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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
175/214

4-12-11.「よぉこそ新天地へ」

まだ続くのかよと思いますが、戦闘描写メインです。

 世界が一瞬、漂白する。

 一閃の光線が遠くの空へ弧を描く。一瞬、どこかの町の中に入り、いくつかの高い建造物に衝突したような。空から吊り下がる山脈や飛竜の腹を穿ったような。平原に埋もれる遺跡が見えたような。夜に冷やされた砂漠の砂が服や口の中に入ったような。


 それも遠い記憶になるほどの速度で遠くへと飛ばされては、夜風吹く荒野の岩の尖塔にぶつかり続け、軌道が逸れ――日に照らされる緑燃ゆ高原へと猛回転しながら体と地がつく。温かく肌をなでる風がなぜか気持ち悪く感じる。


「はぁ……はぁ……」

 仰向けになった体はすっかりボロボロだ。起き上がり、周辺の緑と木々、彩り咲く花々に目を向ける。

 ここがどこなのか知る由もない。最早アコード国内なのかもわからない中、草むらの音だけが耳に入っていた。

 だが、そこに荒々しい風がなだれ込んだ来たのは、メルストでも察することができた。


『旅行は満喫できたかい』

 地を砕き、力いっぱいに殴りつぶさんとコーマが一撃を繰り出し――メルストの背面数十センチまで迫っていた。

 怪物の攻撃を防ぐべく、その拳を振り返りざまに突き出した。しかし、その一撃が盾にもならなければ、ぶつかる衝撃も感じない。


(かわしたッ!?)

 いわば、殴るフリ。直前でコーマはひょいと攻撃をやめ、メルストの後ろへと入違った。

 当然、行き先を失った莫大な熱と破壊力は彼の前方へ――緑豊かな大地と彩る森林を覆いつくした。


「――っ」

 断末魔など聞こえるはずもない。一瞬で焼き尽くされた緑と数多の命は、己の死の認識もなかっただろう。その先に人が暮らす集落があったのかわからないまま、一面がマグマオーシャンと化した。

 舞い上がる熱風と火の粉が、肌をちりつかせる。乾く目も、閉じることはなかった。


「そんな……」

 膝が崩れそうになる。自分の拳に対してここまで恨んだことはない。唖然と見続ける紅蓮と業火の音。それに混じるは狂い咲くような嗤い声。


『ヒヒ、ヒヒハハハッ、今のでどぉんだけ死んだかなぁ~?』

「――ッ」

「これでオレちゃんのナカマ入り確定で~す」

 背後を振り返り、長い舌を出してはにちゃりと口を裂いて笑みを浮かべる怪物を強く睨んだ。白い外套を靡かせ、両腕や肩部、脚部から放電と業火を発し、そして胸部が赤い光を輝かせる。今にも周囲が融解しそうだ。


『おおっと、ツンツンすんなって。似た者同士仲良くしようぜぇ、兄弟きょおうだぁい

 屈み、構えるは居合。黒い剣を構築し、その腰に携える。


 ――斬る。

 その殺気(いきごみ)を感じた怪物は猪突猛進にぶつかった錬金術師の風纏う一振りを竜爪で受け止めたとき。

 高らかに響く金属音と同時、黒剣が流動し、コーマの爪や腕も溶けるように呑まれては同化していく。


 木命素(プロティフ)の侵食。熱を放出しては炭化することが錬金術師の意向ならば。

 胸部が溶岩のように赤熱を発する。誰にもその燈火を消させはしないように。侵食する黒を砕き、自身の殻を打ち破った怪物から繰り出すは熱超過(オーバーヒート)。岩石すら昇華する火炎と熱波から逃げるように外へと押し出されたメルストは、黒鋼の両腕に火花を散らせ炎を湧きたたせる。その影響は周囲にも及び、赤に染める。


 彼の心臓もまた、燃えるように赤く、紅く、朱く。

 太陽を灯す。

 その黒き双眸(そうぼう)の先に来るは――。


『WAAAAAAAAAAAARATATATATARATARATATATATATATARATATATARATATATATATATATARATARATATATARATATATA!!!!!』


 極低音(ヴォーカルフライ)獣唸(シャウト)混じる重い濁声が、重い一撃の豪雨と共に脳を壊さんと響かせる。

 黒く巨大な殴打の雨、雨、雨。伸びては縮む、無数の触腕が目にも止まらぬ速さで完膚なきまでに叩きのめしている。巻き込まれる山も湖も、砂漠も雪原も、すべてがペーストと化す。

 流星群の方がまだ数か少ないのではと思わせる怪物のラッシュは、とうとうメルストの抵抗をひねりつぶした。


『――A゛A゛A゛A゛A゛A゛I゛ッ!!!』

 最後の一撃をもろに喰らわせ、そのまま腕を雷鳴の速度で延々と伸ばしては大地を、山を、崖をえぐらんばかりにメルストを擦り付ける。やがて空へと伸びたそれは、餌に食らいついた漆黒の大蛇の如く。しかしその頭部()が黄濁色に肥大化し、やがてドパァン! と破裂しては強酸とガス爆発を生じさせる。

 空のかなたへと軽々しく放られた先、光を通さないほどまでに分厚い曇天に踏み入れた。


「……っ」

 ぼやける意識の中で、視界に入ったのは。

(あれは――)


 "雲界クラウダール()暴嵐帯テンペスト"。

 島をも浮かす強風が渦を巻き、巨大な海流の如き突風が雲海を縫い合う。白霧が積もる、逆さの大海を泳ぐ無数の竜風たつのかぜ。身をめちゃくちゃに飛ばされ、重力がどこか分からなくなるも、構わずコーマはメルストの身をしぶとく狙う。その心は遊びに過ぎない。


 風渦を乱し、深い雲の海に数々の巨大な風穴を穿っては雷をも断つ。暴風に身を任せ、転々と時空移動を駆使しながら白銀の服をはためかせ、蒼空を滑るように翔けぬく。


 その空帯に永劫として暴風の荒波に漂流する多数の浮島と岩石群。その間を縫い、何度も黒い怪物と衝突を繰り返す。殴り飛ばされては浮島の壁に着地し、空へと身を放り飛ばす。時には島にぶつかっては粉砕し、暴力的な風に呑まれ、無数の雷に喰らいつかれそうになる。だが、四肢から生じるエネルギ-が推進力と化し、何度も追いかけてくる怪物に対抗し殴り合った。


 豪雨が乱れ、雷縫う雲海を突き抜ける。それはふたつの稲妻が何度も正面衝突したかのようだっただろう。

 雲海を突き抜ける。黒い天に、白い海。その間を太陽が照らす。


『一度考えたことあるか? 大地に果てしねぇ風穴を空けた先にゃ、何があるかってよォ』

 伸縮自在の腕を空へ、宙へと伸ばす。どこまでもそれは伸び続け、星を覆う大気の層を打ち破った。


(こいつ――惑星を叩き割る気でいやがる!)

 避けてはダメだ。

 雲海を背に落ちるメルストは右腕にエネルギーを込める。皮膚が肉繊維ごと痛々しくヒビ割れる。そして溶けるといわんばかりにメルトダウンし、プラズマを激しく放出させながら拳を真っ白に染めた。


『"砕星(ドゥ・リバース)"』


 弾性ゴムのように、コーマの腕が瞬時に収縮した時、大気圏の摩擦熱で紅く発火し始める。それはさながら、雲海を突き破り、大地を穿(うが)つ大火球のようでもあった。


 天と地。対極からの衝突。互いの身から撃ち込んだ、物体の限界速度を遥かに越えた拳。それは大気を砕き、荒ぶる暴風を満たす雲海もかき消す。

 天空で起きた崩壊の波。その衝撃は天のみならず島々の至る所を罅割り、直下の大海に、深海の奥底まで光が差す程の大穴を空けた。

 殴り落とされ、直下の湿った海底へと堕ちる。海の無いそこは何処までも深く、光が届かない海溝に、前代未聞の陽光が照らされたことだろう。


「――ッ」

 まだ終わらせない。

 意識を取り戻し、目を開く。海底に穿たれる寸前、彼の姿は時空の歪みと共に消え去る。

 その先はコーマの真上。落下エネルギーを殺さぬまま、勢いのままに全体重を拳にかけてはコーマを海無き海底へと叩き落した。


 巨大な海溝を細分化するように、複雑な亀裂が海底全体に走る。漏れ出す火山ガスとマグマ。それに呑まれるコーマ。途端、押し出された海の巨壁が己の居場所を欲さんばかりに、日に照らされた海底をコーマごと埋め尽くした。


 風の流れに身を任せ、空に沈む。

 右腕の感覚はない。黒く焦げ、紅く爛れる液体は指先を伝い、空に置き去りにされる。それでも重力はこの体を離すまいと青い世界へと引きずり下ろしていく。

 これで終わればいいと、薄れそうになる意識の中で彼は願う。だが、心のどこかで、これで終わるはずがないと否定している。それが、彼の意識をつなぎとめていた。肉体は限界だ。このような感覚はおそらく初めてか。


(もう、頼むから……これで終わってくれ)

 だが、残酷にもそれは叶わない願いとなる。

 荒れる大海原が紅く光る。それは、海底から湧き出す溶岩のよう。徐々に色濃くなるそれは、海水を沸騰させ、蒸気と共に極太の火柱が海に穴をあけた。

 それがどこまで続いているのか。天まで昇る直線の熱線を落ちながら見上げる。幸いにも、それに巻き込まれることはなかったが、視界いっぱいに覆う地獄の炎に、最早感情など抱くことができなくなった。


 ただ、ひとつの現実だけを受け止めた。

 まだ、"終わり"は生きている。


『みーっけ♪』

「っ!」


 ドン、と全身に加わった衝撃。

 一瞬、意識だけがどこか遠くへと置き去りにされたような。感じていたはずの痛みも胸の苦しさも絶望感も、滾るような熱さも取ってつけたような正義感や使命感も何もかもすべて。感覚と感情というものがすっぽ抜けたような、それこそ無に塗りつぶされたような、現実味のなさを感じた。


 もし死というものを感じ取れるのならば、このような感覚なのだろうか、とようやく凍り付いた思考が回り始めたとき、自分は真白の砂に顔を、体を押し付けられていたことに気づく。徐々に体が命の警鐘を与えていることに脳が追い付く。


 熱い。

 体が、熱い。皮膚の孔という孔から何かがあふれ出すような。しかし瞬時に凍り付くような冷たさも否めない。


 あれ……?

 こぽ、と目から、耳から熱が流れ出た。しかしそれは顔を伝うことなく、赤い球体を形作っては宙へと浮かび始めた。

 俺は、生きているのか?


(なに……が……?)

 一瞬の出来事だった。

 瞬くような白煌の砂漠の先、夜のように真っ暗な虚空が広がっていた。いや、そこにひとつ、浮かぶものが目に入った。

 青く、緑に輝く球世界。それを背に、仰々しく長く大きな両腕を広げる終焉の渾沌獣の姿があった。


『新天地へよぉこそ兄弟。昔々、どこぞの知ったかさんが言ってた世界平面説がデマだと解る景色をご覧あれ』


次回「この終焉の日に祝福を」

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