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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
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4-11-3.メルスト拉致 ~湯けむり騒動の夜~

いつも誤字報告くださりありがとうございます…! 本当に助かっております(お手数おかけし恐縮です)

 ひどい正当化を見てしまった瞬間である。だが、彼らの愚行は止まらない。


「いいか、野郎共!」

「僕しかいません!」と敬礼。

「うるっせェ、細けぇこたぁいいんだよ! 今から突入する! 覚悟はいいか!」

「イエッサー!」


 やる気満々だが、ここが異世界である以上、法的に罰されるよりも先に現行犯処刑される治安レベルだ。彼らの安否を優先してメルストは水を差す。


「さっきの流れの後で言いづらいんだけど、やっぱりまずいってこれ。ただの女の子がいるとはわけが違うんだぞ」

「ま、若い内にやらかした方がいいってもんだぜ。覗きは男児の憧れっていうしな。俺もガキの頃はよくやって怒られたもんだ!」

 後ろからバルクが他人事のように言う。


「あまりバルクさんの口から聞きたくなかったなそれは。でもまぁ、それも一理なくはないか……」

 正直、自分も興味がないわけではなかった。このままいっそ、いっしょに共犯しようと考えもしたが。


「俺はフェミルちゃんのありのままをこの目に収めるために!」

「僕は女裸という幻想を現実へ変えるために!」

「でも馬鹿だろ」

 反面教師な気持ちで、メルストは背を向けお湯に浸かった。


「突撃ぃぁああ!」

 そんな真剣みある声が聞こえてくる。ふたりは女湯の境界線である5メートルは軽く超える岩壁を登ろうとする。

「ていうかジェイクならジャンプで行けるだろ」というツッコミは野暮だと思うので口出しはしない。


「隊長! 壁が湿っていて思うように登れません!」と歯を食いしばるミノ隊員。

「根性だ根性! 爪を立てろ! 筋肉の筋一本一本を意識しろ! 指の痛みなんか放っておけ!」

「イェッサー!」

「苦痛の先の楽園だけを考えろ! 男の中の男を魅せてやれェ!!」

「イェッスァァアッ!!」

「最底辺の男を晒しつけてるよなーあれ」


 滑稽だろうが、彼らは本気だ。二人の中でさぞかし熱いドラマが描かれていることだろう。温泉という特別な環境だからこそ、二人を狂わしてしまったんだろうなとメルストは思う。

 そのとき、温泉の湯に波紋が映し出されていることに気が付く。どこからか振動が生じている。自然あふれる山の中にあるため、そのようなことが起きてもおかしくはないが、どうもそれとは別に、何かを削るような音も聞こえてくる。

 メルストはタオル一枚で壁を登り続けているバカ二人のいる方向へ目を向けた。


「なっ、なんだこの揺れ! 地震かよタイミング悪ぃ!」

「ジェイク隊長! この壁自体が揺れているようです! 地震じゃありません!」

「何ィ!?」


 ゴゴゴゴ、と大きく揺れ始めているのはメルストから見ても明らかだった。それが伝わっているのか、こちらまで振動が来ている。

 あと少しだったところを振り落とされ、両者は真っ逆さまの体勢で後頭部からゴゴン、と墜落する。


「はべぁ!」「のごふ!」

「今の最高にダサいな」


 刹那、盛大な音を立てて岩壁が爆発するように崩れた。粉塵をまき散らし、思わずせき込む。爆風に転がるバカ二人も、これには驚くほかなかった。


「うわあああああ!! 神聖なる壁が爆発したーっ!」

「なんっつーことをしやがる。一体どこのどいつだ!」

「いや目的は達成できるからいいんじゃないの?」


 いったい何が。と一瞬考えてもすぐに答えは出る。あいつ以外誰がいようか。

 粉塵が風に流れ、湯気とともに現れたのは背中まで下ろした金の濡れた髪を揺らした、裸体の機工師が岩壁のトンネルの前に仁王立ちしていた。タオルも恥じらいも脱ぎ捨てている彼女に、最早弱点など存在しようはずがない。

 その手には大人一人分の大きさはあるバカでかい穿孔具(ドリル)と、そこに付属しているキャノン砲が。地面にめり込むほどの重さのそれを地面に立て、ふんすと男たちをにらみつけている。


「なんかあっちから干渉してきたんですけどー!?」

「いくらなんでも常識考えてなさすぎだろーがァ!」

「いや何の常識。なんならおまえらの方が非常識なことしてたからね」

 膝を崩し、ミノは頭を抱える。まさに殴られたかようなショッキングを味わったほどらしい。


「そんなバカな、越えるどころか壁を壊すだと……!? 何故そんなストレートな方法を俺達は気づかなかった! ……そうだよ、こんな狡い真似しなくても……っ、素直に本能に従えばよかっただけじゃないか!」

「ミノさん、のぼせたなら上がっていいよ」

 女湯正面から入って牢にぶち込まれてしばらく顔を出さないでほしい。膝をつく変態に対し、そう願った。


「毎回毎回、メル君やフェミルんも新しく入ったっていうのに性懲りもなく覗くんじゃないわよアンタたち!」

「いつもこの下り繰り返してんの!?」

(それでも壁に穴を空ける発想にはたどり着けなかったのか)

 ドリルの先端を地面にめり込ませ、ずんずんとルミアは構わず進む。それには女性慣れしていない童貞(ミノ)も大興奮だ。


「うぉーっ! ルミアちゃんのあの金糸の麗しき下ろした髪と華奢な体つきはまさしく俺たちの夢見た美少女の権化! うっほはァ! 一糸まとわぬ裸だぞ! だけどこの距離でも湯気で一番見たいところが都合よく隠れているなんて、どうかしてるぜこの世界!」

「ミノさん、奥にいる妹さんが見てるよ」

 もう二度と兄と名乗らないでほしいと言わんばかりの目をしていることだろう。


「つーかなんでテメェから来てんだよ! 女らしく覗かれろよ!」

「何言ってんだあいつ」

「下心満載な目で覗かれる身にもなってよね! あ、せっかくだし……ねぇ、メル君いる?」

 ころんと甘えた声色に変わる。一層恐怖を抱いたメルストは、思わず敬語で返した。


「な、なんでしょう……?」

「メル君はこっちに来ていいよ。いっしょに入ろ!」

「どういう風の吹き回し!?」

 手をギュッと握ってはトンネルの向こう――楽園――へ連れていかれそうになる。ルミアのことだ、どこかに罠でも仕掛けているはず、と男女の境界をくぐる前に思考を巡らせた。

 だが当然、男たちふたりは大抗議だ。


「は!? なんでこいつだけ! ふざけんじゃねぇゴァッ!?」

 砲撃音。ルミア愛用の爆撃銃が火を噴き、ジェイクを爆破させた。


「今回は見逃すけど、次覗いたら今のだけじゃ済まさないから」

「というかルミアさん、裸なのにどこから武器出してきたの」

「女の子はいろんなとこに武器を隠し持ってるもんだにゃ」と銃口の煙をフッと吹いて消した。

 燃えるジェイクを一瞥し、じり、とミノは一歩下がりかける。だが、ここで怖気づくほど、彼の夢は脆くはない。


「くっ、不平等だ! メルストの立入りを許すなら俺達も入って良い権利は当然あゴフッ!」

 今度は工具ハンマーが飛んでくる。さすがにただの人間相手だと容赦はしたようだ。


「――ぬぅんぐ! なんのこれしき!」

 しかし倒れることなくなんとか体勢を戻すその不屈の精神、日頃の営業に使えとメルストは願ってやまない。


「その前に鏡見なさいよ」

「なっ、何だと……!? メルストも十分イケメンだが、顔立ちなら俺達も良い方だぞ!」

「心の顔だよナルシスト! ていうかナチュラルにじろじろ見ないで!」


 急に乙女のように恥じらっては、メルストの右腕に抱き着き、乳房と下部を見られないようにメルストに密着して隠した。

 これにはさすがのメルストも鼓動が跳ね上がった。だが、そうなったのは女体の肌と密着しただけにとどまらなかった。


「えっ、ちょっと」

「あーメルストずるいぞ! そこ変われ!」とミノは駄々をこねる。

「そう言われてもな……背中に銃口、突きつけられてる」

「なん、だと……!?」

 7インチの銃身長に4口径の回転式拳銃(リボルバー)。その銃口の奥に潜めているのはただの薬莢(メタルカードリッジ)ではないことはメルストも経験上分かっている。それでもほぼ効かないことは知っているうえで、あえてその場の空気に身を任せた。


「にゅふふー、貴様らがそこから一歩でも動けば、メル君の命は――」

「構わねぇ突撃するぞ俺たちの酒池肉林におごハァッ」

 まさに早撃ち。電光石火の速さで拳握って迫ってきたジェイクの眉間に一発――否、ひとつの音だと錯覚するほどの速さで二発撃ち込んだ。

 頭部から後ろへ吹き飛び、体も引っ張られるように後方へと浮いてはズシャアッと滑りながら倒れた。


「ジェイク隊長ォーッ!」

「……お前を改めて最低だと思ったよ、ジェイク」

 そうメルストは呆れ果ててはつぶやく。ガンスピンをして、手品のようにいつの間にかリボルバーを消す。彼らに背を向けながら、


「もう一度覗くなら、あんたらのそのエロが詰まった腐れ脳味噌に、頭蓋骨ごとボール盤でぶっとい穴空けるから」

 冷たい声。それには傍にいるメルストが一番ゾッとした。

(この娘無茶苦茶怖いこと言いやがったよ。火照った興奮冷めたよ一気に)


「じゃあいこっ、メル君♪」と腕を抱きながら連れていく。ここは従うしかないと沈黙と服従を選んだ。湯煙で先が見えにくいが、明らか岩壁のトンネルをくぐり、男子禁制の領域に踏み込もうとしている。

 がばりと起き上がったジェイクがルミアのセリフに反応する。眉間に二発銃弾が入っており、たらりと鼻血のように流血しているが、石をぶつけられた程度の軽傷にしか見えない摩訶不思議さが感じられる。


「いや壁壊しておいてそれは無茶ぶりだろうが! おいキチ猫! 無視か!」

(いや普通に生きてるんかい)

 だが、そんな叫びもむなしく。


「それじゃね☆」

 指ぱっちんが響く。そのとき、またも地鳴りが生じ、今度はトンネルの入り口と出口を埋めるように鉄の壁がせり上がってきた。転移魔術による防壁の召喚だろう。

 蒼炎の火の粉を湯気に混じって見えたので、エリシアとの共同開発で作った魔道具をここにもちこんでいるのか、とメルストは思う。


地獄ここと女体の楽園を分かつ境界線に鉄の壁だと!? あそこまで高いんじゃ登り切る前に壁の向こうの女神たちが下界へ降りちまう!」

(さっきからミノは何言ってんだ)

 その心のつぶやきを最後に、ふたりは湯気の中へと消えていった。


 静まり返る男湯とその諸君。ミノも意気消沈し、石の敷き詰められた地面にぺたんと倒れる。ジェイクも被弾のダメージが大きかったのか、その上体をべちゃんと倒した。その空気を壊すように、一部始終を見ていたバルクは大きく笑った。


「だっはっはっは! 今回はいつになくおもしろいものを見れたぜ。メルストも苦労してんだな」

 ま、冥福を祈るか、と最後に呟き、温泉を後にした。


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