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2-2-3.酒場の狐娘と親バカ店長

 メルストはまたも困惑していた。

 ここの世界の人たちは感謝の示し方が大袈裟だとつくづく思えてくる。


「ありがとう……! ありがとうなぁ……っ!」

「いや、あの、顔上げていただいても」

「いやいやいや! 娘を魔の手から助けてくれたんだ! 頭下げずにはいられねぇよ!」


 巨漢の店長バルクは店内であるにもかかわらず、頭をガンガン床に打ち付けてはメルストに感謝を伝える。メキメキと床が悲鳴を上げているも、店長は構わない。

「でも流石に土下座はしなくていいですよ! 頭と床が壊れちゃいますから!」

「いやいやいや俺と店を気遣うだなんてとんでもねぇ! 娘を放って店を任せた俺にも責任がある! もういっそ腹を切るしか――」

「いやなんでですか!? 彼女無事でしたから! とにかく上げてください!」

 悪いことではないから何も言えないが、「おっほほ、新鮮な光景。ウケますな」と変な笑い方でニタニタと観察するそこのルミアは一度店から出てほしいとメルストは願った。


 閑話休題。数分経過し、両者ともに落ち着いた頃。

 カウンター席に座り、店長のおすすめ料理の「鳥獣竜のトリプルステーキ」と冷たい水をタダでメルストに提供してくれた。


 直火で表面だけを焼き、ごく低温のオーブンで仕上げた、ワイン漬けされたシャトーブリアンの上に、高級食材の竜のチャクフラップソテーが乗っている。こんがりと焼かれた数本の鳥もも足も添えられ、全体的にこってりとしたステーキソースがかけられている。なんともボリューム感のある肉料理だった。肉が大好きなメルストにとってはよだれが止まらない料理だろう。

「うんっま!」と叫んでしまったメルストの声を聴いては、大満足した様子でバルク店長は大きく笑った。


「へーえ! 大賢者様のところに住んでるとはな! メルストさんよぉ、あんた物好きだね」

「モノ好きって……やっぱり先生はここでも有名なんですね」

「そりゃあそうだろーよ。この超大国の、あの六大賢者様がだぞ! 王都区内とはいえ、なーんでこんな庶民が集うちっぽけな町で、それもこの破天荒娘と同居してるんだって話だ。歴史上異例中の異例だぜこれは。そんなとこに住んでるってことは、あんたも"訳あり"のようだな」

(訳ありって……てことはエリシアさんもルミアも、なにかしらの理由で……?)

「いや、俺はただ居候させてもらってるというか――」

「そうなんだよ店長! メル君めちゃくちゃすごいんだよ!」


 忙しなく椅子を倒し、店長の眼前にまでルミアは顔を寄せる。それを鬱陶しそうにルミアの飛び出てくる頭を大きな手で包み込むように抑えた。

「おまえはいいから。なにより、盗賊共を追っ払ってまで娘を助けてくれた時点ですごさは十分に分かったぞ! だっはっはっはっは! おまえは救世主だ!」


 バルクの馬鹿親っぷりは誰もが知ること。「さぁこれも食え!」とゴルゴンゾーラ・ハニーシロップがかけられた、窯焼きピザのような薄いパンが目の前に置かれる。おいしそうだが、食べきれる自信はないメルストであった。


(よっぽど娘のことかわいがってきたんだな……お、野菜までジューシーな味。ここまで食欲を掻き立てる野菜を食べたのは初めてかも)

 久しく食べる豪快な手料理にメルストは感心するばかり。舌の上で旨みが躍り出している。頬が今にも落ちそうだ。

あまり好きではない野菜も意外とおいしく食べれたことに、調理の偉大さを感じたのであった。中世っぽい料理だとみくびっていたようだ。


「旦那! 俺達は見たぜ、そこの兄ちゃんの実力」と後ろの席にいた男の客が酔った様子で話しかける。

「いんや、あれは実力の『じ』の字の文字すら出してなかったぞ。あんなオークみてぇな盗賊を片手で払っただけでK.O.させたからな!」

「パチンて弾いてギュルルルッ、ズドーン! ってな。何をどうしたらそうなるんだよって、はははは!」

「あとよぉ、やっべぇオーラ出して残りの盗賊共が大錯乱してよ、ケツ巻いて逃げたんだぜ? さすがの俺もちびっちまったよ」

「殴られてもあっちのメリケンサックが壊れるんだぜ!? 人間じゃねぇぜホントに。バルクの旦那より強いかもな、あっはっは!」

「あの馬鹿共……」


 茶化しては騒ぐ客人たちに店長は額に血管を浮かべつつ呆れる。調子のいいやつら、とルミアも自分のことを棚に上げて呆れ笑う。スプーンをくわえて上下に動かしていた。

 店長があの場にいたら盗賊たちはそのままの意味でミンチとして食材にされていたかもしれない。丁寧にグラスを拭く、彼の幹みたいな腕を恐ろしげに見る。


「あ、エレナちゃん。さっきは大丈夫だった?」

 奥の部屋からひょっこりと出てきた、さっきの気弱そうな狐の獣人メイド。おずおずと来るが、ルミアに声をかけられ、びくりと身体を跳ねさせる。


「わっ、私はセレナ(・・・)です。エレナ(・・・)お姉ちゃんじゃありませんっ」

「ありゃー間違えちゃった。メンゴメンゴ。てかたまに本気でどっちかわからなくなるから、いつも通り挙動不審になっててよ」

「挙動不審が私のアイデンティティって、どど、どういうことなんですかぁ」


 どかん、とコップが揺れるほど大きな音。カウンター越しの台にバルクが頭を思い切り打ちつけては、上体土下座の姿勢を見せる。

「セレナ! 俺が不甲斐ないばかりにひどい思いをさせちまった! こんな情けねぇ親父を赦してくれ!」

「ぱ、パパは悪くないよ! えっと、し、仕方なかったことだったんだし」とあたふたしつつも返した。

「天使よ……」と店長の頭上に光が照らされた。本当に天に召されていないかメルストは少し心配になる。


「双子?」

「そ。今日仕事休んでるエレナが双子の姉で、さっきセクハラされてたこの娘が妹のセレナね」

 ルミアの紹介に続いて、セレナは頭をぺこぺこ下げる。

「えっと、その、本当にさきほどはありがとうございます。えっと、あの……ええと」

「メルスト・ヘルメス。よろしく、セレナ。まぁ大事に至らなくてよかったよ」


 見た限り年下であったのもあり、メルストは親しみやすい口調で話しかけた。椅子から降り、彼女の背に合わせて腰を下ろしては笑いかける。

「あ、は、はい……メルスト、さん……」

 さっきまで視線が定まってなかったが、このときだけ彼をまっすぐ見ていた。しっかりと、ではなく、ボーっと自我なく見つめているようにもみえる。狐尾だけがぶんぶんと犬のように激しく振っていたのが目に留まる。


「お、惚れたね妹の方」

 両手で指さし茶化すルミアに合わせて周りの客が、

「Fuu!」「いよっ、看板娘の嫁ぎ先決まりました!」と煽る。

 指笛まで聞こえてきた。ノリの良い客人たちである。


「あっ、ええと、それは、その……ってちゃんと名前で呼んでくださいっ」

「――セレナ」

「ひゃっ、メルストさん! 耳元で囁かないで!」


 大きな狐耳をペタンと抑え、潤んだ目を泳がせながら、ただでさえ赤い顔がますます紅潮する。このまま高血圧で倒れそうなほどだ。ちょっとしたからかいのつもりが想像以上のリアクションだ。本能的にいじりたくなる悪戯心に、彼は盗賊団の気持ちが全く分からないわけでもないと妙に納得してしまっていた。

「おい、おまえら揃ってあんまりウチの娘をからかうんじゃないぞ」


 呆れる店長だが、全身から漂うオーラらしき何かが燃え滾っている。「娘を困らすな」と般若の顔で本心かなり怒っていることを察知し、

「こ、この特製ドリンクもめちゃくちゃおいしいですネー!」と冷や汗まみれになった彼は話を逸らした。「それ水だぞ」と店長に冷静なツッコミをされる。


「あ、ねぇねぇ店長! なんか面白い話ない? 事件になってる物騒な話とか怖い噂とか!」

 再び顔を近づけるルミアの頭を大きな片手で押え、席に座らせる。

「ルミアはそういうの本当に好きだよなぁ。確かな……最近不穏な話を耳にしたんだけどよ」

自分の娘はかわいいんですよね。僕は娘いませんけど。

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