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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
174/214

4-12-10.世界を滅ぼす力

戦闘描写メインです。

   *


 王城そびえるその目下――城下町にて何度目かわからない激震が起こる。いつ治まるかわからないそれに、王城に匿う民や兵は怯えるばかり。


 だが、それはコーマのものではない。舞い上がった砂塵と生じた爆炎を突き破ってきたのは三対の蜘蛛の脚を有する(ひつぎ)型の鉄の怪物。その上部には燃料缶(タンク)戦車砲(メインキャノン)を備え、破壊の律動を咆哮す。


 対象は黒い生命。粘液状の体は散らしても燃えない限り癒合と再生、そして増殖を繰り返す。水のように舞い、そして牙をむくときは鋼の爪と為って鉄の怪物の巨躯を切り裂く。


 よろめいた機体。そこを狙い、一斉に黒い波が押し寄せてくる――途端、不可視の斬撃が押し返した。抵抗すべく、否、突風と判断したそれらは固体と化し、無数の鎌として機体とひとりの人間を裁こうとする。


 そこを、一閃の風が穿つ。そしてとどめに機体から全方位へと展開された機関銃が火を噴く。黒い塵となっては通り風によって空を黒くしては散っていく。


 だが、間欠泉のように瓦礫から吹き出す黒い液体に、多脚機体から出てきた機工師は一つ結いの金髪を揺らし、大袈裟に両手を万歳と上げた。


「あーっ、もうキリがないにゃ! 何体いんのよこいつら!」

 ガスマスク越しで文句を垂れる。足元で周囲を見渡すジェイクとフェミルも、かったるそうに息をついた。


「エリちゃん先生もメル君の後追って行っちゃったし、団長もいないし」

「兵も少なけりゃ囮になるくれぇしか使えねぇしな」

「3人で……やるしか、ない」


 幸い、王城に攻撃を集中するほどの知能あるいは条件が揃っていないのか、十字団の方へと寄ってきていた。最も、人々の籠る熱量よりもルミアの爆炎に目がくらんだようなものだが。


 機体も操縦が利かなくなった。次の機体を召喚するか、あるいは――と、服の中に仕込んでいた爆撃銃の口を手甲から突き出し、そして足元に置いていた自作の散弾銃を持ち上げては装填する。


「ま、こんくらいのスリルはないとあたしらの立場ってもんもないさね」

 そう言いながら戦地へ軽い足取りで降り立つ。ジェイクはそれを横目に、あきれた息をつく。


「テメェは遊びたいだけだろ。余裕ねーくせによく言うぜ」

「そーいうあんただってエリちゃん先生いなけりゃすぐ死ぬくせに」

「テメェが言えたことかってーの、バカ賢者の転送魔法がなきゃただのメスガキのくせによ」

「あ、ぷっちーん! 地雷踏んだなおまえ。ガキ呼ばわりする奴ぁ骨一本残さず灰にしてやんよ!」


 大樹の如き質量で迫ってきた流動体をその槍で弾き飛ばし、軌道を逸らせたフェミルは、いがみ合う二人の方へと半目で振り返る。


「けんか……してる場合じゃ――」

 鈍重な機体が浮き上がるくらいの巨大な揺れ。当然、偏った地面に従って跳ね跳んだ体は落下を待つのみ。半壊した民家から突き出た木の梁に掴んだフェミルは、落ちるルミアの手を掴む。


「ルミア、だいじょう、ぶ……?」と言い、ふわっと浮くように民家のむき出しになった柱の上に登ってはルミアを引張り、足をつける。

「なんとかね」

「おいフェミルちゃん! 俺は無視かおい!」


 その直下、瓦礫に埋まるジェイクの声に応えるはずもなく。ふたりは周囲を見回す。コーマによって生み出されたパラビオスが、あっちの方向へと行こうか波紋立てて右往左往している様子が目につき、その先を見る。


「今のは――」

 確認する間もなく、再度激震が起こる。

 足をつけた横向きの民家も、大きく傾いた地面も崩れ落ち、二人は下に着地する。瓦礫から出てきたジェイクの頭上に、もはや岩同然の民家の壁だったレンガが落ちてくる。


「ただごとじゃない音だったよね今の」

 雷鳴とはまた違う。まるで、天が割れたような。


「おい、あれ見ろよ」

 頭をかくようにさすりながらジェイクが、顎で指す。その方向は地平線まで見える瓦礫の大地の空。

 一見透明でも、凝視すればシャボンの膜のように張られている煌月の大賢者の大結界。一切の攻撃を通さない無敵の防壁にして脱出不可能の鉄壁の檻――かと思われた。


 空が波紋を起こし、張り裂けんばかりに強く揺らいでいる。それもそのはず、その中央のある一点には、

「結界が……壊れた?」

「まさかだと思うけど、あれってあのバケモノが――」

「テメェら下がってろ!」


 宙に浮いたような感覚はジェイクの空間魔法によるものか。腰を打ったとき、背後に迫っていたパラビオスをジェイクは受け止めていた。だが、その剣は分解され、体のあちこちを鋭い触手で貫かれている。

「おおぁっ!」と抵抗を感じた声ごと、地中へと引きずり込まれた。

「ジェイク!? あんた何らしくないことやって――」


 ドッ、と。

 巨大な竜の尾が薙いだような。腕ごとわき腹に鈍重な衝撃が加わったが最後、ルミアの姿はそこにはなく、遠くで瓦礫が崩れる音が聞こえてきた。


「ルミア……っ」

 すぐさま槍を手にしたフェミル。だが、そのとき既に遅かっただろう。一瞬の影を察した瞬時、ハイエルフの姿は黒く巨大な蟒蛇(うわばみ)のような口に、瓦礫の地と共に呑まれたのだから。


   *


 なにかが砕けた。

 己の骨肉が潰れた音だと思うほど、巨大な拳で殴られたメルストの身体は痛みを警鐘した。だが、鼓膜から通じた悲痛の音は大結界が壊れた音なのだと知った。そう気づいた時間はコンマ数秒にも満たないはずなのに、一瞬の闇の後、メルストの視界に映る広大な王都は一瞬にして縮小し、点となって消え去った。


 痛覚を感じる程の豪風――否、音速で吹き飛ばされれば鼓膜どころか脳をも震わせる。音が感じられない。


 熱い。熱い。熱い。

 意識が途切れそうだ。


『ヘイ兄弟(ブラザー)、ピッチングしようぜ! 的はお前な!』

 そんな日常的な声が聞こえた気がした。目まぐるしく変わる景色の中、命の危機を恐れた彼は動体視力を最大限駆使して状況を読み取る。

『はいまずはワンボールぅ!』


 ……は?


 島。島が飛んでいる。

 コーマの伸縮自在ないし無数分岐可能な腕と鎖状の手指によって、山や島が地盤や海水ごと引き上げられていた。それが今、腕の遠心力によって加速し、メルストの横から叩き付けに来ている。


 嘘だろ!? という声を出す間もなく島に飲み込まれる。が、すぐさま島は大量の熱量によって爆発し、散り散りに消え去った。

 一気に差し込んできた光。だが再び無数の巨大な影が――くり貫かれた山と大地が容赦なく降り注いでくる。


『お次は100本ノックぅ!』

「――ッ!?」

 次々と投げつけられる大陸や岩礁の一部。無数に分岐した腕を張らせるコーマは嬉々として狂い笑う。

『ほぉい! ほぉい! ほぉぉぉい! あそれそれそれぇぁヒャハはハハはハッハァ! ほいほォい!』


 やることが滅茶苦茶だ。

 先程の一撃の爆風で再び浮上しつつ、メルストは物質創成能力によるエネルギーを解放する。立て続けに迫りくる100の山塊をまとめて消すだけの莫大な熱量が膨れ上がるように、その人間の腕から噴出し、それはすぐにコーマを巻き込んだ。同時、その反動でメルストもまた西へと遠く吹き飛ぶ。


 雲に溺れ、風をかき乱して空の中落ち続ける。落ち着く場所は黄金色の森の中。しかし着地の衝撃で木々が根こそぎ倒れる。それでも衝撃を殺しきれず、またも地面からがたつく足が離れ、今度は白銀の巨峰に行きつく。山の一部が欠けたが、小さな岩雪崩が起きた程度。コーマの位置を確認しようとしたとき、


『こっちだよーん』

 頭上にいたコーマの拳を纏う衝撃圧が顔に触れるほどまでに迫りくる瞬間、視界は青天へと晴れ渡る。間一髪、コーマの遙か上へと"時空移動"したメルストは胴を捻り、背後へ落下する。


「なっ……!?」

 ゾッとした。

 頭がくらくらしそうなほどの爆轟の先、雪積もる険しい山脈だった場所に直径20kmは軽く超える底なしの巨大な隕石孔(クレーター)が大地を穿(うが)っていた。ほんの一瞬前に喰らったであろうコーマの一撃の破壊力。落下しているメルストの身が再び浮き上がる程の衝撃波が、散った土砂と共にクレーターから噴き上がる。


「こんなのって」

 生態的不適合者。

 その世界で存在する生命体の影響力は、その世界で起きる自然現象の範疇で収まる。何が起きようと、その自然から産まれた生物はその自然を超えるような存在には決してならない。生態系外部である宇宙そとから来るか、五感と五感の相互性を持つことで無限の想像力と知力を得た高等生物へと進化しない限り、自然の法則が乱れることはない。


 コーマは人によって作られた複合獣(キメラ)。自然世界の想定範囲内を超える力を有した合成生物――"世界の不都合"がもたらす影響力は、最悪その世界を殺しかねない。


『かわすんじゃねぇよ。拳は拳で撃ち返すもんだろがぁ』

 両腕を球体になるほどまでに縮め、再び射出。山脈に沿って次々と山を飲み込まんばかりの風穴を穿つ。粉体と化した自然物は質量の塊として噴火のように空へと高く強く舞い上がった。

 地平線まで伸びる黒き破壊の腕。その一撃は間一髪、逃れられた。


『ルルルルァ!!』

 はずだった。

 巨大と化した黒い小火球(こぶし)が、光の如き速度でメルストを地へと叩き落す。墜落地点からひっくり返された絨毯のように岩盤ごと弧岩(アーチ)の森が礫岩の更地へと化していく。

 一瞬だけ聞こえた、言葉にしようがない天の割れる音。それが時空転移によるものだと気づいたときには、

「待ッ――」

 コーマの鳥にも似た脚が自分の顔めがけて落ちてきた。


 地面をたたきつけ、生じた爆発で自身を外へと転がす。怪物に踏まれた大地は大きく揺れる。まるでそこが震源かのように。気のせいか、空が遠くなったような。同時、聞こえてくる水の流れ。

「嘘だろ」

 木々や岩を押し寄せ、八方から海水が津波のように迫りくる。

(陸地を沈降させたってのかよ!)


『そういやおまえって泳げんの?』

 日常にいる小学生のような質問を投げかけるが、返事をする間もなく、その場が海に包まれる。

 途端、ふたつの爆発が巨大な水柱を上げる。それは天へと注ぐ瀑布かの如く、だが瞬く間に海を押し寄せんばかりの爆発的な蒸気と化し、そして一気に氷河へと豹変した。

 地図上にあったはずの大地は、果たして氷の地と為る。そこに一線の罅が生じ、両に割れた氷のみの大地から怪物が吹き飛んでいく。


「クロールしかできねぇよ」

 氷の巨壁に囲まれた中央、空へと繋ぐ穴を穿ったのはその手に宿る白い光とプラズマ。服の中――表皮上に黒い外骨格を再構成したメルストは届かない一言を置き、息をつく。

 何度聞いたかわからない地鳴りと地震。空に浮かぶ雲の流れがやけに早いような。


 まさか、と勘づき、氷の壁に手を当ててはエネルギーを放出し、瞬く間に雲の糧へと変化させる。物質構築能力により水蒸気や霧、氷の粒へとその手一つで分子単位で操作する。白い霧――否、周囲は分厚い雲の内部へと作り上げた。


 生じる臓物の浮遊感。ぶつかる冷たい風の壁。ひっくり返っている感覚であるのもそのはず、海上に生じた氷の大陸はコーマの腕によって根から引き上げられ、大陸の山へとたたきつけようとしていたのだから。


『じゃあ山登りがいい。ほら頂上だぞ喜べ』

 氷の島と同じく、脚に絡みついていたコーマの分岐・分化した微細腕。吹き飛ばされながらも狙い定めて捕縛したのだろう。遠心力をつけ、竜血樹に覆われた竜骸山のてっぺんへとメルストを叩きつけようとした寸前。


 届け。

 メルストの手によって瞬時に作り上げた巨大な雲は電界を生み出すための環境に過ぎない。その指から生じた電子を操る力は、その雲の中で育んだ不定形の"竜"を呼び出す。


 天に轟く雷鳴。錬金術師によって生み出されたそれは、空から落ちるコーマに直撃する。だが、これで攻撃が止まるはずもなく、そのままメルストは山を砕かんばかりに叩きつけられた。


 二つに叩き割れた山岳の割れ目――山の土砂と木々、山竜の骨の破片に埋もれた中、岩石を融解せんと高熱の紅い流動体が生じる。そして一気に岩石蒸気と化しては錬金術師のよろめいた姿があらわれる。両側に聳える山の(きずぐち)は日の光を遮っている。


「クッソ……マジでやべぇって、死ぬってこれ」

(でもここまでされても起き上がれるって、俺もあいつと同じバケモノなんだろうな。……余計なことはいい、早く決着をつけないと本気で世界滅ぶぞ)

 落雷を受けたバケモノは何処へ。


『あー、開けゴマ(オープンセサミ)の反対ってなんて言うんだっけ』

 声は背後。振り返るも山の残骸の壁。とっさに踵を返した。

『ま、なんでもいっか』

 音沙汰なくそこにいたコーマはバッと両腕を広げ、拳を握る、否、掴んでいる動作にも見える。指先から決して破断することのない繊維が放出されているのか。


 まるで、何かを引っ張るような――。

 両腕を交差すると同時、地鳴りを唸らし、天聳える山の岩盤の両壁が彼のいる場所に押し寄せてきた。落下する石と同じ速さに、目を開いてしまう。


「このっ、マジか!」

 無謀なりにもとっさに両手を広げて、挟みにくる壁を食い止めようとする。震える腕、首筋まで張る血管、岩に埋まる手足、それに耐えんと食いしばる歯は今にも砕けそうだ。


 潰されそうな寸前、抑えた手からリヒテンベルグ図形のヒビが生じ、それに沿って電気を流し、砂ほどの大きさに分解する。分解した粒砂を足に流動させ、足回りを構築した岩で固定した。


「――ンなんでもありにも……ッ、ほどがあんだろうが!!」

 同時に粒砂を腕にまとわせ、より強固な物質に構築しようとしたが。

 それよりも早く、効かなかったと判断したコーマが地面を爆発させる勢いで蹴る。視認できない速さで振るう剛腕が、視覚をシャットアウトするほどの衝撃波と共に眼前に――。


 頭部を強打した時にくる、思考がどこかに飛ぶ感覚。痛覚さえも感じない衝撃は何が起きているのかすら把握できないほど。時間が進んでいるのかすらもわからなくなり、なされるがままに身体が脱力している。


 真っ白な視界は日の眩しさへと変わり、次第に景色がおぼろげに見えはじめる。

 空を挟む白と緑の巨峰、次第に森の緑や岩の壁が視界の半分ほどを覆う。背中から風が強く吹き付けてくる。吸い込まれるような重力の重たさと浮遊感。


「くッ」

 歯を食いしばり、とにかく上へと"時空移動"する。空間が張り裂けるような音に混じり、渓谷より上に移動した先に見えた景色。

 そこに広がるは否や、怪物の吐き出す白炎か。


『強攻撃ィ――"SMASH(スマッシュ)BURSTバーストォ"!!!』


次回「よぉこそ新天地へ」

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