4-10-5.大収穫前半戦 ―HARVEST BATTLE FIELD―
銅鑼が響き渡り、総勢383名の冒険者らが一斉に声をあげ、走り出した。
剣を掲げ、鎧を打ち鳴らし、夜に染まった草原を駆け抜ける。祭の炎に照らされる無数の陰りは、今宵の食卓に並ぶであろう食材たち。
ぶつかり合う剣と爪。魔弾と魔咆。飛び交う矢と銃弾は甲皮を貫く。魔物のレベルは高くはないのだろう、冒険者側が優勢の立場にあった。
『合図の祝砲と共にはじまったなんとも激しい戦士たちの猛攻! しかし魔物側の凄まじい行進も負けてはいない!』
突進で冒険者を蹴散らす半獣半植物の大群。空から冒険者を狙い、鷲掴む草食巨鳥や浮遊魚群。そしてそれを喰らおうとする巨大な魔物の触手と巨大な花弁口。
一つ間違えれば命の危機に瀕することは、民の目から見てもわかることだ。だが、それを間一髪で切り抜け、魔物をねじ伏せる。このスリルと爽快感が、"大収穫"の醍醐味のひとつなのだろう。
そして、普段お目にかかれない冒険者の実力を見ることができる。それは民にとどまらず、スタートダッシュを切らなかった十字団らも同様であった。
「ほぅ、今季は手練れが多いな。これは負けてられん」
腕を組み、感心する軍王。その傍で大賢者は彼を見上げる。
「では今回も"一発勝負"というルールで、ですね」
「無論」と告げては、背の巨剣を抜く。上段に構え、地と平行になった剣の先を狙いを定めるように前方に向ける。腰を落としたその姿はリーベルト共和国より由来する流儀の一つであった。
大英雄を冠する伝説の一撃が振り下ろされる。
「"洒麟壱刀流"――"白嵐"!」
流れる刃は弧を描き、それは大気を大きく動かす。瞬く間に風を生み、雲を生み、そして天竜の蜷局を生み出した。
大群の中心に出現したそれは規模を大きくし、嵐を引き起こす。吹き飛ばされ、呑まれた暁には、鉄をも切り裂く真空刃の渦によって細切れになるだろう。
「嵐!? 竜でもいるのか!?」
「いや、ロダン様だ!」
「すっげぇ!! 菜類型の魔物が一瞬で……!」
『あぁっとこれはぁ!? 突然の強風が魔物を蹴散らし空へと飲み込まれていく――その先はなんと! 真白の竜巻だァ! バラバラになり、ひとつの地へ降り積もるその山はまさに適度にカットされた食材のようだ! そのまま鍋で煮ればおいしいスープが作れるといっても過言ではない!』
(いやどんな実況だよ)
司会に届かないツッコミを呟き、メルストは改めてロダンの実力の片鱗を見た気がした。ひとつの天候を生み出すほどの力。自分のようにそれを解放するのとは異なり、ちゃんと制御している。
「ミックスベジタブルの出来上がりだ」
巨剣を地面に突き刺し、そう大きく笑った途端、ひとつの異様に気付く。
「ん?」
地面が蒼く光り――厳密には闇夜を仄かに照らす蒼炎が草原一帯を、そして魔物の群を呑みこんでいた。それは大河のように大きく、強く流れ、やがて天へと昇る架け橋――柱状の蒼炎の流れへと集結していった。
『あんなところに蒼い月――いや、蒼い炎に焼かれた魔物たちが空で一塊になっている!?』
飲み込まれた魔物は蒼炎とともに空へと昇り、月を覆わんとする蒼い炎の球体の一部と化す。一切の抵抗が為せないままだ。
「"宿りし魔の霊命よ、焔の路とともに立ち昇れ"――"乖浄の魔"」
蒼い太陽は爆ぜ、夜空を蒼い幽玄の煌きへと一変させた。誰もが目を奪われるもそのはず、まるで海の底から差し込む光の粒を見ているかのようだった。
蒼炎の粒子とともにひとつの地点へ落ちた魔物の山。それはぴくりとも動くことはなく、元からそのような形を為した作物だったのではないかと思わせるほどだ。
「これが蒼炎の大賢者の実力か……」
「幸い、俺たちの獲物にまで範囲は及んでなかったのが救いだな。浄化魔法はともかく、軍王の攻撃なんて喰らったら骨も残らねぇ」
そう言葉を交わす冒険者。その上空を鴉竜が横切る。
『なんと! 大賢者様の蒼炎によって魔物たちが浄化されたとでもいうのでしょうか! 動かなくなったそれは、本当にただの野菜になってしまったかのようです!』
魔物の魔を祓い、清める様はまさに聖職者の為せる業。その神々しさに、祈りを捧げる民も少なくはなかった。
「はっはっは! それはすこし小ずるくはないか?」
「それでもロダンさんの方が多いですよ。今回は敗けちゃいました」
「大賢者とあろうものが、あれが全力とは思えんがな」
「ふふ、ロダンさんにはバレちゃいますね、申し訳ありません。ですが、それはロダンさんも同じでしょう。ある程度の加減を覚えないと周囲にご迷惑をおかけしますので」
「それもそうだな。はっはっは! では、あとは若者のサポートに移るとしようか」
上機嫌のロダンに対し、不満そうな機工師がひとり。今季は陸地の魔物だけでも何千頭もいる大群とはいえ、半数はその二人が駆除してしまったのだから。
「あーもうふたりして刈りとりすぎだよバカー!」
それを「おおすまんな」と軽くあしらわれる一方で、先に狩場に降り立っていたメルストは歩を止め、俯瞰していた。
「これ本当に祭りなのか? 戦争の間違いじゃないの?」
命を賭ける冒険者だからこそだろうが、前世の価値観を持っている彼にとってはどうも心配でならなかった。狩ること、戦うことが楽しいと感じる日が来るのはまだまだ遠い先のことだろう。
「私も……負けて、られない」
「うん、なんでみんなしてそんなに競争意識高いの」
メルストの元へ追いついたフェミルも、表情が薄いなりに昂っているようだ。風を切る音を鳴らし、槍を回転させる。パシッ、と構えたとき、槍から彼女の体へと放電が流れた気がした。
「あれ、フェミルって雷魔法使えたっけ」
「先生と団長に、教わった……あたらしい技、やってみる」
低く構え、足腰を折りたたむ。サラ、と流れるエメラルドの髪。細く、しなやかな白磁の肌を見せる脚。明夜に溶け込むようなサファイアの鎧をまとう風の精は、神の鳴動を宿す。
「"雷竜通り一丁目"」
閃光。そして遅れてくる轟音。それはまさに落雷を想起させた。
大気を焼き付ける一筋の光の跡。それは草原の先へと続いており、魔物ひしめく大地に一本の道ができている。馬車でも通れそうなそれは魔物含め焦げた跡を見せ、周囲の魔物は、生じた衝撃波でさらに吹き飛んでいった。
『――突如として現れたのは雷でしょうか! まるで天から降りた竜が魔物の群に首を突っ込み、食らいついたかのようです! 魔物の海が二つに裂け、陸地がその顔を見せていることが、空からでもはっきりと確認できます!』
声を張り上げ、状況を伝える司会の一方、冒険者らは一瞬の出来事に動揺していた。
「なんだ今の!?」
「十字団のハイエルフ! ――ってことはやべぇぞ! すぐに防護魔法を展開しねぇと!!」
「え、なんで――」
「いいから展開しろ! そんで十字団の狩場から離れるんだ!」
そう焦るのもそのはず、最近名を馳せるようになった十字団の噂は大きくふたつある。
ひとつは、大賢者とアコードの大英雄こと軍王が率いる王国最後の砦として数々の危機を解決する救世主だと称賛されていること。そしてもうひとつは――。
「幸先いいよフェミルん! あたしは景気づけにこの夜ごと、全部ぶち飛ばしていくにゃ!」
茶褐色ベースのレザーグローブをはめた手を横へと広げる。それはエリシア共同開発の魔道具。手の甲から発した蒼い魔法陣の光は伝播し、ルミアの背後および右側に広がる草原の丘と城郭の壁から蒼炎が燃え立つ。
紅の炎に染まった時、無数の砲塔が大口を開けて次々と炎から顔を出した。
『おおっとこれは!? 町民が戸惑うのもそのはず! 業火とともに数多の大砲が現れました! まるで鉄の森――否、百の首をもつ炎竜ラジオンを思わせますが、その口はすべて12時の方角へと向いております!』
金属光沢を放つそれは、いずれも竜頭のデザインかシャークマウスがペイントされている。口径15インチもある、それこそ大人の頭でもすっぽり入りそうな砲口の奥には、今か今かと数百キログラムもの爆薬が詰まった砲弾が潜んでいた。
ガガゴン、とルミアの指先一つで照準が定められる。
「どんだけ造ったんだよ、"九頭竜砲"の比じゃねぇぞ」
「祭の祭による祭のための祝砲さね! 爆発の芸術ってもんを魅せてやんよ!!」
そしてもう一つは、悪魔を屠り、竜の大群をも葬り去る怪物たちの集団だと恐れられていること。
「"バスター・フェスティバル"!!」
――ズドドドドドォン!! と鼓膜を破りかねない無数の爆轟。全砲から咆哮するそれは、共に煙と鉄と爆薬の塊を吐き出した。前線一帯が、発射による煙で包まれる。
擲射弾道を描いた砲弾の雨が、平野を戦場に変える。噴火のように地を砕いては燃え上がる爆炎。すべてを吹き飛ばす衝撃波。地盤は焼き菓子のように簡単に粉砕し、魔物も諸共、木端微塵になっては炭となる。瞬く間に火の手が広がっていった。
それは広大なキャンプファイヤー。夜とは思えない眩しさをこの地に与え、夜空は黒い煙で埋め尽くされていく。
『あのバカルミア……っ、ああいや、なんということでしょうか! 群雄割拠ともいえる人と魔物がごった返しになっていたところ、瞬く間に火の海と化してしまいました! 立ち込める爆炎が空まで続き、正直俺もあぶないかもしれません!』
鴉竜は黒い翼をはためかせ、揺れる煙を避ける。背に乗るチェッカーの本音が漏れるも、ちゃんと実況を続ける。
「退却しろォー!!」
「おいおいおいあのクレイジー爆弾魔! 収穫祭の主旨わかってねぇだろ!」
「戦争やってるわけじゃねぇんだぞ馬鹿野郎ォ!」と冒険者の非難は爆音で届かない。
「なるほど、あれがルミアさんの戦法か。綺麗な薔薇ほど棘があるとはまさにこのことを言うだろう。だが過激な彼女も魅力的だ」
転移魔法で避難し、丘の上で様子を見ていたアレックスはそう評価しては惚れ直している様子だ。
「フードロスってこういうことを言うんだろうな」とメルスト。
「る、ルミア……前回も昨日も抑えるよう注意しましたのに……」
問題児を抱えたかのように肩を重くしたエリシア。そんな彼女など構わずに、次の魔道具魔術を展開する。
ゴーグルを装着し、草原を風の如く駆けだしたルミア。彼女のはめたレザーグローブから両手足へと複数のギア型魔法陣が展開される。そして湧き出る蒼炎は華奢な体を包み込んだ。
「にゃっははははは!! おたのしみはこっからだぜぃ!」
蒼炎から伸びる巨大な鋼鉄の腕部と逆関節脚部、そして肩部に装着された二門の巨砲。露出したチューブと電線に繋がれてもいるアームはハンマーのように太く、回転式多銃機関銃はじめ徹甲弾が内蔵されている。
背部に接続されたドラム缶のような4基の筒は燃料部あるいは小型のジェットエンジンだろう。排気音を駆動音とともに呻らす鉄の怪物は、油圧とジェネレータ由来の電気を動力としていた。にもかかわらず、蒸気を噴き出しているのは彼女の遊び心か。
メルスト開発の合金や合成樹脂由来の部品も組み込まれた、新型搭乗型歩行兵器。その胸部の露出したコックピットに乗る機工師は目と口を大きく開く。
「SBR-93号『やきはた君』! 刈り取りならこの天才ルミアおねえちゃんにおまかせあれよ!」
「名前からしてぜんぶ土に還す気満々じゃねーか!」
鈍重なボディとは裏腹に、その動きは機敏であった。鋼の脚で魔物を蹴散らし、鉄の腕で殴り飛ばす。魔物の標的がルミアの搭乗機に変わった途端、踵を返しては体勢を落とし――ジャコン、と重い金属音を鳴らすと、全身から砲口が顔を出した。
両腕のアームや肩部、側体部から弾丸や榴弾、ついには無誘導式噴進弾を撃ち放つ。ゴウン! という砲撃音が、ルミアの麻痺した鼓膜に心地よく響く。
近距離遠距離問わず、爆撃の波が連なる。地面が揺れ、風も吹き荒れていく。冒険者らは体勢を保つので精いっぱいだ。
「ヒャッハハハ、祭ってのはこぉでなきゃなァ――」
狂ったように八重歯を見せ、笑う男。
地を砕くほどの脚力で、ジェイクは爆炎の中へと突入する。切り抜け、そして爆炎ごと魔物の群れが次々と斬り飛ばされる。
「オラオラオゥルルルァ! 雑魚共がよォ!!」
斬撃、というよりは鋭利な爆撃。疾風の如く駆け抜けながら、大地も深々と刻まれていく。
『こ、今度はあのクソ野郎か……! ええと、十字団の行進が始まってまだ2分も経っていないでしょうか、それでもこのステージに与えた影響ははかり知れません! 冒険者の皆様も十分に注意した上で、ハンティングを続けてくださーい! ていうかちょっとは加減しろジェイク! ルミアーッ!』
チェッカーの声に耳を傾けるはずもなく、ジェイクは奥の肉食型魔物の陣地へと切り込んだ。
「血祭にしてやるよ……"波災・噴災"――"大割砕"ィ!!」
隆起させた筋肉と十八番の空間魔法を駆使して、地面に叩き付けられた斬撃。それはまるで巨人の剣が振り下ろされたかの如く、この大地を大きく砕き割った。
生じる衝撃波は広範囲で地盤をまくり、地雷でも埋め込まれていたかのような噴爆があちこちで引き起こされる。土壁の波は前線に集う冒険者らの元にまで来たにとどまらず、人なら簡単に吹き飛ぶほどの突風や数々の地割れも行き届いていた。
「うわぁあああぁああああ――ッ!!?」
「十字団のところには近づくなーッ! 巻き添え喰らうぞ!」
「あんなとこに行くバカはいねぇよ!」
「災害そのものだ! ヘタすりゃ死ぬぞ!」
それを比較的安全な防壁の観客席で見ている町人も、冷や汗を流すほどだ。ここから遠くへ逃げた方がいいんじゃないかという声も出てくる。とはいえ、十字団を知る地元の人にとってはその怪物っぷりは見慣れてもいるが。
「あのふたりはいつみても化物染みてるな。ルミアちゃんはかわいいけど」
「危ない女の子ほど燃えるものはねぇわな。それに分け隔てなく接してくれるのも好感もてるし」
「小柄だけどスタイルはタイプでさ、人懐っこいのもたまらねぇよな」
「ジェイクは死ね」
「あいつはくたばれ」
「――ウォルルルァ!!」
獣のような雄叫びが聞こえた途端、彼らの眼前に植物型魔物が豪速で飛んできた――直後、蒼炎魔法による半透防護壁が展開され、ドパァン! と木端微塵になった。
「ぎゃあぁああっ!」
「死骸飛んできたぞ!?」
「地獄耳かよあいつ!」
自身の魔法の自動展開を察知したエリシア浮遊する大杖に乗っては転移する。ジェイクの隣へと追いついた。
「ジェイク、危ないことしないでください! 防護魔法があったから無事だったものの」
「いちいちうっせーなぁオイ。なんか耳障りしたから苛立ったんだよ」
「陰口だけは敏感だよねージェイクって」と近づいた鉄巨兵――否、ルミアが呆れて笑う。
すっかりびびってしまった観客席最前線の一部。それを横目に、まだまだ町人の若者の興奮は冷めやらぬ状態だ。双眼鏡を片手に、彼らの人間離れした様子を観戦している。
「最近入ったやつもすげぇな! あの緑髪の娘を見ろよ、風魔法使ってるぞ」
「でもさっき雷魔法も使ってなかったか? 二属性以上を使いこなすのって相当大変なはずだろ」
「かなりの使い手だな。精霊族っていう話は本当だったか」
「いやぁ……槍裁きがプロだ」
「それにイイ体している。顔があんま見えないのが残念すぎるが、髪もきれいだし、美脚だし、かわいいんだろうな」
「暗い感じはするけど、実際はすっげぇ積極的だったりして」
「好かれたら尽くしてくれるタイプとかだったらたまんねぇよな」
「ウォルルルァ!!」
今度は牙象の巨躯が目にもとまらぬ速さで飛んできて、観客席に大きな影を作った――が、やはり防護壁が展開し、魔物がただの肉片と化しては城郭の下へと飛び散っていった。
「うわあああっ!?」
「また死骸飛んできた!」
「なんで!?」
その数百メートル程度の先、魔物の死骸を避けつつようやく追いついたメルストはジェイクに話しかける。
「どうしたジェイク、なんか気が立ってねぇか?」
「なんでもねーよクソ童貞」
舌打ちしたジェイクの一方で、奥地で魔物の山を作っていたフェミルがふっと後ろを振り返る。
「……っ、嫌な寒気が、消えた……?」
そして気付く。徐々に近づいていく足音。冒険者も追いついてはきているようだ。
「……まずい」
あまり人との接触はしたくない。そう彼女は前方を向いたとき、自分がちっぽけと思えてしまうほどの巨大な影が月を背後に覆っていたのを目の当たりにした。
「あれって……」
 




