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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
171/214

4-12-7.交差する未知と既知

 毒ガスで意識を失った人、都市の瓦礫に埋もれた人々の救出を急ぐ。


 ルミア特製のガスマスクやエリシアの耐毒特化性の防護魔法で守られているとはいえ、長時間も濃度の高い毒ガスの中にいれば徐々にその効果は薄まってきていることはメルストも能力で感じ取っていた。

 同時、エリシアの魔法が弱まっていることに違和感を抱く。やはり体力の問題だろうかと思いつつも、周囲の瓦礫を物質分解して埋もれた人々を助けながら王都を走り回った。


 唯一の出入り口である王城の門の先は人々で溢れていた。毒に侵され、町の破壊に巻き込まれたために苦しみ悶える声、むせ返る熱気、駆け巡る医療者たち……応用収納魔法である程度の空間の拡張はできていても、全員を城の防災壕に集結することはできず、半壊(はんかい)し外が見える場所にまで押しやられている状態だ。それでも魔道軍の結界によりガスとの隔絶はできているだけまだ安全ではあったが。


 一刻と半分が経過したころだろうか。エリシアの検知魔法でも検出できる生命反応が王城以外に感じ取れなくなったようで、それを団長のロダンに報告する。団長は一度十字団の集結を魔道具の伝信を通じて、メルストらに命じた。


「一通り避難できましたが、大部分は毒を吸いこんで……」

 背より高い杖を両手にうつむくエリシアに、ルミアは腰に手を当てる。その視線の先は空――魔国の大賢者の創り出した結界を見ていた。


「結界は王都だけみたい。ルマーノまでには及んでないから町のみんなは無事だにゃ」

「めでてぇ考えだな。殲滅(せんめつ)の対象が王都だけとは限らねぇだろ」

「私も……そう思う」

 フェミルはもちろん、珍しくジェイクも楽観的な目をもたなかった。批判されたようで、ちょっとだけルミアはムッとする。


「それによ、あのクソでけぇ戦艦をぶっ壊されて黙ってる連中じゃねェ。こーしてる間に次の兵器を送り出す準備でもしてんじゃねぇのか?」

「納得したくないけど、こればかりは駄犬の言う通りだね。そーなってくると、行動する優先順位もだいぶ意見分かれそうだけど?」とルミアは両手を後ろ頭に組む。どことなく冷静だが、彼女の口から妙案が出ることはなかった。


「問題はこの毒ガスと侵された人々をどうするか……ぐっ」

「無理をしてはなりません! 毒が回って……」


 治癒魔法が施されているも、体内に浸透した毒は回り続けている。赤く(ただ)れた皮膚や致命傷はある程度回復はしているも、その息は常に切れている状態だ。目も少し充血している。さすがの軍王でも堪えているが、むしろ立っていられる方がおかしいくらいだ。

 エリシアに従い、ロダンが瓦礫に腰かけたところで、メルストは口を開く。


「エリシアさん、風魔法とかでガスをひとつに集めることってできるよね。都市一つ分までは難しくても、ある程度の範囲でなら――」

「私もそのつもりでした。……でも、できないんです」

「……え?」

 申し訳なさそうに彼女は続ける。


「大気や毒ガスを操る対象にできないだけでなく、魔法を使える範囲も段々と減ってきてるんです。おそらく……この毒の霧が、遮断する壁として魔法の発動回路が阻害されているのかと思われます。治癒魔法もいつも通りの力を出せなくて」

「だからあんまりエリちゃん先生やフェミルんの魔法が活躍してなかったんだね」とルミアは二人を見る。フェミルはただ、視線をそらした。

(魔法を阻害する魔法がこのガスに含まれているってことか……? 冗談じゃない)


 メルストが能力をもって扱えるのはあくまで自分が認識し、理解できている物質のみ。魔法に関する知見も深まってはきているが、それでも魔法を使えるまでに至っていなければ、能力で魔力や魔素を操ることもできてはいなかった。その無力さも手伝って、目に力がこもり、歯をかみしめる。


「一般とは異なって、私は精霊様や周囲の環境のお力を借りなくても自分自身から魔力を生み出し、魔法を構築することはできるはずなのですが……特に蒼炎魔法ならなおさらで」

「ということは、既に毒ガスが体内に侵入していることも考えられなくもない。あるいは、発動を抑制する魔法がここで展開されているか」とロダン。「なにより、ここは煌月の大賢者の結界の中だ。毒ガスとは関係なく、何かしらの魔法環境が構築されていてもおかしくはない」


「そんなん根性で何とかなるだろ」とダルそうに吐き捨てるジェイクに、ルミアは溜息。

「これだからバカ犬は」

「あ? バカなのはテメェだろバカ猫、魔法も気力でどうにかなってんだから根性でもどーにかなるに決まってんだろォが」

「原理的に無理なら気の持ちようでどうにかなるはずないでしょ」

「ふたりとも……けんか、する暇、ないよ」

 フェミルが制止した一方、エリシアがロダンに言う。 


「王城の結界は迅速に対処したおかげで展開を維持できているのでしょうが、時間の問題かと」

「そもそも、対魔法被膜が施されてるガスを凝縮するのは至難だろう。もう十分、ここは毒ガスで充填(じゅうてん)されている」


 当然、物質分解能力で無毒化するのが最善方法。しかし広範囲のあまり分解しきれないかつ体力の問題、あるいは必要以上に物質を分解してしまう可能性があるのなら、中和が望ましいか。

 解毒性の高い中和剤を大量に創成させ、散布する必要がある。効率も時間もかかるが、今のメルストにはそれしか考えることができなかった。


(まずは対象の解析か)

 エリシアの局地結界から出、濃霧に触れる。"組成鑑定(マテリアルオピニオン)"でガスの成分を見極める。


 その皮膚から発されたプラズマのエネルギーを毒ガスを形成している物質に与えることで、それは高いエネルギー状態に置かれた。高いところから低いところへ階段を下るように、エネルギー準位が低い位置にもどる際、放出される各々の発光線(スペクトル)を感じ取ることで、メルストの脳裏に物質の最小単位構造が思い描かれる。


 3つの緑気(クロニア)のうち、ふたつが一つの愚銀(アルセニウム)に結合、残る一つは2つの密度の高い木命素(プロティフ)を検出。


(2-クロロエチニルジクロロアルシン――いや、微妙に違う……?)

 よく見ると、緑気に微弱な結合を確認し、その先に巨大な電子密度を確認する。それにとどまらず、愚銀を起点に8つもの結合を架け橋に、矮小かつ複数に連なる電子密度を読み取った。


 だが、それら二種はメルストを困惑させた。


 ひとつは、あまりにも大きすぎる。一瞬で崩壊し半減期を迎えてもおかしくないほどの不安定な元素が定常状態に落ち着いている。そして、鎖状に連なったもうひとつの元素らしき何かは、あろうことか最小の元素である種素(ヒュデン)よりも電子密度が低い。


 そもそも、それが自分の定義する電子密度なのか確証が持てないほど、それらはエネルギー的に忽然と消えては現れたりと曖昧なものであった。


「嘘だろ……見たことない原子ものが組み込まれてる」

 思わず口に出た言葉。自分から出たそれとは思えないくらいに、否定したい気持ちで溢れていた。自分が無知で馬鹿であった方がまだよかったろう。


(なんだよこの物質は! 周期表にない元素が入ってるって、そんなのアリかよ!)

 ありえない。そのようなものが存在するなら、それこそ自分の信じてきたものの全てが覆されてしまう。

 約120種の元素を知り尽くしているメルストだが、そのどれでもない未知の見かけ上の原子に、対処しようがなかった。


(落ち着け……あくまでここは異世界で、存在する元素や量子化学の法則が俺の前世に知ったものと酷似しているに過ぎないし、魔法や魔素なんてわけわかんねぇものがあるならそれを構築する存在や現象があっても自然なはず。……はず、なんだ)


 長く過ごしたゆえに本質を理解しはじめているのか、あるいは既知の周囲に近しい存在だからか。

 はじめて遭遇した不確定な存在。しかし、この未知こそが、この魔法阻害を伴う毒ガスの対処を拓くカギとなることは間違いない。これをクリアしない限り、毒性の抑制や解毒は至難の業だ。


 幸い、毒ガス自体はメルストの中で知る物質だ。即効性の糜爛(びらん)剤であり、致死性はあるも他のバケモノレベルの毒ガスほどではない。とはいえ、長丁場になれば状況は確実に悪化する。


(このガスをどうにかしねぇとエリシアさんの広範囲魔法が使えねぇ。周囲の除去だけじゃ意味ないし、せめて毒性と魔法阻害機能をなくすだけでも……畜生、やっぱり俺が分解し続けなきゃならねぇのか)

 まずはこのことを報告するべく、(きびす)を返した時だ。


 ぞわり、と。

 背中の皮が一気に剥ぎ取られたような痛みを感じた。突然のことだ。


 殺気、と表現するには感情が含まれていない。ただの存在感だけで、メルストの脳が無を悟るほど。それほどの強大な質量を背後から感じた。神経信号を構築する電気の流れさえも、光さえも飲み込まれてしまうほどの、黒い"天体的質量"が、そこにいる。


 振り返るまでもない。

 逃げろ。


『あぁぁぁそぉぉぉ……ぼっ!!!』

 脚が抜けるように落下したのは、反射的に"時空転移"して空中へと逃げたからだろう。転移先の座標など考える余裕などなかった。

 数メートル下の割れた地面に転がり、すぐに振り返る。


 目を疑った。

「……っ」


 言葉を失うほどまでに、そこには何もなかった。

 天高くそびえる建造物の数々も。癒す緑地の色と水路の音も。葉脈のように発展を思わせる街路や民家、古より支える妖精霊(エレミン)魔法生物(ファーディ)も。


 すべて、消え去った。えぐれた土しか広がらないその先は大賢者の隔離結界。その先に緑と山脈が見え、如何に強固な魔法であることかがうかがえる。

 しかし、仮にその先に王城があったならば。考えるだけで生きた心地がしなくなっていた。


「っ、エリシアさん! みんな!」

 我に返ったように、メルストは名を叫ぶ。途端、蒼炎がそばに生じ、全員が転がり出てきた。幸い、その程度の魔法なら展開できるようだ。


「――メルストさんっ、ご無事で!」

「なに? 何が起きたの?」

 一瞬の出来事だったのだろう。しかし、目の前の虚無を見れば嫌でも理解はできた。


「は……っ、町が全部ぶっ飛んだぞ」

 思わず笑いが出てしまうほどにジェイクは信じられないような目を向けた。

 しかし、なぜこんなことに。青ざめたままのメルストを除き、数人は破壊の根源を視線でたどるが、そこに何もいない。


『勝手に死んだことにさせんなよ、つめてぇ奴等だな』


 背後から感じた死そのものに、本能的に体が強張る。否、それは常人までの話。それでは確実に命を失うと生存本能がはたらきかけ、肉体を矛盾させてまで、無理やりにでも彼らは振り返った。

 そこには見上げるほどまでの巨体の怪物。だが、それはこの世にいなくなったはずのものだ。


「コーマッ、どうして!?」

『"なんで死んでないの?"って言いたいの? ひっどーい、オレちゃん泣いちゃう~!』

 エリシアのとっさに出た言葉に対し、両手の竜爪でえんえんと泣くしぐさを取る。


「……馬鹿な」

「はぁ!? チリ一つ残らず消えたよねこいつ!」

 呆然と驚愕を示すロダンとルミアの一方で、エリシアは無理を承知で魔法を展開し、その目の周囲に半透明の光る魔法陣が出現する。


「ならもう一度――ッ、嘘……核が見当たらない」

 想定外の事態。困惑する彼女を酒のつまみにでもするかのように口元をニィィ、と唾液の音を混じらせては横に裂いた。


『これが学習能力ってもんだよーん、アタマのお堅い大賢者ゆーとーせーサマぁ』

 すぐさま距離を取る一同。それを追うことなく、コーマは下賤な笑い声をあげるだけだった。


(やっぱり、魔法は原子とは別のなにかの作用によるものだったか。でなきゃ、分子レベルで分解されて元に戻るはずがない)

「みんな下がってて!」


 そう言い放ったメルストはコーマへと駆ける。怪物の尾らしき部位が成長する血管のように細く分岐しながら伸びてはメルストを貫こうと射出される。


 一歩踏み込んだときに発動した物質構築能力。それはメルストの眼前に迫った複数の棘を防ぐ岩石の壁を大地より作り上げた。瞬時、メルストの姿は消え――いうなれば時空を切り裂いた。


 体の負担を感じつつも出た先は、刺々しい背びれを生やした怪物の背中。ぺチン、と冷たくも生あたたかいそれに触れ、物質分解を発動した。


 ――が。

(こいつ、急に"結合がカタく"――ッ)

 砂浜に手を押し込むような、浅い手形の溝しか作ることができない。


『いやん触らないで♡』

 穿たれた背が突如、ぐちゅん、と沼のようにメルストの手を呑み込み、動きを捕えた。関節の無い腕がメルストを弾こうとする。しかし再度発動した"時空移動"で前方へ回避し、砂礫まみれになっては転がる。


「……っ、うぷ」

 せり上がる吐き気や狂いかける平衡感覚、ぼやける視界、熱く麻痺しかける全身の細胞、遠ざかりそうな意識を前に気力だけで堪える。それ以上に、信じられないような顔でメルストはコーマを見た。

 その死んだ魚眼が笑う。


あんちゃんも馬鹿だネェ。二度も同じ手にやられるほど、オレぁ――オレのカラダは莫迦(バカ)じゃねぇ』

「"物質分解"に"耐性"がついたってのか……嘘だろ」

 仰々しく長く大きな両腕を空へと広げ、ぐぱぁ、と大口を広げた。


『ここで皆様お待ちかね説明タァァァイム。あらゆる環境や条件に適応できる極めて"生物的な"能力をボクちんは兼ね備えている。言っちゃえばいつでもどこでも物質の"最小単位"から組み直してよぉ、短時間で肉体を適応(アップデート)できるって意味だ。外見気にしなけりゃ最高だぜ? びひゃひゃひゃひゃ』

(にしたって適応の"次元"が越えている……っ、俺の"物質分解能力これ"は――ッ、最小単位まで物質を分解するはずだろう! それすらも改善されたら太刀打ちしようがないじゃないか……!)


 分子結合を強引に千切るから無理矢理にでも結合――電子雲等の相互作用を強くした。実に単純で、滅茶苦茶な話だった。何をどうすればそうなるのか、化学結合の原理を知るメルストには到底理解できない。


「てことは……消滅ダメージの数だけ耐性がつくってことかよ」

『そーいうこった。分かったら早くらしてくれないかしら。別に悪いことではありませんでしょう』


 すると、コーマの胸部が溶岩のように紅く光を灯し始めた。そこを中心に、じわりとにじむように黒と藍が混じった肉体に同じ色の光が脈状に広がっていく。パキパキ、と皮が裂けては筋肉が膨らみ、岩のように黒く硬化を始める。その隙間から浮き出るは血の管か。


 ドグン、と盛り上がり、脈打つそれまでも光り、そして真紅から白紫(はくし)へと輝き始めた。途端、吹き出すように放電らしき現象が体表で起きる。


 発される膨大な熱。

 揺れ、溶ける大地。

 歪み、ひしゃげる空間。

 呑み込まれる風。

 そして大気を切り裂く雷。


 冷汗が止まらない。一種の気持ちの悪さが脳をかき回し、悪寒がする。

「あれって、もしかして」

「まさか……っ」

 それは、十字団の誰もが見覚えあるだろう。だが何より、メルストだからこそ一番わかっていることだった。


「あのプラズマ……まさか、嘘だろ」

 自分と同じ。無限エネルギーを生み出す能力を発動する際に起きる状態。それはこれまでに例はなく、伝承や歴史が正しければ唯一無二の力であった。

 なぜ。それを求めたくなるよりも先に、このあと訪れる既知の事態に、一種の終わりを本能から告げてしまっていた。


『じゃーまずは景気づけにワタクシから一本! ここ海にすっか♪』


 じゃあ乾杯しますかと軽い宣言のような一言を最後に、高らかに立てた人差し指を折り曲げ、その白く発光する拳を大地へ振りかぶった。


【補足】

緑気(クロニア):塩素

愚銀(アルセニウム):ヒ素

木命素(プロティフ):炭素

種素(ヒュデン):水素

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