と酸化分解を働かせるには。

 導き出したものの、その精密かつ複雑な分子構造は、マイクロスケールならともかく大量に合成はできない。時間も限られる中、自分の手中で行われる錬成では限界が見える。


 コーマの存在が厄介だ。妨害を受けることは避けられない上、高エネルギーを常に爆発的にまき散らすため反応に支障を来すかもしれない。王都の境界と、中央にそびえる王城に張られた各々の結界。

 そして、不毛地帯と化したこの土地から漏れ出てくるように感じる、物質ではない"何か"。おそらくこの土地に元々共生していた妖精霊(エレミン)由来の魔力の類だろうが、気体のように拡散性が高く、大気中に溶け込んでいく。

 気体なのか液体なのかわからない比重と熱をも飲み込む伝導性、言葉にできない重さを感じさせるそれは活性が非常に高いのか、瓦礫に含む金属を腐食させていた。だが、これだけ存在感を醸し出していても、メルストにはノイズにしか感じ取れない。


 その3つの要素が、この地の温度を徐々に上昇させ、また従来とは異なる環境を生み出しつつある。非常に問題だ。


 ……いや、そもそも"問題"なのか?

 それに、自分だけで何とかしようとしていること自体、違うのではないのか? ひとりだけではコーマを倒せなかった。それは、己の(チート)を過信していたのではないか。もっと大切なことが周りにあるのではないか。


 これは、俺だけの戦いじゃない。

 その脳に、電撃が走る。


「……できた」


 設計完了。

 希望(こたえ)は見えた。


 プラズマの放出が終ったそのとき、錬金術師の周囲に再び立ち込めた濃霧が消え去る。空気が澄んだような晴れ晴れしさは違和感として、コーマが首を向けた。


その時、コーマの周囲でボロ雑巾のように打ちひしがれていた数々の兵の体から蒼く燃えはじめ、包み込まれたかと思いきやそれらの姿が忽然と消えた。


『あぁ?』

「そうだな……おとぎ話の世界の方がまだ夢があったよ」


 かつて、自分が憧れていたフィクションの世界。空前絶後のアクシデント。ドラマチックな英雄譚。主人公が世界の中心として回り、どんな障壁だろうと、自分や仲間の力を信じて乗り越え、打ち破ってきた。挫折や困難、絶望があろうと立ち上がってはハッピーエンドを迎える、決定事項(うんめい)。なんと刺激的で、爽快か。


 奇跡も挑戦も何もない、ただ厳しい現実の中を生きて老いていくだけの何も味気ない人生なんかより、断然いいと思ったことだろう。


 だが、実際は想像以上に苦しく、地味で、平穏や平和なんてものは不安定。なにもかも簡単にうまくいくほど、この世界はそう甘くなかった。ひとつ足を踏み外せば、命だって失いかねない(もろ)い社会。自分の行動一つで、その結末はバッドエンドにもつながりかねない。


「ただな、死ぬほど努力しても報われねぇ理不尽な現実(せかい)に比べたら、異世界(こっち)の方がまだシンプルだ」

 だからな。この異世界に向けて言い放つ。


「――転生者(おれを)、舐めんなよ」


 ガン、と硬いもので頭を軽く叩かれる音。思わず振り返ると、負傷したジェイクが剣の鞘側を手に、メルストを不満そうに睨んでいた。


「"俺たち"だバカ童貞」

 驚き、何かを言おうとするメルストに構わず、青年は前へと通り過ぎた。その後ろにはボロボロの姿でありつつもいつもの変わらぬ機工師と槍騎士の少女の姿が。


「あたしらもなめてもらっちゃ困るさね! アーシャ十字団の本気はこっからってこと、教えたげる!」

「……覚悟、して」

 ひどい怪我だが、それに屈しない。最も驚いたのはエリシアだろう。目の前でコーマの手によって完膚なきまで叩き潰され、意識を失っていたのだから。


「みなさん……!?」

「ったく、クソジジイに続いてバカ賢者がそんな腑抜けじゃ締まりが付かねぇだろバーカ。テメェは十字団の(かなめ)で、俺たちの先導役だ。しっかりしやがれ」

 両手剣を肩に置き、エリシアを横目で一瞥しながらそう吐き捨てる。


「す、すみませ――」

「でも、先生のおかげで、間に合った……」

 説明の足りないジェイクの代わりに、フェミルは緑の髪を揺らしては言葉をひとつ、付け足す。腰に手を当てるルミアは満面の笑み。とても致命的な怪我を負った後だとは思えない振る舞いだ。


「そうそう! まだゲームオーバーじゃないしチェックメイトでもないし。切り札(みんな)もまだまだ動ける! いい勝負じゃないのよさ」

 ザっと戦地に立つ。エリシア含む四人はメルストを中心に、コーマの前へと並んでいた。まるで王城を護るように、そして錬金術師と共に戦うことを誓ったかのように。

 なぜあれだけやられたのに、死んでいないどころかまだ動けるのか。そう感じた民の声を代弁するかのように、コーマは問いかけた。


『どいつもこいつも……ヘハハ、とうに限界は迎えてるはずだぜ? テメェらどぉ考えても俺ちゃんに敵わねぇ雑魚のくせによぉ、どォしてこの"終焉(ぜつぼう)"を認めない!!!』


 轟く声は咆哮にも似ていた。だが、それに臆する者はこの場に一人もいない。怪物の前に立つ各々が剣を、銃を、槍を、そして杖を怪物に向ける。これからの勝利を宣言するかのように、それらは高く掲げられていた。


「「「「"メルスト・ヘルメス(希望)"を信じてるから」」」」


 今ここに、王国"最後の砦"の任務(クエスト)を遂行する。

 錬金術師は拳を鳴らした。


十字団(おれたち)がこの絶望を終わらせる! おまえの好きなようにはさせねェぞ、フレイル・コーマ!!!」

次回(仮)「王国史上最大の錬金術」

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